第八話 依頼
「王弟に王女? 確かどこかで聞いたような……」
「エドワードさんが牢屋で話してた、行方不明の二人の事だよね」
「おう、そのお二方だ」
そう言えば、そんな話をしてたな。その後の事がトラウマになるくらい強烈過ぎて、うろ覚えになっていた。確か、国王が王弟を殺そうとしたのを知った王女が、王弟に知らせに行った後、二人共行方知れずになったんだったか。
「旧トゥレラ国領に関しては、治安が低下し過ぎててな、治安を引き上げるのに手一杯の状況だ。そんな状況じゃお二方をお探しする余裕がねぇんだよ。かといって外部に依頼するにゃあ、不味い立場の方達だからな。そこで事情を知っている一刀達がトゥレラ国に行くなら頼むか、って感じだ」
「事情は分かった……だがそこまで手が回らないなら、本当は依頼完遂して欲しいんじゃないのか?」
「まあな……だけどな、それを理由に異世界人に無理をさせる訳にはいかねぇんだよ。もし、そのせいで一刀達が死んで、それが他の国に伝わると政治的に良い事にはならねぇ。だから無理をしない範囲で可能ならって条件が付くわけだ。故の完遂しなくても良い、だ」
成る程そういう事か……だが──
「……エドワードさん、お兄ちゃんをまだ理解できてないね。確かに見付けられなかったらお兄ちゃんは無理に探そうとはしないよ。けど見付けて、もし相手が理不尽な目に会ってたらお兄ちゃんは躊躇無くその人を助けようとするよ?」
椿姫の言うとおり相手が犯罪等を犯した自業自得でも無い限りは、その人物を躊躇無く助けるだろう。だがそれは大事な人を守る為の練習の為だ。
なので大事な人や親しい人に関しては本心で助けたい思っているが、それ以外の人に関しては概ねその為だ。ヒルティやサマーリを助けたのも、そんな気持ちからだ。まあ、今は大事な妹となったが。
「まあ、概ね椿姫の言うとおりだ。勿論、椿姫達が危険な目に会わないようにはするつもりだが」
「そうか……まあ、見付けられる可能性はかなり低いだろうからな、それほど心配する必要もねぇか……。あ、だが、その話が本当なら何にでも首を突っ込むって事だよな……不安しかねえなぁ……」
「流石のお兄ちゃんも全てに首は突っ込まないよ。基本的には年下の女の子だけだよ」
「え……? そんな事は無いだろ?」
そんな筈は無い、同じ年の子もいたし、妙齢の女性いた、というか男もいた筈だ。
その事を告げると椿姫から反論が返ってきた。
「同じ年の女の人はお兄ちゃんより誕生日が遅いし、年上の女の人や男の人も皆、お兄ちゃんより年下の女の子を連れてたよ? お兄ちゃんが助けた人達は全員把握してるから間違いないよ」
「………………」
椿姫が俺が助けた人達全員を把握しているのは今更なので気にしない。
助けた子達の誕生日は分からないが、確かに同じ年や年下の女の子以外は女の子連れだったような気がする……。
そういえば、年下にしか効果がない技能もあったな……。
……そうなると俺は、無意識に年下の女の子を狙って助けてるのか? それが技能にも現れてるのか? もしかしたら、俺のせいへ……いや、それ以上考えると自分の知らない一面に気付きそうだったので、考えるのを止め話題を変える事にする。
「まあ、依頼の事を抜きにしても、封印珠の事があるからな。状況次第じゃ危険な事をする可能性はあるぞ」
「あー、そうだったな……下手すりゃフランツと相対する可能性もあるしなぁ……」
そう言ってエドワードは考え込んでしまった。政治的な事はよく分からないが、俺達の事を他の国に言わなければ良いだけの気もするんだが……。
まあ、俺の知らない何かがあるんだろうと、納得する事にした。
それよりも、今エドワードが言ったフランツが問題だ。あの王が封印珠を持ったままであるなら、ほぼ遭遇すると考えて良いだろう。
はっきり言って対策は何も浮かば無い。現地の状況にもよるが、精々見つからない様に動く事位しか思い付かない。
「よし! 決めた、俺もお前らに付いていくぞ」
「「「え?」」」
「?」
先程まで考え込んでいたエドワードが、唐突にそんな事を言い始める。
ヒルティだけは意味が分かっていないのか首を傾げていたが、俺を含めた三人は図らずも疑問の声を揃えて発していた。
「いや、ちょっと待て。流石にそれはレオン王子が許可しないんじゃないか? 確かに心強くはあるが……」
「うん、私もそう思うよ。エドワードさん、確かここの警備隊長だよね? それ以前に元トゥレラ王国の元騎士団長を、トゥレラ王国に行かせはしないと思うよ」
「そんな背景があるのなら、流石にそれは難しくはありませんか?」
「?」
良く分かっていないヒルティを除いた、俺達三人は否定の声を挙げる。
だが、それにエドワードはにやけた表情で、問題無い事を告げてきた。
「それなんだがな、既に殿下からお二方に関する事は一任されててな、単独で動く事も許可されてんだよ。そんな訳でお前らの護衛に加え、お二方の捜索を平行して行える。何の問題もねぇだろう?」
レオン王子の許可があるなら何も問題は無いだろう。それどころか向こうからすれば、俺達の護衛も兼任出来て人材の節約にもなる。それに元から俺達には断る理由は何も無い。
「良いのか?」
「言っただろ、何も問題はねぇって」
俺は分かったと短く答え、これからの事に話題を移す。
これからの行動指針や課題について纏めるにした。
・ヒルティの精霊を封印した封印珠を、ルドルフ王から奪取する事。
・トゥレラ王国の王弟と第一王女の捜索及び保護。
・この世界における生活基盤と身分の確立
・以上の事柄完了後の身の振り方
以上の四つの事柄に付いて詳しく話を詰める事にした。
と、その前に椿姫から疑問の──いや、確認の問い掛けがされる。
「……お兄ちゃん、元の世界に戻る方法は探さないの?」
そんな椿姫の問い掛けに、ヒルティとサマーリの表情に緊張が走ったのが分かった。
俺は落ち着いた声で、椿姫の問い掛けに既に俺の中では決まっている決意を述べる。
「……椿姫、俺はこの世界で生きていく事に決めた。元の世界に未練が無いかと言われれば、無いとは言えないが、俺にはもうこの世界で大事な妹達が出来たからな。彼女達と別れてまで元の生活に戻れるかも分からない世界に戻ろうとは思わない」
俺がそう告げると、ヒルティとサマーリの二人の表情が明るいものに変わる。椿姫も微笑み、「うん分かった」と小さく頷いて俺の決意を肯定してくれた。
そう決まったところで、話題を戻してこれからの行動の詳細を詰めていく。
封印珠を奪取するに当たって、最大の障害であるフランツ。エドワードの実力だと勝てはしないが、時間を稼ぐくらいは出来るだろうとの事だったので、フランツに当たるまでエドワードに稽古をつけてもらい、俺の実力を上げ二人で当たれば倒せる可能性はあるとの結論に至った。それ以外に関しては現地を確認しない事には何も決められないので保留となった。
次は王弟と王女の捜索及び保護に関してだが、トゥレラ王国に向かう途中にある街等で情報収集を行うのみで、基本的に大きく動く事はしない形になった。
勿論、本人達が見つかればその限りではないが。
次に生活基盤と身分の確立だが、これは冒険者になるのが一番だろうとの事だ。
その理由は俺達がこの国の戸籍を持たないからだ。それは妖精国を追放されたヒルティにも言える事だ。因みにサマーリはトゥレラ王国だった頃の国民証を、アギオセリス王国の物に再発行すれば良いだけなので問題無い。
俺達の様な戸籍を持たない者達が身の証を立てるに一番早い方法が冒険者になる事らしい。無論、国民証を持っていないので審査を受ける必要はあるらしいが。
という事で、サマーリを除いた俺達三人は冒険者になる事にした。
最後に封印珠を無事取り返した後の事だが、折角なる予定の冒険者を続け、お金を稼ぎ、この街で家を借りるなりしてのんびり過ごそうという事になった。まあ、この先どうなるか分からないので、仮の目標という形にはなるが。
行動指針について話し合っていたが、実は俺にはもう一つ大きな目的がある。だが、それは椿姫すら知らない事だ。
確信があるわけでもない、もしかしたらという程度でしかない。
それでも、俺はそれを確かめたかった。確かめる方法すら分からない、それ以前に見付ける事すら出来ないかも知れない。だが、それでも俺は探し続ける。
あの日無くしたものを見付ける為に……。
◆◆◆◆◆
「む、もう遅い時間だな」
大方の方針が決まったところで、エドワードが壁のとある場所に目線をやり、夜遅くなっている事を告げてきた。
俺もエドワードの視線の先に目を向けると、そこには時計が掛かっており、針が10時を示していた。
因みにこの世界にも時計は存在し、その街毎に基準時間が決められているらしい。
この城の一角に時計塔があり、時々魔導師が時間のずれがないか確認をしているとの事だ。その時間を基準に街の者は日々の生活を送っている、と何故か椿姫から説明を受けた。それについては今更なので突っ込まなかったが。
エドワードは明日早速冒険者登録を行う旨を俺達に告げると、城にある詰め所の休憩室へと去って行った。
明日に備え、俺達も寝る事にしたのだが、椿姫がお風呂に入りたいと言い出した。
どうやら匂いが気になるらしい。ヒルティとサマーリは特に気にしていなかったので、この世界では入浴は一般的では無いのだろう。
椿姫もそれは知っており、お風呂がこの城に無い事も把握していた。
隣室に俺達の為に待機していた侍女へ、お湯と拭くための布を人数分を持ってきて貰うよう頼み、汗だけでも拭う事にした。
「え? え? あ、兄上様がわたし達を拭くのですか!?」
「ああ、そうだが、何か問題があるか? ……あ、そうか、俺が全員を拭くと折角の湯が冷めてしまうな」
「いえ、問題はそこじゃないんですが……」
サマーリが顔を赤くし、困った表情で俺や椿姫にヒルティを見ていた。
椿姫とヒルティは湯が届けられ侍女が退出した瞬間、当たり前のように服を脱ぎ、下着姿になっていた。その表情には羞恥心は見られない。そしてその身体には起伏もほとんど見られない。
俺も既に服を脱ぎ、下着姿になっている。そんな俺達の姿に逡巡していたサマーリだったが、ゆっくりとその服を脱ぎ下着姿になる。
椿姫やヒルティ同様に起伏の無い胸を隠し、赤い顔でこちらを伺って来る。
「とりあえず、今日は各自で拭いて手が届かない所だけ、他の者に拭いてもらう事にするか」
「そ、そうですね、流石に全身を拭いて貰うのは恥ずかし過ぎます……。い、いえ、兄上様なら嫌という訳では無いのですが……」
「えー、お兄ちゃんに拭いて貰いたかったなぁ……」
「ヒルティもなの!」
「それでは湯が冷めてしまうからな、背中だけは拭いてやるから今日は我慢してくれ」
「「はーい(なの)」」
「……ほっ」
そうして各自で全身を拭き、約束通り三人の背中は俺が拭いてやった。サマーリだけは凄く恥ずかしそうにしていたが。兄妹なのにそこまで恥ずかしがら無くてもとは思ったが、口に出す事はしなかった。サマーリの背中を拭いた時だけ、艶かしい声がしたが気にせずに拭いてやった。
全員拭き終わり、用意されていた寝間着代わりの簡素な服を着て、眠りに着く事にする。無論、この部屋には一つのベッドしか無いため、全員一緒のベッドで眠る事になる。普通なら四人も寝れるベッドなど一般的には無いが、ここは王が住んでいたお城だ。四人で寝ても十分な位の広さがあるベッドが存在している。
そのベッドに端からサマーリ、俺、ヒルティと並び、何故か俺の上に椿姫がうつ伏せで乗っていた。何故そんな事になったかというと──
「何時もの様にお兄ちゃんに抱きつかないと眠れないよ」
「にーに、ヒルティまだ怖いの……ひっついて寝て欲しいの」
「わたしもまだ不安で……兄上様の手を握っても良いですか?」
可愛い妹達からそう言われてしまえば、俺には断る選択肢は存在しない。
だが俺の腕は二本しか無いため、二人分しかスペースが無い。そこで椿姫が俺の上に寝るとの案を出し、今回は発案者の椿姫が上に乗る事になったのだ。
この体勢で俺が寝れるのか心配していた三人だったが、椿姫位の体重なら大丈夫だと返し、この体勢で寝る事が決定した。
「お休み、椿姫、ヒルティ、サマーリ」
「お兄ちゃん、みんな、お休み」
「お休みなさいなの」
「皆さん、お休みなさい」
そうして、三人の妹達の温もりに包まれながら俺は眠りについた。




