第十四話 同行
北門から馬車で入った俺達は人気のない貴族街を通り、城を迂回するように平民街から商業地区へと抜け、冒険者組合へと向かう。
馬車の番をフォティスに任せ、フランを含めた五人で冒険者組合の建物に入る。
入った瞬間、まだ副組合長しかいないんだろうな、という俺の考えは裏切られた。
受付には変わらず副組合長が座っていたが、ホールには十人前後の冒険者らしき者達の姿もあった。そして、その全員が無言で俺達を見ていた。
だが、それも一瞬の事で、副組合長を除いた全員が俺達に向かい駆け寄ってくる。
その者達は何となくだが見覚えがある。確かここで俺達に襲い掛かってきた冒険者達だ。何故もう解放されているのかは分からないが、今はそれよりも優先すべき事がある。俺は妹達の前へと出て身構えた。
殺気は感じない……が、油断はしない。
どう動くのか様子を窺っていると、冒険者達は俺達の数歩手前で止まり──
「「「すみませんでしたっ!! そして、ありがとうございましたっ!!」」」
と、言って頭を下げていた。
……いきなりの事で意味が分からず、数秒間静寂が建物内に訪れる。
謝られる事については分かるが、何故礼を言われているのかが理解できず、戸惑ってしまう。そんな風に俺が戸惑っていると──
「あの、奴隷にされてた人達ですよね?」
椿姫の言葉に俺も漸く理解できた。確かに首輪をされていた者が居た事を思いだす。
この冒険者達は、狼藉を働いていた一部の冒険者により奴隷にされていた者達なのだろう。
詳しく話を聞くと奴隷にされていた者は、首輪のせいで命令に逆らえず、嫌々従っていたのだそうだ。結果、冒険者達を奴隷にしていた者とその仲間達以外は、無理矢理従わされていた事もあり、ほぼ無罪放免となるらしい。
まだ全員の取り調べが終わった訳ではないので、ここに戻って来たのは取り調べが終わった者だけなので、まだ十人程だけとの事だった。
そして、副組合長に俺達が依頼を受けた事を聞き、戻ってくるのを待っていたのだとか。で、現在に至ると。
俺はそれに苦笑するしかない。結果的にそうなっただけで、俺達はただ身を守ったに過ぎないからだ。
横でフランが訳が分からない顔をしていたので、軽く説明をした。すると神妙な顔つきになり──
「そうなると、現在この街の冒険者では一刀様達が一番お強いとの事でしょうか?」
「そう……なるのか? 他に誰もいないのならそうなるだろうが」
「そう……ですか」
そう言ったきり、フランは何か考え始めたのか、黙り込んでしまった。
一応、副組合長に聞いてみたが、強い冒険者達は早い段階でトゥレラ王国に見切りを付け、他国へと移っているらしい。残っているのは治安が悪化に乗じて悪さをする者と、他国に移る余裕がない者しかいなくなったらしい。
そうなると、確かに残った冒険者達を倒した俺達が一番強い事にはなるが……。
今はそれを考えても仕方ないだろう。とりあえずは依頼達成報告を行う事にした。
冒険者達が礼をしたいと言ってきたが、俺達はそれを断り副組合長のいる受付に向かう。兎や植物を取ってきた事を告げると、裏手に引き取り所があるのでそこに置くように言われたので、未だに考え込んでいるフランと、まだ納得のいっていない冒険者達を置いて、裏手に回る事にする。
裏手に回るには建物の中に裏手に続く通路が存在し、そこを通って裏手へと向かう。
裏手は倉庫のような佇まいをしており、その一角には解体部屋と書かれた部屋が存在していた。その倉庫には一人の中年の男がおり、俺達を見るなり声を掛けて来る。
「依頼品の持ち込みかい?」
「ああ、兎と食用の植物を持ってきた」
それからは男の指示通りに兎と植物を置いていく。男は置いた物を次々に確認し、その度に紙に記入を行っていた。
全てが終わった頃に書いていた紙を俺に渡し、この紙を受付に渡すように言われる。
どうやら、これを渡せば今回の報酬が貰えるとの事だった。
俺達は報酬を貰う為に、先程の通路を通り受付のあるホールに戻る。
すると受付にはフランの姿があり、何か手続きを行っている様だった。
「──完了ですじゃ」
「はい、ありがとうございました」
フランの手には白いカード──初心者用の冒険者証が手渡されていた。
どうやら冒険者になる手続きを行っていたようだ。
近付いた俺達に気付いたフランが受付の前を開けてくれる。
俺は軽く礼を言い、副組合長に先程裏手で受け取った紙を差し出す。冒険者証もと言われたので三人の冒険者証も副組合長に渡す。
報酬を無事受け取るともう既に夕刻に差し掛かっており、これからどうするかの話をしていると、フランから声を掛けられる。
「あの、少々宜しいでしょうか?」
「ん? ああ、それは構わないがフランの方は用事は済んだのか?」
「いえ、わたくしの用事はこれからです」
「そうなのか? 話をする前に用事を済ませた方が良くないか?」
「いえ、お話と言うのはその用事にも関係しておりまして……」
「……分かった、聞こう」
フランの話を聞く事になった俺達は、冒険者達がたむろしている辺りから離れた場所にあるテーブルを囲んで座る。そしてフランは一度呼吸を整え話し始めた。
「いきなりで不躾ですが、とある依頼にご同行して頂きたいのです」
「依頼?」
「はい。先程依頼を確認致した所、とある依頼を見つけまして、それを受諾したく思ったのですが……その依頼が隊限定依頼でして……」
「成る程、一人では受けれないから俺達にその依頼を一緒に受けて欲しいわけだ」
「はい、この中で一刀様達が一番お強いとの事でしたので……助けて頂いたお礼も差し上げておりませんのに厚かましくはありますが……難しいでしょうか?」
俺は少し拍子抜けした。もしかしたら、あの人影の件で頼みごとをされる可能性を考えていたからだ。それが蓋を開けてみれば頼まれたのは依頼の同行だった。
まあ助けたとはいえ、初対面の人間に対し直ぐ信頼される筈も無いと思い直す。
同行するのは問題は無い。だが、どんな依頼なのかは確認する必要があるだろう。
「それってどんな依頼ですか?」
「わたくしが受けようとした依頼は──これです」
椿姫の問い掛けにフランは一枚の紙を差し出す。そこにはこう書かれていた──
9級以上隊専用緊急依頼 瘴魔犬の群れ退治
街の側にある獣の森から瘴魔犬が大量発生し、街への襲撃が行われた。
第一波は兵士で食い止めたが、獣の森に派遣する程余裕がない為に根本的な解決には至っていない。森に入り、瘴魔犬の退治と原因の排除を至急お願いする。
依頼主 アギオセリス王国トゥレラ警備隊
──という内容だ。だが受諾するには一つ問題がある。
9級以上の冒険者しか受諾出来ないという点だ。
「でも、これでは受けれませんね……」
「そうだな、俺達も初心冒険者だからな……」
「え? そう、なのですか……?」
フランの確認の言葉に俺は冒険者証を見せる。フランと同じ白──10級の初心冒険者を示す色。それを見たフランの顔が暗くなる。
まだ依頼を一つしかこなしていない俺達が、9級に昇級するのはまだ不可能だろう。
「ふむ、何か困っておるようじゃのう」
後方からの声に振り向くとそこにいたのは副組合長だった。
何故、受付から離れてここにいるのか、とは思ったがそれは置いておく事にし、丁度良いとばかりにこの依頼を受けれないか聞く事にした。
「この依頼何ですが、どうにか受ける事は出来ないですか?」
「む、この依頼か……成る程、受諾するには級が足らん訳か……そうじゃのう、方法が無いわけでは無いのじゃが……」
「それは一体……」
「なに、今朝の件を依頼扱いにするだけじゃよ。通常状態の組合では無理じゃが、現在ここの事務のをしとるのはワシしかおらん。勿論、報酬も出すつもりじゃ。まあ、報酬は礼代わりじゃの。こうでもせんと、礼も渡せんかったからのう……」
確かに順序的に逆にはなるが、それで9級に上がれるならば問題は無い。それに加えて報酬も貰えるとなれば、それほど金銭的に余裕がある訳じゃない俺達にとっては非常に助かる。
「それに、この依頼を受ける者が居ないのもあるがの。あの後では現在まともに活動出来る冒険者はそなた達しかおらんからのう」
成る程、そう言った思惑もあるのか。しかし、エドワードはこの状況を知っている筈だが、それでも尚依頼をした事に疑問が浮かぶ。
「お兄ちゃん、きっとエドワードさんがわざと冒険者組合に依頼をしてると思うよ。エドワードさんはお兄ちゃんが強いのは知ってるからね。9級の依頼なら問題無いと判断したんじゃないかな。冒険者登録を促したのも半分はこれが理由かも。勿論、人員に余裕がないと言うのも本当だろうけどね」
「エドワードにしては回りくどい気がするけどな……」
「私もそう思うけど、多分レオン王子が手を回してるんじゃないかな。例の依頼と別の依頼を直接頼むのは流石に……ってところかな」
「うーむ、ちょっと理由付けが薄い気がするが……」
「まあ、想像でしかないから、もっと深い理由があるかもだけど……今はそれよりもこの依頼の事をかんがえよう」
「そうだな……ってどうした、フラン?」
椿姫から視線を皆の方にずらすと、呆けた顔をしたフランがいた。
「い、いえ、椿姫様がどうにも年齢通りに見えなく……」
「ああ、そうか、フランは初めて見るんだったか。椿姫は大人顔負け頭脳の持ち主だ。俺よりも遥かに頭が良いぞ」
そう言いながら俺は椿姫の頭を撫でると、椿姫の表情は蕩けそうな程ふにゃふにゃになった。そして、それを羨ましそうに見る二人の妹の視線を感じたので、二人も撫でてやった。そして、その二人も椿姫の様に蕩けそうな表情をしていた。
と言うか、このままじゃ話が全く進まないな……。
「と、ともかくこの依頼を受ける形で進めて良いか?」
全員が頷いたので、俺は副組合長に手続きを頼む。
そして、俺達三人は9級へと昇格と報酬を貰い、フランを隊に加えた後、依頼を無事受諾する事が出来た。だが、時刻は既に夕刻だ。流石にこれから向かうのは無謀だろう。
なので翌日の朝出発する事になったのだが……。
「えっ、お城ですか!?」
「ああ、色々あって今は城にやっかいになっててな。フランはどうする?」
「い、いえ、わたくしはお城に行くわけには……あ、でもお宿に宿泊出来るお金が……ど、どうしましょう……」
フランは誰が見ても分かるほど狼狽えていた。城に行く事は出来ない、か。
喋り方からして、貴族の令嬢か何かなのだろうとは思ったが、もしかしたら──と、今はそれよりもフランの事だ。森での状況から一人にするのは憚られる。だが、城には本人が行けない事情がある。となると、一つしか方法は無い。
「それじゃ、俺達と一緒に宿に泊まるか? それと椿姫達はそれでも構わないか?」
「え……ですが……」
「私はお兄ちゃんが一緒なら何処でも大丈夫だよ」
「ヒルティもなのー!」
「わ、わたしも問題ありません」
「と言うわけだ、勿論宿代位出すぞ。もし気が引けるなら今回の依頼の報酬から後払いでも良いしな」
「う……まあ、後払いなら……あ、あの因みにお部屋割りは……」
「勿論、俺達とフランで分けるぞ」
「そ、そうですか、良かったです……」
そう言ったフランの顔には安心した表情が浮かんでいたが、残念そうな表情も若干混じっていた。だが、俺はそれには気付かない振りをする。
今まで助けた女の子達も同じ様な表情を見せる子もいたので、ある程度の心情は読めてしまう。流石に妹ではない子と同じ部屋で寝るわけにはいかない。無論、妹であれば一緒に寝ることには何の問題も無いが。
そうと決まれば、早速その旨を外で待っているフォティスに伝える。そして宿まで馬車に乗せて貰い、翌朝に迎えに来て貰える様に頼んだ。
そうして着いた宿はこの街で一番の高級宿だ。この宿以外は現状の治安ではお勧め出来ないのだそうだ。お金が足りるのかと思ったが、先程貰った報酬が思ったより多かったので、充分払う事が出来た。勿論安くは無かったが、城と遜色無い設備が整っているので不満は無い。
それともしもの事を考えて、念のため俺達とフランの部屋は隣同士にして貰った。
食事を食堂で行った俺達は部屋に戻り、今日かいた汗をフランを除いた四人で拭き合う。やはりここにもお風呂は無いらしい。男の俺は汗を拭ければ一日二日お風呂に入れなくても問題は無いが、椿姫はお風呂に入れない事に不満を感じている様だった。
どうにかして椿姫をお風呂に入れてあげたいと思ってはいるのだが、なかなかその機会は訪れなさそうだ。
ヒルティとサマーリはそれほど気にしていなかったので、文明の差で女性の意識にも差があるのだな、と思う。
ベッドに関しては一人用の部屋の筈だが大きく三人並んで寝ても充分な広さがある。
そして、今回も椿姫が俺の上にヒルティとサマーリが俺の腕に抱きつき、眠りに付いたのだった。




