第九話 特訓
翌朝、朝食の席で無事ヒルティの精霊魔法の封印を解除できたと報告を行った。
その事に皆が我が事かの様に喜んでいた。
「みんな、ありがとうなの!」
ヒルティが照れ臭そうに、だが大きな声でお礼を言う。
そして、もう一つ報告を行う前に確認を行った。
「皆は魔人族についてはどう思っている?」
「う~ん、分かんない!」
「わたしも!」
「見たことも無いよ」
「そうですね、わたしも会った事が無いので何とも……」
「お兄様、魔人族は寿命は妖精族よりも長く、見た目は赤い髪に褐色の肌に、角や羽に尻尾等の人間族には無い特徴を備えており、人間族よりも能力に優れ、特に魔力が高いと言われております。魔人族は一般的には殆ど遭遇する事は無く、歴史上でも魔人族はこの大陸に渡って来るのは極少数です。ですのでそれを知るのも極少数の者のみで、一般的には存在するという事は知っていても、その姿を見た方は殆どおられないのが現状なのです。その様な訳で何も思うところが無いのです」
子供達が分からないと言う中、コロナがそう説明をしてくれる。
こういった時、何時もなら椿姫が教えてくれるが、流石にこの情報はまだ知らなかったのか、先に言われてしまったからなのか分からないが、椿姫は悔しそうな表情をしていた。
「成る程な、じゃあ問題は無さそうだな」
「お兄ちゃん、どういう事?」
「実はな──」
俺が言おうとした瞬間、食堂の扉が勢いよく開かれ、一人の人物が現れる。
その人物を見た皆は、その人物の姿に驚き固まっていた。
「約束通り世話になりに来たのじゃ! ……む、食事中じゃったか……おおっ! 何とも美味しそうではないか! 妾もご馳走になって良いかのう?」
その人物はそんな空気を読まずに、空いていた席の一つに腰掛ける。
赤い髪と目に褐色の肌、天を突く角に蝙蝠の様な羽に細い鞭のような尻尾。間違いない昨日俺とヒルティが出会った、魔人族のセリーヌだ。
「ん? どうしたのじゃ? はっ! もしや人数分しか無いのかのう……」
そう言ってしょんぼりとするセリーヌ。この人数だ、食事を作る際に人数丁度に作るのはほぼ不可能に近い。多少なりとも余ってはいるだろう……って、そんな事を考えている場合じゃない。俺が説明をする前に早くも現れ、勝手に入ってきたセリーヌをどう説明したものか迷ってしまう。
皆は初めて見る魔人族を、興味津々と、呆然と、驚きと、それぞれが様々な表情で見ているが、恐怖を抱いている者はいない様に見える。
なら、取り敢えずは──
「ククリ、もう一人分食事を用意してくれるか?」
「え、あ……は、はい、分かりました」
とりあえず、セリーヌの分の食事を用意する事にした。あそこまで残念そうにしていれば、流石に食事をさせないのは可哀想だからな。まあ、本人が食事をしている間に説明をする意図もあるが。
少ししてククリが食事をセリーヌの前に置く。すると先程まで悲しそうな表情だったセリーヌが目を輝かせる。
「よ、良いのか?」
「ああ、皆が食事を取っているのを見させるだけとか、そんな事は出来ないしな」
「おお、有り難く頂くのじゃ!」
そう言って食事を始めるセリーヌ。それを横目で見ながら、皆に説明を行う。
「皆も食事をしながらで良いので聞いてくれ。彼女はセリーヌ、先程話題に出た魔人族だ。昨夜、封印を解いた後に現れてな。その時の話の流れで俺を鍛えてくれる事になった。これから一緒に住む事になるが……彼女の事を受け入れられない者はいるか?」
「びっくりはしたけどいい人そうだし大丈夫だよ」
「食べてる姿が可愛いし、癒されるかも」
「わたしも特に思うところは無いですね」
「なんか仲良くなれそうな気がするかな」
俺の説明にセリーヌに忌避感を示す者は居なかった。どころか、好意的に受け入れてくれる子達が多い。問題は無さそうだ。
「お兄ちゃん、一個だけ聞いて良い?」
と、思っていたら椿姫から質問が飛んで来た。
「セリーヌさんは何でお兄ちゃんを鍛えようとしてるの? 初対面なんだよね?」
当然の疑問だろう。昨日、初めて会った人間を鍛えようとは普通は思えないだろう。
「本人曰く、俺が鍛えがいがありそうとの事だが……俺もそれ以上は分からない」
「そうなんだ……」
そう言って椿姫は、食事を続けているセリーヌへと視線をやっていた。
それに気付いたセリーヌは、椿姫見返す。
「ん? なんじゃ、何か用かのう」
「何で、お兄ちゃんを鍛えるんですか? 鍛えがいがあるからだけじゃ納得は出来ないです」
「ふむ、まあそうか……そうじゃのう、妾が昔会った異世界人には借りがあっての、その異世界人に頼まれたのじゃ……『もし、僕以外の異世界人に会ったらなるべく手を差し伸べて欲しい』とな。ただ、妾が出来ることなど戦う事しか無いからのう。それで鍛えるという話になったのじゃ」
そう言ったセリーヌだったが、口の周りがスープでベトベトになっており、真面目な話の筈なのに全く締まらない。そんな状態で真面目な顔をして喋っているので、何人かはそれを見て笑いを堪えていた。
「成る程……それじゃ私も含まれるんですよね?」
「うん……? そう言えば一刀の事を兄と言っておったな。……成る程、そなたも異世界人というわけじゃな。そなたは……兄とは違い、魔力が強いのう。であれば妾が教えられる事も多そうじゃな、兄妹揃って面倒を見てやるのじゃ」
「あ、ありがとうございます」
「それでじゃ、面倒を見るのは二人でいいのかの? 物のついでじゃ、多少人数が増えても良いぞ。まとめて面倒見てやるのじゃ」
「あ、あのお兄様宜しいでしょうか?」
と、そこで黙っていたコロナが声を掛けてきた。
「何だ?」
「そのお方は皆様に教えられる程、お強いのですか? 一見してそうは見えないのですが……」
確かにコロナの言うとおり、角等がある事を除けば見た目は普通の少女にしか見えない。そう思うのも不思議では無い。セリーヌのあの強者の気配を感じてしまった俺やヒルティ以外は不思議に思えるのだろう。
「実際に戦った訳じゃ無いが、エドワードどころかフランツより強い気配はしたな。今は気配を絶っているから感じられないだけだ」
「そ、それほどのお方なのですね……」
「自慢では無いが、妾に勝てる者はこの世界には居らぬ、とは言わぬが数人と限られるのう」
世界で数人とはセリーヌは俺が思った以上の強者だった。あれほどの気配を発していたのも頷ける。
「じゃが鍛えれば、そなた達もその強者に加われる可能性は充分にあるのじゃ。まあ簡単にはいかんじゃろうがな」
◆◆◆◆◆
気が付けば食事も終わり、俺、椿姫、コロナ、ヒルティ、芽衣、セリーヌ以外はそれぞれの仕事や部屋に戻っていた。
「ふむ、鍛えるのはそなた達、五人で良いのかの?」
「ああ、他の子達はまだ訓練を始めたばかりだからな、付いていくのは厳しいだろう」
「成る程の、ではその子達に行っているのが訓練、そなた達に行うのが特訓と分けるとするのじゃ」
「特訓か……どんな事をするんだ?」
「基本は実戦形式じゃな。異世界人は基本的な能力は高いが、その殆どが実戦経験が乏しいからのう。まずは妾が相手になろう、そなた達の力量も知りたいしの」
「で、でもどこでするのかな? ここの庭は広いけど、ボク達が戦うには狭い気がするよ?」
「メイナの言うとおりかと。魔法を使うのであれば孤児院では危険かと思います」
芽衣とコロナの言った危惧は確かにある。ここで魔法を使った訓練は厳しいだろう。皆を守る為の特訓で、皆が怪我をしては意味が無い。
「それなら心配は無用じゃ、専用の場所があるからの。直ぐにでも始めるかの?」
「いや、準備があるからちょっと待っててくれるか? 皆、普段着のままだからな」
「おっと、そうであったか。では30分後位に庭に集合で良いかの?」
俺達はそれに頷き、準備を行う為に部屋へと向かった。
◆◆◆◆◆
30分後、準備を終えた俺達は庭に集まっている。念のため、サマーリには子供達を含めて外に出ないように言っている。まだ治安が安定しておらず、俺達全員も特訓の為に付いて行けないからだ。
「揃った様じゃな。それでは良いかの?」
俺達が頷くと、セリーヌは何も無いところから何かを取り出した。どうやら、セリーヌも【収納空間】の技能を持っている様だ。
それはともかく、セリーヌが取り出したのは何処かの場所の模型だった。
「それは?」
「これはじゃな、昔知り合った異世界人に貰った物じゃ。これに精神力を流すと範囲内にいる者達を、この魔導具の中に入れる事が出来るのじゃよ」
「この中に入れるんですか?」
「うむ、特訓はこの中で行う。この中ならば周りを気にせず戦えるしの。ただ、起動にはかなりの精神力が必要じゃがな。まあ妾であればそれでも少量にしかすぎんがの」
「それは時間の経過は?」
「時間の経過は外と同じじゃな。これを造った異世界人は時間経過が短くなるようにしたかった様じゃが、無理だったと聞いておる」
「中に人が居る状態で破壊されたらどうなるんです?」
「それの心配はいらぬ、妾程の能力が無ければ破壊は出来ぬし、もし破壊されても外に戻るだけじゃ」
「外と連絡を取る手段はありますか?」
「残念ながらそれは不可能じゃ。一度誰かが入れば中の者が全員外に出ない限りは途中から入る事は出来ぬし、中からの連絡の手段も存在せぬ」
「中に入っている間に移動させられ、水や火に入れられる事は?」
「人が入っている間はどの様な方法でも動かせん。もしこの場で火にくべられたとしても、外に出る際に全ての害をなす事象は無効となるので問題はないのじゃ」
椿姫の質問攻めに一つ一つ答えていくセリーヌ。聞く限りでは連絡手段が無い事以外は問題は無さそうだ。
「他に質問は無いかの?」
「はい、ありません」
「うむ、それではいくのじゃ」
セリーヌは模型を地面に置き手をかざす。
「起動せよ『仮想空間』」
その瞬間、辺り一面を光が埋め尽くした。




