第十二話 瘴魔
翌朝、俺達は城門に集合していた。
椿姫とヒルティはこの間選んだ装備を身に付けているが、サマーリは何故かメイド服を着ていた。聞くと「戦う事は出来ませんが、身の回りのお世話をします」との事でメイド服を着ているのだという。確かに似合ってはいるけどな。
その事を告げると、照れながらも嬉しそうにしていた。
そんな俺達の目の前には二頭立ての馬車が存在している。
馬車を引いている馬は二頭とも茶色の毛並みをしており、その目は何となくだが優しく見える。
そしてその馬の後ろに繋がれている馬車は、簡素ではあるが箱形で内部には側面側に各三人づつ座れるスペースがある。馬車前面にある御者台は三人程座れるスペースがあり、御者台と箱部分の間には扉が備え付けられている。扉を閉めたとしても、小窓が付いているので外と中でも会話が可能だ。馬車後方にも扉が付いており、基本はここから出入りする形になる。
その馬車の前には俺達とエドワード以外に、一人の兵士の姿がある。
きっと彼が御者なのだろう。
「──で、こいつが馬車の御者兼護衛役のフォティスだ」
「よろしくお願いします! アギオセリス国トゥレラ都警備隊副隊長のフォティスと申します!」
「あ、ああ、よろしく……」
「緊張し過ぎだろ……もっと気楽に、な」
「で、ですが、隊長、あの伝説の異世界人の方ですよ! 緊張しないなんて無理です!」
「ええと……」
「ああ、すまんな、こいつはどうも異世界人に対して過剰な程幻想を抱いていてな……。だが、人柄と腕っぷしは問題ねぇ」
このフォティスという人物はアギオセリス王国の兵士で、レオン王子と内応者であるエドワードとの繋ぎ役を担っていたらしい。その縁もあり今はエドワードの右腕を任されているのだとか。今回はエドワード以外に俺達を任せられる人材が、彼しかいなかったため抜擢されたそうだ。
「それでフォティスさん──」
「一刀様、私などに敬称は不要です! 是非ともフォティスと呼び捨てでお呼び下さい!」
なんというか、凄い熱い人だな……まあ嫌いでは無いけどな。
「それじゃ、こっちも呼び捨てで──」
「そんな恐れ多い! 呼び捨てなど出来ません!」
「あー……一刀、諦めろ。こいつは何故かこういった事は譲らねえからな。説得するだけ時間の無駄だ」
「そ、そうか……分かった」
そんな訳で俺達四人にフォティスを加えた五人で、依頼を遂行する事になった。
◆◆◆◆◆
馬車に乗り込み、トゥレラ旧王都の北門から俺達は目的地へと向かう。
俺達が向かうのはトゥレラ旧王都から北西に馬車で約一時間程進んだ場所にある兎の森と呼ばれる場所だ。この森には食用になる兎が沢山繁殖しており、しかもその兎が食べる植物は人間も食べる事が出来るとの事だ。
今回の依頼はその兎の捕獲と植物の採取だ。上限は決まっていないが、最低でも兎を一人頭五羽以上は捕獲しないと依頼達成とはならないらしい。
となると最低でも十五羽は捕獲しないといけない。植物に関しては合間で採れば良いいとの事だった。きっと肉の方を重要視しているのだろう。
そんな目的地へと馬車を走らせていると、サマーリが──
「あ、あの御者のやり方を教えて貰えませんか?」
と、そんな事をフォティスに頼み込んでいた。
どうやら戦う事は出来ないが、せめてそれ以外で役に立ちたいらしい。
そんなサマーリの気持ちを無下にも出来ず、俺もフォティスにサマーリへ教えて貰える様に頼んだ。勿論サマーリ一人に御者を任せる訳にはいかないので、サマーリを中心に俺達全員で覚える事にしたが。
◆◆◆◆◆
「はい、そこで止めて下さい」
「こう、ですかっ」
サマーリの操縦により、馬車は目的地の森手前で停車する。
それほど長い練習時間は無かった筈だが、サマーリは馬車を見事に操縦していた。
「凄いですね、もうほぼ完璧ですよ。狭い所や街中でなければ問題無く操縦出来るでしょう」
「ありがとうございます。自分でもここまで上手く操縦出来るとは思いませんでした」
俺達三人も少し操縦してみたが、あまり上手く操縦出来なかった……。ちょっと悔しいので帰りにまた、挑戦する予定だ。
それはともかく俺達は馬車を降り、目的地である兎の森を眺める。
兎の森はアルヘオ大森林と呼ばれる森の一部であり、その森の南側に位置する。上から見ると瘤が出ている様に見えるらしい。
この森には強い瘴魔も存在しておらず、兎の天敵も存在しないので、かなりの数の兎が繁殖しているそうだ。
アルヘオ大森林から天敵が来ないのか聞いてみたところ、大森林と兎の森の間には高い所で約20メートル、低くても10メートルの絶壁が存在し、行き来はほぼ不可能らしい。
兎にとってもそうだが、その兎を狩る人間にとっても都合が良く、近隣の街から頻繁に訪れる者が多く、最良の狩場なのだそうだ。
ただし、絶対ではないので気は抜かないようにとの事だ。
それぞれの武器を持ち準備が完了した俺達は、馬車をフォティスに任せ早速狩りへと向かった。サマーリも歩ける程度には回復したので、一緒に歩いて森へと入る。
本当は城にいて欲しいところではあったが、まだ俺達の側を離れるのは不安との事だったので、こうして連れており、狩りにも同行させている。
森に入ると早速白い兎を発見した。見た目は地球の兎とほぼ変わらない姿だ。
妹達をその場に留め、鬼瓦師範に習った特殊な歩法で足音を極限まで立てずに兎へと接近する。ある程度近づいたところで刀を抜き放ち、一気に兎との距離を詰める。
流石に此方に気付いた兎が逃げようとしたが、俺は焦らずに兎へと突きを放つ。
狙い違わず刀は兎の身体へと突き刺さり、兎は暫くの間痙攣していたが次第に動かなくなった。それを見届けた俺は刀を兎から抜き、血を布で拭き取り納刀する。
「流石だね、お兄ちゃん。ちょっと兎が可哀想だけど……」
「まあ、そこはある程度割りきらないとな」
「そうなんだけどね……」
「厳しいようなら俺が椿姫の分も狩るが……」
「ううん、大丈夫、ちゃんとやれるから。お兄ちゃんに頼り切りじゃダメだからね」
「そうか……まあ、無理をしない範囲でな」
「分かったよ」
俺は今狩ったばかりの兎を【空間収納】に納めると、狩りの続きを行うべく森の奥へと進んでいく。念のためサマーリを三人で囲む様に布陣し、周囲を警戒する。
時々現れる兎を俺の刀で、椿姫の雷魔法で、ヒルティの疑似ではあるが精霊魔法で次々と狩っていく。勿論その合間に食用の植物採取を狩りが出来ないサマーリを中心に行う。食用かどうかの判断は椿姫の【鑑定(物)】で確認出来るので問題はない。
それに鑑定しながら採取している内に、地球の植物と近い物や同じ物が生えていたのが分かったのと、食べれる植物の判断が出来るようになったので、途中からは鑑定を使用せずとも採取が出来る様になっていた。
そうして途中に昼休憩を取りながらも順調に狩りを行っている最中、視線を感じ俺は周囲を見渡す。
「何だ……?」
「お兄ちゃん、どうしたの?」
「この感じは……弱いが殺気を纏った視線を感じる」
「もしかして……瘴魔?」
「多分な、恐らく右斜め前方からだと思うが……姿が見えないな……」
「ヒルティも何か違和感は感じるけど、よく分からないの……」
その方向に何かが居るのは間違いない。その辺りはちょうど広場の様になっていて、身を隠す場所は見当たらない。それなのにその姿を見付ける事が出来ない。
何が起きても対応出来る様、視線は外さずに刀の柄に手を添える。
「お兄ちゃん、この方向のどこかだよね?」
「ああ、それは間違いない」
「分かったよ、ここは私に任せて」
「分かった、任せる」
俺は方法も聞かずに椿姫に任せる事にした。こういった時の椿姫が思い付いた打開策は、高い確率で成功する。そこに議論の余地は存在しない。
「それじゃ、行くね【光源】」
椿姫の持っている杖から光の玉が発生し、薄暗い森を照らしていく。そして、杖を少し傾けると光の玉が傾けた方向──俺が指し示した──へと飛んでいく。
すると広場のちょうど真ん中辺りで異変が現れる。何も無い筈の場所に現れる影──そこに何かが居るのだと悟った。
俺は咄嗟にその影辺りに向け【鑑定】を使用する。そこに表示されたのは──
隠密兎 瘴魔族
技能:隠蔽 俊足
準位:5
──瘴魔族──
確かにそう表示されていた。未だにその姿が見えないため、どの様な姿をしているのかは分からない。だが、居場所さえ分かればどうとでもなる。
俺は抜刀しながらその影に向かって一気に距離を縮める。
姿が見えないため、急所の位置は分からない。だが、今まで狩ってきた兎を基準に、影から大きさを判断し当たりをつけて俺は刀を突き出す。影は俺の動きに反応し右へと動いた。それを俺は逃がさない。突きを繰り出した体勢のまま手首を捻り、刀の刃を影に向け横凪ぎに切り払う。何かを切った感触が手に伝わる。
それと同時に獣の絶叫が森に響き渡る。
「ギギィィーーーッッ!?」
そして漸くそれは姿を現す。兎より一回り大きい身体に若干黒が混じったように見える白い体毛、その体毛に付着する兎自身の黒い血液。その身体は俺の刀により胴の辺りから二つに分かたれていた。
「これが瘴魔かぁ……。確かに若干普通の兎とは違うね」
「にーに達がいた世界にはいないの?」
「ああ兎はいたが、こんな姿を見えなくする変わった兎はいないな。っと、そういえば瘴魔は瘴魔石を取ればいいんだったか?」
「そうですね。瘴魔石は生活する上で切り離せない物ですから。元になったのが邪神の瘴気って言うのが複雑なところですけど……」
「まあ、人間は便利であれば使える物は何でも使おうとするからな」
「それじゃ、瘴魔石取り出すから【魔法創造】するね。えっと────って想像してね。えっと、お、お兄ちゃん、手を……」
おずおずと差し出された小さな手を、俺はしっかりと握り締め椿姫に言われた通り想像を始める。何時も通り俺の胸から白い光が現れ、椿姫の中へと納まっていく。
「んんっ! 何時もっ! 思うけど、これ慣れないよぉ……はうぅっ! お、お兄ちゃんっ! ひあぁっ! 何時も、よりちょっと強いのぉ……お兄ちゃんのが中で動いてるのぉ……」
「はわぁ……椿姫ちゃん色っぽい……です」
椿姫の頬が赤く染まり、息遣いがが段々と荒くなっていく。
椿姫曰く、辛い訳ではなく暖かくて気持ち良い感じなのだとか。
だが、それも徐々に落ち着き、息の乱れも収まっていく。
「ふぅ、ふぅ……ん……出来たよ、お兄ちゃんと創った【瘴石分離】……はあぁぁ……」
その言葉と同時に瘴魔の頭部分が白く光り、その数秒後唐突に光は収まった。
収まると同時に、この間冒険者組合で見た物と同じ物が瘴魔の頭から転がり出る。
大きさは少し小さいが、黒い光沢を放つそれは間違いなく瘴魔石だった。
俺はそれを拾い【収納空間】に直し込む。
「凄いの! これなら解体要らずなの!」
「兄上様達の【魔法創造】は凄いですね……出来ない事なんてほぼ無いんじゃ無いですか?」
「それがそうでもないの。私の精神力が足りなかったり、若しくはお兄ちゃんが想像出来なければ魔法は創れないし、一部制約もあるからね。それよりも瘴魔の死体を片付けないと」
瘴魔の死体を放って置くと、その死体を食べた動物が瘴魔化するらしい。
それにより大量の瘴魔が発生し滅んだ街もあるそうだ。
そんな前例があるため瘴魔を殺した際は、その死体を処理する義務が身分を問わず発生する。
その方法は複数あり、火で燃やし尽くす、神聖魔法で浄化する、指定の処理場所に持ち帰る、土に埋める、そのどれもが取れない状況であるなら最寄りの冒険者組合に報告する、以上のいずれかを行わなければならない。
だが、俺達に関してはどれも実行可能だ。ただ、今回は森の中なのを考慮し、ヒルティの神聖魔法を使う。
「じゃあ、いくの【瘴気浄化】」
ヒルティの魔法発動の掛け声が発せられた瞬間、神々しさを感じる光が瘴魔を包み込む。光により瘴魔の姿は視認出来ない。
そして魔法が発動して約五秒程で光が消え、共に瘴魔の死体も跡形もなく消え去った。そこでふと思う。
「なあ、この魔法で始めから瘴魔を消せたんじゃないか?」
「出来るけど、その場合は瘴魔石も一緒に浄化されるの。瘴魔石が要らないのならその方法もありなの」
「なるほど、そういう事か」
瘴魔石は買い取って貰える。少しでも稼ぎたいのなら瘴魔石取ってから処理をする。
そんな余裕がなければ別だが。通常はそうするべきだろう。
と、そんな事を考えていると森の奥の方から、大きな音が聞こえてきた。
木々を次々とへし折っているかのような音だ。
「今の音は……」
「す、凄い音だったけど、もしかして大きな瘴魔が……」
「…………ちょっと見てくる。椿姫達はここにいてくれ」
どうすべきか悩んだが、確認する必要はあるだろう。無視して、もし後ろから襲われでもされては目も当てられない。
「…………分かったよ。お兄ちゃん気をつけてね」
「にーに、絶対無理しないで、なの」
「兄上様……不安ですけど、待っています」
三人の妹に見送られ、音がした森の奥へと進んでいく。
聞こえてきた音の大きさと、俺達自身が既に兎の森の深部まで来ていた事もあり、それほど遠くは無い筈だ。
その感覚は当たり、それほど歩かずに森の境界である絶壁付近へと辿り着く。
絶壁が視界に入ったその瞬間──胸にあの例の感覚が、例の想いが湧き上がる。
これはヒルティやサマーリを初めて見た時の感覚──【傷心妹感知】が反応している……? だが、視界には絶壁の他に木々や茂みが見えるのみで、人の姿はどこにも見当たらない。
もしや誤発動かと思ったが、それは違うと心がその可能性を否定する。
この技能は、視界内に心が傷ついた妹もしくは妹になりうる者に反応する。
であれば、今現在この視界内に必ず存在する筈だ。
目を凝らして見ていると、一つの違和感に気付いた。
目の前にある茂みには、複数の今折れたばかりの枝が乗っていたのだ。
それに気付いた俺は焦らずに慌てずに、その茂みに細心の注意を払い近づいて行く。
そして、その茂みを掻き分けた俺が目にしたのは、枝や葉を下敷きにして、気を失っていると思われる少女の姿だった……。




