第二十話 勇者
──矢美視点──
「え、勇者?」
ゲームや小説でしか見ないような単語が、自分の称号の欄に表示されているのを見て、思わず呟いてしまった。
「え!?」
そのわたしの呟きを聞いた、パナキアさんが驚いた声を上げる。
「お、お見せ頂いて宜しいでしょうか?」
パナキアさんに請われたわたしは、パナキアさんに見えやすい様に【能力板】の角度を変える。それを見たパナキアさんは再び驚いた表情をする。
「こ、これはどういう事でしょう……」
わたしの能力が写し出された【能力板】を見たパナキアさんは、かなり困惑している様に見える。わたしの勇者という言葉に反応はしていたけど……。
「どうしたんです?」
「あ、申し訳ありません……。私とした事が取り乱してしまいました。ええと、簡単に説明致しますと、今まで勇者という称号は男性にしか現れていないのです。ですので、女性である貴女様に勇者の称号が与えられているのに驚いたのです」
わたしはその説明で、パナキアさんが取り乱した事に納得した。
そして、始めに唯一男性のお兄ちゃんに向かって挨拶を行ったのも理解出来た。
「……あの念のために貴方様も能力を確認させて頂けますか?」
「あ、はい、僕は構わないですよ」
差し出された【能力板】をお兄ちゃんは躊躇なく受け取った。
そして、わたしの時と同じ様に【能力板】は光る。
その板を数秒眺めたお兄ちゃんが、冷静な表情で結果を告げた。
「僕の方にも勇者って載ってますよ」
「そ、そんな事が……勇者様が二人……あ、有り得ません……」
お兄ちゃんも勇者という事に、驚くパナキアさん。
どういう事かと思っていると、パナキアさんが説明してくれた。
「失礼致しました。説明させて頂くと、勇者とは世界にただお一人だけの存在、同時にお二人が存在する事は無いのです。私はその定説が覆された事に驚いているのです」
パナキアさんが動揺した原因は理解は出来た。だけど、今まで居なかっただけで、本来はそんな制約はなかった可能性もある。
「……とりあえず、勇者様がお二人おられるのは置いておきましょう。きっとこれも兄妹神様のご意志なのでしょうから。今は先程の技能についてお話します。矢美様の技能を拝見させて頂いたところ、該当する技能は【最愛者知覚】でしょう。珍しい技能ではありますが、既知の技能です。その効果は『同一世界内に存在する技能保持者が最も愛する者を知覚する事が出来る。但し、50キロメートル以上離れると存在を感じられるのみ、30キロ以上離れると方向を感じられるのみで、5キロメートル以内で大体の位置を把握出来る』となっております。世界全体に範囲が及ぶのは、ただ一人の方にしか作用しないからと言われているからです」
と言うことは……。
「ですので、矢美様が感じておられる存在は、矢美様が最も大切に想っておられる方でお間違いないでしょう」
「お、おにーちゃんは、いきてるの?」
「矢美様の想っておられる方と、貴女様の仰るおにーちゃんというお方が同一人物であるならば、間違いなく生きておられますよ」
ファンクラブ副会長の双葉ちゃんの確認の言葉に、パナキアさんが大きく頷いた。
その瞬間、ファンクラブの子達全員の顔に生気が戻り、喜びながら泣き出してしまった。
だから、わたしは気付いた。一人だけ慈愛の表情を浮かべ、一人の女の子を見ている12才位の女の子がいる事に。そして、その表情には慈愛以外の感情も混じっている様に感じられたが、それが何かは分からなかった。
顔や格好からして、わたし達と同じ世界の人間なのは間違いない。だけど、ファンクラブには居なかった気がする。
会長として全員の名前・写真・おにーさんに助けられた状況は目を通している。だけど、わたしは椿姫ちゃんの様に記憶力が言い訳ではない。ごく普通の方だろう。
だから、覚えていない子がいても不思議ではない。しかし、顔を見れば見覚えがあるなぁ、位はある。それがその子には全く感じられなかった。
だけど、そういう事もあるだろうと思い、わたしはその子から視線を外した。
それから暫くして皆が落ち着いて来た頃に、パナキアさんにわたし達をこの異世界へと召喚した理由を聞く事にした。まあ、椿姫ちゃんに色んな小説を借りて読んでいたので、勇者という称号が出た時点である程度の予測はついたけど……。
「それでは私達が貴女様方をお喚びした理由をお話します。少々長くなりますがお付き合いして頂けると助かります。……では、この世界の成り立ちから──」
パナキアさんの話が始まる。パナキアさんの話を要約すると、この世界はアデルフィアと言い、兄妹神が創造したらしい。当初は兄妹愛溢れる平和な世界だったけど、とある神──何の神かは失伝している──が邪神に乗っ取られてしまい、邪神がこの世界に顕現してしまう。そのせいで動物がその瘴気に侵され、瘴魔という存在が世界に現れ始めた。更に瘴気は人間にも影響を及ぼし始め、それにより人間には邪な心が生まれた。
それだけではなく、この世界で人間族の他に様々な種族がいるのは、瘴気のせいとも言われている。これに関しては確証は無いらしいけど。
邪神は世界を自身の好きな様に改変しようとしたが、兄妹神からの神託に従って勇者を召喚し、勇者とその仲間達の手により邪神は封印された。だが、完全には封印出来ず、世界の至るところで邪神の瘴気が漏れ続け、瘴魔が居なくなる事はなく、人の邪な心も消える事はなかった。
その後の歴史でも、邪神は幾度も復活しようとした。しかし、その度にその時代の勇者によって封印されるを繰り返して来たとの事。
そして、遠くない日に邪神が復活するとお告げが下り、兄妹神の命により、今までの歴史通りに今回も勇者を召喚し今に至る。となると、わたし達兄妹が邪神を倒さなければいけないという事になる。
それには疑問を感じる。勇者とは言え、わたし達の様なただの学生に神なんて存在が倒せるのかという事と、勇者のわたし達以外の子達も一緒に呼んだのは何故なのか、という事。
でも、そんな事よりもわたし的にはおにーさんの居場所が最優先事項だけど……。
でも、今それを言っても話が進まないだろうから、取り敢えず疑問を解決するために質問をする事にした。
「あの、確かに勇者という称号はありますけど、ただの学生でしかないわたし達に神なんて存在が倒せるとは思えないんですけど……?」
「そうだね。僕も矢美も武道は習っているけど、そんな存在を倒せる程強くは無いですよ?」
「はい勿論、お呼びした状態のままで、邪神を倒せるとは私達も思ってはおりません。この世界では個人の強さの基準に準位というものがあります。そして、先程お話させて頂いた瘴魔等を倒す事によって上昇していくのです。そうして邪神に勝る力を身に付けて頂く事になります。ですが、邪神に乗っ取られたとは言え、一柱の神です。その存在を倒してしまえば、世界にも様々な影響が現れると伝わっております。ですので倒すのではなく、弱らせた上での封印と言う形となります」
お話は分かった。だけど──
「それは私達じゃなくちゃいけないんですか? この世界の人達の手でそれを達成する事は不可能なんですか?」
わたしやファンクラブの子達は、今すぐにでもおにーさんを探しに行きたい。邪神が復活する事よりもそちらの方が大事だ。
わたしの詰問にパナキアさんは首を横に振った。
「確かにこの世界には人の力を越えた強者は存在致します。ですが、邪神を封印するには特殊な力が必要となるのです。その一つが邪神の瘴気を祓う事が出来る、勇者様。そして、勇者様と共にお喚びした巫女の方々。巫女の方々が弱った邪神の封印を致します」
そう言ったパナキアさんは、わたし達の後ろにいるファンクラブの子達を見る。
意図せず、ファンクラブの子達も喚ばれた理由も判明した。
「そして、最後に邪神を永く封印するために、兄妹神様の加護を授かった兄とその兄と血の繋がった妹が必要になります」
「兄妹神様の加護……ですか?」
わたしの加護には武神の加護はあるけど、兄妹神の加護はない。お兄ちゃんにも聞いたがお兄ちゃんも武神の加護があるだけで、兄妹神の加護は無いと言われた。
そして、ファンクラブの子達は女の子しかいない、となると……。
「はい、ご想像通り、この世界の何処かに存在する兄妹神様の加護を授かった兄妹を探さねばならない、と言う事です。因みにこの加護を授かった兄妹が現れるのは滅多にありません」
「兄妹神様は教えてくれないんですか?」
「はい、兄妹神様は仰られませんでした。そして、その理由も……」
わたしはその言葉にあり得ないと思ってしまった。この世界がどれくらい広いのかわからないけど、滅多にない兄妹神の加護を授かった兄妹を探すなんて不可能に近い。
と、そこでお兄ちゃんが口を開いた。
「あの……せめて兄妹神様の加護を頂ける条件とかは分からないのですか?」
「……そうですね。先程の血が繋がっている以外には、夫婦の様に仲むつまじい、若しくは夫婦そのものであると思われます」
「ええ……」
仲が良い兄妹なんて探せば幾らでもいるだろう。まあ、夫婦と言える程となれば絞られるかも知れないけど……一組ずつ調べるなんて出来る筈がない。
そんな事を考えているわたしに、パナキアさんは追い打ちを掛ける。
「ですが、この世界の国の殆どは兄妹神様を崇めています。ですので兄妹による結婚は当たり前に行われているのです」
……それでどう探せと……無理にも程がある。
だけど、そこでお兄ちゃんがまたも口を開いた。
「……ねえ、矢美? 今の条件って一刀達にも当てはまらないかな?」
「……あ」
確かにそうだ。わたしとしてはあまり認めたくは無いけど、おにーさんと椿姫ちゃんは『兄妹夫婦』と呼ばれる位仲がいい。可能性は高い。
「それに、一刀が死んでこの世界にいる理由は、その兄妹神様の加護を授かったからとは考えられないかな?」
「確かに……」
お兄ちゃんの言うとおりだ。死んだ人間をわざわざ異世界に連れて来る理由なんて、そんなに多いとは思えない。なら、その可能性に懸けてみるのもいい。……それにおにーさんを堂々と探しに行ける口実でもあるし。
「もしかして、心当たりがあるのですか?」
「あ、はい、さっきわたしの能力で知覚出来る人がその条件に当て嵌まります。わたし達がいた世界で兄妹一緒に死んじゃったから、可能性はあるかと思います」
「……確かに闇雲に探すよりは良いかも知れませんね。分かりました、私達もその方をお探しするのに協力は惜しみません。まずは私達の国は勿論、友好関係にある国々にも探して頂けるよう、お願い致しましょう」
「あ……はい! ありがとうございます!」
「おにーちゃんをさがしてくれるの!?」
「ああ、一刀様……早くお会いしたいです……」
「ぐす……良かったよぉ……一刀先輩、きっと会いに行きますね」
「あわわ、顔が涙でぐちゃぐちゃだよ……こんな顔じゃ一刀くんに会えないよぉ」
「良かった、皆元気になったようだね」
複数の国で探して貰えるなら、個人で探すよりも圧倒的に見付かる可能性は高い。
その事にわたしは勿論、ファンクラブの子達も歓声や泣き声を上げてしまった……。
そんなわたし達を、お兄ちゃんは静かに見守ってくれていた。
第三章 異世界で人質解放 完
第三章はこれにて終了です。
第四章は執筆が遅れているので、間章、人物紹介掲載後の第四章開始は少々お待たせするかも知れません。
四章中盤辺りが難航しまして……。
必ず書き上げますので、ブックマークはそのままでお待ち頂けると幸いですm(__)m




