第五話 連行
取調室にて拘束された俺達だったが、手枷等はされなかった。その代わりに周りを兵士に囲まれた状態で馬車へと連行される。
馬車の荷台は木製の板で全方位が囲まれており、御者台とは逆の後ろ側には扉があり、その扉の外側に閂が取り付けられていた。恐らく内側から開けられない為だろう。
隊長が御者台に座り、俺達二人と残りの三人が後ろの扉から馬車に乗り込む。
馬車の中は椅子すら無く、俺達や乗り込んできた兵士達は板張りの床に直に座る。
三人目の兵士が乗ったところで門番の男の手により外側から扉を閉められる。その後、少ししてから馬車が動き出した。
馬車の中は明かり取りの為に小窓があるくらいで人は通れそうも無い。
俺達が御者側の扉が無い方に座り、兵士達は扉の前に陣取っているので扉から出ることも無理だろう。
椿姫の方に目をやると、この先どうなるのか不安なのだろう、椿姫は俺の腕にしっかりとしがみついたまま震えていた。この様な状況だ、無理もない。
俺は椿姫の不安が少しでも減るよう、力強く胸に抱き寄せる。
俺の胸に顔を付けた椿姫の震えが、少しだけだが収まった気がした。
少しして、ふと顔を上げて小窓を見ると、そこから外の景色が見える。
そこから見えた景色は王城がある街にしては、余りに酷い状態の街並みだった。
建ち並ぶ建物は所々朽ちており、穴が開いている家すらあった。馬車から見える範囲はそんな状態の家ばかりでまともな状態の家は殆ど無い。
人通りも疎らで、本当にここは国の中心なのかと疑う程に活気が全く無かった。
希に見る住人達は一人として明るい顔をしておらず、陰気な雰囲気を漂わせていた。
そんな雰囲気の中で唯一、笑顔と言うより嫌らしい笑みを浮かべているのは、どうみても善人には見えない顔付きをした男達だけだ。
男達が当たり前の様に店の商品を代金を払わずに持っていったり、住人に暴力を振るっている様を見掛けた。
白昼堂々と女性に性的暴行を行っている者もいた。助けを求めて泣き叫ぶが、誰も気に止める者は居ない。
更には粗末な服を着た椿姫くらいの背格好の少女が鎖に繋がれ、四つん這いの状態で歩かされている姿もあった。
白いその髪は汚れてボサボサの状態、肌が見える所は至るところに傷があり、顔には精気が無く、目が死んでおり人生を諦めた顔をしていた。
その余りな姿を見た瞬間、俺の中の何かがざわめき出す。そんな感覚に戸惑いながらも、少女を助けなければという想いが何故か湧いてくる。
だが、今の状況ではどうする事も出来ず、見ている事しか出来ない。
自分の無力さに歯噛みし、俺は堪らず少女から視線を外してしまう。
視線を外しても未だ胸の奥からは先程の感覚が続いている。
その感覚も少女から距離が開く毎に収まっていった。
だが収まっていく感覚に反比例して無力感が増大し、俺の心を蝕んでいく。
「お兄ちゃん……?」
椿姫の俺を心配する様な声音に我に返る。
今すべき事は何か……それは無力感に苛まれ蹲る事じゃない。
日本では俺以外にも椿姫を守れる人達はいた。だが、この世界では椿姫を守れるのは俺だけなのだ。
なのに俺が精神的に問題を抱えていては、いざというとき椿姫を守る事は出来ない。
そう思い至った俺は心を奮い立たせ、椿姫に心配をかけないように、情けない表情をしているだろう顔を引き締める。
「何でもない、大丈夫だ」
「でも……」
「今は、な」
俺はそう言って、こちらを訝しげに見ている兵士達に一瞬だけ視線をやる。
それに気付いた椿姫は不承不承ながらも、小さく頷き俺への追及を止める。
あまり不審な動きをすれば何をされるかわかったものではない。小声であろうとも控えるべきだろう。
椿姫が口を閉ざしたのを確認した俺は、先程見た無法地帯と化していた街の光景を振り返る。
初めに見たスラム街とさして変わらない状態の街が、まともに機能しているとは思えない。
そして、こんな状態の街を黙認している王がまともである筈がないだろう。この様な状態の街でありながら、何事も無いかの様に馬車を進めているのがその証拠だ。
そんなまともでは無い王に今から会わされる事に危機感を覚える。
椿姫の推測通りの事に協力させられる可能性は高い。それに加え、まともな扱いをされるとも思えない。
俺はその事に無力感に代わり不安感がもたげてくるが、表情に出さない様に冷静を装う。
不意に俺の背中に回している椿姫の腕に力が入ったのが感じ取れた。
一瞬、椿姫に不安を感じ取られてしまったと思ったが、椿姫の視線が窓の外に向いているのに気が付く。
そちらに視線を向けると、男達に暴行されている女性の姿が見えた。
椿姫の頭を手で抑え、視線を遮る様に青くなった椿姫の顔を胸に押し付ける。
意図に気が付いた椿姫は抵抗せずに俺の行為を受け入れる。
いきなり知らない土地に放り出され、情報を求め辿り着いた街の治安は最悪、そしてまともでは無いであろう王の元に連行されている。
先行きの見えない未来に俺達は不安を抱きながら、お互いの体温を確かめあうように抱き締めあった。
そんな状態で暫く経つが、兵士達は無言で俺達を見ているだけで、話掛けては来ない。馬の歩く蹄の音と車輪の回る音だけが耳に入って来る。
だがそれも唐突に終わりを迎える。馬車が停車し、外から誰かの足音が聞こえ音が止まったところで、聞き取れないが複数の声が聞こえて来た。
その声が途切れたところで外から馬車の扉が開かれ、始めに会った門番の男から声を掛けられる。
「着いたぞ、降りろ」
まずは兵士達が降り、その後に続き俺達も馬車を降りる。
そこには隊長と同じ鎧を着た兵士達がいた。その中から一人の男が歩み出てくる。
身長は180㎝位でガッチリとした体格をしており、赤茶色の髪はボサボサの状態、目が鋭く戦いが好きそうな顔をしている、恐らく40才位だろうか。
この男が着けている鎧は、他の兵士達とは違う質が良さそうな素材の鎧を着込んでおり、背中には振るえるのかと思うほどの、長さが2m以上ありそうな大きな剣を背負っている。
その男が俺から椿姫へと視線を向けた瞬間、目を見開き何かに驚いた顔をする。
そして、俺と椿姫の繋がっている手を見た後、俺の事を苦虫を潰したような顔して睨み付けてくる。
睨み付けられた瞬間、男から発せられた尋常でない殺気に気圧され、一言も発する事が出来なくなる。あまりの威圧感に息が止まり、冷や汗が吹き出してくる。
それだけで、この男と俺の実力差を思い知らされてしまった。
「フランツ様、先程の伝令にてお伝えした者達を連れてきました」
兵士に声を掛けられたフランツと呼ばれた男は、俺から視線を外し周りの兵士達に指示を行っていく。
視線を外された瞬間、今まで感じていた殺気が嘘の様に霧散した。
フランツの尋常でない殺気から解放された俺は、安堵を感じながら大きく息を吐く。
「……ご苦労、ここからは私達が連れていく、お前達は持ち場へと戻れ」
「ハッ!」
「陛下は直ぐにでもお前達にお会いになるとの事だ、付いて来い」
その言葉に逆らわず、兵士達に周りを囲まれた状態で通用口らしき扉から城の中へと入る。
通用口から入って直ぐの城の廊下には、街の様子が嘘だったかの様に、様々な高価と思われる美術品が壁際に飾られていた。
街があの状態にも関わらず、城内の贅を尽くした内装から、恐らく民から搾取し揃えられた物であろう事は考えずとも推測出来た。
だが、今はそれら美術品よりも前を歩くフランツを注視する。
先程の俺達に対する不可解な態度は気になるが、それよりもこのフランツとか言う男の挙動や歩き方を見る限り、かなりの達人だと思われる。
それに先程の殺気──それを思い出すだけでまたしても身が震えてしまう。
状況次第ではこの男と戦うかもしれないが、今の俺では到底勝てる相手では無いと、先程はっきりと感じ取ってしまった。
「お兄ちゃん……?」
気付くと椿姫が心配そうな顔で俺を見上げていた。
どうやら繋いでいる椿姫の手を、思わず力強く握ってしまっていたようだ。
息を吐き手の力を抜いた俺は、大丈夫だ、と椿姫に小さく声を掛け微笑む。
「着いたぞ、この先が陛下の居られる謁見の間だ。部屋に入ったら私の後ろに着いて来い。その後は陛下に声を掛けられるまでは私の動作の真似をしろ」
フランツの声にいつの間にか、謁見の間の前まで着いた事に気が付く。
フランツの両脇に居た兵士の手により開けられた観音開きの扉の先には、扉の幅程もある赤いカーペットが奥の方まで敷かれていた。
カーペットの先には階段が五段程あり、その階段の先には体育館の壇上並に広いスペースがある。そのスペースには相当な額をつぎ込んだであろう豪華な玉座が鎮座しており、一人の男が座ってるのが見えた。
扉が開ききった所でフランツが歩き出したので後ろを付いて行く。
玉座に近づくにつれ、座っている男の姿がはっきりと見えてくる。
くすんだ金色の髪の上には王の象徴である王冠が乗っており、その下には下膨れのぽっちゃりした顔、だがその目は爛々と輝いており、欲望を隠そうともしないその顔には酷く不快感を抱かせるものがある。身体は短躯肥満で、まるで達磨の様だ。
国王だと思われる人物の横には、文官だと思われる初老の男が立っており、感情を伺わせない顔でこちらを見ている。
その階段下には左右に重厚な鎧を着た兵士が、槍の穂先を上に向けて持った状態で、一人ずつ微動だにせず立っている。しかし、その表情は顔全体を覆う兜のせいで見る事は出来ない。
どうやら謁見の間に居るのは俺達とフランツを除けば、この四人だけの様だ。
フランツの後について歩きながら視線だけを動かし周りの様子を伺っていると、階段の手前でフランツが立ち止まり、片膝を付いてしゃがみ込み頭を下げた。
俺達も慌ててフランツと同じような姿勢を取る。
「近衛騎士団団長フランツ・エップ、国王陛下にご報告があり参上致しました」
「うむ。面を上げよ、申すが良い」
これまでの経緯を事細かにフランツが話す。
その報告を聞いた国王が深く頷く。
「なるほどの、その二人が異世界の人間だと言うことか。確かに伝承通り髪の色に顔付きだのぉ」
やはり、椿姫の予想通り異世界の人間だとばれている様だ。
これからどんな事を言って来るのか。
街の様子や城の内装、そしてこの欲望にまみれた顔をしている国王の様子に、ろくな事は言ってこないだろう事は簡単に推測出来る。
「さて、そなた達に聞きたい事がある……そなた達の世界の武器の製造法を教えよ」
嫌な事程良く当たると、思わずにはいられなかった……。