第十五話 群生
翌朝、俺達は迎えに来たフォティスと共に、トゥレラ旧王都を出発し獣の森へと向かう。獣の森の位置は街から東へ馬車で30分程進んだ所に存在するらしい。聞いた話によれば昨夜、第二波の瘴魔犬が街を襲ったという。
瘴魔犬は一対一なら武器を持った大人であれば、戦闘を生業にした者でなくても充分倒せる強さなのだとか。だが、群れとなると途端に手強くなり、冒険者や兵士等じゃないと手に負えなくなるらしい。
群れへの対策として、エドワードの手配で10名程の兵士を引き連れている。
彼らは基本森の外で待機し、もし俺達が退却を選択した場合の退却を援護する為に存在する。初めは必要なのかと思ったが、瘴魔犬は逃げようとする相手には執拗に追う習性があるので、瘴魔犬の群れとの戦闘はこの様に、二段構えで対応するとの事だ。
本当なら他に依頼を受けた冒険者を担当させる予定だったが、俺達以外に依頼を受けれる状態の冒険者がいなかったので、急遽兵士を連れて行く形になった。
そして、今俺達はサマーリとフォティスが御者で、その二人以外の四人で隊列等を決める話をしていた。その為、フランの戦闘の型をまず確認した。
「わたくしの武器はこの片手で使用する細剣です。剣の動きを阻害しないよう防御用には盾では無く、籠手を着けております。身体強化の技能は使えますが、さほど強くはありませんし、魔法は使用出来ません。準位は12になります」
続いて、俺達の戦闘の型もフランに伝える。その際にヒルティの封印の事を聞いた時に表情に陰が差した気がしたが、そこには触れずに話を進めていった。
「それでしたら……」
「椿姫様、普段通りの喋り方で宜しいですよ?」
「えっと、分かり……分かったよ。それじゃ私の事も様付けしないで呼んで欲しいかな?」
「ええ、分かりました。口調はもうこれが癖になってしまっているので変えれませんが、これからは椿姫ちゃんと呼ばせて頂きますね。それでは他の方々も一刀さん、ヒルティちゃん、サマーリさん、と呼ばせて頂きますね」
「ああ、俺は構わない、というか、いつ様付けをやめて貰おうか迷ってた所だ」
「ヒルティも良いのー!」
「ふふ、それでは話の続きを致しましょうか?」
「うん、そうだね。それじゃ──」
話し合いにより先頭が俺、後方からの襲撃に備えてフラン、そしてその間に椿姫とヒルティという隊列となった。それに加え状況によって俺とフランが前に立つ。
逆に退却する場合は先頭にフラン、殿に俺、その間に二人という隊列で決定した。
そして次に瘴魔犬の特徴に話は移る。
「瘴魔犬に関してだけど、基本的に五匹から十匹単位で行動する瘴魔だね。さっき言った習性に加えて、自分達より数が多い場合は襲って来ないの。だけど私達は四人だから間違いなく襲って来ると思ってね。それと絶対背中を見せない事だね。背中を見せるとその人を集中して攻撃してくるから」
「なるほどな、説明助かる」
「兄上様、到着しました」
椿姫から瘴魔犬の習性や注意事項を聞き終えた時、遂に馬車は森の手前に到着する。
俺達は森に入る為、兵士達はもし瘴魔犬が森の外に出てきた際の対応の為に準備を整えていく。
準備を終えた頃にサマーリが話し掛けてきた。
「あ、兄上様……無事戻って来て下さいね、皆さんも絶対ですよ?」
サマーリは今回は流石にここで留守番だ。群れで襲われればサマーリを守りきれない可能性があるからだ。本当は街に置いておく積もりだったが、せめて馬車の御者をしたいと言ってきたので俺は折れてしまった。
妹に甘いのは自覚しているが、これは直らないだろう。まあ、直す積もりもないが。
不安そうなサマーリの頭を軽く撫でる。若干表情が和らいだサマーリに見送られながら俺達は森の中へと入った。
この獣の森は兎の森よりも多少広いらしい。しかも今回は原因の調査も含まれるので、すんなりとはいかないだろう。
森に入って約50メートルも行かないうちに、前方より五匹のチワワ位の大きさの犬らしき真っ黒な生物が現れる。らしきと表現したのは、目は細く真っ赤に染まっており、鋭い牙を隠そうともせずに剥き出しにした凶悪な表情をしていたからだ。
それを視認した瞬間に俺は迷わず鑑定を使用した。
小型瘴魔犬 瘴魔族
技能:俊足 集団連携
準位:6
聞いていた通り単体の能力は高くない。ただ俊敏力が高いので、速度を活かした撹乱には注意する必要があるだろう。
瘴魔犬は俺達に気付くなり、躊躇いもせずに唸りながら迫ってくる。
「ガアァァァッッ!!」
「通常作戦で行くぞ!」
俺の掛け声に反応したフランが後方から俺の横へと前進、細剣を剣先を前方に腰だめに構えているのを横目で確認する。俺は既に抜刀し、【無】の構え──片手で持ち剣先を地面に向けた状態──にて瘴魔犬を迎え撃つ。早速俺に飛び掛かって来た一匹目を下から斬り上げ、斜めに断ち斬る。斜めに身体が半分に別れた瘴魔犬は重力に従い、軽い音をたてながら地面に落ちた。
「ハッ!」
鋭い掛け声がした方を横目で見ると、フランの突き出した細剣が見事に瘴魔犬の額を捉え、即死させていた。その躊躇いの無い剣筋は、命のやり取りを知る者しか繰り出せない物だ。と言っても俺がそれを知ったのはつい最近だが。
「【風刃】!」
「【疑似精霊】お願いなの!」
俺とフランが一匹ずつ倒した直後、後方から一刃の風と光球が放たれ、残りの瘴魔犬へと襲い掛かる。風の刃に触れた瘴魔犬は首を切り落とされ、光球が衝突した瘴魔犬ははね跳ばされ木に衝突し動かなくなる。俺は最後に残った一匹へと一歩で接近し、その首を斬り飛ばして初戦は終了した。
「皆、問題は無いか?」
「うん、大丈夫だよ」
「ヒルティもなの!」
「ええ、怪我も無く問題無いです。それよりも皆さんお強いですね、あっという間に終わってしまいました」
「そういうフランこそ強いな。場数は俺よりも踏んでるんじゃないか?」
「……踏まざるを得なかっただけ、ですから……」
そう呟いたフランの表情に陰が差す。その様子を見るに余り突っ込んだ話はしない方が良いのかも知れないと判断し、軽く相槌だけ打った。
その後、椿姫の【瘴石分離】とヒルティの【瘴気浄化】で後処理を行い、先へと進む。更に三度戦闘を行ったが危なげ無く瘴魔犬を倒した。
そして、五度目の戦闘で変化が訪れた。
「囲まれたか……」
「流石にこれは不味いですね……」
俺達の言葉に答えるかの様に、姿を現す瘴魔犬達。その数ざっと40匹。
殺気を察知した時には既に囲まれていた状態だった。こいつらは一匹ずつは弱いが、この数を一匹も椿姫達へ通さずに倒すのはかなり厳しい。
瘴魔犬達は一気に近寄らずに警戒しながら、にじり寄って来る。
数多くの仲間を倒された事により、かなり慎重になっているのだろう。
「にーに……」
ヒルティの不安そうな声が聞こえるが、周囲から目線を逸らす訳にはいかない。逸らした瞬間に襲い掛かって来るだろう。
どうするか考えていると──
「お兄ちゃん、大丈夫だよ【空間障壁】」
椿姫がその言葉を発した瞬間、俺達の前方を除いた周囲に半透明の壁が現れる。
「これは……?」
「兄妹魔法【空間魔法】の一つ、一定以下の威力の攻撃を物理、魔法問わず通さない障壁。これで前方だけに集中出来るよ。欠点は自分達の攻撃も通さない所かな」
「兄妹魔法!? 極一部の人しか授かる事が出来ない技能ではないですか!?」
「え、そんな凄い事なのか? っと、とりあえずそれに関しては後回しだ! こいつらを倒すのが先決だ! 椿姫、暫くはそれは持つのか?」
「うん、発動すれば、高威力の攻撃を受けない限りは10分は持つよ」
「分かった、フランここの守りは任せて大丈夫か?」
「え、ええ、後方からの援護を頂ければいけます」
「椿姫、ヒルティ、フランの援護は任せた! 俺は討って出る!」
「分かったよ、任せてお兄ちゃん!」
「ヒルティも一杯頑張るの!」
俺はその言葉を聞いた瞬間、前方の空いた空間から躍り出る。
いきなり現れた障壁に戸惑っていた瘴魔犬達だが、俺がその障壁から出てきたのを見て漸く襲い掛かってきた。
俺は刀を右手で持ち腰の鞘も腰帯から抜き、順手で左手に持つ。
塚原流剣術【鞘二刀】。刀一本では手数が足らない場合に使用する剣術だ。
だが、鞘は基本的に刀程の耐久性は無い。なので、変な使い方をすれば鞘が壊れてしまう。その為、鞘を誤って壊さない使い方をする剣術が【鞘二刀】なのだ。
俺は左右から襲い掛かって瘴魔犬を右手の刀で斬り伏せ、左手の鞘で急所に突きを放つ。その時に鞘を持つ左手には必要以上の力は使わない。最低限の力とそれを補う技術で相手を仕留めていく。
正面の瘴魔犬を仕留めた俺は、左回りで俺達を囲んでいる瘴魔犬を次々に斬り伏せ、あるいは急所突きで数を減らしていく。自然、右手側の瘴魔犬は椿姫達に向かうが、正面のみからであれば、あの三人の強さなら問題無いだろう。
後方にいる瘴魔犬が障壁に攻撃を繰り出しているのが見えたが、障壁が壊れる様子は全く無い。
俺が障壁越しに椿姫達の左横に達した時には、瘴魔犬の数は半分を切った。左後方に目をやれば、フランは基本的には防御に徹し、椿姫やヒルティの魔法で瘴魔犬を倒している。この調子でいけば問題無く相手を倒しきるだろう。
そして、俺が椿姫達の後方に着いた頃には立っている瘴魔犬は存在しなかった。
念のため、生きている瘴魔犬がいないか確認して回る。全てを確認し終えた俺は、椿姫に合図を送り、それを見ていた椿姫が障壁を消した。
そして、後処理も完了し漸く一息吐く事が出来た。
「漸く終わったか……それにしても凄い数だったな」
「そうだね、流石に疲れたかな……」
「にーに、ヒルティも休むの~」
「そうですね、休憩を挟んだ方が良いかも知れませんね」
今の戦闘で疲れを感じた俺達は、水分補給等の休憩を行う。
それにしても、今回の戦闘は椿姫の【空間魔法】がなければ、怪我を負っていた可能性がある。俺達しか居なかったとは言え、通常ではもっと大人数で行う依頼では無いだろうか? その辺りの情報が無いか椿姫に聞く事にする。
「本来なら複数の隊で各方向から全てを捜索、瘴魔の殲滅が通常らしいけどね。今回は街に来る瘴魔の数が少なかったから、それほど沢山は居ないだろうと増殖初期段階と判断したみたい。だから今なら比較的楽に原因を潰せるらしいよ。」
これでも少ない方らしい。これで初期なら最終的にはどれ程の規模になるのか、余り考えたくは無い。
休憩を終わらせ、更に奥へと進んでいく。先程の様な数十匹で現れる事はあれからは無いが、散発的に数匹は襲いかかってくる。
位置的にはもうそろそろ森の中央部に差し掛かる辺りまで来ている。
「……そう言えば、大量発生の原因はどんな物なんだ?」
「調べた情報によると瘴気溜まりが発生して、そこに動物が触れる事により瘴魔へと変化、そしてその瘴魔が繁殖する事により大量発生するって事だったよ」
「瘴魔は繁殖機能を持っているのか……」
「うん、しかもその繁殖速度は、元になった動物の数倍から十数倍の繁殖速度で増えるんだって」
「それで滅びた街も少なからず存在します……」
「昔、妖精の国を勇者様が救ったのもその事からなの! 凄い数の瘴魔だったって言い伝えられてるの」
「下手すれば国が滅びる程か……。そうなる前にその瘴気溜まりを抑えれば良いんだろうが、どうやってそれを抑えるんだ?」
「【神聖魔法】や特殊な道具で浄化出来るよ。今回はヒルティちゃんがいるから問題は無いかな」
「なるほどな」
今更ながら原因を抑える方法の話をしていた俺達は、それなりの広さがある広場へと足を踏み入れた。広さとしては学校の運動場位はあるだろう。だが今はそれよりも注目すべき者がその広場中央部に存在していた。
そこに居たのは──
──象よりも巨大な身体を持つ、犬と表現していいのか分からない巨大な生物だった……。




