第九話 偵察
──エドワード視点──
俺は一刀達と別れ、単身プレンツェアの街へと偵察に向かった。
ここが落ちればトゥレラ王国は滅ぶ。警備は厳重に行われている可能性が高い。
だが、無理矢理兵士として駆り出された者も少なからず居る筈だ。
その事から警備の数は多いが士気は低いだろう。侵入出来る余地は充分にある。
俺は門から死角にある場所を選び、外壁へと近付く。そして登りやすい壁がないかの確認を行っていく。
俺は音を立てない様に壁をじっくりと調べて行く。すると一ヶ所壁が崩れ、人間一人位は通れそうな穴が空いているのを見つける。こんな穴を塞がない程トゥレラ王国は切羽詰まっているのかと思いながら、穴の向こうの気配を探る。
特に人の気配を感じられなかったが、もし壁に触れて崩れれば流石に誰かが見に来るかも知れないので、ゆっくりと壁の穴へと身体を通す。
慎重に穴を抜けると、そこは家の影に隠れた誰も通らない様な場所だった。
成る程、ここならば壁が崩れても誰も気付かないかも知れない。その為に修理も行われていなかったのだろう。
俺は家の影から顔を出し、周辺に誰も居ない事を確認する。
ここを出れば表通りだ。ここからは下手にこそこそと移動せず、堂々としていた方が怪しまれずに済むかもしれない。
だがあえて表通りは通らずに、なるべく裏通りを選んで先へと進んでいく。俺はトゥレラ王国ではそれなりに名前と姿が知られている。兵士達の中には俺の事を知っている者も少なからず居ると思われるからだ。
裏通りで見かけるのは、死んだ目をして座り込む浮浪者ばかりだった。
彼らは俺が通っても一瞥すらしない。裏通りとはいえかなり酷い状況だった。
一度裏通りから表通りを覗いて見たが、裏通りと殆ど変わらない状態だ。
兵士の姿も全く見えない。巡回すら行っていないのかも知れない。
それにしても前からの噂通り、この街も平民は搾取され続けている。前王時代の栄えていた港町の姿はもう存在していなかった。
このままで行けば、間違いなくこの国は自滅する。そう思うには充分な状況だった。
◆◆◆◆◆
街に潜入してどのくらい経っただろうか、俺は城のある区画手前まで来ていた。
城は城壁に囲まれており、門には数名の兵士が立っている。流石に城への門はしっかりと守っているらしい。
俺はそこには近付かない様に、城壁を調べて行く。
一周してみたが流石に穴は空いていない、だが比較的登りやすい場所は発見した。
嬢ちゃん達が単独で登るのは厳しいだろうが、俺や一刀が補助すれば問題無いだろう。そこまで確認した俺は一刀達と合流するために来た道を戻る。
勿論、戻る際も見つからない様に注意し、寂れた街並みを歩いていく。走れば逆に目立ってしまうからだ。
日光が沈み、代わりに月光が空を支配している中、もう少しで崩れた壁のある路地に差し掛かろうとした、その時──
「お前、エドワードじゃないか?」
横合いから急に声を掛けられた俺は、先程まで感じなかった気配が現れた事に動揺してしまった。
声がした方に向き直りながら、攻撃が来ても直ぐに対応出来るよう身構える。
そして向き直った視線の先には、良く見知った人物が立っていた。
「お前は……ベルンハルトか!」
「やっぱりエドワードか、城付近で知っている気配を感じてまさかとは思ったが……やはりお前だったか。久し振りだな、王都で死んだものかと思っていたぞ」
俺とあまり年の変わらないこの男の名はベルンハルト・ビューロー。確か第一王子が擁する騎士団の団長をしていた筈だ。なのでこの街に居る事自体はおかしい話じゃ無い。
この男なら俺に気配を感じさせずにこちらを捕捉するのは可能だが、何故ここまで声を掛けなかったのか……。
「ああ、何とか逃げ延びてな。どうにか今日この街まで辿り着いた所だ」
「そうか、それは良かった。数少ないまともな人間のお前に死なれるとこの国は本当に終わりだからな……」
ベルンハルトはそう言いながら、人好きにする笑顔を俺に向ける。こいつは俺の様な厳つい顔とは違いかなり整っている。男にはもてるが女のにはもてない俺とは逆に、こいつは何時も女にもてていた。その結果俺は未だ独身、こいつは10才年下の美人の奥さんと結婚している。まあ、それで思うところがある訳じゃないが。
ベルンハルトは髪と同じ色をした黄色い髭を撫でながら、真剣な表情を浮かべる。
ここでこの表情……一体何を……。
「エドワード……ちょっと話があるんだがいいか? ここなら人も通らないからな」
「……余り時間がねぇんでな。手短に頼む」
一刀達が待っているので余り時間は掛けたくないが……ベルンハルトのあまりに真剣な表情に俺は頷いてしまった。
「直ぐ済む、というよりは俺も余り時間が無くてな。……これから言う事は絶対に公言しないでくれ……。話というのは──」
◆◇◆◇◆
──一刀視点──
エドワードが街に向かって約三時間、辺りは完全に真っ暗になってしまった。
待っている間に装備の手入れや、潜入時の行動について話たり、食事を取ったりしていたので暇と言う訳では無い。
だが俺達とは違い、子供達は食事の時以外は暇を持て余していた。
流石に子供とはいえ空気を呼んで大人しくはしているが、顔にはあからさまに退屈という表情が浮かんでいる。
かといってこの状況で遊んでやる訳にもいかないので、我慢して貰うしかない。
そんな空気の中、御者席で見張りを行っていると、前方の草むらが不自然に揺れる。
エドワードが戻って来たのかと思ったが、断定するのは早い。刀の柄に手をやり何が起こっても対処出来るよう油断せず身構える。
数秒後に草むらから現れたのは──エドワードだった。
俺はそれに安堵し刀の柄から手を外す。エドワードも俺達の無事を知ってほっとしたのか、安堵の表情を浮かべている。
「只今戻った。直ぐにでも話をしてぇんだが良いか?」
「お帰り。問題ない、直ぐにでも話を聞きたい」
俺はそう言って皆にエドワードが戻って来た事を伝える。その間にエドワードは御者席に居る俺の隣に腰を掛け、半身になり馬車の中に顔を向けた。
皆がエドワードの方を向き軽く帰還の挨拶を行い、直ぐに話出すのを待つ姿勢になる。皆が話を聞く姿勢になったのを確認したエドワードが口を開いた。
「まずは街への侵入は外壁が崩れている場所があってな、そこからなら見つからずに潜入出来る。中の様子は……まあ想像通りだな、酷い状況だ……」
そのエドワードの言葉にコロナの顔が歪む。やはり国民が自分の家族の手によって苦しめられている状況が辛いのだろう。だが、現状これを解決する手段は俺達には存在しない。今は俺達の目的を果たすのが最優先だ。
「城壁までの道程も問題ねぇ。だが城壁から城に潜入するにはどうしても壁を登らなきゃならねぇんだ。まあそれも俺と一刀が補助すればなんとかいけるだろう。そしてもう一つ──」
そこでエドワードは一度言葉を切った。
その区切り方に一抹の不安を感じるが、急かさずにエドワードが話すのを待つ。
「ここに戻る途中、知り合いに遭遇してな……少し話をした。そいつは第一王子直属の騎士団の団長なんだが……実は反乱を起こそうとしている」
「お兄さ──いえ、第一王子直属の騎士団の長と言えば、ベルンハルト卿の事ですよね」
「ええ、そうで──ああ、そうだ」
エドワードがコロナに向けた言葉を言い直したのは、俺達以外の前ではコロナが王女だとばれないようにする為だ。親子ほども差があるにも関わらず、エドワードがコロナに敬語で話すのはあまりに不自然だ。なのでエドワードには普段からコロナへの敬語を禁止している。普段から慣れてないといざという時、不自然さが隠せないしな。
念のために名前もコロナではなく、偽名のフランと皆呼ぶ様にしている。
まあ、今はそんな事よりもエドワードの話の続きだ。
反乱を起こそうとする勢力が居るなら、俺達にとって有利に働く可能性が高い。が、俺は考えていた事を一度脇に置き、聞き逃さないようにエドワードの話に集中する。
「あいつは俺にこう言った──」
◆◇◆◇◆
──エドワード視点──
「俺は騎士団を率いて、今晩にでも反乱を起こす積もりだ」
「なっ!? ……いや、当然の流れか。今までそうならなかったのが不思議なくれぇだが、何で今になって動いたんだ?」
「俺の息子と娘が留守の間に国王に連れていかれた……俺だけじゃなく他の団員の家族もだ。無事なのは国王派の貴族や近衛騎士団等のごく一部の連中だけだ」
「なんだよそりゃあ……ここに来る途中の街もそうだったが、兵士の家族まで手を出すとは反乱してくれと言ってるもんじゃねえかよ」
国を守る兵士の家族にまで手を出せば、兵士は国を守ろうとはしないだろう。
下手をすれば反乱が起こる。というか今まさに起きようとしている。
「んで、それを俺に話してどうしようってんだ? まあ予想はつくが……」
「今回の発起に手を貸して欲しい。正直俺だけじゃフランツには勝てる見込みが無い。だがお前が手を貸してくれるならフランツを倒せるかも知れない」
確かに俺と近い実力を持つこいつとなら、フランツとも渡り合える可能性は高い。
それにこちらの目的を達成するにも、この提案は好都合とも言える。
「分かった。だが俺は俺で目的がある。俺がと言うよりは俺が世話してる奴らの目的だがな。それでも良いなら問題ねぇ。こっちとしてはその目的の為にはお前と連携した方が良さそうだしな」
「……ふむ、と言うことはさっきの逃げてきたって言うのは嘘なんだな? 詳しい事情はよく知らないが、その目的とやらが俺の目的と反するものでなければ、こっちも問題はない」
「俺達の目的もお前と似たようなもんだ。それでどういった流れでやるんだ?」
「それはだな──」
◆◇◆◇◆
──一刀視点──
「反乱か……」
「エドワードさん。私達がその作戦に参加する前に確認したいんだけど。その人は絶対に信用出来るの?」
どうやら椿姫はそのベルンハルトという人物を疑っているようだ。確かに会ったことも無い人物を信用するには状況が危険過ぎるだろう。もしそのベルンハルトが実は国王派だという可能性もある。
「当然の疑問だな。ベルンハルトは表向きは中立派だが信用に値する奴だ。家族を危険に晒さねぇ為に今まで表立って国王や王子を強く諫めはしなかったが、王弟派の奴らを陰ながら支援していたからな」
「わたくしもベルンハルト卿は信用して良いかと思います。おと──陛下に冤罪を掛けられた者達を処刑まではされないよう取り計らっておりましたので」
「わたしの家はもしベルンハルト卿の口添えがなければな、一族全員処刑されていたと思います。ですので、充分に信用出来る方かと」
コロナとサマーリの二人共が良い印象を持っているのなら問題は無さそうだ。
となると後は肝心の作戦内容だが……。
「分かったよ。それじゃ作戦はどんな内容なの?」
「決起時間は今夜12時だ。まずは陽動部隊が外壁の門の制圧を行う。その30分後にこの時の為に警備の名目で城内各所に配置された奴の部下が、連行された者達が居る城の地下へ救出に向かう。そして、別動隊がフランツを足止めしつつ王の居る寝室へと向かい王を討つ。他に細かい作戦はあるが簡単に説明するとそんな感じだ」
「戦力比はどのくらい?」
「そうだな……数の上では八割が反乱に参加している。というか王の近衛騎士団と暗殺者部隊に奴隷兵以外はほぼ全員だな」
「敵のそれぞれの強さや特徴は?」
「そうだな……近衛騎士団は一部の強者を除いて、一人で一般兵三人は相手取る事が出来る。ただ、裏をかく相手には若干弱いな。暗殺者部隊は名前の通り暗殺を得意とし、相手の意識の外から一撃で殺しに来る。ただ、正面からの戦闘は苦手だな。最後に奴隷兵は強くはなく一般兵よりも弱いが、殆どが強制的に戦わせられている連中だ。なるべくこいつらは生かしておきたい。とまあそんな感じだな」
「成る程ね……それじゃ私達は救出組に参加する形かな」
そう予想した俺達だったが、その予想は裏切られる。
「いや、ひとつ問題があってな。お前達は更に別動隊で動いて貰いてぇんだ」




