第十四話 追走
──プレンツェア城王の寝室──
「陛下! 大変にございます!」
「……んん……何じゃこんな夜更けに……」
プレンツェア城のとある部屋で、陛下と呼ばれた男が眠たげに身を起こす。
その顔は不機嫌そのもので、つまらない報告であれば彼は自身を起こしに来た人物を罰しただろう。だが、そうはならなかった。報告された内容が彼をしても看過出来ないものだったからだ。
「報告致します! 現在、城内各所にて反乱が発生し、占拠されております! ここに踏み入れられるのも時間の問題かと!」
「な、なんじゃと!? 警備の兵は何をしておるのじゃ!」
「それが、警備兵自体が反乱を起こしており、気付いた時には城の大半を占拠されておりました……」
「ぐぬぅ……近衛兵共はどうしておる? この城に常駐させておったはずじゃが」
「フランツ近衛騎士団長と団員達の殆どは、こちらの居住区に踏み入れられぬよう、反乱軍を押し留めております。ただ、近衛騎士団以外の殆どが反乱に加勢している為、時間の問題かと……。一部の近衛兵はこちらの部屋の防衛と、王子殿下のお身柄の安全を確保しに行っております」
「くそっ! 不忠者めらが! ともあれ、どうするか……フランツは何か言っておったかっ!?」
「はっ、至急城からお逃げになるよう言付かっております。脱出路は確保しておりますので、陛下は王子殿下と共に脱出を」
「何故この様な事に……王都に続いてここでも城を出なければならんのか……。余がこの世界の王であるべきなのに……」
「陛下、お早く……」
「分かっておるわ! 案内せい!」
「はっ!」
そうして陛下と呼ばれた彼──トゥレラ王国国王ルドルフはベッドから降り、脱出路へと向かった。
◆◇◆◇◆
──プレンツェア城謁見の間──
「貴様ら、陛下がお逃げになるまでここを守りきれ! 一兵足りとも奥へ通すな!」
ここでは20名足らずの人間と、それに襲い掛かる多数の人間が存在していた。
多数の人間は皆、揃いの鎧を着ているのに対し、20名足らずの方は鎧を着ている者と、今まで寝ていたかのような寝間着姿の者が混じっている。
揃いの鎧を着た多数の人間は、所謂反乱軍だ。
それに対するはトゥレラ王国近衛騎士団で、寝間着姿の者が居るのは、急な反乱に対応するために着の身着のまま起きてきたからだ。
精鋭を誇る近衛騎士団と一般兵とでは、一対一では相手にもならない。だが、余りの多勢に無勢な状況の為、近衛騎士団は少しずつその人員を減らしていっていた。
「この人数差であれば、近衛騎士団といえど恐れるに足らず! 一人に対し多数で当たるのだ!」
反乱軍を指揮しているのはベルンハルト・ビューロー、第一王子の擁する騎士団の団長であり子爵の位を持つ男だ。
「腐っても近衛騎士団か。そう簡単には通してくれねぇか。……だがそれも時間の問題だな」
そして、その隣にはエドワード・キャンベル、元トゥレラ王国近衛騎士団にして、現アギオセリス王国旧トゥレラ王都警備隊長だ。
「だがフランツが前に出てくればひっくり返されかねない。幸いフランツはまだ後方にいるが……」
反乱軍に相対するトゥレラ王国近衛騎士団後方の、一人だけ桁違いの雰囲気を纏った男こそが、今エドワードとベルンハルトの会話に出たフランツ・エップだ。
出自は不明、突如としてトゥレラ王国に仕官し、その強さを見せ付け近衛騎士団副団長に指名された。そして、エドワードが騎士団長から解任された際に代わって騎士団長に任命されている。その際に伯爵にも任命され、国王派の最先鋒とも言われている。
そして、そのフランツは後方で指示を出すのみで、本人は前に出てくる気配は今のところない。
「防衛の為の時間稼ぎ、か?」
「にしても、奴が前に出てこねぇ理由にはならねぇだろう」
「そうだな、フランツが前に出てくれば、俺とお前が出ない訳には行かなくなる。俺達を討てば、反乱も鎮圧出来る筈だからな」
「だが、俺達二人を相手にフランツも勝てるとは言えねぇ筈だ。こっちがフランツを討てば、ほぼ俺達の勝ちは揺るがねぇしな。……慎重になってるだけか? いや、もしや……なあ、この城に脱出路はねぇか?」
「……いや、分からないな。俺は少なくとも聞いた事がない」
「そうか……だが、あの王子が脱出路を用意してないとは考えにくい。その可能性も考えた方がいいかもな」
「もし、そうなら俺達が出て一気に方を着けた方が良いかも知れないな」
エドワードとベルンハルトが話し終わる頃に、近衛騎士団の動きが変わる。
気が付くと近衛騎士団は徐々に後退し始めていた。その様子に一つの予想がエドワードの頭に浮かぶ。
「まさか、国王が脱出したのか?」
「……その可能性は高いな。でなければ撤退する訳が無い」
「ここは仕掛けた方が良いか……?」
「だが、撤退し始めたのなら、手遅れの可能性が高いぞ……」
と、そこで更に相手の動きが変わる。後方にいる騎士団員を含めたフランツが奥へと去っていったのだ。
「フランツが撤退したっ!?」
「今なら行けるか? 総員突撃しろ! 一気に畳み掛けるぞ!」
ベルンハルトの号令で、反乱軍の兵士達が果敢に残った近衛騎士団を攻め立てる。
その勢いに押され、近衛騎士団は左右に分断される。その隙を逃さず、エドワードとベルンハルトは奥へ向かって突き進んだ。
兵士の一部を残して、フランツが消えた奥の通路に侵入を果たす。
既にフランツの姿は見えない。
通路は所々左右に部屋があり、枝道は無いように見える。
一部の兵士達には各部屋の捜索を任せ、エドワードとベルンハルト、それに一部の兵士達は通路の先へと進んでいく。
最奥にある部屋の前に辿り着き扉を開ける。その部屋は豪華な装飾が施されていた。
この部屋が恐らく国王の寝室なのだろう。
エドワード達が部屋を見渡すが誰の気配もない。
「各自、隠し通路がないか確認しろ」
ベルンハルトの指示で兵士達が怪しい箇所を調べ始める。暫く捜索してみるものの、通路は発見出来なかった。となると他の部屋か、とエドワードとベルンハルトが考えていると、他の部屋を捜索していた兵士が部屋に入ってくる。
「どうした?」
「はっ! 通路の途中に隠し通路が見つかりました!」
「そうかっ! 直ぐに向かう、案内しろ!」
その隠し通路は、謁見の間と国王の部屋の中間位の場所にあった。一見すると壁の模様にしか見えないが、確かにそこには扉が存在していた。普通に通りすぎていたのでは気付けないだろう。
数人の兵士を先頭にし、ベルンハルトとエドワードが、そして残りの兵士達が通路へと侵入する。通路は照明が存在せず真っ暗だ。だが、数人の兵士が懐から何かを取りだし操作すると、取りだした筒状の道具から光が発せられ通路を照らし出す。
通路は大人二人が並べる位の広さで、天井も二メートル以上あり低くはない。
その通路を暫く進むと、通路の終わりが見えてきた。また一見すると、壁があるだけに見えるが、壁を押すと静かに壁が扉の様に開く。通路から出ると、そこは使っていない倉庫の様な部屋だった。
エドワード達から見える範囲では部屋の出口は一ヶ所のみ、エドワード達は直ぐ様出口へと向かい外に出る。
「ここは……街の中か」
「だな、恐らくは商業地区だろうな」
「問題は奴等がどこに向かったかだが……」
「ふむ……あっちだな」
ベルンハルトはそう言いながらある方向を指差す。ベルンハルトは【強者察知】の技能を持っており、自分と同等以上の存在を感知する事が出来る。範囲は200メートル位だが遠いほど方向は若干ブレが生じる。だが、何も手掛かりが無く闇雲に探すよりは手間は省ける。
「向こうだな。行くぞ」
エドワード達はベルンハルトが示した方向へと走り出す。先を行く兵士達は迷う事なく、路地を突き進んで行く。先頭を進む兵士はこの街出身だ。途中何度かベルンハルトの指示で方向の修正が入るが、彼らは袋小路に入る事もなく対象へと近づいていく。
【強者察知】は対象に近付く程、方向の精度が上がる。その為に感覚で対象との距離が縮まっているのが分かるのだ。
そして、ベルンハルトはこの感覚で、対象にかなり近づいている事に気が付いた。
だが、この辺りは門から離れた場所だ。どうやってこの街から出るのかと、ベルンハルトは考えていた。
「もう少しで追い付くぞ」
「分かった。しかしこの方向はもしかして……」
「ん? どうかしたか?」
エドワードが思っていたのは、向かっている方向が恐らくエドワードや一刀達が侵入した、あの崩れた外壁がある方向だという事だった。
「この先はもしかして、俺達が会った場所じゃねえか?」
「そういえば、そうだな」
「だとすると……おい、この先の外壁が壊れている場所は知ってるか?」
「何、そんな場所があるのか?」
「ああ、街の中からだと見付けにくいが、あの場所付近にある」
「もしかして、国王達はそれを知っているからこっちに来たのか?」
「じゃねぇとあんな場所には向かわねぇだろうな」
「急ぐぞ!」
エドワード達は更に走る速度を上げる。例え逃げられたとしても、国王派が盛り返すのはほぼ不可能だろう。国王派の主要の都市はもうここしか無いからだ。
だが、フランツだけはここで討つ必要がある。その理由はフランツがこの大陸で五本の指に入る剣士だからだ。もし、エマナスタ帝国にでも仕官すれば、間違いなく厳しい戦いを強いられる事になる。
そうならない為にも、フランツだけには逃げられる訳には行かないのだ。
エドワードとベルンハルトが会った場所までもう少し、といったところでエドワード達は異変に気付く。
「何の音だ……?」
「フランツの反応があるのはこの辺りだな……」
「これは金属音ぽいが……まさか誰かがフランツと戦ってんのか……?」
フランツと戦える様な奴が、エドワード達以外にいたかといぶかしみながら、エドワード達はその場へと駆け込む。
そこでエドワード達が見たものは──




