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とあるニュースが世界中を騒がせました。日本の科学者が、AIの世界を作ったというものです。その電脳の世界では、AIたちが現実世界と同じように生きているということでした。どういった技術を用いているのか、その科学者は口にはしませんでしたが、その世界の光景を見た人々は大いに驚いたようでした。
彼の目的は単純明快。自分が中に入って楽しみたいから、というもの。電脳世界へのフルダイブ技術が確立されてから、男はずっとこの世界を作り続けていたそうです。
男はこの世界を十分楽しんだ後、亡くなりました。九十歳の大往生です。彼は亡くなる前に、息子が経営するゲーム会社にその世界を託していきました。
息子は父から多くのものを引き継ぎました。世界の管理の仕方や、イベントなど行事の作成などなど。ただし、AIの根幹に触れるものなどは一切教えられず、厳重なプロテクトがかけられたブラックボックスに封印されていました。これに触れなければ好きにしていいと言われていた息子は、この世界をゲームとして公開することにしました。
ゲーム会社を経営する自分に託したということは、そういうことだと判断したのです。
そうして、サンクチュアリというゲームは生まれました。
ちなみにこのゲーム名は父がそう呼んでいたのでそのまま用いられています。父曰く、AIの聖域だから、だそうです。
サンクチュアリのシステムは、他のゲームと比べて優れているというわけではありませんでした。よくあるスキル制のゲームです。社会人に配慮して、スキルトレーニングは必要なく、レベルさえ上げれば自由にスキルを取得、スキルレベルを上げられるシステムになっています。
よくあるシステムなので、この点は一切評価されていません。社会人の皆さんにはそれなりに受けているようですが。
それでも、このゲームは人気を博しました。それの要因となった最大の特徴は、世界の精巧さにあります。
今までのVRMMOはどこか作り物めいた雰囲気がありました。見た目は精巧になりつつも、味覚が薄かったり水の感覚がおかしかったり、というものもありました。
けれど、サンクチュアリは違います。まるで現実世界のような精巧さです。
多くの人がその精巧さに驚き、実際にその世界で生きていると言われているAIと触れ合えるということもあり、ファンタジーな生活を送ってみたいとプレイしています。
そのゲームの始まりの町に、一人の女の子が降り立ちました。初期装備の簡素な衣服に身を包んだ女の子です。黒髪黒目の典型的な日本人でした。
このゲーム、現実世界との齟齬を最小限とするため、性別や身長は変えることができません。変えることができるのは顔や髪の色などです。それでも女の子はそれらも一切変えていません。理由は単純で、よく分からなかったからだったりします。
女の子、スピカはログインしてすぐにメニュー画面を開きました。使いたい魔法を選びます。選択するのは、召喚魔法。次に表示されるのは、使役したモンスターのうち、何を召喚するかです。
スピカが使役しているのは未だ一匹だけなので、迷わずそれを選択します。そうして目の前に青色の魔方陣が現れて、ぽん、という軽い音ともにウサギのようなモンスターが召喚されました。
モンスター名、ラビット。そのまんまです。スピカが名付けた名前は、ラビ。安直です。
「ラビ、おいで」
スピカが呼ぶと、ラビが嬉しそうに駆け寄ってきます。ラビを抱き留めて、もふもふを堪能。うちの子はとってもかわいいです。
さて、とスピカはラビを抱いたまま歩き始めます。ラビがお鼻をぴすぴすさせてスピカにすり寄ってきます。かわいい。とてもかわいい。
リアルではアレルギーのために動物に触れられない、それどころかぬいぐるみの所持すら許されていないスピカにとって、このゲームは天国そのものです。
スピカは真っ直ぐに、始まりの町の中央にある施設に向かいます。スキル習得所と呼ばれているそこでは、覚えたいスキルをNPCから学ぶことができます。覚えるのは一瞬で、NPCだけが使える伝承魔法というもので覚えることができるようになっています。
習得所は大きな二階建ての建物で、中はただただ広い空間です。一定の間隔でNPCの皆さんがいて、覚えたい魔法を教えている人に話しかけることになります。ちなみに二階は訓練場で、覚えたスキルを試すことができます。
スピカは魔法を教えてくれた人の元に向かいます。部屋の隅にいる若いお姉さんで、他の人よりも少し暇そうです。召喚魔法はあまり人気がないので仕方ないかもしれませんが。
「先生、こんにちは」
スピカが声をかけると、お姉さんは花が咲いたような笑顔を浮かべました。
「いらっしゃい、スピカちゃん。ラビットは使役できたみたいね」
「うん! ラビだよ! かわいいでしょ!」
「ラビ……。いえ、スピカちゃんがいいなら、うん、いいわ」
苦笑するお姉さん。このゲームのNPCは本当に感情豊かです。中に人が入っていると言われてもまず疑いません。
「先生は暇そうだね」
「ほっといて。青の魔法は人気がないのは分かってるから」
お姉さんがふて腐れるように言って、スピカは笑いました。
この世界では、魔法は全て色で区分されています。スピカが教えてもらった青の魔法は召還及び使役の魔法です。モンスターを倒して、使役させて、召喚して一緒に戦うことができます。
他にも、白の魔法は回復、赤の魔法は攻撃魔法、緑の魔法は支援魔法といくつかあります。プレイヤーが覚えることができないと公式で明言されている魔法には、黒の魔法、暗黒魔法があります。これはモンスター専用だそうです。
そして覚える方法が分からない魔法、金の魔法と銀の魔法。これらは効果は判明していて、金が時空魔法、銀が精霊魔法だそうです。ただし、見たことのある人はNPCを含めていないそうです。
「それで先生。次は犬みたいなモンスターが欲しいです!」
「あなたはぶれないわねえ……。いいところだけれど」
スピカが求めるのはひたすらにかわいいモンスター。もふもふしてめでたい、という希望をお姉さんは知っています。
お姉さんは少し考えると、スピカに聞きます。
「スピカちゃん、武器スキルはどの系統だっけ?」
「弓だよ。直接戦うのは怖いから……」
「それなら、まあ、大丈夫かしら」
お姉さんはそう言うと、目の前に地図を広げました。そして始まりの町の北を指差します。そこには森が広がっているようです。
「犬というより狼だけれど、ウルフがいるわ。剣とかで戦うとスピカちゃんだと厳しいけれど、弓なら大丈夫のはずよ。ただし、油断はしないように」
「うん! ありがとうございました!」
深々と頭を下げて、その場を後にします。お姉さんは柔らかく微笑みながら手を振ってくれていました。
北の森に向かう前に、まずは準備です。スピカの兄も同じゲームをしているのですが、その兄がいつも言っています。町の外に出る前に、ポーションなどはしっかりと買っておくように、と。
この始まりの町にはお店がたくさんあります。道具屋だけでも、スピカが知っているだけで三件もあります。おそらく探せばまだあるでしょう。
そんな数多くある店の中で、スピカが好んで利用するのは広場から外れた場所にあるお店です。目立たない場所にひっそりとある上に、他の店と比べて少々割高で販売しているお店ですが、スピカはこの店が気に入っていました。
理由はやっぱり、もふもふです。
「ポーションください!」
スピカが元気よく店内に入れば、にゃあ、と可愛らしいお出迎えの声がありました。