第十二話 操心
芽衣を喪った時の事を思いだしながら、芽衣に似た少女から繰り出される短剣での攻撃を手にした刀で受け止める。
技量は高くは無いが、目の前の少女が芽衣にそっくりな事と、コロナがその少女の事をメイナと呼んだ事に動揺し、受けるだけで精一杯になっていた。
「メイナっ!? わたくしです、コロナです! このお方は味方です!」
コロナが必死に少女へと呼び掛けるも、本人は気に掛ける事なく、俺に攻撃を仕掛けてくる。いつの間にかもう片方の手にも短剣を持ち、二刀にて連撃を放ってくる。
滑るように俺の胸元へと突き出される短剣を刀で受け流す。もう片方の短剣は逆手で薙ぐように俺の脇腹を狙って来たが、手甲で受け止め事なきを得る。
少女は半歩後ろに下がり体勢を一瞬で整えた後、直ぐ様攻撃を仕掛けてきた。
再び少女の攻撃を受け止めながら、少女の顔を見やると目が虚ろで意思を宿しているとは思えない表情をしている事に気付く。
「……メイナ、どうして……」
コロナの悲しげな声を聞きながら、俺はどうしたらいいか考えを巡らせるも良い方法が浮かばない。と、そこで椿姫の声が部屋に響く。
「お兄ちゃん、【鑑定】を!」
その声に導かれる様に俺は攻撃を受けた反動を利用して大きく下がり、少女に【鑑定】を使用する。
少女は俺がいきなり大きく動いたのに警戒してか、踏み込んで来ない。
その間に俺は【鑑定】の結果を確認する。そこには──
名前等:メイナ 獣人族(猫人族) 女 10才
称号:転生者 兄を失いし者 重度兄愛 暗殺者 双剣使い
技能:暗殺術 獣化 身体強化(小) 気配察知
加護:なし
状態:操心
準位 15
生命力 194/250-50
精神力 144/186-37
筋力 133-27
体力 128-26
耐久力 122-24
俊敏力 199-40
知力 112-22
魔力 74-15
称号に転生者と表示されているのを見て、このメイナという少女はやはり芽衣なのではないか? という思いが強くなる。
だが、今はその事を気にしている場合ではないと頭を振り、思考を切り替える。
状態に表示されている『操心』というのが、今メイナがおかしい原因なのだろう。
だが、俺にはメイナが操られている事は理解出来るが、どうすれば良いかは分からない。しかし、ここに居るのは俺だけじゃない。
「メイナは今、状態が『操心』になっている。どうすれば良いか分かるか!?」
「『操心』? それなら本で読んだよ。技能【傀儡】等によって、本人の意思とは関係無く命令された事を実行する人形になるって書いてあった」
「『操心』ですか……成る程、メイナはそれでこんな事を……」
「解除方法はっ!?」
「【神聖魔法】の上級に解除できる魔法があるよ。ヒルティちゃん、使える?」
「ごめんなの、ヒルティはその魔法はまだ使えないの……」
「そうか……」
解除方法は分かったが、現状では手段が存在しない、か。となると──
「傷付けずに無力化するしかないか……」
「お兄ちゃん、この子の事知ってるような素振りだったけど……」
「それについては後で説明する。確証も無いしな。それよりも今はメイナをどうにか止めないとな」
「うん、分かったよ」
話をしている間も俺はメイナから視線を逸らしていない。メイナは俺達が話をしている間に隙を窺う様子を見せたが、俺が隙を見せなかったので攻撃はしてこなかった。
完全に見合い状態になっているが、このままずっと対峙しているわけにもいかない。
となるとこちらから動くか、誘い込むしかない訳だが……。
後方を確認する振りをして隙をわざと作るが、メイナは俺の力量を感じ取ったのか、動こうとはしない。とても操られているとは思えなかったが、そういった技能なのだろうと思うしかない。
俺は半歩静かに踏み込む。それに合わせ、メイナも半歩下がる。
部屋の中はそれなりに広くはあるが有限だ。何時までも下がり続けるには限界がある。メイナもそれは分かっているのだろう、次に俺が半歩踏み出しても下がる事はなかった。
メイナは俺から視線を外さない。妹達には目もくれていない。
少しでも気を逸らしてくれれば隙も出来るのだが、それを望むのは難しそうだ。
だが、なるべく手荒い手段は用いたくはない。もし芽衣だとしたら尚更だ。
そこで俺は話し掛けるという選択肢を取った。
「なあ、メイナは……芽衣、なのか?」
「……」
俺の言葉にメイナは何も反応をしない。だが、俺はそれでも話し掛け続ける。
「もし芽衣なら……一刀と言えば俺が誰だか分かるだろう?」
「……っ」
ほんの少しだが、メイナが反応する。それに気付いた俺は畳み掛けるように話し掛ける。
「覚えてるか? 毎日俺が芽衣を幼稚園に迎えに行った事。一緒にご飯を食べた事、一緒にお風呂に入った事、一緒に同じ布団で眠った事……」
「……っ!」
メイナの身体が震える。確実にメイナは反応している。その事にやはりメイナは芽衣だと確信する。
「そして入学式の翌日、芽衣は……俺はあの時の事を鮮明に覚えている。芽衣は……どうだ? まあ、芽衣からすれば何が起こったのか分からなかっただろうが……あの時言われた言葉……『ずっと一緒に居たい』って、だから今度こそ……芽衣、これからはずっと一緒に居よう」
「……か、ずと……にぃ……?」
メイナの茶色の瞳から涙が溢れて来る。両手に構えた短剣も、既にまともに構えられていない。足元も覚束なくなっており、今にもくずおれそうだ。
「一刀、にぃ……やっと……会え、た……」
その言葉を最後にくずおれたメイナ──いや、芽衣は地面に倒れ伏した。
「芽衣!」
倒れ伏した芽衣に駆け寄り、その身を抱き起こす。見た感じではただ眠っているように見える。俺は念のために【鑑定】で芽衣の状態を確認する。
芽衣の状態は『操心』の文字が消え、睡眠という状態に変わっていた。
その事に俺は安堵する。どうやら想像以上に上手くいったようだ。
「お兄ちゃん、どうなったの?」
「メイナは大丈夫ですかっ!?」
「何が何だか分からないの~」
妹達が三者三様、駆け寄ってきて話し掛けてくる。
俺は妹達に向かって笑みを浮かべる。
「もう大丈夫だ。『操心』の状態も解除されてるしな」
「良かったです……お兄様、メイナを助けて頂きありがとうございました」
「気にするな、妹の頼みだしな。……それにこの子は俺とも無関係じゃないからな」
「お兄ちゃん、この子の事メイナじゃなくて、メイって呼んでたよね? お兄ちゃんがメイナちゃんに言ってた内容からある程度想像はつくけど、お兄ちゃんの口から説明して欲しいな」
「そうですね、わたくしも知りたいです。お兄様とメイナが何故知り合いなのか説明して頂きたいです」
「ヒルティも知りたいの」
まあ、そうなるよな。逆の立場なら俺も知りたい。だが、ゆっくり話す時間は今はない。が、簡単に説明はしておいた方が良いだろう。
「今は状況が状況だから、簡単な説明に留めるぞ。まず、芽衣は叔父さんと叔母さんの亡くなった娘の事だ」
「やっぱりそうなんだね。叔母さんから芽衣ちゃんって娘が居た事は聞いてたから」
「そして、メイナは芽衣の生まれ変わりだ。しかも俺達がいた世界での記憶を恐らく持ったままだと思う」
「生まれ変わり……ですか?」
「そうだ。生まれ変わりについては今説明するのは省くが、俺達がいた世界では俺にとってメイナの前世である芽衣は従妹にあたる」
「従妹……それでお兄様とメイナは面識があるのですね。それもメイナの前世で……」
「簡単に説明するとそんなところだ。この話は取り敢えずここまでにしよう。これ以上ここで話し込む訳にはいかないからな」
「そうだね、何時誰が来てもおかしくないからね」
「はい、奥にいる子達も助けなければなりませんしね」
それから気を失った芽衣をどう運ぶかの話になったが、俺の背中に括りつける事にした。抱き抱えて運ぶと手が塞がってしまい、戦闘になったりすればどうにも出来なくなるからだ。
芽衣を無事背中に括りつけると、俺達は奥の部屋へと向かう。
地図には敵対者を示す赤色の点はないが、念のため警戒しながら扉を開ける。
そっと部屋を覗くと、すぐ目前には牢屋だと思われる鉄格子があり、その向こうに複数人の小さな人影が見える。
その瞬間、【傷心妹感知】が発動したのか、ヒルティ達と初めて会った時の感情が湧き上がる。しかもそれが一人では無いためか、心が押し潰されそうになった。
俺はその感情の重圧に耐えながら、敵対者が居ない事を確認し部屋の中へと入る。すると俺達が入ってきたのに驚いたのか、牢屋にいた人影から短く悲鳴が聞こえてきた。
「ひっ! だ、だれ?」
「俺達は君達を助けに来た」
牢屋の中からの怯えた声に、なるべく怖がらせない様に声を掛ける。
薄暗くはあるが照明はあるようで、暗さに目が慣れてきて牢屋の中の様子が段々と見えてくる。正確には分からないが、牢屋の中には数十人はいると思われる。
牢屋の中はかなり広く、これだけの人数がいるのにまだ余裕が感じられる。
暗さに慣れると一人一人の顔も判別出来る様になった。どの顔も幼く、見える範囲だけでも俺より年上の人間は居なさそうだ。やはりここに居るのは子供達だけなのだろう。
「た、助け……?」
「ああ、もう大丈夫だ」
俺はそう言いながら牢屋の入り口の鍵を確認した。どうやら南京錠が掛けてあるだけのようだ。だが、先程の部屋には鍵は無かった。メイナが持っているかもと思い、椿姫に調べて貰ったが見付からなかった。となると他の部屋に鍵を探しに行くか、強引に開けるしかない訳だが……。
「鍵を開ける魔法とか無いよな?」
「そうだね、けど──【短距離転移】」
椿姫が南京錠に触れ小さく呟くと共に南京錠が消えた。かと思えば消えた南京錠が椿姫の反対の手に現れる。
「こんな使い方も出来るのか……」
「触れてないと駄目だし、質量が大きくなると無理だけどね」
椿姫の説明を聞きながら、俺は牢屋を開けた。
牢屋の中の子供達はそんな俺達を呆然と見ている。いきなりの事で理解が追い付いていないのだろう。
その中で一番手前に居た女の子の前で腰を落とし、視線の高さを合わせる。
年齢は椿姫より二、三才くらい上で身長が150センチ位。真っ白な髪を腰辺りまで伸ばしている。目は紫色をしており、少し気弱そうな顔立ちだ。
さっき声を出して居たのも、恐らく彼女だろう。
「名前は何て言うんだ?」
「え、えっと、あの……ク、ククリ……」
「そうか、ククリ……もう一度言うぞ。俺達はククリを含めた皆を助けに来た」
「ほ、本当に……?」
「ああ、本当だ。だからもう大丈夫だ」
俺がそう言うと、ククリの目から涙が溢れ出す。そして、感極まったのか俺に抱き付き、大声で泣き始める。俺はそんな彼女をあやすように背中を撫でてやる。
ふと、周りを見ると牢屋にいた子供達が、近くにいる者同士で抱き合っていた。
その全員が泣いており、しばらく収拾が着かなさそうだと、俺は思った。
芽衣が正気に戻る所はどうするか悩みましたが、こういう形に落ち着きました。
ちょっと強引かなとは思いましたが、一刀が女の子を傷つけるシーンは入れたく無かったので。




