第二話 逃亡
「そうしてわたくしの敬愛する叔父様は亡くなられてしまいました……わたくしのせいで……」
「フラン……」
「「「ぐすっ……うぅ……」」」
フラン──いや、コロナの話に俺は共感している。コロナに降りかかった、大事な人を喪ったという所が俺と一緒だったからだ。
それが分かる俺だから、軽々しく慰めの言葉を発する事はしない──いや、出来ないのだ。そして、妹達もそれぞれ傷を抱えている。自分自身と重ね合わせているのだろう、ただ涙するだけで誰も一言も発しようとはしなかった。
そして、コロナも叔父を失った話をする事により、感情が押さえきれなかったのだろう、その頬には涙が流れていた。
「……申し訳ありません。堪えきれずに話の途中に泣いてしまいまして……」
「途中? まだ続きが……あ、そうかメイナと言った子の事か」
「はい……それでは続けさせて頂きますね」
◆◇◆◇◆
──コロナ視点──
叔父様が亡くなられてしばらくして、わたくしはようやく周りの状況を確認出来る事が出来ました。辺りには叔父様の様に動かなくなった暗殺者達の死体が多数。
そして、わたくしを背後から抱き締めているメイナ。
メイナから抱き締められている事すら気付かずに、泣き続けていた事に今になって気付いたのです。
「ごめんなさい、メイナ……わたくし戦闘中にも係わらず気が動転してしまって……」
「良いよ。ボクもその気持ちは痛いほど分かるから……でも、今は早くここを離れよう」
「え……叔父様をこのままにして行くのですか……?」
「うん、追っ手が来るといけないからね。すぐにでもどこかに逃げて隠れよう」
「で、ですが……叔父様をおいていくなど、できかねます!」
わたくしがそう非難すると、メイナの表情が厳しいものに変わりました。
「叔父さんの死を無駄にしないで!」
「え……」
「叔父さんは自分が死ぬかも知れないと分かっていてコロナ様を助けたんだよ。それも全てコロナ様に死んで欲しくないから……。叔父さんの気持ちを分かってあげて……」
「……叔父様……」
わたくしはメイナの言葉と叔父様の行動を重ね合わせる。……確かにメイナの言うとおり、叔父様は文字通り自分の命を掛けてわたくしを救ってくれた。
その恩に報いるには……わたくしが生き延びる事でしか返せない。
メイナのお陰で今自分がやるべき事を認識したわたくしは、メイナへ小さく頷いた。
そんなわたくしにメイナは小さく微笑む。これではどちらが年上か分からない、と思いながらもわたくしは立ち上がりました。
そして立ち去る前に叔父様に一礼して、わたくし達は外にいる護衛達に見つからない様に外に出ました。
◆◆◆◆◆
街を出てわたくしは、これからどうすべきかメイナと話し合いました。
メイナの歳はわたくしより若いですが、暗殺の訓練の際に教えられた知識があり、王城で暮らしていたわたくしより豊富です。その意見は無視できません。
結果、わたくし達はアギオセリス王国に向かう事になりました。その理由はメイナが、わたくし達の所属するトゥレラ王国がアギオセリス王国へと戦争を仕掛けるとの情報を入手したからです。
メイナの話によれば、暗殺者達は偵察任務も行うとの事。となると戦争が起きるのなら、暗殺者達をある程度そちらに回すはず。そうなればこちらの追っ手も少なくなる筈。ならば戦地の近くを避け移動すれば、戦争に動員されている暗殺者達にはきっと気付かれない。
わたくし達はそう結論付け、真っ直ぐ南下ではなく王都を避ける様に南西に進路をとり、アギオセリス王国へと目指す事を決めました。
出発して暫くの間は暗殺者達が現れる事がありませんでしたが、遂に暗殺者達に捕捉されてしまいました。
場所はアルヘオ大森林の手前、本来であれば西回りで森を迂回する予定でしたが、暗殺者達を撒くために森を抜ける事になりました。
時折現れる暗殺者を切り伏せながら、わたくし達は森の中を走り続けました。
──ですがわたくし達は遂に追い詰められてしまいました。
後方には道具なしで降りるには厳しい急勾配の斜面。後方以外は暗殺者達に取り囲まれ絶体絶命の危機でした。
「メイナ……貴女だけならば逃げられるでしょう。わたくしを置いて行きなさい」
「……コロナ様、足留めはボクの役目だよ? だから──ごめんね」
「メイナ、なにを──」
次の瞬間わたくしは斜面を転がっていました。
急な事に何も反応出来ないわたくしは、所々身体を打ち付けながらも斜面の下へと辿り着いた。防打能力のあるこの外套を着ていなければ、かなりの大怪我を負っていたと思います。身を起こすと流石に無傷とはいかず、身体中に痛みが走る。
わたくしはその痛みを堪え、斜面の上へと視線を向ける。
そこには複数の暗殺者を相手取るメイナの姿が見えました。
「メイナっ!?」
「コロナ様、無事だね。ここはボクに任せて早く逃げて!」
「メイナっ!? 貴女まさか……死ぬつもりじゃっ!?」
「ボクなら大丈夫、少なくても殺される事はないから。奴隷にはされるだろうけどね」
わたくしも聞いたことがあります。お父様の作られた暗殺者部隊は、見せしめを除き、裏切者には死ではなく強制的に奴隷化され、その後危険な任務に従事させられ続けると……。
確かに殺される事はないかも知れない。だけど──
「このままだと二人とも捕まっちゃう。メイナ様が捕まれば直ぐにでも殺されるかも知れない。だからこれが一番なの、だから逃げて。もちろんボクも大人しく捕まるつもりはないよ」
メイナの言っている事は理解できる。だけど、感情がその方法を取ろうとしない。
もしもの時に合流する為の魔導具はお互いに持っている。だけど、合流した時にはメイナが取り返しのつかない事になっているかも知れない。
わたくしがどうすべきか迷っていると──
「コロナ様は王女なんだよ。この国を変えないとみんな不幸になる。コロナ様にならそれが出来ると信じてるから……だから行って!!」
「……っ!!」
その言葉を聞いたわたくしは、何も言わずにメイナに背を向け走り出しました。
感情を押し殺す為に唇を強く噛み締めながら……。
◆◆◆◆◆
メイナと別れ、どの位経ったのでしょうか……。あれから幾度か暗殺者が現れては、何とか倒し森の中を進んで行きました。
このアルヘオ大森林はかなりの広さを誇り、下手をすれば数日間は抜けれないと聞いた事があります。しかも方向を間違えれば、断崖に行き当たるとも聞きました。
そして、今わたくしは完全に方向を見失っていました。
ですがわたくしが進むのを諦める訳にはいけません。諦めてしまえばメイナを救う事が出来なくなってしまう。
血や泥にまみれながらも、足が動かなくなっても、傷を負っても、わたくしは一睡もせずに森を走る。そして森を抜け、街に行き、信頼出来そうな強い方を探し、メイナを助けて貰える様にお願いする。その為ならその方にこの身を捧げる事も厭いません。
あの時わたくしはメイナに最後に言われた言葉を聞き、逆にメイナを見捨てる気が無くなりました。ですが、あの状況ではわたくしには何も出来ません。
はぐれてもメイナを見つける方法は持っています。なら、後はメイナを助ける為に戦力を集める事。もしかしたらそんな方は見つからないかも知れない。もしかしたら騙されてメイナを助けるどころでは無くなるかも知れない。ですが、わたくしにはもうその方法以外にメイナを助ける方法が思い浮かびません。
と、考えながら走っていると、前方の木々の間から日光からの光が差していました。
まさかと森を抜けたのかと思い、速度を上げその木々の間を抜けるとそこには──
断崖が存在していました……。
眼下には確か兎の森と言われる森が見えます。ですがそこに降りるには数メートルはある、この断崖を降りねばなりません。ですが、わたくしにはここを降りる為の道具も持っていませんし、そんな魔法も使えません。
わたくしは仕方なく断崖を迂回しようと思い振り向いた、その時──
わたくしの顔目掛け、短剣が飛んできたのです。わたくしはそれを避けようとした影響で重心を崩して、地面が数メートルは下にある中空へと身を倒してしまいました。
そしてわたくしはそのまま……。
◆◇◆◇◆
──一刀視点──
「──と、気を失ってしまい……その後は今に至ります……」
そこでコロナの話は終わった。話を終えたコロナは真っ直ぐと真剣な表情で俺達を見ている。その表情には一切の曇りは存在しなかった。だが、助けてほしいとその目は雄弁に語っていた。そして実際にそれは言葉にされた。
「お兄様……メイナを助けては頂けないでしょうか? 妹としてこの身を捧げたわたくしには、もう差し上げれる物がございません……ですが、どうか……どうか、お願い致します……メイナを助けて……!」
そう言ってコロナはテーブルに額が着きそうな位頭を下げた。
だが、俺は既にどうすべきかは決めている。なので、静かにコロナへと声を掛ける。
「コロナ……」
「は、はい……」
「コロナはもう俺の妹だ。そして兄とは妹を守る存在だ。更に言うなら妹の大事な友達もその守るべき存在になる。そのメイナという子を救いに行く事は当たり前の事だ。だから──メイナを助けに行くぞ、コロナ」
「あ……はいっ! お兄様!」
コロナは目に涙を溜めたまま、眩い笑顔を浮かべた。
◆◆◆◆◆
俺はまず話に出ていたメイナと合流する為の魔導具について尋ねた。
すると、コロナは首に下げていた水滴型の青いペンダントを俺達に見せてきた。そのペンダントは淡く光っている。
「その魔導具がこれなのですが、対象人物が予め魔力を込めていると、その人物がいる方向へと導いてくれるのです。遠い程光は暗く、近い程明るくなります」
手に乗せたペンダントの、その尖っている方向に対象人物が居るのだそうだ。それはどれ程離れていても関係無く、もしその人物が死んでいたのなら、反応はしないらしい。
そのペンダントが示す方向は──およそ北の方角、トゥレラ王国を指し示している。
となると、メイナは捕らわれている可能性が高いだろう。
急ぐ必要はあるが、準備は万端に行わなければならない。捕らわれている場所や状況次第ではあの男──フランツと戦う可能性もあるからだ。
「にーに、もしかしたら封印珠もあるかもなの!」
「ああ、確かに可能性はあるな」
ヒルティの言う通り、状況次第では封印珠も見つかるかもしれない。
メイナを救う事も重要だが、封印珠に関しても同じく重要だ。どちらも本人にとっては大事な事に変わりはない。無論、死んでしまっては意味がないので、充分注意して事を進める必要はあるが。
「お兄ちゃん、エドワードさんの事なんだけど……コロナさん──コロナお姉ちゃんがここにいるならエドワードさんが私達に付いていく意味は無いんじゃ……」
「あー……」
「どういう事でしょう?」
エドワードは元々、コロナとその叔父を探す名目で、俺達の護衛として同行する予定だ。だが、コロナ本人はここにおり、コロナの叔父は死んでしまっている。
そうなるとエドワードが俺達に同行する意味は薄くなってしまう。
フランツと戦う可能性があるので、エドワードには来てほしいのだが……。
その事を知らないコロナへと説明を行う。
「成る程、そういった事になっていたのですね。……わたくしがご一緒すれば問題はないかと。元よりそのつもりではありましたが」
「折角見つけたのに、また行方が分からなくなるのはエドワードさんも避けたいだろうからね。ただ、引き留められる可能性もあるけど……」
「あの、王弟派とはいえ敵国の王女様ですよね。拘束される可能性もありそうですが……」
「そこは俺の妹という事で押しきれないか? ヒルティの時もそうだったしな」
「どうかな……ヒルティちゃんの時とは状況が違うしね……。ん~、でもいけるのかなぁ、兄妹に関する事だと結構優先されるからね」
「そうですね。多くの国が兄妹という続柄を中心に法を定めております。アギオセリス王国もその国の一つ。たとえ義理だとしてもその事が優先されるのは確かです。犯罪者等でない限りは何よりも優先される筈です。昔はトゥレラ王国もそうでしたが、現国王により廃止されました……」
兄妹という事が何故それ程重要視されているのかがいまいち良く分からないが、かなり優先されるのは間違いない。ならばコロナと俺が兄妹になった事を示せば問題は無いのかも知れない。
何はともあれ、エドワードとは話をする必要があるだろう。状況次第ではレオン王子にも必要かもしれない。




