03
少し困っていると、店主さんが笑いながら言いました。
「おう。焼けたよ。最後にたれをかけてっと……」
豪快にたれを上からかけます。たれが焦げる独特な香り。たまりません。
そうして、ほれ、と差し出されるお肉の串。一個一個がとても大きなお肉が四個も刺さっています。受け取ったスピカは、先ほどのお皿を地面において、そこにお肉を並べました。ちゃんと串から抜いています。
ウルとリル、そしてラビまでが早速とばかりにお肉に群がりました。三匹で仲良く食べています。
「かわいい……」
どこかからうっとりとしたような声。周囲を見れば、遠巻きにプレイヤーの皆さんがこちらを見ています。そのうちの一人、女の人がじっとウルたちを見つめています。彼女の側にもウルフがいるので、スピカと同じテイマーなのでしょう。今のスピカがテイマーかと聞かれれば、微妙なところかもしれませんが。
さて、自分たちも早速食べましょう。
「いただきます」
スピカがそう言ってお肉を口に入れようとして、ソフィアとフェルトが怪訝そうに見ていることに気が付きました。
「な、なに?」
「いただきますって、何?」
「食べる前の挨拶、みたいなものかな? 食べ物に感謝をして、いただきます。食べ終わったら、作ってくれた人に感謝してごちそうさま」
「へえ。冒険者の挨拶なのかな。……うん。いただきます」
早速ソフィアが真似をします。フェルトも同じく。そうして今度こそ口に入れて、思わずスピカは固まりました。
先ほどの冷めてしまったお肉も十分に美味しいものでしたが、これはそれよりもさらに、ずっと、美味しいです。
まだまだ熱いお肉は口の中に入れるとほろほろに崩れます。そうして崩れたお肉とたれが絡み合い、双方の味を引き立てるのです。
「ふわあ……」
ソフィアの顔がすごいことになっています。笑顔です。満面なんて表現なんて足りないほどの笑顔です。でも気持ちは分かります。これはくせになるお味です。
「ああ、くそ! そんな顔して食ってもらえたらサービスしないといけねえなあ!」
店主さんがさらに一本お肉を焼きます。何をするのかと思えば、さらに取り出したのは真っ白なご飯。炊いたところなのか、ほかほかと湯気が立っています。ご飯を手に取り、お肉を一個入れて、おにぎりに。そうして今度はそのままたれをかけて、また焼いて。
「あいよ! 特製の焼きおにぎりだ! 店には出していないからな! 今回だけだぞ!」
「わあ……」
これも一個ずつ。ウルへと振り返れば、まだお肉に夢中のようなので大丈夫そうです。
こんがり焼けているおにぎりをぱくりと一口。ご飯の甘みとたれの辛さがほどよく調和しています。食べ進めると当然お肉があり、お肉とご飯とたれという贅沢な味が口の中に広がりました。
「スピカちゃんスピカちゃん」
「なに? ソフィアちゃん」
「私もう死んでもいい」
「なんで!?」
確かにとても美味しいです。リアルでもこんな美味しいものはそうそう食べられません。でもさすがに大げさすぎるでしょう。そう思っていたのですが、ソフィアの言葉を聞いてスピカは言葉に詰まりました。
「ししょーが作ってくれるご飯より、ずっと美味しい……」
「え……」
「旅に出て良かった。本当に、良かった……」
それほどまずい料理、だったのでしょうか。フェルトと顔を見合わせて、お互いに何も言わずにおきました。
食べ終わったところで、改めて出発です。その前に、とソフィアは杖を振りました。
「ちょっと護衛役。なんだか目立ってるみたいだし」
どうやら目立っている自覚はあったようです。ソフィアは魔力を少し集めて、その名を呼びました。
「カーバンクル」
ぽんっと軽い音と共に、小さな動物が現れました。
「あ、かわいい」
それはリスのような姿でした。額に宝石のあるリスです。その子は周囲を確認すると、すぐにソフィアの元へと走り、体を駆け上がって肩に落ち着きました。
「この子は中位精霊カーバンクルのくるくる」
「くるくる」
「くるくる」
とんでもない名前です。まあ、スピカも言える立場ではありませんが。
「カーバンクルは結界を得意とする精霊だよ。この子がいれば変な人がこっちに来ても大丈夫」
「それなら安心して町を歩けますね」
二人に悪意はありません。悪意はないのですが……。
スピカが視線をそっと巡らせれば、何人かのプレイヤーがそそくさとその場を離れていました。きっと、ろくでもないプレイヤーだったのでしょう。ソフィアがわざわざここで召喚したのは、そういった効果も期待してのことかもしれません。
「それじゃあ、案内よろしくね、スピカちゃん」
ソフィアの笑顔に、スピカも笑顔で頷きました。
・・・・・
青の魔法の指導者。そんな立場にいるからかそ、教え子がどんな報告をしてこようとも、驚かないつもりでいました。妙なモンスターを使役した、とか言って巨大ナメクジを連れてきた男には本気で怒りそうになりましたが、それでも笑顔を忘れませんでした。
ですが、今日。初めてその笑顔が凍り付きました。
「先生! この子が銀麗の魔女のソフィアだよ!」
動物と仲良くなりたいという可愛らしい理由で青の魔法を教わった女の子、スピカ。この子に魔法を教えるのはとても楽しかったです。どんなモンスターを召喚しても喜んでくれるのですからなおさらで、この子がどんな子と仲良くなるのか楽しみでした。
それがまさか、銀麗の魔女を連れてくるとは。
じっと、ソフィアと呼ばれた少女が先生を見つめてきます。先生の頬は引きつったままです。まさか、こうして銀麗の魔女と会うことになるなんて、思いもしなかったのです。
スピカから聞いてはいましたが、どうやら今の銀麗の魔女は本当に女の子のようです。代替わり、でしょうか。銀麗の魔女は不変の存在だと言い伝えにあったのですが、所詮は言い伝えということなのでしょう。
「あなたがスピカちゃんに青の魔法を教えてくれたから、スピカちゃんに銀の魔法を教えることができた。感謝します」
「ああ、いえいえ。そんな……。待って。銀の魔法を教えた?」
先生が勢いよく教え子を見ます。聞いてないわよ、と視線で訴えます。それを正確に汲み取ったのでしょう、スピカは真っ青です。口が音を出さずに動きました。忘れてました、と、つまりは隠していたわけではなく、単純に報告を忘れていたということでしょう。
壁|w・)ラビ含め、モンスターたちは雑食です。
見た目ウサギのラビでも肉を食べます、です。




