第五話 越境
何事もなく夜は明け、朝を迎えた俺達は街を出発する。
今日は始めにサマーリが御者を行い、横には操縦を習う為にヒルティが座っている。
そして俺は共に後ろ側の席に座っているエドワードに、昨夜の成果を聞いているところだ。
「──とまあ、トゥレラ国王に対する不満の声と、アギオセリス王国に組み込まれた安堵の声だけで、現在のプレンツィアの状況は分からなかったな。まあ、街を往来する人間がいねぇんじゃしょうがないがな……」
宿に着いた後エドワードは酒場に行き、プレンツィアの情報を集めて貰っていた。
この世界では国にもよるが、基本的に成人になればお酒は飲める。だが、日本に住んでいた俺や椿姫は勿論、この世界では成人しているがサマーリやコロナは飲んだ事がなく、ヒルティに関しては妖精族自体がお酒を飲まないのだとか。
そんな訳で唯一お酒が飲めるエドワードが酒場に行ったのだが……余り成果は芳しくなかった。
どうやら商人や冒険者等の職業柄移動が多い者達が、トゥレラ王国に行く事を控えているかららしい。国王が変わってからその兆候はあったが、トゥレラ王国が戦争に負けてその動きは顕著になった。そのせいでトゥレラ王国の情報が余り入って来ないのだそうだ。
状況からしてトゥレラ王国から逃げてきた者がいてもおかしくないが、そういった動きは殆どなく、ごく少数だけだという。
「可能性としては搾取され過ぎて、逃げる余裕もない状態なのかもね。だから逃げれるのは一部の財があるか、力がある人達だけなのかも……」
「成る程なぁ、金があれば強い冒険者を護衛に雇い逃げ出せる。強い冒険者は金が無くとも護衛として共に逃げ出せる訳か……」
「トゥレラ王国では、お父様の政策により貴族と癒着をしている商人以外は殆どが貧困に喘いでおります。ですが、今回の戦争による敗北でその商人達はトゥレラ王国を見限っているでしょう」
「その商人達から情報を得る事は無理なのか?」
「それは難しいと思うよ。商人にとって情報は武器だからね。癒着をするような商人なら、間違いなく法外なお金を請求して来るだろうしね」
「となると行ってみるしかない訳だな……」
どんな世界だろうと情報は重要だ。俺達がいた世界では規制された物以外は何時でも調べられる機器が存在した。だがこの世界にはそんな物は存在せず、自分の足で調べるしかない。それでも得られなければ、情報がないまま進むか諦めるしかない。
だが、今回は諦める訳にはいかないのだ。
それにまだ一つ目の街だ。もしかしたら次の街では情報が手に入るかもしれない。
「最悪、こっちには魔導具があるからな。居場所さえ特定出来れば何とかなるだろ」
「……だがフランツがいたら? エドワードが勝てないんだろう?」
「……時間を稼ぐ位なら何とかだろうなあ……一刀が俺に近い位強けりゃ二人掛かりでならいけるだろうが……」
「今の俺じゃ無理、か……」
「鍛える時間もねえからなぁ。まあ、遭遇しないよう立ち回るか、遭遇しちまったら俺が足止めしている間に目的を果たすしかねえだろう。その後、俺一人なら逃げる位なら出来るからな」
エドワードを囮に使うのは気が引けるが、現状そうするしか方法がないのも事実だ。
俺が頭を悩ませていると、隣に座っている椿姫からある案が上がった。
「お兄ちゃん、私に案があるんだけど──」
◆◆◆◆◆
椿姫の案を採用し、その準備を終えた俺達は、アギオセリス王国とトゥレラ王国の現在の国境付近へと差し掛かる。そこには約50メートル幅の川が流れており、川を挟んでトゥレラ王国側には古めかしい砦が、アギオセリス王国側には急造の砦が存在している為、この川が国境の様になっているそうだ。
前は橋が掛かっていたそうだが、トゥレラ王国がアギオセリス王国の進軍を止める為に破壊したらしい。
無論、そんな場所を通れる訳はない。なので、俺達は砦付近を避けて下流に向かい、馬車が渡河出来そうな場所に向かっている。
幸い、エドワードがその場所を知っているそうなので探す手間は省けた。
そして俺達は川を渡り、無事にトゥレラ王国へと越境を果たした。
それから更に数時間後、現トゥレラ王国の一つ目の街へと辿り着いた。
◆◆◆◆◆
「これは……想像以上だな……」
「ここまで酷い事に……お父様は一体何をお考えに……」
「もう街の体裁をなしてないね……」
辿り着いた街は酷いものだった。いや街だった場所と言ってもいいかも知れない。
門には門番すらおらず、開いたままの状態。一歩街に入れば至るところに人が倒れており、動く様子はない。腐臭を放っている事から生きてはいないだろう。
建ち並ぶ家も扉や壁が壊され、とても人が住める状態ではない。
勿論、店が開いている筈もなく、街全体が閑散という言葉では言い表せない状態だった。
そんな状態の街を呆然と眺めていると、視界の隅に僅かだが何かが動いのに気付いた。そこに向かうと10才位の男の子が倒れていたのを発見する。呼吸を確認すると、僅かだが息をしていた。
「…………ぁ…………ぅ」
「ヒルティ、来てくれ! この子に治癒魔法を頼む」
「分かったの! 【生命治癒】………………あ」
「どうした?」
「間に、合わなかった……の」
手を男の子の口に翳すと、さっきまでの呼吸が感じられなかった。
ヒルティの顔が悲痛な表情を浮かべる。ショックを受けない訳がない、目の前で自分と同じ年頃の子が死んだのだ。しかも、自分の掛けた治癒魔法が間に合わずにだ。
俺は安易にヒルティに頼んだ事を後悔する。俺の安易な判断でヒルティの心に傷を負わせてしまった。兄としてあるまじき事だ。
俺はそっとヒルティを抱き締める。
「ヒルティ、すまん……俺のせいで……」
「にーには悪くないの。でも少しだけこうしてて欲しいの……」
ヒルティの要望通り頭を胸に抱き寄せ、その小さな頭を優しく撫でる。
短い時間ではあったが、ヒルティは落ち着いたのか顔を俺の胸から離す。
「ヒルティ、もう大丈夫なのか?」
「ん、もう大丈夫なの」
「分かった、だが無理はするなよ」
ヒルティが落ち着いたのを確認した俺は、立ち上がり改めて辺りを見回す。
だが、目に見える範囲に俺達以外に動く者は存在しなかった。
「さて、どうするべきか……」
「お兄ちゃん、まずは泊まれそうな場所を探した方がいいよ。もうすぐ夜になるから暗くなる前にね」
「椿姫の嬢ちゃんの言うとおりだ。この状況じゃあ急いで探索したところでたいして変わりゃしねぇだろう。ならまずはまともに休める所を探すべきだな」
椿姫とエドワードの提案に乗り、比較的ましな建物を探していく。
宿屋らしき建物を見つけたが、屋根や壁が崩れ落ちており、とても泊まれる状態ではなかった。そして、そこにも生きている人はいなかった。
大通りを街の中心に向かって進んでいると、塀に囲まれた屋敷らしき建物が見つかった。ここはどうだろうかと崩れかけた門を潜ると、それほど崩れてはいない屋敷が目に入った。大きさとしては日本の標準的な一軒家の三件分位はありそうだ。
正面から見た感じだと、外見上は崩れている箇所は見当たらない。
庭は手入れがされておらず、至るところに雑草が生えていた。
馬車を比較的草が余り生えていない場所に止め、屋敷の入り口へと向かった。
まずは安全確認の為に扉を開け、中を覗くが誰もおらず特に異常も無さそうだ。
玄関ホールに入り、問題無いと判断した俺は全員を中に入れる。
屋敷の中は洋風の作りになっており、正面には螺旋状の二階へ続く階段が、ホールの左右には扉がそれぞれ二枚づつ備え付けられている。
エドワードが左の扉へ、俺は右の扉へと別れて中を確認していく。
手前の扉の方には食堂が、奥の扉の方には厨房があったが、どちらも誰もいない。
エドワードが向かった方には、トイレやお風呂場に使用人の部屋等があったが、同じく誰もいなかったとの事だ。
螺旋階段を登った二階には書斎や複数の寝室があったが、ここにも誰もおらず生活感も感じられなかった。
そして屋敷の状態に関してだが、埃っぽくはあるが問題なく使えそうだった。
確認を終えた俺達はまずは食堂に集まり、今後の事について話し合う事にした。
「まずはこの状況でどう動くかだが……皆はどう考えている?」
「街がこの状態じゃあ、まともに情報は手に入らねぇだろうからな。俺は朝になったら直ぐこの街を出る事を勧めるな」
「私は逆かな、こんな状態だからこそ情報が手に入ると思ってるよ。私は朝になったら、生存者を探すべきだと思う」
「わたくしがこの国の元王女だからというのもありますが、わたくしは今すぐにでも生存者を探すべきだと愚考致します」
「わたしもコロナ様と同意見です。わたしもこの国の元貴族として、そして貧しい暮らしを経験した一人としてそう思います」
「ヒルティは……さっきの子みたいになる前に助けたいの」
三人が今すぐにでも、という意見で過半数だが……俺としては──
「俺は椿姫と同意見だな。もう既に時刻は夕方だ、日光が沈み夜になる。この時間からの探索は危険だからな。それにコロナを狙う暗殺者が現れる可能性もある。そんな相手と夜間での戦闘は避けたい」
「それは俺も同意見だ。俺は護衛の立場だからな、こんな状態の街を夜に歩くのは賛成出来ん。だが朝になら探索する事に関しては反対はしねぇ。危険性がなければお前達の方針に従う」
「そのような危険性は考慮しておりませんでした……分かりました。探索は明日に致します」
夜の探索は危険だと言う俺達の意見に、椿姫以外の三人の妹達も納得した。
方針が決まった俺達は次に食事の準備を行う為に、全員で厨房へと向かう。全員で向かったのはこの埃だらけの状態だとまず掃除が必要だからだ。
まずは水の確認を行う為、厨房から外に出る扉の先に井戸があるのを発見した。
だが、井戸は誰かの手により破壊されたのかのような有り様だった。
仕方がないので【空間収納】に入れてあった水を使用して濡らした布で厨房内を拭き、最低限料理が出来る環境を整えていく。厨房の必要な部分を拭き終えた俺とエドワードは、料理を妹達に任せて食堂の掃除に向かう。
料理に関しては椿姫が「花嫁修業だよ♪」と言って叔母さんに習っていたし、何度も食べた事があるので腕前は問題ないだろう。だが、ここは地球じゃないので食材の違いはあるかも知れない、という訳で平民に落ちた際に料理を覚えたと言っていたサマーリに椿姫のサポートをお願いした。
そして、ヒルティとコロナの二人に関しては、料理を習える環境ではなかったので料理は出来ないと言っていた。だが、料理を是非覚えたいとの事だったので、二人は厨房にて料理を習っている。
食堂も最低限掃除し終えた俺達は、次に泊まる予定の部屋の掃除を行った。
エドワードは一階の使用人の部屋にて泊まる事にしたようで、そちらに向かって行った。聞くと、侵入者対策で念のために一階にしたそうだ。
そして、俺と妹達が泊まれそうな部屋は一部屋しかなかった。何故かと言うと、俺達全員が寝れるベッドがその部屋しか無かったからだ。
恐らくはこの屋敷の主人の部屋だったのだろう。その部屋には落ち着いた色合いの家具類が数点とダブルベッドが置かれていた。しかも寝具もそのまま置かれており、埃を叩けば充分に使えそうだった。
掃除を終えた俺が食堂へと戻ると、丁度食事の準備は終わっており、直ぐにエドワードも合流して食事を取る事になった。
食事を終えた俺達は汗を落とす事にしたのだが──
「ここにもお風呂が無いんだね……残念……」
椿姫が呟いた様にお風呂が存在しなかったのだ。無い物はしょうがないと、俺と妹達はお互いの身体を拭きあった。それ以前に井戸が使えないので、お風呂があっても使えないが……。
「まだ、ちょっと恥ずかしいです……」
「そうなのですか? わたくしは大丈夫ですけれど」
サマーリはまだ慣れないのか、俺に拭かれるのを恥ずかしがっていたが、コロナはその身体をかくそうともせず、俺に大人しく拭かれていた。
王族だから自分では拭かず、人に拭かれるのに慣れているのかも知れない。
一緒に寝るのは恥ずかしいのに、裸を拭かれるのは平気なコロナにその逆のサマーリ。喋り方は似ているのに、正反対な二人だった。




