第十三話 精霊
翌日の朝、セリーヌが孤児院へと戻り話があるからと言われた俺達は、院長室へと集まった。
今、院長室にいるのは俺と妹達全員にセリーヌで、子供達はこの部屋には居ない。
全員が揃ったところで、セリーヌが話を始める。
「聞いた話ではあるのじゃが、とある男が孤児達をじっと眺めているのを見掛けたそうじゃ」
「眺めていただけなのか?」
「うむ、特に何をするでもなく、ただ眺めていただけじゃ。それも長い時間の」
「その人が子供達を拐ったの?」
「そうとは限らないよ。見てただけかも知れないし」
「ですが、他に手掛かりが無い以上、調べてみるしか無いのでは?」
「そうだな。取り敢えず分かっている事を纏めてみるか」
現状で疑わしいのは、子供達が行方不明になった孤児院の院長ロバート、芽衣が嫌な感じがすると言ったサヴェーリオ、そして今話に出た孤児達をずっと見ている男だ。
拐われたと思われるのは、容疑者でもある孤児院院長の経営する孤児院の子供達、それと殺された院長夫婦の経営する孤児院にいた子供達だ。
その手口からして実行犯は二種類いる可能性があり、現在の街の状況等からして大元は一緒の可能性がある。
「分かっているのはそんなところか」
「うん、それと拐われた子供達の私物が手に入らないから、魔法で探す事も出来ない状況かな」
「そんな魔法があるんだ」
「うん、空間魔法の一種なの。使い手はほぼ居ないみたいだから、私達とエドワードさん以外は秘密ね」
「そうなると、説明して子供達の私物を借り受けるのは難しいですね……」
現在、院長夫婦が殺された孤児院は封鎖されていて、中に入る事は出来ない。
後に合併されるとはいえ、まだこの国はトゥレラ王国だ。アギオセリス王国の使者であるエドワードでは、説明も無しに証拠品になりうる私物を借り受ける事は出来ない。エドワードが状況を知っているのは、エドワードを通じて俺達に注意を促す為だろう。
「そう言えば、セリーヌが聞いたその男の素性は分かっているのか?」
「ふむ、言っておらんかったのう。先程名前が出ておったサヴェーリオじゃ」
「え……」
「まさかの同一人物?」
芽衣が嫌な感じがすると言った男と、子供達を見ていた男が同一人物となると、怪しいのは三人では無く二人になる。それに──
「子供好きとは言っていたが…… まさか、そういう意味なのか?」
「それなら拐う目的が違う可能性が出てきたね。お金目的じゃなくて、子供達を囲うのが目的かも知れないよ」
「ただ、それが目的であるなら単独犯の可能性も出て来ましたね」
子供達を囲う事自体が目的なら、国王の圧政により孤児が多く居るこの街はうってつけだろう。売るつもりがないのなら、富裕層がほぼ居ないこの街から出れなくても問題はない。
目的は推測ではあるが、その可能性は充分にある。問題は証拠が無い事だが……。
「ぞれを踏まえてどう動くか……」
「それなら、誰も住んでいない大きい建物を当たって見ると良いと思うよ」
「どういう事だ?」
「多くの子供達を拐ったのなら、それなりに広い場所が必要だからね。これから更に子供達を拐うつもりなら、そういった場所を確保してる可能性は高いと思うよ」
「ああ、成る程な」
既に十数人は拐われている。椿姫の言うとおり、確かにその様な場所は必要だろう。
「ですが、問題もあるかと。ご存知の通り今回の騒動で大きな建物の多い貴族街は、ほぼ空き家になっております。その中から探すとなると現実的では無いでしょう」
港街という事もあり、この街には王都以外では貴族の屋敷が一番多く存在しているらしい。そして、その殆どの反国王派の貴族は国王派に殺され、国王派も今回の反乱で殺されたか投獄されている。その為に貴族街はその殆どが空き家になっているとの事だ。
となると、手当たり次第では時間がかかりすぎる。それにそれを犯人に察知される危険性もある。拐われた子供達が人質にされてしまうのは避けたい所だ。
「うーむ、どうしたものか……」
「兄上様、住む屋敷を探す振りをして探るのはどうですか?」
「あ、サマーリおねぇの良いかも!」
「うーん、それはそれで逃げられそうな気もするかな」
「確かに一軒一軒、見ていくのは変わらないですね」
今の方法だと直ぐに見付かれば良いが、見て回っている事に気付かれれば、見つからないように場所を移動される可能性もある。
家の中を見ずに探す方法があれば良いんだが……って待てよ。
「椿姫、【俯瞰探査地図】で探せないか?」
「それなんだけど……ロバートさんの孤児院で誘拐の話をした時に使ってみたの。でも……何故か魔法が発動しなかったの」
「……発動しない?」
「うん、試しに他の場所でも使ってみたけど駄目だった。ただ、街の外では使えたから、街の中限定で使えなくなってるみたい。でも他の魔法は問題なく使えるよ」
「どういう事だ?」
「……もしかしたら、探査系の魔法が発動しないような結界が張られているかも知れません」
「そんなのがあるんだ?」
「ええ、闇属性魔法の一つで探査系の魔法を使えなくする魔法があったと思います。わたくしは闇属性の魔法は使えないので、詳しくは分かりませんが……」
もし本当にそんな魔法が使われているのなら、魔法に頼る事も出来ない。
完全に手詰まり感がある。地道に探そうとしても、下手に動けば察知されてしまうかも知れない。と、そこで余り喋っていなかったヒルティから声がかかる。
「……ちょっと良いの?」
「ん? ヒルティ、何か思い付いたか?」
「うん、この前解放して貰った精霊魔法で、探せるかも知れないの」
「そうなの、ヒルティちゃん?」
「ヒルティも試した事はないの。でも、人を探す時に精霊魔法を使っているのは見た事があるの」
自信無さそうにそう言ったヒルティだが、他に案が無い今、試す価値は充分にあるだろう。
「さっき言ってた結界には引っ掛からないかな?」
「ヒルティにも分からないの。それに精霊に人探しを頼むのは初めてだから、出来ないかも知れないの」
「まあ、やるだけやってみたらいい。もし駄目なら他に方法が無いか探すしかない」
「わかったの、やってみるの」
「あ、ちょっと待って。成功した時の事を考えて、この孤児院を守る組と拐われた子供達を探す組と分けた方が良いと思うよ」
「ああ、そうか、確かに子供達を探している間に、ここの子供達を拐われたんじゃ目も当てられないな」
そうなると、どう分けるべきか……と悩んでいると──
「ふむ、それなら妾が孤児院を守るとしようかの」
「任せて良いのか?」
「妾が行けば多少強い者が現れようと問題は無いじゃろう。じゃが、それではお主らの実戦の機会を一つ潰してしまうからの。せめて後顧の憂いなく行けるよう、ここの守りは任せておくのじゃ」
セリーヌ程の強者であれば、問題無く孤児院を守れるだろう。世界で数人いるセリーヌより強い者が現れる確率など、ほぼあり得ないと言って良い。
「分かった、それじゃ任せる」
「うむ、任せるが良い。お主らは無事に子供達を助けて来るのじゃぞ?」
そうして孤児院の守りをセリーヌに任せ、サマーリを除いた俺達は拐われた子供達を探し出す為に行動を開始する。
まずは、ヒルティに精霊を呼び出して貰う。
「それじゃ、ヒルティ良いか?」
「ん、分かったの」
だが、ヒルティは一向に始めようとはしない。どうしたのかと思い、良くヒルティを見るとその身は若干震えていた。
「ヒルティ、震えているがどうしたんだ?」
「……にぃに……封印されて呼べなかったから、ヒルティに愛想を尽かしているんじゃないかと思って……それが怖いの……ヒルティから言い出した事なのに、ごめんなの……」
俺は不安そうに震えるヒルティを見ながら、ヒルティの頭を抱き締める。そして、俺を見上げてくるヒルティの不安そうに揺れる瞳を見ながら、安心させる様に言葉を掛ける。
「ヒルティの契約した精霊達は、そんな事でヒルティを嫌いになるのか?」
「ううん、そんな事ない……はずなの。でも絶対の自信は持てないの」
「ヒルティが逆の立場ならどう思う?」
「………………嫌いになんてなれないの。何か理由があるのかな、とは思うの」
「だったら大丈夫だ。ヒルティがそう思っているのなら、ヒルティがその精霊達を好きで居続けているのなら何の心配もいらない。逆にヒルティに何かあったのか心配している筈だ」
「……うん、分かったの。ヒルティ、にぃにの言葉と精霊を信じるの」
「ああ、その意気だ」
ヒルティから震えが消えたのを感じ、俺はヒルティから身を離す。
ヒルティは一度目を閉じた後、深呼吸を行い、強い意思を秘めた瞳を開いた。
「……風の精霊アエラスちゃん、お願いなの」
ヒルティが持っていた杖を縦に掲げ持ち、風の精霊の名前を呼ぶ。その瞬間、掲げた杖の周囲の何もない空間から風が発生した。普通、風は視認する事など出来ない。だが、その風は緑色を纏い、その風の流れがはっきりと視認出来た。
その風はヒルティの周りを数秒巡った後に、全てが杖の前面へと収束する。そして、その風が収まり、そこから現れたのは30センチ位の半透明の小さな女の子だった。
先程の風と同色の緑色の髪は少女自身の足下まであり、瞳も同じく緑色で若干たれ目だ。
白い肌をしたその身には何も纏ってはいなかったが、人の姿をしているが人の身体的特徴は備えていないので、いやらしい感じは全くしない。そして──
『ヒルティちゃん……良かった、また逢えて』
「うん、ヒルティもまた逢えて嬉しいの」
ヒルティによって呼び出された風の精霊アエラスは、ヒルティを見てにっこりと笑い、ヒルティの首に抱き付いた……様に見えただけで、実際に接触は出来ないようで、一部重なって見える。どうやら実体は無いらしい。
『フォス様と一緒に毎日の様に呼んでくれてたのに、最近は呼んでくれなくて心配してたのよ?』
「心配かけてごめんなの。精霊魔法を封印されて呼べなかったの」
『封印……成る程そういう事ね。……あれ? でも封印を解くにはお兄さんの協力が必要な筈よね。でも、ヒルティちゃんのお兄さんは……』
風の精霊アエラスが言葉を濁す。詳しくはまだヒルティから聞けて居ないが、そのヒルティのお兄さんというのは、もう亡くなっているのだろう。だが、ヒルティはそれを笑顔で返す。
「ヒルティには新しくにぃにが出来たから大丈夫だったの』
『新しいお兄さん?』
ヒルティの視線を辿ったアエラスの視線が俺の方へと向く。俺の姿を捉えたアエラスは真っ直ぐに俺の方へと飛んで来る。そして、色んな方向から俺を覗き込んできた。
そうまじまじと見られると、流石の俺でも落ち着かない。
「な、何だ?」
『ヒルティちゃんの新しいお兄さん、お名前は?』
「あ、ああ、一刀だ」
『一刀お兄さんね。うん、ヒルティちゃんの新しいお兄さんとして、私が合格をあげます。ヒルティちゃんをよろしくね』
「あ、ああ……」
どういうところでヒルティの兄として合格と判断したのか良く分からないが、取り敢えず頷いておいた。
その後はアエラスと妹達にて挨拶を行い、漸く本題へと戻る。
『それで私を呼び出したのは、ただ再会や挨拶をするためだけじゃ無いよね?』
「うん、実は人を探して欲しいの」
『人を?』
「あ、詳しくは私が説明するね──」
そして、簡単に椿姫の説明がアエラスに行われた。アエラスは椿姫の説明を聞いて納得した表情で頷いた。
『うん、大丈夫。私なら探し出せるよ』
アエラスは自信満々に胸を張ってそう告げた。




