第十五話 妄執
扉を開いた俺達の目に入ったのは、十数人の鎖に繋がれた子供達の姿だった。椿姫が【認識阻害】の魔法を解いた途端、急に現れた俺達に誰もが怯えた表情をしていたが、直ぐに不思議な物を見るような表情に変わった。
「あの男……じゃない? あなた達は一体……?」
子供達の中でも一番年上だと思われる、中学生位の少女が問い掛けてくる。橙色の髪をしたその少女は、いきなり現れた俺達に怯える事も無く真っ直ぐと俺達を見てくる。
恐らく、妹達が一緒にいるので俺に対しても怯えが無いのだろう。
ともかく、今は助けに来た事を伝え、子供達をここから無事に脱出させる方が先決だ。
「俺達は拐われたと思われる子供達──君らを助けに来た」
「たす……けに? そ、それは本当ですか? あなた達もここに連れてこられた訳じゃなく?」
「違うよ、ボク達はホントにキミ達を助けに来たんだよ」
「ああ……こ、ここから出られるんですね……ありがとう、ありがとう……」
少女の顔が安堵の表情に変わる。そして、その様子を見ていた他の子供達もホッとした表情になっていった。
「それじゃ、鎖を外して──」
『気を付けて、誰かがここにやって来るわ』
アエラスの言葉に身体に緊張が走る。ここは早々見つかる場所じゃない、俺達の様に助けに来た者がいるとは思えない。
こんな隠された場所に来れる人物……それは子供達を拐った犯人でしかあり得ないだろう。
そして俺達の耳に、何者かが近付いて来る足音が聞こえてきた。
俺とコロナが並んで入り口近くに、椿姫とヒルティが子供達の側に、そして芽衣がその中間へと配置に付いた。
これは芽衣が加わってから皆で決めた陣形だ。近接戦闘を行える俺とコロナが前衛、魔法が得意な椿姫とヒルティが後衛、遊撃及び後衛の守備として素早い芽衣を中衛に据えている。椿姫曰く、後は敵の攻撃を受け止める盾役が欲しいとの事だったが、居ない者はどうにもならないし、今後も都合良くそんな妹ないし仲間が増えるとも限らない。
ともかく今はこれから現れる犯人を捕らえる事が先決だ。
そして、足音の主が部屋へと現れる。その人物は──
俺に孤児達が行方不明になっていると話して来たサヴェーリオだった……。
「お前は……確かサヴェーリオだったな」
「何故、貴方達がここに? ここは私しか知らない筈ですが……」
「と言う事は、あなたが子供達を拐った犯人なんですね」
椿姫の追及にサヴェーリオは心底不思議な表情を浮かべる。
「私が犯人? 違いますよ、私は子供達が拐われないように保護しているだけです」
「保護ですか? それならばこのような地下に鎖で繋ぐ必要は無いでしょう?」
サヴェーリオの言い訳に、次にコロナが追及を行うが、それに対して表情を変えもしなかった。
「拐われない為の対処ですよ。こうすれば見付からないし、見付かったとしても連れていかれないでしょう?」
さも当然かのようにそう言い放つサヴェーリオ。その表情には罪悪感など微塵も感じられない。
「こんな自由が無い場所に閉じ込めるなんて、可哀想だよ!」
「それは完全な感情論ですね。大事の前の小事でしかありません。拐われなければ方法などどうでもいいではないですか」
芽衣が感情で訴えるがサヴェーリオは全く揺るがない。本当に自分が正しいと思い込んでいる様だ。
「子供達の辛い声が聞こえるって精霊が言ってたの。こんな方法間違ってるの!」
「一時的なものです。誘拐騒動が収まれば、私に感謝するでしょう」
完全に自分が行う事こそが正しいと思い込んでいる。サヴェーリオの思考は既に常軌を逸している。
「あ、あの人です! あの人があたし達の院長夫婦を殺して、あたし達をここに閉じ込めたんです!」
先程俺達と話していた少女が、サヴェーリオを指差してそう言った。その少女の言葉にサヴェーリオが犯人だと再認識した。
「と言う事だが、流石に人を殺してまで子供達を拐ったとなると弁明のしようもないだろう」
「ああ、あの夫婦ですか。あの夫婦は私が折角子供達を安全な場所に保護すると言ったのにも関わらず、断ってきたのです。保護の話をした際に不審げな表情をされたので、保護の方法を伝えたら、絶対に渡さないと言われたのでね。しょうがないので殺してしまいました。私が保護してやると言っているのに、従わないのなら殺すしか無いでしょう? それが子供達の為なのですから」
この男は……もう駄目だ。完全に妄執に囚われている。説得には応じないだろう。
それに気付いた俺は説得を諦め、取り押さえる事に決めた。
妹達にも視線を送り、その意思を示す。
「実力行使するつもりですか? だが、子供達の安寧を守る私が負ける筈が無いでしょう!」
俺達の雰囲気が変わったのを感じ取ったのか、サヴェーリオが腰の帯剣を抜き放ち、俺に斬りかかってきた。だが、その剣筋は素人そのもの、ただ剣を振っているだけにしか過ぎなかった。
俺の前に出ようとしたコロナを視線で止め、俺は腰の刀を抜き放ち、無造作に俺に振られた剣を、刀の峰で力の方向を変え受け流す。
俺に攻撃を受け流されたサヴェーリオは、勢い余って上半身が前方へと流れる。
そして、その無防備に晒されたサヴェーリオの後ろ首に、刀の柄を叩き込む。
「ぐがっ!」
その衝撃に耐えきれずに、サヴェーリオは床へと倒れ込み、それにより剣を手放した。そして、俺はサヴェーリオが立ち上がれない様に、その背中に足を乗せ、更に刀を首筋に添える。
「ぐうぅ……な、何故私が負けるのですか……」
「あんな素人同然の剣筋で、良くそこまで自信が持てるな……」
俺は呆れるよりも感心してしまった。それはともかく、椿姫に縄を出して貰い、サヴェーリオをその縄で縛り付けた。それから、妹達が手分けして子供達に異常が無いか確認を行う。
その間、俺は念のためにサヴェーリオの見張りを行っている。しかし、サヴェーリオは以外にも暴れもせずに、ずっと黙ったままだった。
「お兄ちゃん、問題が……」
「誰か怪我してたのか?」
俺の質問に椿姫が首を振る。そして、椿姫が告げたのは──
「人数が足りないの」
「何?」
「ここにいるのは殺された院長夫婦が経営していた子供達12人だけ。ロバートさんの経営している子供達は一人も居なかった」
その言葉に俺は眉をひそめる。そう言えば実行犯は二人いるかも知れないと推察していたのを思い出す。
「サヴェーリオ、仲間はここには居ないのか?」
「仲間? 私に仲間なんて居ませんよ」
「何だと……どういう事だ? じゃあ他の子供達は何処だ?」
「それも知りませんよ。私が子供達を保護しようとしたのは、ロバートさんの経営する孤児院から子供達が居なくなったからです。私が保護したのはこの子供達だけです」
「なっ……」
その言葉に絶句してしまう。その話が本当なら……。
「共犯じゃない誘拐犯がもう一人いるの……?」
芽衣の呟きに、その事実が脳へと認識される。
もう一人犯人がいるのなら、この誘拐事件はまだ解決していない。
俺はもう一度サヴェーリオに確認を行う。
「本当に知らないんだな?」
「くどいですよ。私は子供達に関しての嘘はつきません」
この男も本来は普通に子供が好きなだけだったのだろう。どこでどうしてこうなったかは分からないが、子供達を想う気持ちだけは本物のようだ。かといって方法に同意は出来ないが。
それはともかく、他の子供達を探す必要がある。だが、ここを放って行く訳にもいかない。
「お兄ちゃん、まずはこの子供達を私達の孤児院で保護しよう? この人は城の警備隊に預ければどうにかしてくれるだろうし」
「……そうだな、慌てても事態は好転するわけでも無いしな」
子供達の鎖はサヴェーリオが隠し持っていた鍵で、既に外している。
連れ出すには問題の無い状態だ。だが、子供達の意思を尊重する必要はある。念のため、これからどうしたいかを訊ねる事にした。
「あたし達は院長夫婦以外に頼れる人が居ません……ですから、あなた達の孤児院に居させて下さい」
始めに話した少女の言葉に他の子供達全員が頷いた。その言葉を聞いた俺は、この子供達を俺達の孤児院に連れていく事に決めた。
ただ、子供達を連れた状態で城に向かうのも、サヴェーリオを抱えたままで孤児院に向かうのも躊躇われる。
そこで二手に別れて行動する事にした。俺がサヴェーリオを警備隊の元に連行し、妹達は子供達を孤児院へ連れて行く。その後、俺が孤児院へと戻り、他の子供達をどう探すか話し合いを行う形となった。
◆◆◆◆◆
俺は一人、サヴェーリオを肩に担ぎ上げ城を目指す。
成人男性一人を肩に担ぎ上げるなど、普通は出来そうにも無いが、この世界で準位が上がり、力も上がった今の俺なら造作も無い事だった。
ただ、目立つ事だけは避けられなかったが……。
城で事情を話し、サヴェーリオを預けた俺は孤児院へと早足で戻る。
警備隊の詰所で事情を話した際に細かく聞かれ、時間が掛かってしまったからだ。
既に時刻は12時を回っている。俺のお腹の虫も空腹を訴えていた。
それに妹達が首を長くして待っている事を思えば、自然と歩調は速まってしまう。
城から孤児院へ帰る道中は、何事も起こらずに孤児院へと辿り着く。
まずは院長室へと向かったが誰も居なかった為、食堂へと向かう。するとそこには妹達全員とセリーヌに、先程助けた少女の姿があった。
「あ、一刀にぃだ!」
感覚の鋭い芽衣が食堂へと入ってきた俺に気付き、声をあげる。その声に反応してその場にいる全員の視線が俺へと向く。
ただいまと挨拶を交わし、妹達が座っている辺りで、空いていた椅子に腰を掛ける。
「サヴェーリオは問題無く警備隊に引き渡してきた。色々聞かれて時間が掛かったけどな」
「遅かったから心配したんだよ。でも確かに聞かれて当然だよね」
「本人も善悪の判断はともかく、正直に話していたしな。それよりも今は何をしていたんだ?」
「サマーリお姉ちゃんとセリーヌさんに経緯を話してたの。それと軽く食事をね」
「ああ、そう言えば腹が減ってたんだ」
「あ、すみません、気付かなくて……直ぐに持ってきますね」
そう言ってサマーリが立ち上がり、厨房へと向かって行った。
と、そこで声を掛けられる。
「あ、あの」
「ん?」
「助けてくれてありがとうございます!」
声が聞こえた方に顔を向けると、立ち上がってお辞儀をする少女の姿が目に入る。
子供達を助けた時に話した少女だ。名前は……そう言えば聞いてないな。
「いや、原因を取り除かないと、うちの子供達が狙われたかも知れないしな。気にするな。それより何て呼んだら良い? 因みに俺は一刀だ」
「あ、はい、あたしはユーリです。一刀兄さん」
「……一刀兄さん?」
「あの時の一刀兄さん、凄くかっこ良くて……お願いです。あたしも一刀兄さんの妹にして下さい!」
そう言ってキラキラした表情で俺を見てくるユーリ。目も髪と同じで橙色なんだなとどうでもいい事が頭に浮かぶ。そんな事を考えている場合ではない。
今日あったばかりの子と兄妹になるのは……と思ったが、それも今更かと思い直す。
「あー、俺で良いのか?」
「はい! 皆に話を聞いて尚更そう思いました! あたしも皆さんと同じように妹にして欲しいです!」
「……分かった。これから宜しくな、ユーリ」
「はい、一刀兄さん!」
どうにも断れる感じでは無かったし、妹達も止めなかったところを見ると納得しているのだろう。
「妹が沢山増えて大変だね、お兄ちゃん」
「まあ、既にこれだけいるんだ。今更一人二人増えてもな」
「うーん……まあ今は良いかな後で話せば。今は残りの子供達を探す事を考えよう」
「そうだな」
若干椿姫の物言いに引っ掛かるものがあったが、椿姫の言うとおりなので、これからどうするかを話し合う事にした。




