第十六話 生贄
「他の保護した子供達はどうしたんだ?」
「安心したのか、皆寝ちゃったから部屋で寝かせてるよ。体調も特に問題無さそうだったよ」
「そうか。無事なら良い」
助けた子供達が無事なら、次は残りの子供達の行方だ。
サヴェーリオは子供達が行方不明になった事に対し、自分の手で守らなければと子供達を誘拐──彼の言い分では保護──した。
流石にそんな動機は思い付く筈もなく、大元が一緒だと思っていた誘拐事件は完全にあてが外れてしまった。
サヴェーリオが単独犯なら、他の子供達の事を知るわけがない。
そうなるとどう探すかが問題になってくる、と思ったんだが……。
「もう一ヶ所様子がおかしい場所があったよね」
「そうだったか?」
「アエラスちゃんがたしか言ってたの。おかしなくらい平然としてる声があるって」
確かにそう言っていたのを思い出す。怯えている声の方に意識が向いていたために忘れていた。
「そうなると、子供達がいると思われるのはそこでしょうか?」
「他にそれらしい声がなければ、そこだろうね……ヒルティちゃん、詳しく聞きたいからアエラスさんを呼んで貰って良いかな?」
「うん、分かったの。……風の精霊アエラスちゃん、お願いなの」
前の時と同じように視認できる風が現れ収束し、そこから風の精霊アエラスが姿を現す。
『さっきぶりね。もしかして、さっきの事かしら?』
「そうなの。まだ子供達全員が見つかってないから、おかしなくらい平然としてる声の事をもっと聞きたいの」
『ああ、あったわね、あれはなんというか……感情が無い声だったわね』
「感情が無い?」
『普通どんな人でも何かしらの感情が声には表れるの。それなのに聞こえてきた声には全く感情が感じられなかったのよ。人がそんな状態になるには二つ方法があるの。一つは心を殺して何も考えられなくする方法。これは元に戻す事は出来ないわ。もう一つは心を操る方法。こちらは術者を倒すか、操られた本人の記憶を刺激すればはね除けられるわ。後者は本人が余程強い思い入れを持っていないと、はね除けられ無いけどね』
心が操られる……芽衣が操心という状態だった。確かにあの時、芽衣の記憶を刺激していた。俺は知らず知らずのうちに正しい対処を行っていたのか。
今回の子供達が同じ状態ならば、記憶を刺激してやれば良いんだろうが、初対面の相手にそれは不可能だろう。となれば、術者を倒すしかない。
後は心を殺されていない事を祈るしかない。
「なるほど……そんな声が聞こえたのなら確かに怪しいな」
「ボクみたいになってた子達がいるのなら、必ず助けてあげたい……」
操られていた事のある芽衣が悲痛な表情を浮かべている。操られていた間の事は覚えていないらしいが、同じ様な境遇の子供達に感じ入るものがあるのだろう。
「それで場所は何処なんだ?」
『場所は平民街の大きな建物の中ね。その建物の中で場所によって哀しげな声と、さっき言った感情の無い声が分かれて存在してるわ』
「平民街で大きな建物……それに哀しげな声をさせる人と、感情の無い声をさせる人……となるとあそこしか……」
「椿姫、もしかして場所が分かったのか?」
「うん、私の推測が正しいならきっと──」
◆◆◆◆◆
サマーリとセリーヌ、それに新たに妹となったユーリを孤児院に残し、アエラスの案内で俺達はとある場所へと向かった。そして、辿り着いた場所は──
「やっぱり、ここだったね」
「ここは……ロバートさんの孤児院か。もしかして、ロバートさんが犯人なのか?」
「うん、そうだと思うよ。本人以外にこの場所で子供達を隠せるとは思えないしね」
早速、椿姫に【認識阻害】の魔法を掛けて貰い、孤児院内へと侵入する。
アエラスの案内で孤児院内を歩いていたが、そこに住んでいた子供達は哀しみを湛えた表情をしていた。居なくなった子供達を心配しているのか、それとも不当な扱いを受けているのかは判断がつけづらいところだ。
それにしても椿姫は何故ここだと分かったのか不思議に思ったが、それよりも今は監禁されている子供達を探すのが先決だ。
喋れば見付かってしまうので、アエラスの後を無言でついて行く。
そうして辿り着いたのは、院長の部屋と思われる場所だ。部屋の中は殺風景で、机とベッドに背の高さ程の本棚に洋服箪笥があるだけだ。
院長のロバートの姿は見当たらない。もしかしたら出掛けているのかも知れない。
『この奥から聞こえるわ』
アエラスが指を指したのは洋服箪笥だ。もしかしたら動くのかと思い、動かそうとしたが全く動く気配が無い。備え付けの箪笥なのだろう。観音式の扉を開けるが、服が数着掛かっているだけで怪しい所は無い。
「うーん、普通の洋服箪笥だよな……」
「机みたいに何か仕掛けがあるのかな」
「わたくしも箪笥の仕掛けは分からないです……」
全員が悩む中、椿姫がじっと箪笥の中を覗き、何かを呟いている。
そして、おもむろに掛かっている服を取り除き、服が掛かっていた棒の部分を押した。すると、動く筈の無い棒が奥へと押し込まれ、それと同時に箪笥の背面の板が下へと下がり、地下へと続いていると思われる階段が現れる。
「これは……良く気付いたな……」
「この棒の後ろに不自然な線があったから、もしかしたらと思って」
箪笥の中は薄暗い、それで良く気が付いたものだ。
今回も直ぐには入らずに階段を覗き込む。ただ前回と違い、明かりが中にも設置されていたので、問題無く状況を確認出来た。特に何の変哲も無い階段とその先にある通路が視界に入る。
特に危険性も無い事を確認後、足音をたてないように階段へと足を踏み入れる。
幸い、階段は石造りだった為に足音は殆どたたなかった。
箪笥を抜けるとそれなりに幅は広く、二人位は並んで降りる事が出来そうだ。
俺と芽衣が並び、その後ろに椿姫、ヒルティが続き、最後にコロナの順で階段を降りて行く。
十数段の階段を降りた後は、真っ直ぐ続く通路の先に扉が見える。
扉までそれほど距離がないので、直ぐに扉の前に辿り着いた。
これから先、扉を開けば【認識阻害】があったとしても気付かれる事は免れない。
俺は全員に頷きで合図を送り、扉の取っ手に手を掛ける。扉の造りからして、押して開ける形なのは分かっていたので、ゆっくりと扉を押し開く。
そして、それに合わせるように部屋の様子もゆっくりと見えてくる。
薄暗くはあるが明かりは付いている様で、部屋の中はある程度見る事が出来そうだ。
開いた扉の先の部屋の高さはそれほど無いが奥行きがある。恐らく学校の教室位の広さはあるだろう。
その部屋の中央辺りに一人の人物が立ち、その奥にはベッド位の大きさと思われる台が置いてあり、その上に誰かが寝そべっているのが見えた。
立っている人物はゆったりとした服を着ているらしく、男女の区別もはっきりしない。台の上に寝ている人物も、この距離と明るさでは良く見えない。
左の方へと視線をやると、長椅子が置いてあるらしく、そこに数人の人物が腰かけているのが見える。しっかりとは見えないが輪郭の大きさからして、子供に間違い無いだろう。
「……どなたでしょう?」
扉が開いた事に気付いたのだろう。部屋の中央にいた人物が此方に振り向き誰何してきた。その声はどこかで聞き覚えのある男の声だ。
「……? 何やら見辛いですが……そこに居るのでしょう?」
扉を開けた事により認識されてしまった為、【認識阻害】の魔法の効果が薄れてしまっているのだろう。どうやら気付かれているようだ。
気付かれているのなら、魔法を掛けている意味は無い。
「……解除するね」
椿姫は俺が言わずとも察して魔法を解除した。
「……おや、貴方達は確か一度うちの孤児院に来られた方達ですね」
そう言ったのは、この孤児院の院長であるロバートだった。この声と顔は覚えている。間違いなくロバートだ。
「ロバートさん、一体何をやっているんですか?」
「何って……知りたいですか? 邪神復活の儀式ですよ」
「邪神……?」
邪神はこの世に害をなす存在。その邪神の復活? そんな者を復活させてどうするつもりなのか。
「邪神とは復活する度に、幾度も勇者とやらに人間の都合で封印されてきた不遇の神の事です。邪神が復活すればこの世界は浄化される。人という不浄な生き物が排除されるのです。この世界に人という存在は必要無い。皆が自分の欲求を満たす事しか考えていない。邪神等よりもよほど害悪です。こんな醜い種族は滅びた方がいい。何故ここに居られるのかは分かりませんが、コロナ王女もそう思われますよね? 特に貴女の父上は正に人間の屑でしたからね」
ロバートの言葉の後に 、コロナの方から息を飲む声が聞こえた。コロナの事を知っている? いや、この国の人間であれば知っていてもおかしくは無い。何処かでコロナの姿を見たことがあるのだろう。
「あの王のせいで、私の家族は……殺されたっ! どうでもよい下らない理由でね……そして私は考えたのです。人という種族が存在するからあのような事が起こると。であるなら滅ぼせばいい。だが、私の力では滅ぼすなど不可能。ならば大きな力を利用すればいい。それが邪神だったという訳です。ああ、私は邪神を崇拝している訳ではないので、そこはお間違いなきように」
ロバートは聞いてもいない事を次々と喋ってくる。そのお陰で目的は知る事は出来たが、肝心の子供達をここに監禁している理由が分からない。
「それが子供達と何の関係があるんだ?」
この男には敬語を使うに値しない。俺は敬語を使うのをやめて、ロバートへ問い掛ける。
「ああ、そこですか。それは見れば分かりますよ」
そう言ってロバートが横にずれる。するとロバートの影に隠れて見えなかった、台に寝かされていた子供の様子が見えた。
そして、その子供の状態を見た瞬間、俺は絶句してしまった。妹達からは悲鳴が上がる。
何故ならば台の上に寝かされていた子供の胸には、剣が突き立てられていたからだ。
子供の顔──恐らく男の子──には生気が感じられず、死んでいるのがはっきりと分かった。その無惨な姿に俺の身体は自然と震えてしまった。
「この子は邪神復活の生贄です。ここには邪神封印の為に、世界に数ある楔の内の一つが設置されていましてね。その封印を解くために子供の血が必要なのです」
「何て事を……」
「その子供は自身の孤児院の子供だろう? 何故そんな子供を殺せる?」
「私がこの孤児院の院長に治まったのは、この場所と生贄の子供達が欲しかっただけです。子供達には何の情も無いですよ」
ロバートは何の感情も浮かんでいない表情でそう告げてきた。あの時、心配そうな表情をしていたのは演技だったのだ。今の無感情な姿こそがこの男の本来の姿なのだ。
「さて、そろそろお話もいいでしょう? 私が求めるのは子供のみ、貴方とコロナ王女以外は生贄にして差し上げますよ!」
その瞬間、ロバートの目が怪しく光った。




