第十三話 推測
俺が目にしたのは、葉っぱまみれになり気を失っている少女だった。
正確には分からないが矢美ちゃん位の背丈で、金色の髪や整った顔は泥や血で汚れ見るも無惨な状態になっている。綺麗に整えれば間違いなく美少女と言えるだろう。
だが、今はそんな事を考えている場合ではない。察するにこの少女は眼前に聳え立つ約十メートルはある崖から落ちてきたと思われる。
もしかしたら、気を失っているのではなく、死んでいる可能性も頭に浮かぶ。
それを確認するために、少女の手を取り脈を確かめる……弱いが脈はあった。
ふと外套からはみ出た腕を見ると、擦り傷や打ち身と思われる痣が所々に付いていた。この高さだ、もしかしたら骨も折れているかもしれない。
直ぐにでも治療を行う必要がある。
そう判断した俺は少女を抱えようとした、その時──
「──っ!」
上部から放たれる殺気を感知した俺は、直ぐ様視線を斜め上──崖の上へと向ける。
そこには何者かの姿が一瞬見えた。だが俺が視線を向けた瞬間に直ぐに姿を隠してしまった。とたんに先程感知した殺気は霧散する。
今のは──いや、それは今考える事ではないと思い直すと、少女の膝裏に腕を入れ背中に腕を回して慎重に抱き上げる。
「……う……わ、た……が……て……」
うわ言のように少女が声を発したが、声が小さく聞き取れない。
俺は少女の身体に振動を与えないように慎重に歩き、椿姫達が待っている場所へと向かう。それほど離れてはいないので、直ぐ三人の元へと辿り着いた。
三人は戻ってきた俺が抱えている少女を見て目を見開いているが、それ以外には変わった様子はない。その事に俺は安心する。
「お兄ちゃん、その人が音の発生源?」
「ああ、そうだ。それよりもヒルティ、この子に治療の魔法を掛けてやってくれないか」
「怪我してるの?」
「ああ、恐らくあの崖の上から落ちたんだろう」
「あの高さから……!? 生きているんですか!?」
「大丈夫だ、生きてはいる。だが、早く治療しないとまずいかもしれない。椿姫、そこに毛布を──ってもう引いてるな」
「うん、お兄ちゃん、その人を寝かせて」
椿姫が厚めに引いた毛布の上にそっと少女を寝かせる。
その少女に直ぐ様近づいたヒルティが、早速魔法を少女に使用する。
「ん……【生命治癒】」
その瞬間、少女を橙色の光が包み込む。そうして時間が経つにつれ、少女の痣や擦り傷が徐々に消えていく。見るのは二度目だが、不思議だと思わざるを得ない。
傷痕が若干残っている状態で橙色の光が消失する。
「ん……これ以上はもう治らないの。傷が付いて時間が経ちすぎてるの」
「そうか……お疲れさま。ヒルティの方は大丈夫か?」
「うん、大丈夫なの。にーにやサマーリねーね程の怪我じゃ無かったから、そんなに精神力は使ってないの」
「そっか、ヒルティちゃんお疲れさま。……ねえ、お兄ちゃん、聞くまでも無いだろうけど、この人を街に連れて帰るよね? それに表情が固いけど何かあった?」
「連れ帰るのは勿論だ、置いては置けないしな。……だが、ちょっと気になる事があってな……。この子、恐らく何か訳ありだ。ややこしい事態に巻き込まれる可能性がある……」
「でも、お兄ちゃんはこの人を助ける積もりなんだよね」
「勿論だ。だがまあ、本人次第だけどな」
今まで、俺は沢山の人を助けてきた。今回の様に何者かに狙われている人もだ。
その内の殆どの人が助力を求めてきたが、一部助けを求めない人も存在したのだ。
そういった時は俺は親切を押し付けない。助けなければ死んでしまうという状況であれば別だが。
今回は、まだ少女が気を失っている状態の為、どうなるかは分からない。
俺としては助力を求められれば、間違いなく手を貸す気持ちでいた。
だが、無理に事情を聞こうとは思わない。本人が俺達に話しても良いと信頼してくれるまでは、最低限の接触に努める積もりだ。
「まずは馬車に戻るか。依頼の物は充分に揃ってるからな」
先程と同じ様に少女を抱えた俺は、馬車へと戻る為歩き始める。
勿論、また瘴魔が現れる可能性はあるので、油断せず周りに気を配りながら妹達を連れ歩いていく。
この森はそれほど広くは無いのと、狩りをせずに真っ直ぐに馬車へと向かったので、それほど時間が掛からず馬車の元へと辿り着いた。
「おかえりなさいませ! そちらの方は?」
「森の中で傷だらけで倒れていたから連れてきた」
「何と! 直ぐにでも治療を!」
「いや、治療は済ませたから大丈夫だ。とりあえず馬車の中で休ませたい」
「そうですか、わかりました! ささっどうぞ!」
一々反応が激しいフォティスが恭しく馬車の扉を開ける。
よくこんな騒がしくて、密偵みたいな事が出来たなぁ、と思いながら少女を馬車の座席へと寝かせる。そして改めて見ると、少女が泥や血で汚れているのを思い出す。
「椿姫、あの子を拭いてやってくれないか? 流石にこのままは可哀想だ」
「うん、分かったよ、お兄ちゃん」
「では、わたしもお手伝いしますね」
「ヒルティも手伝うの!」
「この馬車であの子を三人掛かりで拭くのは狭すぎるだろう。椿姫とサマーリでやってくれ。ヒルティは俺と一緒に見張りを行うぞ」
「分かったの!」
俺の指示で各自が動き出す。椿姫が【空間収納】から器と布を取りだし、器に魔法で水を満たす。それを持ち、椿姫とサマーリは馬車の中へと入っていった。
それを見届けた俺は馬車の扉を締め、背を向けて辺りを警戒する。ヒルティは俺の左手を握り、俺の真似をして辺りに視線をやっていた。
「彼女、こんな森でどうして怪我してたんでしょうね?」
「……分からないな。もしかしたら瘴魔にでも襲われたのかもしれない」
「そうですね。それが一番可能性が高いでしょうね」
フォティスの問い掛けにどう答えるか一瞬迷ったが、俺はあの人影の事は黙っておく事にし、一番可能性がありそうな事を告げた、フォティスも疑問に思わず同意した。
あの人影があの少女を狙っているというのは状況証拠でしかない。俺がそれを告げたとしても何か変わるものでも無いしな。
◆◆◆◆◆
「お兄ちゃん、終わったよ」
「お、そうか、二人共ありがとうな。それでまだ気を失ったままか?」
「うん、まだだね。呼吸は落ち着いてるから問題は無さそうだけど。それにしてもこの人、凄い綺麗だよ。まるでお姫様みたい」
「そこまでなのか。今様子を見ても大丈夫か?」
「大丈夫だよ、着てた服は着せ直してるし、毛布も掛けてるから」
「元の服……? あの様子からして汚れてるんじゃ……? ああそうか、合う服が無いのか」
椿姫達の服では小さすぎ、俺の服では大きすぎる。なので元の服を着せたのだろう。
「魔法で軽く洗濯したから大きな汚れは取れてると思うよ。洗剤が無いから幾らか染みは残っちゃったけど。勿論乾燥済みだよ」
「いや、充分だ。それよりも街に戻ってこの子を休ませよう」
その俺の言葉に全員が動き出す。サマーリとフォティスが御者台に向かい、椿姫は馬車に戻る。椿姫の後を追う様に俺とヒルティも馬車に乗り込む。
「それでは、出発しますね。よろしいですか?」
「ああ、出してくれ」
そして俺達は旧王都に向かい、馬車を走らせた。
◆◆◆◆◆
森から出発して約30分、御者台には変わらずサマーリとフォティスが、馬車内の座席片側には椿姫、俺、ヒルティの順に横に並び座っている。
そして俺達の向かいにある座席には、静かに眠る少女の姿がある。
髪や顔の汚れがなくなった少女は、椿姫の言うとおり正に物語に出てくるお姫様のようだった。金色の髪は恐らく腰位の長さがあり、汚れの取れたその髪は輝いて見える。
肌は多少の日焼けはしているが、それが少女の魅力を上げている様に思える。そんな少女の大きくも無いが小さくもない胸が呼吸に合わせ静かに上下し、少女の容態が安定している事を知らせてくる。
その事に安堵しながら、俺は気に掛かっている事を考える。
崖から落ちてきた少女が持つ雰囲気に加え、あの時見た崖の上にいた人物……どうにもきな臭さがしてならない。
椿姫とヒルティにはフォティスに聞こえないように、その事は話している。
「椿姫、どう思う?」
「その状況だと、この人はその人影に追われてたのは間違いないよ。それにこの人、どう見ても高い身分の人だろうしね。更にこの近辺の情勢とエドワードさんから聞いた話と合わせると、一つの推測しか思い浮かばないよ……」
「と言う事は、まさかこの子は……」
「多分ね。証拠が無いから推測でしかないけど。ねえお兄ちゃん、【鑑定】で見たら早いと思うけど……お兄ちゃんはそれをしたく無いんだよね?」
「そうだな、一回使って無闇には使用しない方が良いと感じた」
「そっかぁ。じゃあ気付いてない振りをした方が良いかな。多分この人も状況からして言わないと思うし」
「だな、本人が打ち明けるまではそうするか。ヒルティもいいか?」
「ん! 分かったの!」
俺達の中で方針が決まった時、少女に変化が起こった。
閉じられていた目蓋がゆっくりと開かれる。
数度瞬きをした少女は碧眼の色をした目を暫くさ迷わせていたが、ようやく俺達の存在に気付き、慌てて身体を起こそうとしていた。
「こ、ここはっ!? あっ……」
急に身体を起こした事で立ち眩みを起こしたのか、再び身体を横たえる。
「無理をするな、ここは安全だから暫く横になっているといい」
「あの……わたくしは一体……」
「俺達は兎の森で君が倒れているのを見つけ、怪我をしている様だったから治療をし、今は街に向かっている所だ」
「あ……思い、出しました……。そうでした……確か、わたくしは……。あ、あの、助けて頂き感謝致します。このような格好でお礼を申し上げるなど、大変失礼ではありますが……」
「いや、気にするな。今は身体を休める事だけ考えればいい。とは言っても自己紹介位はした方が良いか。俺は一刀、彼女達の兄であり、成り立て冒険者だ」
「お兄ちゃんの妹の椿姫です。同じく冒険者です」
「ヒルティもお兄ちゃんの妹で冒険者なの! よろしくなの!」
「それから、御者台にいる女の子も俺の妹でサマーリという。で、同じく御者台にいる男が、フォティスと言ってアギオセリス国の警備隊の副隊長だ」
「ず、随分妹さんが沢山いらっしゃるのですのね。あ、申し遅れました、わたくしは、コ……いえ、フランと申します。あ、あの……それで気になったのですけれど、確かあの森はトゥレラ王国領だった筈です。ですが御者台におられる方は、アギオセリス国所属の方だと……。もしやとは思われますがトゥレラ王国は……」
フランと名乗った少女の表情に緊張に色が窺える。
きっと察してはいるが、言葉にして聞きたいのかもしれない。
「ああ、フランが想像している通り、王都を含めたこの辺り一帯はアギオセリス王国が占領した。だが、国王であるルドルフはどこかへ逃げたようだが」
「そう、ですか……」
そう言った小さく呟いたフランの顔には、安堵しているようでもあり、悲しんでいるかの様にも見える複雑な表情をしていた。
「あの、それと今向かわれている先はもしかして……」
「ああ、トゥレラ旧王都だ」
「王都に…………あの、もし宜しければ、このまま王都まで連れて頂けませんでしょうか?」
「あ、ああ、元よりそのつもりだったからな」
先程の表情とはうって代わり、フランの顔には決意といか覚悟とも言うべき表情が浮かんでいた。恐らく15才前後だと思われる少女が浮かべるには、不釣り合いな表情だ。
俺はそれに少し気圧されながらも、フランに了承の返答をする。
「ありがとうございます。今のわたくしでは言葉でしかお礼を出来ないのが、残念でなりませんが……」
「気にしなくていい。俺がそうしたかっただけだからな」
「そうだね、お兄ちゃんの人助けはもう趣味というか生活の一部の域に達してるからね」
「生活の一部とは凄いですね……。一体今までどれだけの方をお救いしたのですか」
「お兄ちゃんが15才から現在の約三年間で、助けたのは計126件で人数にして179人、内126人は女の子でその全員がお兄ちゃんの……えーと、どう言ったらいいかな……あ、信奉者って言ったらいいかな」
「!?」
苦笑しながら告げる椿姫の数字に、フランが絶句する。
というか、そんなに俺のファンクラブは人数がいたのか……。
「そ、それは何というか、凄いという言葉しか出てこないですね……。ですが、個人でそれほど多くの方々を救ったというのは素晴らしい事です。という事は一刀様はそれほど多くの方々を救えるお力があられるのですよね」
「どうだろうな……この間も負けたばかりだしな……本当に重要な時に勝てなければ意味がない」
「……えっと、どういう……?」
「お兄ちゃん……」
「にーに……」
思わず言った言葉に失敗したとは思ったが、もう取り消す事は出来ない。
フランは何の事か分からないだろうが、椿姫とヒルティには俺の心情が伝わってしまっただろう。ここ数日、心が不安定になっているのを見られているので今更だが。
と、そこで馬車が唐突に停止する。
何かあったのかと御者台の方を覗くと、サマーリから声を掛けられた。
「兄上様、到着しましたよ。フォティスさんと御者を代わりますね」
どうやら、話している内に街に着いたようだ。
流石に街の中は危険なので、フォティスと操縦を変わる為に一度停止したようだ。
「着いたようだが、フランはこれからどうする?」
「えっと、わたくしはこれから冒険者組合に行きたいと思っております」
「体調はもう大丈夫なのか?」
「ええ、おかげさまでもう問題ありません」
「それなら一緒に行こうか、俺達も依頼達成報告の為に冒険者組合に行くからな」
「……それではお言葉に甘えますね」
そして、俺達はフランと共に冒険者組合へと向かった。




