詰問
暗い明かりが灯る静かな通路に、一人分の足音が響く。
そんな薄暗い通路を歩いているのは、この場所には似つかわしくない格好をした男だ。男の格好は十人中十人が王だと言うだろう、荘厳な雰囲気を放つ服装を身に付けていた。男の正体は先日の反乱に勝利し、王女と結ばれ王となった者だ。
歩く彼の左右には格子状の柵が見える。彼が歩いているのは城の地下にある牢獄だ。その牢獄には今回の内乱で捕らえられた、国王派の者達が投獄されている。
彼はそんな左右の牢獄には目もくれずに、奥へと歩いていく。
そして彼が辿り着いたのは、中に一人の人物が壁に張り付けられている牢獄だ。
「起きているか? 聞きたい事がある」
「そ、そなたは……!」
張り付けられた人物が顔を上げる。その人物はこの国の元国王だった。
その顔には王としての威厳は微塵も無い。ただのくたびれた老人の様になっている。
「明日はいよいよ処刑の日だが、その前に聞く事がある。何故、村の皆を殺した?」
「……村?」
「俺が住んでいた村の事だ。知らないとは言わないよな」
「そ、そなたの村……など知らぬ……」
彼の問い掛けに元国王はそう答えた。それを聞いた彼は、牢獄の鍵を開け、中へと入る。そして、元国王の前まで移動した。
「な、何を……?」
「思い出さないのなら、こうするまでだ」
そう言って彼が取り出したのは、先の尖った棒状の金属。それは長さが成人男性の手首から指先位程もある針だった。
彼は元国王の左手を壁に広げて固定し、その針の先端を向ける。
「や、やめ──あああぁぁぁっっ!!」
元国王の制止の声に耳を傾ける事無く、彼は親指に針を突き刺した。余りの痛みに元国王は叫び声を上げる。
「どうだ? 思い出したか?」
「わ、分からぬ……何のこ──ぐああぁぁ!!」
元国王の返答に、彼は次に人差し指に針を突き刺す。そして、次々に別の指へと針を突き刺した。
元国王の指に空いた穴から血が流れ出る。それを見た彼は、元国王が出血多量で死なない様に表面だけを塞ぎ、血が流れ出ない様にする。
見た目は傷が塞がったかの様に見えるが、中は傷付いたままなので痛みは継続したままだ。
「まだ思い出さないか?」
「はぁ、はぁ……も、もう止め、ぬか……」
元国王の返答に、次は右手の指に同じ様に針を突き刺していく。
その度に、地下の牢獄に元国王の叫び声が響き渡る。
「まだ思い出さないか。思ったより忍耐強いな……それじゃもっと行くぞ」
「や、やめ──」
次に彼は指の付け根に針を突き刺していく。左右の手、全てに針を突き刺す。
そして、遂に痛みに耐えきれなくなった元国王は、気を失った。
「む、気を失ったのか……ならば……」
そう言って彼は、元国王の頬を思いっきり叩く。
「ぐ、くぅ……」
「目を覚ましたか。じゃあ、次だな」
その痛みにより意識が覚醒する元国王。それを確認した彼は、今度は尖った返しが沢山付いた板を取り出す。それは少しずつ身体を削っていく為に作られた物だ。もし、このヤスリで擦られたら、骨すらも削られてしまうだろう。
「もう一度聞くぞ。俺の村の皆を殺したのは何故だ?」
「ど、何処の、村の事、なのだ……」
「ん? ああ、そう言えば村の名を言ってなかったな。俺の住んでいた村は───だ」
その村の名に元国王の目が見開かれる。間違いなく知っている反応だ。
「その様子だと思い出した様だな」
「あ、あの村の、生き残りは、居ない筈……」
「たまたま狩りに出ててな。それよりも、何故皆を殺した?」
彼は低い声で元国王を問い質す。そして、元国王が告げたのは──
「そなたの、村に……───が居ると、報告が……」
元国王の言葉に、今度は彼が目を見開く。それは彼の妻しか知らない事実。彼自身とその妻が喋らない限り、分かる筈が無い事だった。
「どうやって、その事を知った!?」
「余の城の……出入りのしょ、商人からじゃ……」
「商人だと……?」
彼は記憶を当たる。彼の村は辺鄙な所にあり、人が訪れる事はほぼ無い。ただ一度だけ、道に迷った商人を村に案内した事を思い出す。
「まさか……」
その時に俺を見た商人が、驚いた表情をしていたのも思い出す。という事は──
「まさか……【鑑定】持ちか!?」
彼の言葉に元国王は頷く。それで彼には合点がいった。
そして、一つの結論に辿り着く。
「皆が死んだのは……俺が商人を村に連れていったから……?」
だが、そこである事に気付く。
「……いや、それで皆が殺される理由にはならない。ただ俺を連れていけば良いだけだ。皆を殺す事に何も意味は無い」
彼はその事に気付き、元国王を睨み付ける。
「何故、皆を殺した!?」
「……居なかった、からだ……───が居なかった……腹いせに、全員殺した」
「なっ!? たったそれだけの理由で、妻と村の皆は殺されたのかっ!?」
彼は苛立ち紛れに、ヤスリで元国王の胸を力一杯擦り上げる。
「ぎゃああああぁぁぁぁ!!!」
余りの痛みに、元国王の口から今までで一番の悲鳴があがる。
それから彼は暫くの間、ヤスリで元国王の身体を擦り続ける。彼は感情的になってはいたが、死なない様に傷を塞ぎながら行う位の理性は保っていた。
「ちっ、これ以上は死ぬか……」
「……ぁ…………ぅ」
殺すのは民衆の前で行わなければならない。この国の王が代わった事を示す為にも、ここで殺してしまう訳にはいかないのだ。死なない程度に傷を癒し、彼は牢獄を後にする。
一言、元国王に告げて──
「明日は俺直々に殺してやるからな」
そして次の日、元国王に告げた様に彼自身の手で、元国王を斬首した。
ここに彼の復讐は終わりを向かえた。




