第八話 提案
エドワードが名乗る前にエドワードの名前が出ていた所を修正しました。
俺と椿姫は味のしない不味いスープらしきものを飲みながら、牢屋番にこの国の事を教えてもらう。
まず、ここはクスィラ大陸の北西に位置するトゥレラ王国の王都トゥレラである事。
先王が崩御し、今の国王になってからは国民へ重税を課し始めた。勿論一部の重臣は反対したが、反対した者は全て殺されてしまった。
その結果、まともな貴族達はほぼ粛清されてしまい、腐った貴族達しか居ない状況へと陥った。
腐った貴族達は領地の住民への容赦ない搾取、税金を払えない者は奴隷に落とし、気に入った者がいれば罪を仕立て上げ、連れ去る等が日常茶飯事に行われていた。
そんな中件の国王は、唯一善政を行っている王弟である公爵を目障りに思い、追い落とそうとしたが中々隙を見せない事に業を煮やして暗殺しようとした。
その話を偶然聞いた国王の娘である第一王女が、その事を牢屋番の男にだけ告げて公爵の元に単身向かった。しかしそのまま公爵と共に行方不明になってしまったとの事だ。
他には隣国のアギオセリス王国と現在戦争中である事。
目の前に居る牢屋番をしている男が元近衛騎士団団長である事。
だが国王に諫言を繰り返し疎まれ、能力は高い為に殺されずに牢屋番へと落とさた事。
その後、親国王派であり、近衛騎士団副団長でもあったフランツが団長になった事。
反対側の牢屋に居る彼女の事も訊ねてみたが、昨日牢屋に入れられる前から一言も喋らないので何も分からないとの事だった。分かっているのは見た目から種族は妖精族だろうという事だった。妖精族が何なのかは分からなかったがそれは後回しにした。
「只者ではないと思ってはいたが、騎士団長だったんだな……」
「昔の話だ……今はただの牢屋番だ」
「……しかし良いのか? 俺達にこんなに色々話して」
「問題ねえ、この国はもう駄目だからな……だから俺はアギオセリス王国に亡命しようと思っている。アギオセリス王国とも既に話はついているしな。そしてアギオセリス王国と共に現政権を打倒し、王女殿下と公爵様をお探しする」
「また、とんでもない事をサラッと……俺がこの国の王に言うとは思わないのか?」
「がっはっはっ、お前らの目を見れば分かる、真っ直ぐな良い目をしているからな。言うとは思えねぇ、じゃねえとこんな事話さねえよ」
牢屋番はふと笑いを止め、真面目な顔を俺に向けてくる。
「で、提案なんだが……俺と一緒に行かねえか? 見ればすぐ分かる、お前さんかなり強いだろう?」
「あんたには負けるけどな……それにフランツにも……」
「奴か……俺も剣の腕のみだと奴には勝てねえ……」
「あんたでもあの男には勝てないのか……」
「ああ……っと、それよりもどうだ? 悪い話じゃねぇと思うが、この国に居ても使い潰されるだけだぞ」
確かに、この状況を抜け出すには俺達だけでは現状打つ手がない。
だが、協力者が居れば抜け出す事も可能だ、しかも目の前の男はかなりの達人。恐らく俺よりもかなり強いだろう。
問題はフランツはこの男よりも強いと言う事だ。しかしフランツ以外は大して強い者は居ないらしい。
それならばフランツにさえ気を付けて行動すれば、何とかなるかもしれない。
「椿姫はどう思う? 俺は受けても良いと思うが」
「私もこの人は悪い人じゃない、信じられると思う。私もこの話には乗るべきだと思うよ。それに他に案もないしね」
「そうか……わかった宜しく頼む」
「おう、宜しくな! というか、まだ名前も名乗って無かったな。俺はエドワード・キャンベルだ、エドワードでいい敬称は要らねぇぞ」
「わかったエドワード、俺は一刀、こっちは妹の椿姫だ」
「椿姫です。お兄ちゃん共々宜しくお願いします」
エドワードに向けて椿姫がちょこんと頭を下げる。
と、そこで意外な所から反応が返ってきた。
「……妹? お兄、ちゃん?」
今までずっと喋らなかった反対側の牢屋に居た少女がそう呟き、じっとこちらを見てくる。
先程、少女から感じた感覚はエドワードと話をしている間も続いている。しかも目を合わせた瞬間にその感覚は強くなった。
何故だ……? 俺は一体彼女に何を感じている?
俺が戸惑っていると、少女の様子に何かを感じたのか椿姫が真剣な顔で返事をしていた。
「……うん、そうだよ、この人は私のお兄ちゃんだよ」
「な、んで……あ、ああぁ……何で……なの……ごめん、なの……だから……だから、ヒルティを……ひとりに、しな、いで……う、うぅぅぅ……にーに……にーにぃっ! あぁぁっ!?」
「お、おい、何だか、様子が変だぞ?」
「うあぁぁ─────っっ!!」
少女の目は虚ろになり、何事かを呻いたかと思うと、頭を抱えて急に叫び始めた。
あれは、不味い───
俺の頭の中に警鐘が鳴り響く。
少女をそのままにしておくのは不味いと、先程から続いていた感覚が急かし始めている様に思えた。
だが、そんな感覚が無くとも、頭を抱えて叫びだす少女を放っておく事が出来る筈が無い。何故か、少女の元に行けば良いと感じた俺は、エドワードに鍵を開けるよう訴えた。
「エドワード! 俺を彼女の側に行かせてくれ!」
「い、いや、それは不味い! この大声だ、誰か来るかもしれん! もし見つかれば、お前さんも俺も只じゃすまんぞ! 亡命どころじゃ無くなるかもしれん!」
「それでもだ! このままじゃ、彼女は……!」
「むう……やむを得んか、わかった直ぐに開ける!」
鍵が開くのを待つ間も凄くもどかしい、どんどんと強くなっていく謎の感覚が早く彼女の側にと急かしてくる。
「お兄ちゃん……あの子を救ってあげて、お兄ちゃんならきっと大丈夫……」
緩やかに微笑んだ椿姫に頷き返して、エドワードが開けた牢から飛び出し、未だ叫びつつける少女の牢へと飛び込む。
俺は泣き叫ぶ少女をそっと、だけど力強く抱き締める。
何故だか分からないが、こうすれば良いと謎の感覚が教えてくれる。
「──あっ」
「……大丈夫……大丈夫だから……」
俺はあえて余り言葉を紡がず、少女の頭を胸に抱えてそっと頭を撫でる。
頭を撫でていると、あれほど錯乱していた少女が落ち着きを取り戻す。
よく近くで見ると緑ではなく翡翠の色をした瞳から零れる涙を拭い、そして彼女の額に軽く口づける。
「ん……にーに……なの? 違う……でも……なにか、似てる……落ち着くの……」
「もう、大丈夫か?」
「ん……にーに、もう少しだけ……なの」
そのまま暫く頭をなで続ける、暫くすると静かな寝息が聞こえてくる。
どうやら安心して眠ったようだ。
俺はそっと彼女を石で作られたベッドらしき台の上に寝かせ、少しでも痛くないようにと脱いだシャツを畳んで頭の下に敷く。本当なら柔らかいベッドに寝かせてやりたいが、牢屋では不可能だ。
「これで良しと……」
「流石お兄ちゃんだねっ……でもちょっと妬けるなぁ……」
「一刀、あの状態の子供を一瞬で……あ、いや、今はそれよりも誰か来る前に戻ってくれ」
「わかった、無理を言ってすまなかったな」
気にするなと声を掛けられた俺は元の牢屋へと戻る。
エドワードが牢を施錠したところで、複数の足音が聞こえてきた。
「ギリギリ間に合ったか……」
エドワードは小さくつぶやいた後、直ぐ様何事もなかったかのように姿勢を正す。
そして、こちらに近づいてきた男の顔が牢屋に設置された灯りによって照らし出された。
赤茶けた長髪にずる賢そうな狐目、口は嫌らしそうにニヤニヤとしていた。
その後ろには兵士の格好をした男が三人居るのが見える。
先頭に居る狐目の男を見たエドワードが顔をしかめていた。
「……何をしに来た? ウルリヒ」
「その口調は頂けませんねぇ、今ではあなたは私の部下なのですよ?」
「……失礼しました、それで何用でしょうか?」
そう言って頭を下げるエドワードを、ウルリヒと呼ばれた男は何がそんなに楽しいのか笑って見ていた。
「それで良いのです。そういえば何か騒がしかった様ですが……まあ、それは良いです、それよりもフランツ団長が貴方をお呼びです」
「団長が……?」
「用件の内容までは分かりませんが至急、団長室に来いとの事です。その間の牢屋番の代わりは後ろの者が務めるので気になさらぬよう」
エドワードが苦々しい顔でこちらを一瞬だけ見て、直ぐウルリヒへと向き直る。
「……分かった」
低い声で答えたエドワードはウルリヒの横を抜け、出口へと向かって行った。
エドワードの足音が聞こえなくなるのを見計らったかの様に、黙っていたウルリヒが俺達に声を掛けてきた。
「さて、そこの男性の貴方、今から私に付いてきてください」
「……」
ウルリヒの合図により後ろに控えていた兵士達が牢の鍵を開け、その兵士の一人に腕を掴まれた俺は牢屋の外に連れ出される。
「待って! お兄ちゃんをどこに連れていくのっ!?」
「大丈夫ですよ、少しお話を聞くだけですから」
一人牢屋に残された椿姫の焦った声での問いかけに、ウルリヒは嫌らしく笑いそう答えてくる。その言葉は誰が聞いても直ぐに嘘だと言うことが分かってしまう位に、嫌らしい笑みをその顔に浮かべていた。
椿姫もそれが分かっているのだろう、絶望により顔を青くしている。
「大丈夫だ、すぐ戻る」
俺の言葉に椿姫は涙目で首を大きく横に振る。
そんな椿姫を横目に見ながらウルリヒの方を見ると、ウルリヒは牢屋横の壁に指を押し付けているところだった。
よく見ると壁にはボタンのような物が複数付いており、その内の一つを押していたようだ。身構えて周りを見回すが、特に何か起こるわけでもなかった。
「例の部屋に連れていきなさい、そして貴方は牢屋番を引き継ぐように」
「「「ハッ!」」」
返事をした兵士の内の二人に俺の左右の腕を掴まれ、牢屋の出口がある方向とは逆へと歩かされる。
「いやっ! いやっ! お兄ちゃんを連れて行かないで!」
椿姫の叫びに俺は振り返り小さく大丈夫だ、と呟き前に向き直る。
泣き叫ぶ椿姫の声を背に俺は奥の方へと連れていかれた。
◆◇◆◇◆
──椿姫視点──
兵士達に連れて行かれるお兄ちゃんの背中に向かって私は叫び続ける。
だが、それに答える者は無く、無情にもお兄ちゃんは通路の奥へと連れていかれてしまった。
お兄ちゃんの姿が見えなくなった途端、私の体から力が抜けて冷たい石床へとずり落ち、座り込んでしまう。
「うぅ……おにい、ちゃん……」
それからどのくらい経っただろうか、少しだけ心を落ち着け考える。
お兄ちゃんを連れていったウルリヒは話をするだけと言っていたが、あの男の目が嘘だと物語っていた。たちが悪い事に恐らく本人もそれをわかってやっている。
状況的にお兄ちゃんは、あの国王が欲しがっている地球に存在する武器等の製造方法を聞き出す為に連れていかれたのだろう。
だが、剣道に傾倒していたお兄ちゃんがそんな事を知るはずもない。
そして、色んな知識を覚えている私も流石に武器製造の方法までは分からない。
よって此方には相手を満足させる為の材料が無い。
だけど、相手はそんな事は知る筈もない。ただ黙秘しているだけだと思われるだろう。
だから、きっとお兄ちゃんは今頃──
その先を考えるのが怖くなり私の思考は停止してしまう。
『────』
と、何処からか分からないが、誰かの声が確かに聞こえてきた。
「え……なに?」
『ぐあぁぁぁっっ!!』
私の耳に響いたのは最も聞きたい声であったが、最悪を示す最も聞きたくない声だった。