第十一話 芽衣
俺は目の前の光景が信じられなかった。
身体の大きさや動物の様な耳が頭から生えている以外は、俺の知っている芽衣そのままだったからだ。
その芽衣は意思を宿していないかの様な虚ろな瞳で、俺に向かい短剣を振るってくる。俺は動揺しながらも、何とかその短剣を刀で受ける。
創造神と兄妹神から話を聞いた時から、可能性としてはあるかも知れないとは考えていた。だが、この様な状況になるとは思いもしなかった。
この子が俺に向かって短剣を振りかざすなどあり得ない。
何故そう思うのか、それは俺と芽衣が──
◆◇◆◇◆
──約12年前──
「一刀にぃーーーっ!!」
大きな声を上げながら俺に向かって走って来るのは、父さんの妹の麻衣子おばさんと母さんの双子の兄の刀真おじさんとの間に生まれた芽衣だ。
芽衣は四才で俺とは二つ下。芽衣は茶色掛かった短い髪を揺らし、猫の様な瞳を輝かせながら俺に飛び込んで来る。
小さい身体とはいえ走ってきた勢いもあり、当時六才だった俺が支えきれる筈もなく、芽衣を受け止めながら尻餅を着いてしまった。
「いたた……芽衣ちゃん、危ないよ?」
「一刀にぃ~ぐりぐり~」
俺の注意も聞かず、芽衣はその小さな頭を俺に擦り付けてくる。
俺はそんな芽衣の様子にため息をつきながらも、その頭を撫でてやる。
芽衣は何時も元気で好奇心旺盛な女の子だ。何時も思うが猫の様に見える。
だが、そんな芽衣に俺は救われてもいた。
この頃の俺は辛い事があり、生きる気力すらも失いかけていた。
そんな俺だったが、生まれたばかりの椿姫と今俺に懐いている芽衣のお陰で、どうにか立ち直りかけていた。
もし二人が居なければ、俺は自ら命を絶っていたかも知れない。
「こら、芽衣ちゃん危ないでしょ」
「だって一刀にぃがいるんだもん~」
そんな芽衣に注意をするのは20代位の女性だ。
俺が今居るのは芽衣が預けられている幼稚園の入り口付近。
そして芽衣に注意をした女性は、この幼稚園に勤める先生だ。
先生は困った顔をしながらも、俺達の事を温かい目で見ている。
「こんにちは、一刀君。今日もお迎え偉いね~」
「芽衣ちゃんはぼくの妹みたいなものだからね。当たり前だよ」
「うふふ、お兄ちゃんしてるわね~。つい少し前まで一刀君もこの幼稚園に通っていたのに、子供は成長するのが早いわね~」
「妹はお兄ちゃんが守るのがぎむだから、普通だよ?」
「そっか、そっか、ところで一刀君と芽衣ちゃんのお父さん達はまだ忙しいの?」
「うん、お母さんは椿姫を産んでからまだちょっと元気がないから休んでるけど、お父さんは道場が、おじさんおばさんはお仕事がいそがしいみたい」
「……一刀君は平気?」
先生はにこやかだった顔を引っ込め、心配そうな表情で俺を見つめる。
「……うん、まだかなしいけど、妹たちを守らないといけないからね」
「一刀君は強いね……先生だったらきっとこんなに早く立ち直れないよ」
「それは……妹たちがいたからだよ……」
「そっか……」
「……」
しんみりした空気が漂うが、芽衣の声で霧散した。
「一刀にぃ? おうちかえらないの?」
「あ、うん、帰ろっか、それじゃ先生帰るね」
「うん、またね。さようなら」
「せんせい、またあした~ばいばい~」
先生に挨拶をし、俺は芽衣を抱き起こし立ち上がる。そして、芽衣と手を繋ぎ俺の住む家へと向かう。この頃のお叔父さんと叔母さんは共働きで、芽衣の家には誰も居ない。なので、芽衣を何時も俺の家に連れて帰っていた。
家に着くまでの間、芽衣は今日幼稚園であった事を楽しそうに俺に話して来る。
家に着いて、眠っている椿姫を起こさないようにただいまの挨拶をした後は、芽衣と遊びながら今度は俺が学校であった事を話す。
道場では父さんが剣道を門下生に教えていたが、この頃の俺は剣道を習う気にはならなかった。父さんも無理に教えようとはしなかったのもある。
芽衣に関してだが、日によっては叔父さんと叔母さんは帰って来る時間が遅い場合があり、そんな時は俺の家で食事をすまていた。
因みにこの頃は母さんの体調もある程度良くなっており、料理位なら出来る様になっていた。
「きょうのごはんは何かな?」
「今日は芽衣ちゃんが好きな焼き魚よ~」
母さんが焼き魚と言ったとたん芽衣が大喜びした。
芽衣は何故か肉よりも魚が大好きだ。魚ならばどんな調理法でも良いらしいが、その中でも焼き魚が一番好きだとか。魚の種類も選ばない、しらすの様な小魚から鮫まで全てが好きだと豪語していた。幼稚園児が美味しそうにホッケを食べている姿は、なかなかない光景だろう。
ご飯を食べ終わると次はお風呂だ。母さんの現在の体調では一人で椿姫をお風呂に入れるのは危険なので、母さんと椿姫は父さんと一緒に入っていた。
そして、次に俺と芽衣が一緒にお風呂に入る。
「一刀にぃ、きょうもあらってくれる?」
「うん、もちろんだよ。その代わり芽衣ちゃんもぼくを洗ってね」
「うん、ボクが一刀にぃのことあらってあげるよ!」
お風呂も終わり、後は芽衣の迎えが来るまでゆっくりする。
そして、迎えに叔父さんが来た時の事だ。
「きょうは一刀にぃといっしょにねてあげたいよ」
「どうしたの、とつぜん?」
「一刀にぃがせんせいとおはなししているとき、一刀にぃがすごくかなしそうだったから。それでいまはすごくさみしそうなかおをしてるから……きょうはボクがいっしょにいてあげたいっておもったんだ」
「芽衣ちゃん……」
まさか見抜かれているとは思わなかったので驚いた。と、同時に嬉しくもあった。
俺はそっと芽衣の頭を撫でる。すると芽衣は凄く嬉しそうな笑顔を俺に向けてくれた。
「分かった。今日はここで泊まると良い。ママには俺から言っておくよ」
「うん! ありがとう、パパ!」
そう言いながらも何故か俺に抱きついてくる芽衣。叔父さんはその様子を見て苦笑していた。
「それじゃ、一刀君、娘を頼んだよ」
「うん、ぼくが芽衣ちゃんのお世話をちゃんとするよ」
「ぎゃくだよ、ボクが一刀にぃのおせわをするのっ!」
「そっか、分かったよ、よろしくね芽衣ちゃん」
「うん!」
叔父さんが家に帰り、俺と芽衣は母さんと椿姫にお休みの挨拶をし、俺の部屋へと向かった。
芽衣は早速とばかりにパジャマへと着替え始める。
今回の様に芽衣は俺の家に泊まる事はちょくちょくあるので、着替えは俺の部屋に常備してある。このパジャマはその一つだ。
そして眠るまではベッドに寝転がりながら、絵本を一緒に読む。
ふと気が付くと芽衣がうとうとしている事に気付く。
「それじゃ寝よっか、芽衣ちゃん」
「…… うん……おやすみ……一刀にぃ……」
ベッドのヘッドボードに置いてあった照明のリモコンを手に取り明かりを落とす。
布団を二人一緒に被ると芽衣が俺に抱きついて来て、直ぐに寝息を立て始める。
「おやすみ、芽衣ちゃん……」
「……一刀、にぃ……ボク……守る……」
そんな芽衣の寝言を聞きながら、俺は眠りに着いた。
それが俺と芽衣との日常だった。
◆◇◆◇◆
──一刀(約10年前)──
芽衣や椿姫がいたお陰で生きる気力を取り戻してから約二年がたった。
俺は八才に椿姫は二才、そして芽衣は六才になり小学校へと通える年齢になった。
昨日は芽衣の入学式だった。赤いランドセルを背負い、入学式のために叔父さんが買ったどこかの制服の様な服は、芽衣に良く似合い可愛らしかった。
今日は芽衣の登校二日目だ。だが俺の方は学校が始まるのは明日になる。
その為、俺は芽衣の帰る時間に合わせて学校に迎えに行っていた。
過保護だと思うかも知れないが、叔父さんに芽衣は俺が守ると言ったのだ。その誓いを守る為ならこのくらいは普通だろう。
学校までは約10分程。車の通りも少なく、唯一多いのは学校前の道路位だ。
そして、その道路越しに学校が見えてくる。俺の位置から学校に行くには、横断歩道を通る必要がある。だが信号は赤を示していたので立ち止まった。
ふと、信号機から視線を下にやると、複数いる新一年生の中に知った顔が居るのを発見した。見間違える筈もない、芽衣だ。
芽衣もこちらに気付き嬉しそうな表情で手を振ってくる。今にも駆け出しそうだったが、信号が赤なので堪えているようだ。
あの様子だと信号が変わった途端に走り出しそうだ。
俺はそれを諌める為に声を掛けようとした瞬間、信号が青に変わった。
声を掛ける間もなく芽衣は駆け出す。それに対し他の子達は歩いて横断歩道へと足を踏み出す。
──それが芽衣と他の子達の命運を分けてしまった。
それは一瞬の出来事だった。右から来た何かが通り過ぎ、大きな音を立てた後、芽衣の姿は目の前から消え去っていた。
そして数瞬後、辺りに悲鳴や叫び声が支配する。
数人の大人達が俺から見て左方向に駆け寄るのが見える。
俺は呆然としながらも、その方向へと視線をやる。
すると、その視線の先には横向きに倒れ動かない芽衣の姿があった。
一体何が起こったのか全く分からなかった。ただ、分かるのは芽衣が動かないと言う事だけ。俺は足から力が抜けそうになるのをどうにか堪え、芽衣の側に駆け寄る。
近寄って芽衣の顔を見ると、血にまみれ薄く目を開けた顔が見えた。
そこで俺はようやく事態を把握した。目の前を通りすぎた何か、それは車だったのだと遅れて認識した。芽衣は信号無視した車に跳ねられたのだとようやく理解した。
「芽衣ちゃんっ!!」
「君! 動かしては駄目だ!」
大人達の内の一人に注意を促され、跪いた俺はその頬に手を当てるだけに留める。そしてもう一度芽衣に呼び掛ける。
「芽衣ちゃんっ!!」
「……か、ずと……にぃ……?」
反応があった。俺はもう片方の手で芽衣の手を握る。だが、芽衣ちゃんから俺の手を握り返す力は弱々しかった。その事に俺の目から涙が溢れて来る。
「この子の知り合いか!? 今救急車を呼んでいる。呼び掛けてこの子の気を持たせてやってくれ!」
大人達の一人にそう言われ俺は小さく頷き、泣きながらも芽衣に呼び掛ける。
「芽衣ちゃんっ、きっと、助かるから、気をしっかり持って!」
「……なに……が……」
「車に引かれたんだ。大丈夫、もうすぐ救急車が来るから!」
「……一刀、にぃ……いたく、ないの……でも、すごく……ねむいよ……」
どこかで聞いた事があった。死ぬ直前は痛みを感じないのだと。それが本当なのかは分からない。だけど芽衣が危険な状態なのはわかる。
「寝ちゃダメだよ! 寝ちゃったら……もうぼくと会えなくなるよっ!」
「……そ、れは、やだよ……でも、もう……むり、だ、よ……ボク……死んじゃ、うの……かな……」
そう言いながら芽衣の瞼が徐々に閉じられて行く。もし、今虚ろになっているこの目が見えなくなれば、芽衣はもう二度と目を覚まさないかも知れない。
「大丈夫! 目を閉じなければ、死んだりしないから! あっ……ダメ! ダメだよっ! 閉じちゃダメだ!」
「……でも、もう……なにも……見え、ないよ……一刀にぃの、手だけしか……かず、とにぃ……ボク……死にたく、ないよぉ……もっと……一刀、にぃ……いっしょ……いたい……それ、から……一刀、にぃ……と、けっこん……したい」
「分かったっ! 芽衣ちゃんと結婚するからっ、だから……だから、死なないでっ!」
「……一刀、にぃ……? な……で、なにも……いって、くれない……の? 一刀にぃ……ボク……こと、きらい……なの?」
「な、何を言って……そんなわけ無いよっ!」
「……ひとり、は……いや、だよ……か、ず……と、にぃ……ずっと……い……しょ……に………………………………………………」
「芽衣、ちゃん……?」
その言葉を最後に芽衣の手からは完全に力が抜け、俺の手を握り返す事は二度と無かった……。
書き溜めが遅れぎみ……少し執筆が詰まったのと仕事が少し忙しかったので(^^;
何処かで取り返さないとなぁ……。




