05
ソフィアに少し呆れられているような気もしますが、フェルトとしてはそれどころではありません。あの森ではこの二人に動物たちは集中していましたが、このお店ではフェルトにも集まってくれています。それがまた嬉しくて嬉しくて。
「あはは。私としては喜んでもらえて嬉しいかな」
スピカはどうやら、森でのフェルトの様子を気に掛けてくれていたようです。少しだけ羨ましく思ってしまっていましたが、まさか気づかれているとは思いませんでした。
子犬や子猫に囲まれながら、テーブル席に移動します。椅子に座ったフェルトたちの膝の上に、動物たちが載ってきます。膝の上で器用に丸まって、顔をくしくし。
「ああ……かわいい……」
この顔をくしくしとする動きが特にかわいいと思うのです。癒やされます。
「飲み物は果汁ジュースと、食べ物はパンケーキだけなんだけど、いいかな?」
どうやらここは、動物たちとの触れ合いがメインのようで、飲み物や食べ物にはあまり力を注いでいないようです。果汁ジュースもオレンジ、アップル、グレープの三種類しかないようでした。
一人一種類ずつ頼みます。何かしらの魔法を使っているらしく、スピカが注文を口にすると、なんとテーブルの上に瞬時に出てきました。びっくりです。
「え……。これ、まさか……」
なぜかソフィアが口をあんぐりと開けています。スピカはそれを見て、いたずらが成功したような顔になりました。
「すごいでしょ? このお店だけ、こうして飲み物と料理がすぐに出てくるんだよ。これも何かの魔法なのかな?」
「あー……。うん。そうだね……」
妙にソフィアの歯切れが悪いです。これは、何かを知っている様子です。スピカもそれに気づいているようでしたが、特に追求することはしませんでした。ソフィアはフェルトたち以上に秘密が多い立場です。詮索はしない方がいいでしょう。
テーブルにはジュースとホットケーキの他、何も入ってない小皿がいくつかありました。何に使うのか分からずにフェルトが首を傾げると、スピカがその小皿の使い方を教えてくれました。
ジュースを入れた小皿と、パンケーキを入れた小皿。それをテーブルに並べると、子犬や子猫がテーブルの上に上ってきて、食べ始めました。
小さな舌でぺろぺろと。小さな口でぱくぱくと。
「お持ち帰りしていいでしょうか」
「だめだよ!?」
残念です。すごくかわいいのですが。
そうしてそんな動物たちの様子を眺めながら、ケーキを食べます。よくあるホットケーキですが、それにかかっているシロップがほどよい甘さで美味しかったです。
「あれ? これって、ジュースもですけど、犬や猫は食べていいんですか?」
「うん。特別製なんだって」
「はあ……。そういうものですか……」
どんな材料を使っているのか気になります。ソフィアは何故か呆れたような顔つきで、職権乱用だ、とつぶやいていました。何のことでしょうか。
「やあ。お口に合ったかな?」
店の奥から声が聞こえてきました。見ると、長い黒髪に黒の瞳の、優しそうな男の人です。
「スピカちゃんはいつも来てくれてありがとう。この子たちも喜ぶよ」
「いえ! 私も楽しいです! 人懐っこい子たちばかりですし!」
そう言うスピカの腕にはいつの間にか子猫が抱かれています。
「はは。この子たちも喜んでるよ。君も、是非また来てほしい」
男の人がフェルトへと言います。フェルトは笑顔で頷きました。
「必ず来ます、絶対来ます!」
満足そうに頷く男の人。ただ一人、ソフィアだけがじっと無表情で男の人を見つめていました。
・・・・・
食べ終わって、触れ合いを十分に堪能した後、スピカとフェルトを先に外に出して、ソフィアは店主と向き合いました。朗らかな笑顔を浮かべる青年に、ソフィアは言います。
「何をしているんですか? 至金の魔導師、ケイスケさん」
ケイスケと呼ばれた青年は、にやりと口元を歪めました。
「ただの暇つぶしだよ。動物たちと一緒に、ね」
「金の魔法を変なことに使わないでください……」
テーブルに料理が瞬時に出てきたのは、間違い無く金の魔法によるものです。時空魔法。時と空間を操る魔法は様々なことに応用がききます。さすがにこんなことに使うとは思っていませんでしたが。
「まあまあ、固いことを言わないでよ。ところで、最近はどうかな? 銀麗の魔女の仕事には慣れてきたかな?」
「それなりには、ですけど……」
今のところ、特に問題が起きることもなく、精霊たちの話を聞いているだけです。今後何かが起こった時に対応できるかが問題になるでしょう。師匠から教わっているので、大丈夫だとは思いますが。
「何かあれば、いつでも頼ってくれていいからね」
「はい。ありがとうございます」
「あと口調が堅苦しいよ? 気にしなくていいって言ったじゃないか。ほら、お兄ちゃんだと思って!」
にこにこと、ケイスケはとても楽しそうです。ソフィアは小さくため息をつくと、
「もう……。分かったよ、ケイスケさん」
「うんうん。子供はそうでないとね!」
「むう……」
どうにも子供扱いされているような気がします。まあ、ケイスケや師匠と比べると、やはり子供なのでしょうが。
「ほら、友達が待ってるよ。行きなさい」
「うん……。また来てもいい?」
ソフィアがそう聞くと、ケイスケは驚いたように目を瞠りました。今までソフィアがこのようなことを言ったことがないので当然の反応と言えるでしょう。ただ、ソフィアとしては、たまには秘密など気にせず会話したいだけです。
「ああ。いつでも来ていいよ。僕はたいていここにいるからね。暇だし」
「ケイスケさんは暇な方がいいから。むしろ忙しかったらちょっと問題だから」
「ははは! 確かにね!」
至金の魔導師とは、世界の危機に最後に動く存在です。そんな人が忙しいというのは大問題です。
「それじゃあ、またね、ソフィア」
「うん。また」
手を振って、外へと向かいます。外に出る直前、ケイスケが言いました。
「あと、あれだ。がんばれ」
「……?」
意味が分かりませんでしたが、ソフィアは頷いて外に出ました。




