第六話 情報
翌朝、目が覚めると目の前にはサマーリの寝顔があった。
確か昨日はサマーリが上で寝たんだったな、と思い出しながらもその顔を眺める。
やはり目立つのは右頬に付いている約5センチ程の傷痕だ。
ヒルティの治癒魔法により多少はましになったが、それでも最初に目に付くのは避けられない。外出時はなるべく外套のフードを被り、見えない様にはしている。
だが、完全に隠れる訳では無いので見られる時もやはりある。そんな時はサマーリが見た目小さいせいもあり、殆どが気の毒そうな目で見られてしまう。
しかもサマーリはかなりの美少女なので、尚更そういった目で見られるのだ。
サマーリは気にしていないと言うが、無理に笑っているのが直ぐ分かる。
どうにか治してあげたいのだが、ヒルティの話によると神聖魔法では不可能という事だった。そこで椿姫にそういった魔法を創れないかを試したが、今の椿姫の精神力では全く足りず創れなかったのだ。
だが、何時かは創ることが出来るのは分かっただけ、良かったと言えるだろう。
きっと治してやるという想いを籠めながら、俺は椿姫に抱かれている二の腕を動かさないように肘だけを曲げて、サマーリのその傷痕を指先でそっと撫でる。
「……ん……兄上様……? どうしました?」
俺の指の感触を感じ取ったのか、サマーリが目を覚ましてしまった。疚しい事をしていた訳ではないが少し焦ってしまい、サマーリの頬に当てたまま固まってしまった。
「あー……いや、これはだな……なんというか」
「……兄上様の指、気持ちいいです……もっと撫でて下さい」
焦っている俺に気付かないまま、サマーリがそんな要求をしてくる。だが、動揺している俺の指は未だ固まったかのように動かなかった。
そんな状態に痺れを切らしたのか、サマーリは自分の首を動かし俺が撫でているかのような状態に持っていく。
「……サマーリ?」
「はふぅ~………………はっ!? す、すみません、兄上様の指が気持ちよくて思わず……」
「い、いや、俺こそ眠っているサマーリに勝手に触れてすまない」
「いえ! 兄上様ならわたしの何処を触っても……ってわたしは何をっ!?」
慌て始めたサマーリを見ている内に落ち着いた俺は、サマーリの頭を撫でて落ち着かせようとする。二の腕を椿姫に抱かれているので若干撫でにくいが、俺の意図を察したサマーリが頭を撫でやすいように動かしてくれたので問題なく撫でる事が出来た。
頭を撫でられて幸せそうな表情のサマーリに心が癒される。
街は平和とは程遠いが、妹達との日常は穏やかな一時だと実感した。
◆◆◆◆◆
全員が目を覚まし朝食を取った後、エドワードを除いた俺達全員は情報を集めるのと生存者の救出の為に動き始めた。
何故エドワードが外れたのかと言うと、馬車を守る必要があるからだ。
俺達の中で一人で動けるのは俺かエドワードだけだ。サマーリ以外は戦うすべは持っているがそれでも不安は残る。特にコロナは狙われている事もあるので一人には出来ない。加えて妹達は俺から離れるのを嫌がるので自然とそういった形になった。
屋敷を出た俺達は北へ進み、街を囲む柵辺りから東に向かいながら家の中を一件ずつ確認していく。大変ではあるが歩いた感じからして、それほど広い街ではないから見て回る事は不可能ではないだろう。それにこの街は日本のように建物が密集している訳でもない。恐らく一日あれば一回り位は出来るだろう。
だが全員で一つの家を見て回るのは効率が悪いので、俺と椿姫とサマーリ、コロナとヒルティという形で二手に別れている。ただ、何かあった時に直ぐ駆けつけれる様に余り離れない様にはしているが。
「あちらの家は誰もおりませんでした」
「こっちは既に手遅れだった」
「この状況では生存者はいない可能性が高いですね……」
「思った以上に酷いね……もし生存者が居たとしてもまともに喋れる状態じゃ無いかも……」
「次はいるかも知れないの、諦めちゃだめなの」
「だな、さあ次の家に行くぞ」
探索を始めてから約二時間経ったが、未だに生存者は見つからない。
範囲としては約四分の一程を探索したところだ。
皆が気落ちしていく中、ヒルティが元気に皆を奮起させる。
そうして次に向かったのは、この街でも大きい建物だ。その建物には看板が架かっており、冒険者組合と書かれていた。
「ここは……冒険者組合か、街の規模にしては中々大きいな」
「そうだね。ねえお兄ちゃん、ここは広いから全員で調べた方が良いかも」
「……そうだな、そうした方が良さそうだな。それじゃ皆行くか」
俺の合図で冒険者組合の建物へと入って行く。だが、この冒険者組合ですら人の姿は見えない。念のため、俺達は手分けして建物内を探索していく。
だが一階のロビーにも受付のカウンター内にも何処にも誰もいなかった。
次に二階に上がり、それぞれが部屋を確認していく中、俺は組合長の部屋へと向かう。
組合長室と書かれた扉を開け中を見た瞬間、俺は思わず驚いてしまった。
その驚きの原因は、正面の奥にある机の向こうに一人の人物が座って居たからだ。
年の頃は恐らく60才前後位の男で、白いその髪は側頭部に残っているだけで頭頂部は禿げ上がっている。頬は痩けており、見えている部分だけでも痩せ細っているのが分かる。その男の目は開いておらず、ここからでは生きているかも定かじゃない。
それを確認するために俺は男の側へと、慌てずに近づいていく。
男まであと三歩といった所で、男の方に動きがあった。
「……だ……れ……だ……」
開いているか分からない位に目を開け、か細い声でこちらを誰何してくる。
俺は机を回り込まずに机を挟んで男に問いに答える。
「俺は冒険者の一刀と言います。喋れますか?」
「……ぼう……しゃ……う……」
これは無理に喋らせるのは危険だと判断した俺は、ヒルティを呼ぶ事にした。
一度部屋から出ると、丁度向かいの扉からヒルティが出てきたので、ヒルティに一緒に来るように頼み、また部屋の中へと戻る。
「このおじいちゃん、生きてるの?」
「ああ、辛うじてだがな……ヒルティ、治癒魔法を掛けてくれるか? 昨日の今日で辛いかも知れないが……」
「ヒルティならもう平気なの。でも恐らく傷のせいじゃないから多少しか効かないと思うの」
「取り敢えず、延命する事が最優先だ。このままだと何時死んでもおかしくない」
「分かったの、それじゃ【生命治癒】……」
ヒルティが魔法を掛けると少しではあるが、男の顔色が良くなり目も多少開いてきた。
「……む……一体……?」
「喋れますか?」
「あ、ああ……何とか……な」
少し辛そうではあるが、喋る位は大丈夫そうだった。
念のために水を渡して飲ませる。男は少しだけ水を飲み、水を返して来た。
その後、喋れそうな事を確認した俺がこの状況の原因を聞こうとすると、他の部屋を調べ終わった椿姫達もこの部屋へと入ってきた。
「お兄ちゃん、無事な人はいなかっ──あ、その人ってもしかして?」
「ああ、何とか生きている」
「生きている方がおられたのですね」
初めての生存者に皆が安堵の声を上げる。と、そこで件の生存者の男が少し辛そうに疑問の声を俺達に投げ掛けてくる。
「う……お主達は……何者、だ? もう……この街には……若い者は……残って、おらん筈……」
「俺達は別の街から来た冒険者です。旅の途中に立ち寄った際に、この街が異常なのに気付いて生存者を探していました」
「……成る程……儂以外に生存者は……居たのか?」
男の問い掛けにどう答えるか迷うが、この状況で嘘を吐いても見破られるだろうと判断した俺は正直に話す事にした。
「まだ全てを探した訳じゃないが、今の所は居なかった……」
「……だろうな……元一級冒険者……ぐ……儂でも……この有り様だ……他の残った者には……厳しいだろうな……」
「残った者……って、やっぱりそういう事なのかな……」
椿姫は男の話に何かに気付いたのだろう、何かを呟いていた。
「この街は……儂のような年寄りや一部の女性、それにたまたま見付からなかった男の子以外は……殆ど連れていかれた……しかも食料も、全部……この街はもう……おしまいだ……」
一体誰にと思ったが、その答えは男からではなく椿姫の口から出てきた。
「連れていったのはトゥレラの国王達……ですよね」
「そうだ……奴等に全部……連れて……いかれたっ……!」
眉間に皺を寄せながら悔しさを隠そうともせずに、椿姫の告げた内容を男は肯定する。そして男は項垂れた後、動かなくなった。
「っ!? まさか、亡くなられたのですかっ!?」
「……いや、脈はある。気を失っただけのようだ」
俺の言葉に安堵の表情を浮かべたコロナだったが、椿姫の方へ真剣な表情で向き直った。
「椿姫様……いえ、椿姫ちゃん……って呼んで宜しいでしょうか」
「うん、もう私のお姉ちゃんでもあるからね。敬語も崩して貰った方が良いかも」
「この喋り方がわたくしにとって普通なので、他の喋り方はちょっと出来そうにありませんので……それよりも先程言われた、トゥレラの国王がこの街の方々を連れていかれたと……」
「うん、この街で亡くなってた人達の年齢層が偏ってたのと、さっき男の人が言ってた事を合わせると連れていかれた理由の推測は出来るよ」
「その理由とは一体……」
「まず、この街には今まで見つけた遺体が老人の男性か中年以上の女性だけだったの。そして、子供はあの男の子だけで他には見掛けなかった。となると連れていかれたのは中年以下の男性と若い女性と子供達だと考えられるの。その理由は男性は兵士にするため、女性は……男性の欲の発散要員だと思う。子供に関してはそれぞれに対する後々の補充要員だろうね」
「そんな……ですが街をこのような状態にしてしまっては、国が滅んでしまいます!」
「そうだね、もし国全体でこんな事をやっていたとしたら、もう国としては終わると思うよ。でも一個の都市にお年寄り以外の人と食料を集中させれば、暫くは持つだろうね。まあ、それでも何時かは限界が来るだろうけど……」
「形振りかまっていられないってところか……だが、そうした所でもうどうにもならないだろ」
「 うん、放っておけば勝手に滅びるだろうね。ただその間、国民は地獄だろうけど……
ううん、滅んだ後もだね……」
「そんな……」
コロナとサマーリが椿姫の話によって、暗く沈んでいくのがはっきりと見てとれた。
この国の元王女や元貴族としては、やはり国民の行く末が気になるのだろう。
妹達のそんな表情は見たくないが、国家規模での出来事を個人でどうにか出来るものじゃない。隣接国のアギオセレス王国やアンスロポス王国にどうにかして貰うしか方法はないだろう。
「私達だけでそれを解決する事は不可能だからね……今は私達の当初の目的……メイナちゃんの救出と封印珠の確保で動くしかないよ」
「……はい」
感情では納得はしていないが、状況的に傍観するしかない事が分かっているのだろう、二人ともそれ以上は何も言ってこなかった。
そして、俺達は気を失った男を近くにあった仮眠室のベッドに寝かせ、探索の続きを行ったが、他に生存者は見つけられなかった……。




