06
呆れたようなラークの言葉。スピカもその意見には同意します。
さて、と話を戻して、ソフィアが言います。
「スピカちゃん。モンスターと出会ったら、代わりに交渉とかしてあげて」
「交渉? 私が?」
「うん。がんばって!」
「そ、ソフィアちゃんは……?」
「私がすると、それはもう命令になりかねないから。お願い」
「で、でも……」
「無事に成功したらかわいい精霊を紹介するよ!」
「仕方ないなあ!」
息の合った掛け合いに、ラークが思わずといった様子で苦笑しています。
ここで待ってるから、というソフィアを残し、スピカたち三人はフェルトの友達を求めて森の中へと歩を進めました。
フェルトの希望は、小さく、そして犬のような姿のモンスターだそうです。スピカが連れているウルでもまだ大きいのだとか。ウルをもふもふしている姿を見ているといまいち説得力がありませんが。
「いえ、私は好きなんです。ウルちゃんもかわいいですよ。とてもいい毛並みです」
「でしょ?」
褒められてスピカは嬉しくなります。毎日丁寧にブラッシングしているかいがあるというものです。ウルもどこか誇らしげです。よしよし、また帰ったらブラッシングしてあげよう。
「大きいと城の方で問題ってことかな」
ラークがそう言って、その通りですとフェルトは頷きました。
「でも小さい犬っぽいモンスターなんて、いないような……」
「そうなんですか?」
少なくともスピカは見たことがありません。いつもの北の森にいるのも、その多くがウルフたちです。小さいモンスターとなると、ラビットぐらいのものでしょう。ただしウサギです。犬じゃありません。
「まあ気長に探してみよう!」
スピカが元気よく言うと、よろしくお願いしますとフェルトは楽しげにしつつ頭を下げます。
そうして、雑談しながら歩いていたせいで。いや、だからこそ。
境界に気づきませんでした。
この世界には、境界と言われるエリアの切り替わりが存在します。昔のゲームで言えば、橋を一つ渡れば突然敵が強くなる、というようなものです。
その境界には番人がいます。資格なき者を通さない番人です。これらはそれぞれのエリアボスと呼ばれるモンスターを倒せばいなくなると言われています。
「つまり?」
「やっちゃったってことだね」
「あ……あ……」
頬を引きつらせるスピカと、肩をすくめるラーク。そして恐怖に青ざめるフェルト。彼女にとっては現実のようなものです。仕方がないでしょう。
目の前には巨大なウルフ。ラークがそれを鑑定したところ、フェンリルということでした。しかもご丁寧に、種族名の前にエリアキーパーとか書かれているそうです。
「うぬら、冒険者か」
フェンリルが口を開きました。どうやら銀の魔法がなくとも、番人とは会話ができるようです。もしかすると、誤って境界を越えた時のための保険なのかもしれません。
「あの、はい、そうです。すみません、越えるつもりはなかったんですが……」
「なぜ冒険者がここにいる?」
スピカの言葉を遮り、フェンリルが言います。その声には、紛れもなく怒気が含まれています。
「え、あの……」
「ここの境界は、未だ冒険者がたどり着けるものではない。あと十はエリアボスを倒さなければたどり着けぬ」
すぐに察しました。ここにはソフィアの魔法で転移してきています。どうやらそれは、番人たちには気づかれていないようです。彼らからすれば、何かずるとか、悪いことをしてここにいるようなものなのでしょう。
「貴様は、王女か。共犯か?」
フェンリルがフェルトを睨み付けて、フェルトは尻餅をついてしまいました。すぐにラークが間に立ちます。
「この子は巻き込んでしまっただけなんだ。見逃してほしい。僕たちは素直に罰を受けるから」
「ならん。ここにいるだけで同罪だ。故に……」
「何事?」
緊迫した空気を面白いほどに壊す間延びした声。振り返れば、ソフィアがてくてくと歩いてきます。ソフィアはフェンリルを見て、おお、と目を丸くしました。
「大きなフェンリル。こんな子がいたんだ。気づかなかった」
「貴様、何者だ?」
え、とソフィア以外がフェンリルを見ます。どうやらソフィアが銀麗の魔女だと気が付いていないようです。ソフィアは少しだけ目を細め、首を傾げます。
「私はソフィア。この子たちは私の友達だよ。何か悪いことでもしちゃった?」
「資格なきまま境界を越えた」
「え? あー……。そっか。この辺りだったんだ」
どうやらソフィアは境界については知っているようです。うっかりしてた、とスピカたちに謝ってきます。ごめんね、と。次にフェンリルにもしっかりと頭を下げました。
「ごめんなさい。さっきも言ったけど、この子たちは私が連れてきたの。すぐに引き返すから……」
「つまり貴様が主犯か」
「はい?」
フェンリルの敵意がソフィアに向きます。さすがにソフィアも眉をひそめました。
「前例を作ってはならん。ここで全員、死ね」
あまりに一方的な宣告。フェンリルが大きく足を振り上げます。まずい、と思う間もなくソフィアへと振り下ろされて。
しかしその足はソフィアよりもずっと前で、何かに遮られるように止まっていました。
「な……?」
フェンリルが間抜けな声を漏らします。ソフィアの目はいつの間にか半眼に細められていました。
「ふうん……」
びくりと。スピカは思わず体を震わせました。
怖い。
初めて、この友達を、そう思いました。
どうやらそれは他の二人も同じようで、青ざめてソフィアを見ています。
「私だけならともかく、この子たちまで殺す意志があるのは、ちょっとだめかな」
にっこりと。ソフィアが笑いました。ただし目はそのまま。
「お仕置きだね」
ふわりと。風が吹きました。何だろうと思いながらも、ソフィアへと視線を戻します。
「え……?」
いつの間にか、ソフィアの髪の色は銀色になっていました。輝くような、とても綺麗な銀の髪。先ほどまでの恐怖はどこへやら、その綺麗な色に思わず見惚れてしまいます。
「きれい……」
スピカがそうつぶやくと、それが聞こえたのかソフィアが照れくさそうに笑いました。ありがと、と小さな声が聞こえます。今気づきましたが、その瞳も銀色になっていました。これも宝石みたいで、とても綺麗です。
と、そんなことをのんきに考えているスピカですが、フェンリルの方はそうではありません。
当たり前ですが、冒険者はこの世界の魔力なんて感じません。何となくでもしかすると分かるような人がいるかもしれませんが、その程度です。
ですが、フェンリルは違います。彼は見えています。その魔力が。自分を遙かに凌駕する圧倒的な魔力の奔流が。
凍り付くフェンリルを見据えて、ソフィアがその名を呼びました。
「白虎」
※無双はない。




