第八話 魔人
いきなり俺達の前に現れた15才位の少女、だがその少女は普通では無かった。
赤い髪を無造作に伸ばし、その頭に生える長い角、褐色の肌に赤と黒を基調にした露出の高い際どい服、そして背中に生えた蝙蝠の様な羽。
しかしそんなものよりも、少女から発せられる気配が尋常では無かった。
その姿を見ているだけでも足がすくみ、油断すると立っていられなくなる。
ヒルティもその少女の気配に充てられたのか、俺に顔を押し付けながら抱きつき震えていた。
身体中から汗が吹き出し、止める事が出来ない。見た目は少女にしか見えないが、そんな見た目からは想像出来ない強さを感じる。
俺が手も足も出なかったフランツよりも間違いなく強い。
唯一の救いは相手から殺気や敵意が感じられない事だ。敵対しなければ戦う事にはならない可能性は高い。
一瞬【鑑定】を使おうかと思ったが、もしばれでもすれば不興を買う恐れがあると思い使うのをやめる。
「ふうむ、特別強そうには見えんが……先程、強い力がこの辺りから発せられたのじゃが、お主らは何か知らんか?」
「あ……う……」
つり上がった小さく赤い瞳が俺達をじっと見つめてくる。やはり、その目には敵意は見受けられない。ただ、その顔には疑問の表情が浮かんでいるのみだった。
だが、少女から発せられる気配のせいで、声を出すこともままならない。
「そう怖がらずとも何も危害を加えるつもりは無いのじゃ。……む、もしやこの気配のせいかの……? あーすまんの、人前に出る事などとんと無かったものでな、失念しておったわ」
その言葉と同時に、少女から発せられていた気配が感じられなくなる。それにより、ようやくまともに喋る事が出来た。
「すまん、楽になった」
「うう……怖かったの……」
「いやすまんの、人前に出るなど久し振りでの。それで先程の質問じゃが、何か知らんか? 恐らく精霊の気配じゃったと思うんじゃが……」
恐らく精霊魔法の封印を解放した際の事だとは思うが、少女の質問に正直に答えるか迷う。危害を加えるつもりは無いとは言っているが、その原因がヒルティだと分かると態度を変える可能性もある。迂闊に答えるべきでは無いだろう。だが──
「……それはヒルティが封印された精霊魔法を解放したからなの」
「ほう……成る程そういう事か」
恐怖から解放されて気が緩んだのか、ヒルティが答えてしまった。
「かなりの強さを感じたが……何の精霊と契約しとるのじゃ?」
「んと、光の精霊フォスと風の精霊アエラスなの」
「なんと! かなり上位の精霊ではないか、であればあの気配の強さは納得だの」
少女は納得したかの様に頷いている。どうやら原因を聞いても、特にこちらと敵対するつもりは無さそうだ。
「お主は半妖精じゃろう? それで上位精霊と契約出来るとはすごいのう」
話を聞く限りでは、半妖精だと上位精霊とは契約しづらいのだろう。そうなるとヒルティは凄い才能の持ち主なのか。
その事に関しては良い事なんだろうが、このままではこの少女が何者かも分からないままだ。
「あー、話の途中済まないが、ちょっと良いか?」
「む、なんじゃ? 封印解放の儀式を行っておったなら、このヒルティと言った半妖精の兄にあたる者かの? にしては種族すら違うのぉ……」
「まあ、血は繋がってないからな。だが、兄なのは間違いない。それよりもいきなり現れて誰なんだ? ここに何をしに来たんだ?」
「ん、おお! そういえば言っとらんかったの。妾は魔人族のセリーヌじゃ。ここに来たのは空の散歩中に強い気配を感じたのでな、確認の意味で立ち寄ったのじゃよ。……それよりもお主……もしや異世界人かの?」
……やはり黒目黒髪だからだろうか、俺が異世界人だとばれてしまっている。いや、妖精と半妖精は見た目では分かりづらいらしいのに区別出来た事を考えると、この少女──セリーヌが特殊なのか。セリーヌが魔人族というのも関係あるかも知れない。
それはともかく、どうするか……。このまま黙りこくっていれば肯定したも同然……だが何となくセリーヌには誤魔化しが通用しない気がしたので、正直に言う事にする。
「そうだ。俺は異世界人の一刀と言う」
「おお! やはりそうであったか! 異世界人に会うのも久し振りじゃのぉ。何時振りじゃろうか、最後に会った異世界人は頭でっかちで弱かったが……お主は……うむ、弱くは無いがそれほど強いという程でも無いのぉ」
セリーヌの言うとおりだ。一般兵士位なら倒せる位の強さはあるが、フランツやエドワード並に強い訳では無い。なのでセリーヌに否定の言葉を言うことは出来なかった。
「じゃが、これから伸びそうではあるのう。……のう、ここはお主らの住処かの? 確かここは孤児院じゃった記憶があるのじゃが……」
「孤児院で合ってるぞ。と言っても、俺達が住み始めたのはつい最近だけどな」
「そうか、では妾もここに住んで良いかの?」
「は?」
「ふぇ?」
唐突にそんな事を言ってくるセリーヌに、俺とヒルティは変な声を出してしまった。
「どうしたのじゃ? そんな変な声を出しおってからに」
「そりゃあ、いきなりここに住むとか言われればそうなる。一応聞くが何でだ?」
「いや何、久し振りに会うた異世界人が鍛えがいがありそうじゃからの、そういうのもたまには一興かと思ったのじゃ」
セリーヌの台詞に俺は再び驚く。俺を鍛える? 何故そんな結論に至ったのか意味が分からない。言葉だけを聞くと暇潰しに聞こえるが、それだけで何の得もない事をするだろうか?
「俺を鍛えるって俺達は初対面だぞ? そんな事をする義理も何も無いだろう?」
「まあのぉ、これは完全に妾の都合じゃ。お主達に何か要求するつもりもないのじゃ。あ、住む所と食事だけはくれんかの?」
「……それだけで良いのか?」
「うむうむ、自分で食事を準備するのはわずわらしくての」
初対面でこの馴れ馴れしさにこの提案、正直判断がつかない。敵対するつもりは無いように見えるし、悪い者では無さそうだが信用しても良いかは別問題だ。
それに加え、魔人族という種族が人間族の中ではどのような立ち位置なのか分からない。妖精族の様な、若しくは逆の立ち位置ならば、一緒に住むことによって問題が発生する可能性がある。最低でもそれは確認しないと決める事は出来ない。
「一つ聞くんだが……」
「なんじゃ、答えられる事なら何でも答えるぞ」
「魔人族は人間族とはどういう関係になるんだ?」
「関係は殆ど無いのう。魔人族は基本的にアークヒルズ大陸からは出ないのじゃ。妾みたいな者は少数じゃからな、交流は無いと言っていいじゃろう」
「見た目で敵対されたり迫害されたりはしないのか?」
「それは何とも言えんのう、種族的な忌避感が無くても個人的に受け入れられるかは別じゃしな」
確かに魔人族は見た感じ角と羽がある以外は、肌が黒いだけで人間族とそれほど差異は無い。基本的に人は自分とは違う存在を忌避する。初めて見た時に、気にしない人と気にする人に別れるのは当然かもしれない。
俺は気にならないが、妹達や子供達が受け入れられるかは分からない。となれば、一度紹介して問題が無ければ受け入れる、問題があれば受け入れない、という形が良いのかも知れない。
「それじゃ、皆に紹介して受け入れられれば住まわせる、で良いか?」
「そうじゃな……分かったのじゃ、妾の事が受け入れない者が居れば諦めよう」
「後、どちらになるにせよ、初め会った時の気配は消してくれ。あれは俺でもきついからな……」
「ヒルティもあれは怖いの。小さい子は耐えられないと思うの」
「無論じゃ、でなければ間違いなく受け入れられないじゃろうしな」
「誤って漏らさないでくれよ?」
「愚問じゃ、余程の事がなければ寝ておろうと漏らさんわ」
そう言って、セリーヌは胸を張る。それにより小さくもなく大きくもない胸が強調される。俺はそれから視線を逸らしながら、今日の所はどうするか考える。
「ただ、夜中だから俺達以外はもう眠っている。とりあえず、朝以降に来てくれ」
「そうじゃな、今は住処に戻るとしよう。準備が整い次第、また来るのじゃ」
「って、今住んでる家はどうするんだ?」
「住処と言っても小屋の様な家じゃからのう。物も殆ど置いておらんし……寧ろ進んでここに住みたい位じゃ」
そう言ってセリーヌは俺に背中を向ける。そして、その背中に生えた羽を広げ、宙へと浮き上がる。特に羽ばたいている訳では無いので、鳥のように羽で浮いている様には見えない。
恐らく魔法か何かで浮いており、羽は補助的な役割なのかも知れない。
「では、またの」
「ばいばいなの」
「ああ、またな」
そして、セリーヌはあっという間に俺達の視界から姿を消した。
◆◆◆◆◆
セリーヌが去った後、思ったより時間が経っていたため、精霊を見るのは後日にした。俺とヒルティは妹達が寝ている院長用の寝室には行かず、この三日ヒルティが寝泊まりしていた部屋に向かっている。
妹達がヒルティに気を利かせて、儀式の後は二人で寝るようにと言われたらしい。
その外から部屋へと向かう途中に、ヒルティが声を掛けてくる。
「にーに、ありがとうなの」
「気にするな、血が繋がっていないとはいえ、ヒルティは俺の妹だからな。兄が妹の為になる事をするのに理由はいらない」
「……にーにはやっぱり、ヒルティのにーににそっくりなの」
「ん……? ああ、ヒルティの実の兄にか?」
俺の確認の言葉にヒルティは小さく頷く。そして、その翡翠の瞳が哀しげに細められた。俺はそんなヒルティの様子を見守りながら、ヒルティが喋り始めるのを待つ。
「みんなが半妖精のヒルティを仲間として見てくれなかったの。半妖精じゃなくヒルティとして見てくれたのはにーにだけ……にーにのお陰で自由は無かったけど生きる事だけは許されたの」
そこでヒルティが一息つく。ヒルティの表情は先程と同じように哀しげなままだ。
「だけど、一部の人達がヒルティに襲い掛かって来て……その時ににーにはヒルティをかばったせいで……死んじゃったの。そのせいでヒルティは妖精の国を追い出されたの」
そしてこの国に辿り着き、捕まったとヒルティは語る。
自分のせいで兄が死んだと悔やんでいる。だが、それはヒルティのせいじゃない。
「半妖精で生まれたのはヒルティのせいじゃないだろ。自分のせいじゃ無い事を背負う必要はない」
本当なら生みの親の事を聞こうと思ったが、ヒルティを一個人として見ていたのが兄のみと言っていたので、聞かない方が良いと判断し、ヒルティのせいじゃないとだけに留めた。
「うん、今は大丈夫なの。今はにーにとねーね達がいるからヒルティは大丈夫なの。ヒルティを見てくれてるって分かるから大丈夫なの」
ヒルティは何度も大丈夫と繰り返す。そうする事により自分に言い聞かせているのかとも思ったが、ヒルティの表情は何の曇りもない笑顔を浮かべていた。
実の兄を亡くした事を忘れる事は出来ないが、その死を今でも背負っている訳では無さそうだった。
それからは一言も話すことも無く部屋へと辿り着き、お休みの挨拶を交わしてヒルティと一緒のベッドで眠った。




