第七話 盗賊
街全てを探索し終えた俺達は、冒険者組合に居る男の元へと向かった。
生存者が居ないことを告げると「そうか……」と言ったきり黙り込んでしまった。
男の雰囲気から声を掛けるのが躊躇われたので、男が喋るまで待つ事にした。
男が黙り込んでから数分後、漸く男は口を開いた。
「……儂の人生最後の頼みがある。聞いてくれるか……?」
「いきなり何を……?」
「儂は充分に生きた。街がこんな状態で今更儂だけ生き延びようとは思わない。……だが、連れ去られた者達はまだ若い……。もし、この街の者を見掛けたら助けて欲しい……全員が無理でも、せめて子供達だけでも……」
「それは……俺達にも目的がありますし、恐らくそこまでの余裕はないと……」
「ああ、無理にとは言わない。可能であればの話だ……礼に渡せる物も何もないからな」
「……まあ、お兄ちゃんは見て見ぬふりは出来そうには無いですから。その子達が酷い目に合っていたら、きっと助けますよ」
「ふっ……そうか、余程のお人好しか、それとも……まあいい……儂は……このまま眠る……」
男の言葉に男がこれからどうするかを悟った俺は、皆を部屋を出るよう促す。
サマーリとコロナも気づいたのか部屋から出るのを渋ったが、同じく気付いているだろう椿姫は俺と同じように二人に部屋から出るよう促していた。
二人は渋々ながらも部屋を出る。ヒルティは眠るという言葉をそのままの意味で受け取ったのか、素直に部屋を出ていた。
部屋を出てから皆無言だったが、冒険者組合を出た頃にコロナが口を開く。
「お兄様、やはり眠ると言うのは……」
「まあ、そういう意味だろうな」
「では、何故っ……!?」
コロナの若干責めるような口調に、俺は正直な気持ちを告げる事にした。
「あの人の気持ちが分かるからだ。俺も昔に大事な人を亡くした……その時に俺も……死にたいと思った」
「そう……なのですか……? でもお兄様は今ここにいらっしゃいます」
「ああ、俺が死ぬことを踏み留まれたのは、椿姫が居たからだ」
「え……私?」
「そうだ。椿姫が居てくれたからこそ、俺にはまだ生きる意味があると知れた。もし、椿姫が居なければ俺はとっくに自殺してただろう」
そう言って俺は椿姫の頭に手を乗せる。
椿姫はその事に反応もせずに、驚愕に目を見開いていた。
それもその筈、椿姫にもこの事は初めて告げたからだ。
「あの時、お兄ちゃんがそんな事を考えていたなんて……」
「ん、ああ」
椿姫が今思い浮かべている人物と、俺が今思い浮かべている人物には差異がある。
だが、俺はそれをあえて訂正つもりはない。
椿姫にとっては会った事もない人物だからだ。
「まあ、そんな訳であの人の気持ちも分かるんだ。家族どころか街で只一人……死にたいと思わない筈がない」
「で、ですが、生きていれば連れていかれた人に会えるかもしれませんのに……」
「そうかも知れないが、あの人はもう歳だ。俺くらいの年齢なら、復讐に走ったり、助けに行こうとするかも知れないが、それも難しいだろう。俺の様な通りすがりの者に頼む位だからな」
「うん、それに可能ならって言ってたからね。相手は国家だから、一介の冒険者に頼んでも普通は助けるなんて不可能だよ。それがあのお爺さんも分かってるから……生きる気が無いんだよ」
「あ……」
驚愕から立ち直った椿姫が俺の説明を補足し、それを聞いたコロナは理解できたのか小さく声を上げた。
国家に立ち向かうには、国家もしくは国家に匹敵する力が必要だ。アギオセレス王国も現状は旧トゥレラ領の治安向上で手一杯の為、こちらまで手を伸ばす余裕はないだろう。
「私達みたいに助ける人数が少なければ、敵の目を盗んで助ける事も可能かも知れないよ。けど、多数の人間を助けようと思えば、そう簡単な話では無くなるの。人が多くなれば見つかり易くなる。守る必要のある人間が多くなれば守りきれなくなる。そして移動も困難になる。私達だけでは国家を相手にそれを行う能力はない……」
「……わたくしは無力なのですね……権威の無い王族など、ただの無力な人間でしかないのですね……」
「じゃあ、にーにの妹を一杯増やせば良いの!」
「ヒルティちゃん……?」
「そしたら、にーにも強くなるし、強い妹達が沢山いれば国にもきっと勝てるの!」
「……まあ理論的にはそうなんだろうが、一体何人必要になるんだ? そんなに一杯の妹を増やせるとも思えないし、流石に国に勝てる程の妹達は多すぎるぞ……」
俺と妹達だけで国を倒せるには何人必要になるのか……途方もない。
というか、そんなものは望んでない。妹達と安全に暮らしていければ充分だ。
「……それなら、兄上様が貴族になれれば良いかもしれませんね」
「サマーリ……?」
ヒルティの次はサマーリがそんな事を言い出した。
「国にもよりますが、領地持ちの貴族になれれば、ある程度の兵力は持つ事が出来ますから。その代わり行動の自由は減りますけど……」
「でも、それは戦争に参加する可能性があるよね……それは嫌だな……」
「そうだな……人を殺しておいて今更かと言われるかも知れないが、それでも戦争をするのは流石にな……」
戦争となれば多くの人間を殺す事になる。それも今まで手に掛けた明らかに悪党だと思われる者達ではなく、家族の居る善良な者達を殺してしまうかも知れない。
「ですが、兄上様やわたし達の様な立場の者は、ある程度の地位が有った方が身を守る事も出来ます。それにアギオセレス王国なら無意味な戦争は仕掛けないでしょうから」
「……まあ、今はそれを考えても仕方ないだろう。貴族になると言ってなれる訳でもないしな」
「確かにそうですけどね……でも兄上様なら何時かはなれそうな気がします」
俺は買い被り過ぎだと言って話を終わらせ、エドワードが待機している屋敷へと歩を進めた。
◆◆◆◆◆
エドワードに事の次第を説明し、屋敷で一泊した俺達は早朝に街を出発した。
冒険者組合に居る男には、挨拶をしない方が良いだろうと声は掛けなかった。
この街を出て夕方頃にはプレンツェアに着く予定だ。だが、それまでにまた暗殺者達が襲って来ないとも限らない。俺は油断しないよう周りに気を配りながら手綱を握る。
それから約二時間経過した頃、俺達は森を切り開いた街道を進んでいた。街道の両脇には鬱蒼と繁る森が見える。トゥレラ王国はアギオセレス王国の様に平野も多いが、森林も多くあるらしい。この森林もその一つだという。
この森林を抜ければ、プレンツェアまで約半日。そこでは厳しい闘いが待っているかも知れない。だが、ヒルティとコロナの為にもやらなければならない。それが兄としての責務だからだ。
と、そんな事を考えていると、いきなり森林から何かが馬車の前に飛び出してきた。
俺は慌てて馬車を止め、飛び出してきた者の正体を確かめる。
そして、それを見た俺は固まってしまった。
「どうしたっ! 何があった!」
エドワードの声と共に全員が馬車の中から顔を出す。
そして、全員が俺の視線の先にあるものを見て、俺と同じ様に固まってしまった。
俺達がそうなっても仕方がないだろう。馬車の前に飛び出してきた者の正体は──
武器をこちらに向けた10才前後の子供達だったからだ。
錆びた短剣を持つその手は震えており、構えからしても使いなれていない事が分かる。この子供達の目的は察したが腰は引けており、とてもそんな事が出きるとは思えなかった。俺達が驚いて固まっていると、子供の一人──少し活発そうな年長らしき女の子が声を描けてきた。
「い、命がおしければ……に、食べ物をおいて行きなしゃいっ!」
声が震えている上に、最後に噛んでしまった事で緊張感が全く出ない。
女の子も噛んでしまった事が恥ずかしいのか、顔が赤くなっている。
状況的に俺達は襲われているのだろうが、危機感が湧く筈が無い。
そんな状況に呆気に捕られていたが、コロナとサマーリは違う感情を抱いた様だ。
「そんな……子供達がこのような盗賊紛いの事を行っているなんて……」
「そう……ですね、非常に悲しい事です……」
そう言って二人は俺に視線を向ける。その表情はこの子達を救って欲しいと物語っていた。
子供達の数は全部で五人、恐らく全員が女の子だろう。
皆一様に怯えた顔をしており、これではどっちが盗賊か分からない状態だ。
俺は小さく嘆息し、馬車を降りて子供達にゆっくりと近付いていく。
近付いてくる俺の姿に怖じ気づいたのか、子供達は後ずさっていた。
近付くと子供達が異常に痩せているのが分かる。やはりそういう事なのだろう。
「こ、来ないでっ! た、食べ物だけ置いて行ってっ!」
言葉の割には少女の顔は恐怖に歪んでいた。何故こんな子供達がこんな事を行っているのかは、この国の状況を見れば理解できるが、とても許容出来るものではない。
俺は子供達が襲ってきても対応出来る距離で立ち止まり、そこでしゃがみこみ目線を子供達に合わせる。そんな俺の行動に、少女の顔に疑問の表情が浮かぶ。
「こんな事をしても何も手に入らないぞ。下手をすれば殺されてもおかしくはない。そんな物は捨てるんだ。食べ物が欲しいならやるから」
「し、信じられないよ! そう言ってあたし達をつかまえて、ど、どれいにするつもりなんでしょっ!」
そう言いながら、少女が短剣を構えたまま俺に向かって走ってくる。
俺はタイミングを見計らい、少女が突き出した短剣を素手で握り締める。鋭い痛みが手のひらに走るが、俺はその痛みを無視する。
他の子供達は俺の素手で短剣を握るという行為に驚き、行動出来ないようだ。
「えっ!?」
驚愕の表情を浮かべた少女の頭を、空いている左手でそっと後ろから回し、胸に抱き寄せる。
「な、にを……?」
「今までお姉ちゃんとして、頑張って来たんだろうが、もうそこまで頑張らなくて良い。後は俺達が守ってやるから大丈夫だ……今まで良く頑張ったな」
「あ……」
俺はそう言いながら、少女の頭を撫でる。少女の身体から力が抜け、俺に寄り掛かって来る。短剣を握っている手からも力が抜けていくのを確認した俺は、そっと短剣を少女の手から抜き取り地面に置いた。
「あ、あたし、もう、がんばらなくていいの……?」
「ああ」
「こんなこと、しなくて、いいの……?」
「ああ」
「あ……うう……うっ、うわああぁぁぁぁっっんん!!」
気が抜けたのか少女は大声で泣きながら、俺の胸にすがり付き抱き付いてくる。
そして、それを見た他の子供達も武器を取り落とし、泣き始めてしまった。
それを見た妹達が子供達の元へと向かい、それぞれ一人ずつ抱き締める。
森に囲まれた街道の真ん中で暫くの間、子供達の泣き声が響き渡った。




