第十九話 辛苦
「あの、一刀にぃ……」
現在の状況を聞き終えると、芽衣が不安そうな顔で声を掛けて来た。
「どうした?」
「えっと……その……一刀にぃと死に別れてから、これまであった事を聞いて欲しいと思って……」
「……無理に話す必要はない。辛かった事を思い出すだけだぞ」
だが、俺の言葉に芽衣は小さく首を横に振った。
「ボクが話したい。さっきも言った通りボクは人を殺した……一刀にぃ達のおかげで迷いは消えたけど、今のボクの事を一刀にぃに知って欲しい。たとえそれで嫌われても」
「………………分かった。だが、言っておく。どんな話でも芽衣を嫌うなんて事はない、って」
「……っ! うん、ありがとう一刀にぃ。……それじゃ話すね、あの時死んだボクは──」
◆◇◆◇◆
──芽衣視点──
死んだと思ったボクは、まず意識がある事に驚いた。
何で、と思い周りを見ようと思ったけど、身体は動かず、目もよく見えなかった。
ただ、誰かに抱かれている事だけは分かった。暖かくて、心地好くて、なぜか凄く安心出来た。それが何かを確かめる前に、眠くなってすぐに眠ってしまった。
◆◆◆◆◆
次に目を覚ますと凄くお腹がすいていた。相変わらず身体は動かせず目は見えない。
しかも声を出そうとしたらなぜか泣き声にしかならなかった。
でも、そのボクの声を聞いた誰かがボクを抱き上げてくれたのがわかる。
そして、口に何か柔らかく温かい物が押し当てられたので、ボクは思わずそれを口に含んで吸い上げた。すると口の中に美味しくは無いけど、なぜか無性に欲しくなる液体が入って来たので、一所懸命にそれを飲み続けた。
満腹になって満足したボクは、また眠くなり眠ってしまった。
◆◆◆◆◆
次に目が覚めると、今度は股の辺りが凄く気持ち悪い。
その気持ち悪さにまた声を出すが、また泣き声になってしまった。少しすると、下半身が涼しくなり何か拭かれている感触がある。
気が付けば下半身は温かくなり、気持ち悪さも無くなっていた。
気持ち悪さが無くなると、また眠くなってボクはまた眠りについた。
そんな事が何回もあるうちに、ボクはようやく自分に何が起こっているのか分かった。ボクはあの時死んで恐らく生まれ変わり、赤ん坊になっているのだと。
◆◆◆◆◆
そんな日々を繰り返していたある日、いつものように抱かれたが、いつもある安心感がない事に気が付いた。
そしていつもの様に差し出された物──おっぱいの味もいつもと違う味がした。お腹が空いていない訳じゃ無かったけど、途中で飲むのをやめてしまった。
今まではきっとボクを産んでくれた人だったのだろう。だけど、今日は間違いなく違う人だと分かった。あの気持ち悪さ──おしっこをした時も、拭いてくれる動きが雑だったのを感じた。そしてずっとそれは続いた。
ボクを産んでくれた人──お母さんはどうしたのだろうと不安になった。
だけど、赤ん坊のボクには何も出来ない。ただただ、日々を過ごすしかなかった。
◆◆◆◆◆
ある日ようやく目が見える様になってきた。まだぼやけてはいるけど、ボクにおっぱいをくれている人の顔はわかる様になった。
その顔はどうみても日本人には見えなかった。どこの国の人かまでは分からないけど、それだけは間違いない。髪と目の色が茶色の太った女の人だ。
その顔は嫌々ながらも、ボクの世話をしている様に見える。実際に口にも出していた。時々、女の人が呟く言葉は聞いた事は無い筈なのに、意味が分かる事を不思議に思ったけど、気にしても分からないので気にしないでおく。
それよりもボクのお母さんはボクを捨てたのだろうか、それとも死んでしまったのだろうか。
◆◆◆◆◆
そんな日々がずっと続いた。立てる様になってから気付いたけど、この部屋はボクが寝ているベッド以外は物置用の台が一個あるだけで何もない。
そして、ボクが部屋の外に出される事は一度もなかった。
それが変わったのは、ボクが普通に歩ける様になってからだ。その時にボクの身体には、しっぽが生えている事に気付いた。
しっぽの事をご飯を持ってきた女の人に聞くと、嫌そうな顔でボクの事を獣人族の猫人だと言っていた。獣人族とは身体能力が人間族より高く、人間族にはない、獣の様な耳と目としっぽを持っている種族らしい。
そこでボクは、ここがボクが死ぬ前にいた世界とは違う世界だという事に気が付いた。ただ、気付いたところでどうしようもなかったけど。
そんなある日、全身を黒い服を来た男の人が現れ、ボクを部屋から連れ出した。
それからがボクの地獄の様な日々の始まりだった。
始めは動けなくなるまで、大きな部屋でひたすら走らされた。
歩こうとしたら、すぐにけられるので走り続けるしかなかった。
ボクの他にも数人が同じ事をさせられていた。ボクの様に動物の耳やしっぽがある子や普通の人の姿をした子もいた。だけど、話し掛ける事は出来なかった。話そうとすると男の人にけられるからだ。
それが何日も続いた後、走った後に重い棒を持たされ、振り続けるというのが増えた。それも途中で休むとすぐにけられた。
そしてある程度の日にちが経つと、また新しい事をさせられる。
足音をたてずに歩く、飛んで来る物をよける、壁を道具なしで登る、短剣で人形を斬る、など色んな事をさせられ、最後には他の子達相手に一対一で死なない程度に戦わされた。何でこんな事をさせられるのか、言うことすら許されなかった。
一体、何のためにこんな事をさせられるのか分からないまま日々は過ぎていく。
◆◆◆◆◆
そして前の世界では考えられない動きが出来る様になったある日、ボクを含めた五人にある命令をされた。
──この国の王女の暗殺──
この頃のボクは何も考えられない様になっていた。
ただただ、命令された事を行うだけの人形。何も思わなければ、辛いとも思わない。
そして、それはボクだけでなく、ボクと同じ様な事をされてきた他の子達も同じようだ。その事にも何も思わない、いや、思えない様になっていた。
そんな状態のボク達に与えられた命令に、逆らうという事すら思い浮かばなかった。
なんで自分達の国の王女を殺すのか、という疑問も浮かばなかった。
◆◆◆◆◆
そして、王女の暗殺を行う日になった。
ボク達に命令をした人の話によると、王女は反国王派とかいう人達に守られており、王女自身もそれなりの剣の使い手らしい。
ボク達は護衛の人達に見付からずに、王女の寝室へと忍び込み暗殺する、という流れと聞かされた。今まで教えた事を使えば充分可能だと言われた。
その通り、ボク達は何の問題もなく、王女の寝室に忍び込む事が出来た。
だけど、その中での出来事がボク達にとっては予想外だった。
「この様な幼い子供達に何を……そこまで堕ちましたか、お父様……」
そう言った王女は、その碧い目でボク達を見つめてくる。
その目は深い哀しみが感じられ、ボクを含めた全員が動く事が出来なかった。
「わたくしを殺す事であなた達が解放されるのなら、喜んでこの命を捧げましょう。ですが、そうではないのなら、わたくしにあなた達の命を預けさせては頂けませんか? わたくしはあなた達の様な子供達を救いたいのです。その為に力を貸して頂けませんか?」
ボク達はその手に持った短剣を王女に向け──る事は出来ず、床に落としてしまう。
ボクを含めた全員が涙を浮かべ床に座り込む。そんなボク達を王女──いや王女様は一人づつなでてくれた。その久し振りの温かい感触に思わず大声で泣いてしまう。
そのせいで、王女様の護衛が声に気付き、部屋に入って来て殺されそうになったが、王女様がそれを止めてくれた。しばらく、王女様と護衛が揉めていたけど、護衛が大きくため息をついて、部屋を出ていった。
そして、ボク達に一緒に寝ましょうと言われ、一緒のベッドで寝る事になった。
ボク達はその事に誰も疑問に思わず、それを受け入れ王女様のベッドに横になる。
王女様の身体はとても暖かかった。久し振りの暖かさにボクはゆっくりと眠る事が出来た。
◆◆◆◆◆
それからボク達五人は、王女様──コロナ様付きの侍女兼護衛となった。
コロナ様はとても優しかった。ボク達が失敗しても殴ったり叱ったりもせず、どうすれば良かったのか言ってくれる。ボク達全員がコロナ様を好きになるのに、そんなに時間はかからなかった。
そんなある日、ボク達五人の内一人が、誰かに殺されていたのが見つかった。
きっと裏切ったボク達を殺しに来たんだと、ボク達は震え上がった。
コロナ様は殺された子を想い涙しながらも、ボク達を守ってくれると言ってくれた。
それから数日置きに、暗殺者が送られて来たけど、あの日からなるべく四人で居たボク達は問題なく暗殺者達を倒す事が出来た。その時に殺してしまった事もある。
初めて人を殺した夜は震えが止まらなかった。だけど、そんなボクをコロナ様は優しく抱き締めてくれた。
◆◆◆◆◆
そしてそんな日々が当たり前になって来た頃。ある情報がコロナ様の元に届けられた。それは国王の弟の暗殺計画だった。
コロナ様にとって叔父さんにあたる、その人はコロナ様にとって大事な人らしい。
とても可愛がってもらい、大事に何時も持っている細剣もその叔父さんに貰ったものだとか。
いてもたってもいられなくなったコロナ様は、叔父さんに会いに行くと言いだした。
ボク以外の子達はそれを必死に止めようとしたが、ボクは逆にコロナ様に付いて行くと、ボクが連れて行くと言った。コロナ様はボクを連れていく事に迷っていたが、ボクの決心が固い事を知り頷いてくれた。他の子達もボク達に付いて来てくれると行ってくれた。
そして、コロナ様とボク達は、コロナ様の叔父さんのいる領地へと向かう事になった。
◆◇◆◇◆
──一刀視点──
それからはコロナと以前聞いた話と同じだった。他の子達は芽衣を残し、全員が死んでしまい、王弟も殺され、芽衣自身も捕まってしまった。
その後、牢屋に閉じ込められていたが、とある男が牢屋に来た時から先程目が覚めるまでの記憶が無いとの事だった。恐らく操心の影響なのだろう。
どんな男だったか聞いたが、外套を被っていて暗い事もあり、顔は見えなかった様だ。それよりもだ──
「嫌いになる要素は何もない気がするが……?」
「で、でも、みんなが死んだのにボクだけ生き残ってる……。コロナ様だけは守れたけど……他のみんなは……みんなは……みんな生きたかった筈なのに……!」
芽衣は頭を抱えて、泣き出してしまう。俺は立ち上がり、芽衣の後ろへと移動し、芽衣の頭を胸の中へと抱き寄せる。
「一刀、にぃ……?」
「その子達は最後に芽衣を責めていたか?」
「……ううん、自分の分も生きてって、コロナ様をお願いって……みんな、そう言ってた」
「そういう事だ……。皆、親しい人間には死んで欲しくない。例え自分の命を投げうってでもな。そして、芽衣も身を呈してコロナを救った。そんな芽衣を嫌いになる訳がない。寧ろ、あの時芽衣を守れなかった俺の方が嫌われていてもおかしくない」
「ボクが一刀にぃを嫌いになるなんて、死んでもあり得ないよ! 実際、死んでも大好きなままだったし!」
「そうか、ありがとな……。でもだったら俺の気持ちも分かるだろう? 俺も芽衣と同じ気持ちだからな」
「あ、う……か、一刀にぃぃぃぃ!!」
芽衣が俺の方へと向き直り、抱き付いてきた。俺は無言でそれを受け入れる。
力強く抱き付いている芽衣の頭と、その頭に付いている猫の耳を一緒に撫でる。
芽衣の頭と耳を撫でる度に揺れる尻尾を見ながら、今度こそ守って見せると心の中で再び誓った。




