第十話 登録
それから、受付の老人が目覚める迄約一時間を要した。
その合間に老人を奥にあった休憩室で寝かせたり、エドワードが城に連絡を取り兵士を呼び寄せたり、戦闘の際に破損した椅子やテーブルの片付けをしたり、男達の武器を一ヶ所に集める等、中々忙しかった。
サマーリはまだ満足に立てないのでそういった作業が出来ず、申し訳なさそうにしていたので、老人の看護をお願いした。
そして今現在、エドワードが呼んだ兵士達が冒険者達を連れ出している中、その兵士達を指揮しているエドワードを除く俺達四人は、カウンター越しに老人の男性と話をしていた。
「いやいや、助かったわい。ワシではもうどうする事も出来なかったからのぉ」
「いえ、驚かせてすみません。身体は大丈夫ですか?」
「謝る必要は無い、本当に助かったんじゃから。……それにしても年はとりたく無いもんじゃ、あれしきの事で気絶してしまうとはのぉ。あ、身体の方は大丈夫じゃよ」
恐らく80才位と思われる男性は、年の割にははっきりとした受け答えだった。
老人の男性の話によるとこの様な状態になったのは、国王が代わってから徐々に治安が悪くなり、それに釣られるように冒険者達の素行も悪くなっていったそうだ。
まともな冒険者達はこの国に見切りを付け、別の国に行ってしまい、治安の悪化に拍車を掛けた。その影響で冒険者組合の人間も堪えられなくなり次々に辞めていき、組合長ですら辞めてしまったとの事だ。そうして残ったのが目の前に居る男性──副組合長と依頼品の受け取りを行う男性の二人だけになってしまったらしい。
だが、これからは奴隷にされていた冒険者達は解放され戻って来るだろうし、他の支部に応援の要請を先程行ったので、徐々に通常通り業務を行えるとの事だ。
「おっと、長くなってしまったな。それで組合登録じゃったかな?」
「はい、俺とこの子達二人の計三人で登録します」
「車椅子に座っとるお嬢ちゃんを除いた三人じゃな?」
「はい、わたしは戦いに向いた技能がありませんので……」
「分かったのじゃ。それじゃ、まずは規約の説明からじゃの。これを読んでくれ」
副組合長がカウンターの下から取り出した冊子を、俺達は全員で覗き込む。
日本製の紙に比べると見劣りするが、十分紙としての機能は果たしている。
というか、余り文明が高そうに見えないのに、普通に紙があるのに少し驚いた。この世界には活版印刷が既に発明されているようだ。
それは兎も角、内容を確認する。その冊子には──
・はじめに
冒険者組合は独立した組織であり、国には属しない。
・登録について
登録時に国民証が無い場合は【能力板】による登録審査が必要。
この審査による情報は基本的に冒険者組合以外には開示しない。
登録審査とは別に適性試験も通らなければ、登録不可。
適性試験は国民証があっても受けなければならない。
但し、以下の事項に当てはまる者は登録する事は出来ず、冒険者組合に登録している際に以下の事項に当てはまった者は冒険者組合から脱退しなければならない。
国等の組織に属する者・商人組合に属する者・本人の過失で除名処分を受けた者・重犯罪奴隷・賊系の称号を持つ者
・傷害・器物破損行為について
冒険者同士での私闘は禁止、但し訓練場等での試合は除く。
私闘による発生した被害は冒険者組合は一切責任を持たない。各個人にて負担する事。
・冒険者階位について
冒険者には10段階(1級~10級)の階位があり、その階位に見合った依頼しか受ける事は出来ない。
1から3級が上級冒険者、4から6級が中級冒険者、7から9級が下級冒険者、10級が新人冒険者となり、各級が上がるためには一定数以上の依頼を受け、八割以上の依頼達成の実績が必要。但し3級以上に上がるには例外を除き昇級試験を受け、合格する必要がある。
例外として1級に収まらない冒険者に関しては、組合長と副組合長の合意を持って、特級冒険者とする。特級冒険者の特典としては、3級以上の依頼に対しての優先権を持つ。
複数人の冒険者にて隊を組み登録した際は、個別の階位とは別に隊階位が付与される。
隊階位は冒険者階位と同様に10段階あり、隊員の階位平均が適用される。
特級冒険者は0級という形で計算する。
最大人数は冒険者のみで八名まで、冒険者以外は人数には含まれないが同行は可。
隊名はその隊の隊長の名前が自動的に付けられる。
隊にて依頼を受ける場合は隊専用依頼しか受ける事は出来ない。その逆もしかり。
・除名及び降級について
冒険者以外に正当な理由無く危害を与えた場合。(危害度合いにより降級若しくは除名)
一定期間(半年)の活動が認められない場合は除名とする。
事前に申請があれば、申請期間内は除名が免除される。(延長も可)
依頼達成の割合が受けた依頼全体の四割以下の場合、降級若しくは除名となる。
・その他
規約以外にて問題及び例外が発生した場合は、組合長の判断に委ね、冒険者はその決定に従わなければならない。但し、その決定が冒険者にとって理不尽な場合は除外する。
瘴魔の大量発生が確認された場合、緊急依頼を発令する。
その場合、発令された街に居る9級以上の冒険者は、緊急依頼に参加する義務がある。
これに従わない者は、正当な理由がある場合を除き、降級若しくは除名処分となる。
──以上だ。大体は理解出来た。出来ていなくても、椿姫が間違いなく全て理解・暗記しているから問題は無いだろう。
この場で問題となるのは、【能力板】で審査を受けなければならない事だ。
俺と椿姫は異世界人、ヒルティは妖精族だ。規則では組合外に情報が漏れる事はないとはある。だが必要以上にこの事を知られるのはトラブルを防ぐ意味でも遠慮したい。
となると念のため釘を指しておいた方が良いだろう。
「さて、規則を知った所で問題なければ身分証の確認じゃが、三人共持っていないんじじゃったな? そうなると【能力板】による審査が必要じゃが、良いかの?」
「あの……【能力板】での得た情報は、他の冒険者や国に知られる事は本当にないですか?」
「そうじゃな、その者が犯罪でも犯さない限りは無いと言って良いじゃろう」
「……分かりました。ただ吃驚しないで下さい。そして口外しないようお願いします」
俺は椿姫とヒルティに視線をやり、二人が小さく頷いたのを確認してから、副組合長にそう告げた。
「ふむ……何かあるようじゃな、これは気をしっかり持った方が良さそうじゃ。……見た事については規則通り、口外はせんと約束しよう」
その言葉を聞いた俺は【能力板】に触れ、淡く光ったのを確認した後に副組合長へと手渡す。それを見た副組合長の顔に驚愕の表情が浮かんだ。
「これは……想像以上じゃな……確かにおいそれとは口外できんわい……まさか異世界人とはのう。しかも加護もとんでもないの……」
副組合長はそう言いながら、【能力板】を取り出した白紙の紙に押し付ける。
そうすると不思議な事に、【能力板】の情報が紙に写し出された。
「それは……?」
「へえ、そんな事が出来るんだ……」
「ん? ああ、称号通りなら知らないのも無理は無いかも知れんの。この紙には特殊な魔法薬が塗っておっての、【能力板】の情報を写し取る事が出来るんじゃ。いちいち手書きで写すのは面倒じゃからの。さて、次はお嬢ちゃんの番じゃ」
ヒルティとサマーリは驚いた様子が無いので、この世界では一般的な紙なのだろう。
椿姫は【能力板】を受け取り、俺の時と同じように光った板を副組合長へと返す。
そこで俺は不思議な事に気付いた。
「そういえば、副組合長は【能力板】を持っても反応しないんですね」
「ああ、確認する側は【能力板】に反応しない様に特殊な手袋をしとるんじゃよ。見た目は普通の手袋と変わらんがの」
そう言った副組合長の手には、確かに一見普通の白い手袋がされていた。
なるほど、だから上書きされないのかと俺は納得する。
「……ふむ、やはりこの子もそうなんじゃな。まあそなたと似ておるから兄妹だろうとは思ったがの。さて次はもう一人のお嬢ちゃんじゃの」
再び【能力板】を紙に写し取った副組合長は、次にヒルティとそれを渡すべくヒルティへと差し出してくる。一瞬躊躇ったヒルティだったが覚悟を決めたのか、しっかりと受け取った。光ったそれをヒルティは、勢いよく副組合長へと差し出す。
やはり、半妖精だと知られるのが怖いのだろう。何時もの明るい表情は見られず、その顔には緊張した様子が見受けられる。
それを受け取った副組合長の顔に、再び驚きの表情が浮かぶ。
「はぁ……今日は驚かされたばっかりじゃの。妖精族……しかも混血とは……」
「あ、あの……ヒルティ、は……ダメ、なの?」
ヒルティの緊張した表情に不安が混ざり、泣きそうな顔になっていた。
それを見た副組合長は、直ぐ様否定の言葉を告げる。
「いやいや、逆じゃ。もし純血の妖精族であった方が問題じゃ。アギオセリス王国とは交流があるようじゃが、それでも妖精族は基本的にはこの大陸には来ないからの」
「お兄ちゃん、妖精族について調べたんだけど、もし純血の妖精族がこの大陸にいて不当な扱いをされていたら、妖精族は国を上げて抗議してくるらしいの。かなり昔の話になるけど、それで戦争になった事もあるって。それから妖精族はこの大陸に基本来る事は無くなったらしいけどね。でも半妖精族に関しては妖精族の国は不干渉を貫いてるの」
そう言えば、レオン王子も妖精族を不当に扱うと、駄目だと言っていたな。だが、ヒルティの様な半妖精はそれに該当しないって事か……。所謂人種差別だよなこれって……。そう考えるといい気分では無いが、俺が今どうこう出来る問題では無い。少なくともヒルティに関しては俺が守れば良いだけだ。
「とりあえず、今は登録に関してじゃ。三人共珍しくはあるが、問題無く登録は可能じゃな。それじゃ冒険者証を発行してくるから、少々待っといてくれの」
「あれ? 適正試験は受けなくて良いんですか?」
「ん? ああ、それなら問題ないわい。あれだけの数の冒険者を相手にして余裕で勝ってしまったんじゃからの。あれが試験代わりで全員合格じゃ」
「はぁ……」
だが、当の試験官本人は気絶して見ていなかった気もするが……まあ、そこは突っ込まない方が良さそうだ。
そんな事を考えている間に、副組合長は奥へと引っ込んでしまった。冒険者証というのを発行しに行ったのだろう。となると後は待つだけだな。
「問題無く冒険者登録出来そうだね、お兄ちゃん」
「良かったの……もしヒルティだけ登録出来なかったら、悲しかったの」
「わたしも戦闘技能があれば兄上様達と登録したかったのですけど……ちょっと残念です」
「まあ向き不向きはあるしな。無理をしてなるものでもない。もし気が引けるのなら、自分が得意な事で頑張れば良い。まあ、俺としては皆が居てくれるだけで良いんだがな」
「兄上様……はい、わたくしに何が出来るか考えてみます」
「そう難しく考える事は無いぞ。気楽にな」
自分自身を省みるとあまり説得力の無い言葉だと思いながら、皆の頭を順番に撫でていく。妹達の表情は嬉しそうだったり、照れくさそうだったり、もっとしてほしそうだったりと三者三様だった。
「お、無事登録できたのか?」
妹達を愛でていると、後ろから野太くも頼もしさを感じる声が掛けられる。
声を掛けてきたのはエドワードだ。どうやら作業が済んだらしく、気が付けばあれだけ居た冒険者達は全員連れ出され、兵士達も残って居なかった。
「ああ、後は冒険者証を受けとれば終わりだ。そっちも終わったみたいだな」
「まあな。ただ思った以上に規模が大きそうでな、すぐにはここを離れられなくなっちまってなぁ……」
「と言う事はエドワードが付いて来る話は……」
「すまん! その間この街で待っててくれねえか? その間は城に居てくれて構わねえし、暇っていうんなら早速依頼を受けてくれても構わねえ」
エドワードの提案に戸惑う。本当なら一日も早く出発したい所だが、エドワード以外のよく知らない人間を連れていくのも気が進まない。俺はヒルティにさりげなく視線をやる。だが、ヒルティはその俺の視線に気付き小さく頷いた。
「 にーに、ヒルティなら大丈夫なの。にーにが良いと思った方で決めて良いの。それに封印珠は破壊不能だから数日位は問題無いの」
「お兄ちゃん、私としてはあの人と戦う可能性を考えると、エドワードさんは居た方が良いと思うよ。それに生活基盤の確立もしないといけないしね」
「……そうだな。それじゃエドワードの仕事が片付くまで待つ事にする。その間はこの世界に慣れる為にも何か軽い依頼を受けてみる」
「済まねえな、その代わりじゃないが明日には馬車を一台どうにか融通するから使ってくれ。勿論、御者が出来る兵士も付けるからよ」
「待たせたの、冒険者証が出来たのじゃ」
といった話をしている間にどうやら冒険者証が出来たようだ。
俺達は一度話を打ち切り、冒険者証を受け取る事にした。
サブタイの後に★を付けている話には、きゃらふとで作成したメインキャラのイメージ画像を掲載しています。




