第十七話 再会
フランツに斬りかかった声の正体は、エドワードだった。
不意打ちをせずに声を掛けたのは、フランツが俺達から気を逸らす為にわざと行ったのだろう。そのお陰でフランツは俺達への攻撃を止め、後方を確認した後に横に跳びすさった。
そしてエドワードは剣を構えた状態で、俺達とフランツの間に割り込んで来る。そのエドワードの隣にはエドワードと似た体型の男が一人と、少し離れて兵士と思われる複数の人間がフランツの方を向き、各々の武器を構えている。
「お前ら、無事か!?」
「よか……た、間に……合った……」
限界だったのだろう。椿姫はその言葉を最後に気を失った。
俺も気を抜けば痛みで倒れそうだったが、椿姫がもたれ掛かっている状態で倒れてしまえば、椿姫が怪我をするかもしれない。なので刀を持つ腕に力を入れ、どうにか持ちこたえる。
「何故、ここを通るのが分かった?」
「こっちの手の内を見せるとでも?」
フランツの問いに答えたのは、エドワードの隣にいる男だ。エドワードが厳つい顔をしているのに対し、この男は俳優かと思うほど顔が整っている。顔は若く見えるが、纏う雰囲気がエドワードと変わらない様に見え、もしエドワードと同年代と言われても違和感は無いだろう。
エドワードとその男──エドワードから聞いていた、恐らくベルンハルトだと思われる──はフランツの前に並び立つ。
そして、その二人以外の兵士達はベルンハルトと思われる男の指示で、一部がルドルフとまだ生きている敵兵士達の捕縛を行い、一部が俺達を介抱してくれた。
椿姫を味方とはいえ見知らぬ人間に任せるのは躊躇したが、自分が椿姫を守れる状態では無いのは分かっているので、しょうがなく任せる事にした。
ただ、椿姫が女の子だから気を利かせてくれたのか、椿姫を抱えているのは女性の兵士だ。その事に俺は少し安堵する。
俺に対しては、この場で治療するのは難しいとの事で、二人の兵士に肩を組まれて支えられた状態で運び、城で治療するとの事だった。
そして、その間にもエドワード達の方の事態も進展していた。
「まあ、言うとは思っていないが……まあそれはいい」
「国王のルドルフもこっちの手の中、そして、俺とベルンハルトの二人相手では流石のお前でも勝ち目はねぇだろ。なのに何故、そんなに落ち着いてやがる」
エドワードは二人でなら勝てるとフランツに言っているが、確か事前に聞いた話だと倒せるかも知れない、だった筈だ。
確かに引ける場面では無いが、強気に出て大丈夫なのか? と思ったが、下手に口に出すのは不味いと思い、黙っておく。
「そうだな、正直お前達二人とやれば勝てるかどうかは分からん。だからという訳では無いが、お前達とここで戦うつもりは無い。それにその男の事など、もうどうでもいい」
「となると、大人しく投降するのか? それにルドルフをどうでもいいとは……?」
「はっ、まさか投降などするつもりは毛頭無い」
「何? では逃げる積もりか? この状況で逃げれると思うのか?」
ベルンハルトの問い掛けにフランツは薄く笑い、別れの言葉を告げる。
「そのつもりだ。じゃあな」
そしてフランツは懐から石のような物を取りだし、その石のような物を自身の足下に叩き付けた。
「何を!?」
次の瞬間──
フランツは光に包まれる。一瞬の内にその光が収まるとフランツの姿は跡形もなく消え去っていた……。
「消えた……?」
「何だ今のは!?」
だが俺を含め、その答えを知る者は誰も居なかった。
◆◆◆◆◆
「一刀、大丈夫か?」
「……正直余り大丈夫じゃないな……まだまともに立てそうにない。もしかしたら骨が折れてるかも知れない」
「すまん、俺達がフランツを引き付けられなかったばかりに……」
「いや、エドワードのせいじゃないから気にするな」
あの後、フランツが消え去った混乱から立ち直った俺は、今はエドワードとベルンハルトと話をしている。と言っても俺は兵士達にまだ支えられたままだが。
「貴殿が一刀殿か。俺はベルンハルト・ビューロー、今回の反乱における首謀者だ」
「初めまして、一刀と言います、ベルンハルトさん」
「敬称も敬語いらない。エドワードの友ならば、エドワードと同じ様に俺にも接して欲しい、一刀殿」
「……分かった、ベルンハルト。じゃあ俺の事も呼び捨てで構わない」
「ああ、宜しく頼む、一刀。そして今回の反乱への助力、感謝する」
「いや、俺達も目的があったしな。それに結局はエドワード達に助けられた、正直役にたったとは思えない」
子供達を逃がす事が出来たとはいえ、もしエドワード達がここに来ることが無ければ、俺達も逃げた子供達も殺された可能性が高い。その事を考えると、どうにも役にたった気はしない。
「いや、もしここに一刀達が居なければ、ルドルフに逃げられていた可能性が高い。それに子供達も……と、そう言えば子供達は?」
「子供達なら今は俺の妹達と一緒に外壁の外側に居る。済まないが皆を保護してやって欲しい。それと、ついでなんだが街から離れた場所にも妹や保護した子供達が居る。その子達も迎えにいって欲しい。今の俺の状態じゃ迎えに行けそうにないしな」
「ベルンハルト、その離れた場所なら俺が分かるから俺が行く。一刀達と外壁の外に出た子供達の事は頼んだぞ」
「よし、分かった。余り待たせては不安に思うだろう。直ぐに向かうとしよう」
その言葉に漸く安堵した俺は、フランツから受けた傷の痛みにより気を失った……。
◆◆◆◆◆
目が覚めると知らない天井が見えた。何処だと思い身体を起こそうとするが、何かが載っているかのように身体を起こす事が出来ない。
仕方がないので頭のみを上げると、掛けられた布団が異常に膨らんでいるのが見える。まるで人一人が入っているかの様だ。というか、温もりも感じるので恐らく妹達の誰かが潜り込んでいるのだろう。
布団を捲ろうと思い、右腕を動かそうとするが、右腕は誰かに掴まれたかの様に動かすことが出来ない。右腕の方に視線を動かすと、そこには寝ているサマーリの顔があった。どうやら、サマーリが右腕を抱いている様で動かす事が出来ない様だ。
よく見ると、サマーリの奥にも誰かが寝ているのが見える。サマーリに隠れて髪しか見えないが、髪の色からして椿姫だろう。
俺は右腕を動かすのを諦め、左腕を動かす事にした。だが、左腕も右腕と同じ様に動かす事が出来ない。
俺は右に向いていた顔を今度は左に向ける。すると目の前には寝ているコロナの顔があった。どうやら左腕はコロナが抱き付いている様だ。
そしてコロナの奥にも誰かが寝ているのが見える。
茶色の髪に獣の耳が見えた事に俺は息を飲んだ。
覚えている、間違いない。地球で死に別れ、この世界で再会した芽衣だ。
あの時は直ぐ芽衣が気を失ったのと、状況的に再会を喜ぶ暇も無かった。
俺は椿姫にも告げていない目的の一つを達成し、目頭が熱くなる。
兄妹神から地球とアデルフィアで転生が繰り返される話を聞いた時に、もしかしたら、という想いはあった。地球で死に別れた人間に会う事が出来るのではないかと。
そして、実際に会うことが出来た。そして一瞬だったが、芽衣に地球での記憶がある事も確認出来た。
涙が目から溢れるのを感じる。
地球では彼女を守る事が出来なかった。だが、この世界で再会し、守れなかった事を謝る事が出来る。なにより、再び芽衣をこの手で守る事が出来る状況になり、俺の心は歓喜に包まれる。だが、そこで我に返る。もしかしたら、守る事が出来なかった俺を恨んでいるのではないかと。それで一緒に居たくないと言われるかも知れない。
そんな状況もあり得る事に気付いた俺の心は今度は絶望に包まれる。
……もし、そうなったのなら、とにかく謝って今度は必ず守ると誓おう。
そう心に誓った所で、俺は漸く胸に痛みが無い事に気付く。
姿が見えない──というか消去法で布団の中で俺の上に乗っていると思われる──ヒルティが恐らく魔法で治してくれたのだろう。
あの時の椿姫もそうだが、俺は妹達を守るどころか守られているな、と認識する。
俺がフランツ並みに強ければ、椿姫に無理をさせる事も、怪我をする事も無かったかも知れない。……たらればの事を考えても仕方がないのは分かってはいるが、どうしても考えてしまう。
俺は静かにため息を吐く。
と、そこで布団の中がもぞもぞと動いているのに気が付いた。
そちらに目線をやると、布団の中からヒルティが顔を出し、俺の顔をじっと見つめてくる。
「……おはようにーに、もう痛く無いの?」
「ああ、もう痛く無いぞ。ヒルティが治してくれたのか?」
「そうなの、ヒルティ、頑張ったの! にーにが良くなって嬉しいの」
ヒルティはそう言いながら、笑顔で俺の頬に自分の頬を擦り付けてくる。
身体を動かせないので、避ける事が出来ない俺は甘んじてその擦り付けを受け入れる。まあ、動けても避けはしないが。
その騒ぎによって、次々と妹達が目を覚ましていく。
まずはサマーリが目を覚ました。俺の顔を見た途端に泣きながら「良かったです」と繰返していた。
その次はコロナだ。彼女は落ち着いた感じで「気が付かれて何よりです」と言っていた。だが、その目は若干潤んでいた。
その次は椿姫が目を覚ました。椿姫は何も言わずに俺の胸に飛び込み、抱き付いて泣き続けていた。そんな椿姫に「ありがとな」と言いながら頭を撫でた。
椿姫があの時来なければ、俺は間違いなく殺されていた。妹に助けられるとは兄としては情けないが、椿姫のお陰なのは間違いない。
そして、最後に目を覚ましたのは──
「えっと……ここはどこかな……? ボクは一体……」
そう言いながら身を起こしたのは、メイナこと芽衣だ。
「メイナ! 平気ですか!?」
「芽衣、何ともないか?」
「え、えっと……コロナ様、それに…………え………………あ、ああぁぁ……ゆ、夢じゃ……無かったんだね、か、一刀……にぃ、だよね……?」
「ああ、そうだ」
芽衣の顔が大きく歪み、大きな猫目から涙が次々と溢れ出していた。
「一刀にぃぃぃ!!」
そして芽衣は泣きながら俺へと飛び込み、抱き付いてくる。
腕や右胸にお腹にと妹達が抱き付いているので動く事が出来ずに、芽衣の頭部がもろに胸へと衝突する。その衝撃で若干息が詰まるが、それを顔には出さないように気を付ける。
妹の兄への突撃は愛情表現だ。それを苦しんではいけないし、悟られてもいけない。
五人の妹達に抱きつかれ、苦しいがそれ以上に幸せな気持ちになる。
そして、芽衣の一刀にぃと言う俺の呼び名を聞き、再び喜びが湧き出してくる。
「一刀にぃぃ! 辛かったよぉ! あの時死んじゃって……ひっく、この世界、ぐすっ、辛いことばかりで……ひっく、すごく生きるの、ひぐっ、いやで、もういちどううぅ……死んじゃおうか、思ったり……うぐ、ぐすっ、いちばん辛かったのは……一刀にぃと、会えないことだった……! だ、だから、会えてすごく、すんっ、嬉しいよぉぉぉぉ!!」
俺は腕に抱き付いているサマーリとコロナにそれぞれ視線を向ける。
二人は俺のその視線で察したのか、腕を離してくれた。
自由になった両腕で強く芽衣を抱き締める。すると芽衣ももっと力を入れてくる。
小柄なのに、かなりの力に俺は驚く。少し痛いくらいだ。
「か、一刀にぃ、そんなに強く抱きしめられると痛いよ……」
「すまん、だが、それは芽衣もだぞ」
「あ、ごめん、……でも嬉しくて……この痛みが夢じゃ無いって、教えてくれるから……思わず力が入っちゃった」
そう言いながらも芽衣は力を抜かない。そして俺も力を抜かず、お互いに力強く抱きしめ合う。そして俺は、もし再会出来たら言おうと思っていた事を口ずさむ。
「芽衣」
「……何?」
「また、俺の妹になってくれないか?」
「あ……うん! もちろん!」
芽衣は涙を流したまま、満面の笑みでそう答えてくれた。




