第七話 縁故
「以上です……」
サマーリは話をそう締めくくり、俺の目を真っ直ぐに見てくる。
その目には迷いが無く、何かを決意した表情だった。
「わたしの事を知って貰ったところで、先程の提案ですが……わたしを貴方の……」
サマーリはそこで一度言葉を切る。
俺の横ではサマーリの話を聞き涙を浮かべていた椿姫とヒルティが、彼女の言葉を聞き逃すまいと身を乗り出していた。
「……奴隷として側に置いて貰えませんか?」
…………………………は?
今、全く聞き慣れない言葉を聞いた気がしたんだが、気のせいか?
そう思い、隣を見ると椿姫は目を見開き驚いた顔をし、ヒルティは良くわかっていないのか、首を傾げていた。
……ヒルティはともかく、椿姫の様子からして聞き間違いでは無さそうだ。
さて、どうしたものか……。
「あー……聞き間違いじゃ無ければ奴隷と聞こえたんだが……」
「はい、間違いなくそう言いました」
「…………一応聞くが、どうしてそんな事を……」
「……先程話した通り、わたしには両親も兄も失いました。頼るべき親類もいません。そしてわたしは成人はしていますが、子供の様な身体しています。あの男性に無理矢理働かされていましたが、まともに仕事なんてこなせませんでした……。そんなわたしが一人でまともに生きていける訳がありません。そうなれば、誰かに養って貰うしか無いわけですが 、先程も言った通りわたしは頼るべき者が居ない状態です。唯一接点があるのは助けて頂いた貴方のみ……。ですが、助けて頂いた上にそれを求めるには何かしらの対価を支払わなければならないと思うんです。それに、あの、わたしは……」
そこまで一気に告げたサマーリは、急に言葉を切り顔を伏せる。
どうしたのだろうと思い、顔を覗き込むとサマーリの顔は赤く染まっていた。
この感じは前にもあった。俺が助けて来た女の子達は助けた直後、大体こんな表情や雰囲気をしていた。その度に色んなお礼も貰ってきた。いきなり告白をされた事もある。しかし流石に奴隷にして欲しい等は初めて言われた。
勿論、普通の日本人の感性を持つ俺としては奴隷にするわけには行かない。が、予想外の事に言葉が出てこなかった。
と、そこで漸く椿姫が正気に戻り、慌てた様子でサマーリに問い掛ける。
「ちょ、ちょっと待って下さい! 何で奴隷何ですか!? そこはせめて召使いとかでも良くないですか!?」
「そ、それは……あの……」
「にーに、この人奴隷にするの?」
何時もなら自分で答えを導き出す椿姫だが、今回は突然のサマーリの提案に混乱し、頭が回っていないようだ。
「まあ、椿姫の言うとおりだ。対価とはお互いに納得しなければ駄目だ。少なくとも俺は奴隷を欲しいとは思わないし、受け取ろうとも思えない」
「…………どうしても、ですか……」
「ああ」
俺が静かにそう告げると、先程から伏せていたサマーリの顔から雫が落ちてくる。
「ぐすっ……すみま、せん……わたし自身……うぐっ、を対価……と言うのは詭弁っ……です……。うぅ……本当は……どんな形でも良いから……ぐすっ、わたし……貴方との強い繋がり……欲しかったんです……ううぅっ! もう……もう、一人は辛い、です……お願い、します……うぅ……わたしを、一人にしないで……」
サマーリの必死なその姿に、俺は深く溜め息を吐く。
両親や兄を殺され、更には自身も暴力に晒され続け、最後には殺されかけた。
確かにそんな目に遭えば、誰かにすがりたくもなるだろう。
大事な人を亡くした俺には、サマーリの気持ちもある程度は理解できる。
俺もあの時一人であったなら、堪えられなかったのは間違いない
だが流石にサマーリの言う通りに奴隷にするつもりは無い。とは言っても放って置く事も出来ない。だから俺は椿姫と話し決めた事をサマーリに提案する。
「そんなに繋がりが欲しいのなら……俺の妹にならないか?」
「…………え? 妹…………!? そっ、そっ、そっ、それって!?」
俺の言葉にサマーリが真っ赤になって狼狽え出す。
なんでそんなに真っ赤になって狼狽えるんだ? …………ってちょっと待て。
そう言えば椿姫が言っていた……確か、この世界では一度妹にして結婚するとか……成る程そういう事か。俺の言葉が足らずに勘違いさせてしまった。
「あー……済まない、妹にすると言ったのは冗談じゃ無いが、それ以上の意味は無いぞ? あくまで妹としてだ」
「え……? あ……そ、そうですよね。勘違いをしてすみません……」
気のせいだろうか? サマーリの表情が酷く残念そうに見えるのは……。
……とりあえず、今は気にせずに話を進める事にしよう。
「それで、どうだ? 奴隷とかではなく、家族としてなら繋がりとしては十分だろう?」
「そう、ですね。わたしとしては願っても無い事ですが、それでは貴方に対してのお礼が出来ていません。それこそ先程貴方が言っていた、互いに納得という形になっていないです」
「それは気にする事は無い」
「え? 何故ですか?」
「兄は妹を守る事が当たり前だからだ。そして、妹はそんな兄を支える。そこにはお互いに貸し借り等存在しない。ただお互いが大切に想いあっていれば良い。足らない所をお互いに補い合う存在であれば良い。だから、サマーリが俺の妹になるのなら、お礼などする必要は無い。もし俺に出来ない事があればその時助けてくれれば良い。兄妹とはそういうものだ」
そんな俺の兄妹論にサマーリは声も出さずに、俺の顔を驚いた顔で凝視しており、横を見ると椿姫とヒルティは、本当の姉妹のように笑顔で同じタイミングで頷いていた。
「それじゃ駄目か?」
「駄目……じゃないです……でも、でも本当にわたしなんかで……」
「なんか、じゃない。人の価値は能力だけで決まるものじゃない。その人にとって大切だと思えるかだ。まだ少ししか話していないが、俺は既にサマーリを大切だと思っている。……サマーリはどうだ?」
「……はい、わたしも……貴方……いえ、兄上様の事が大切です……。これから妹としてよろしくお願いします、兄上様」
「ああ、よろしくなサマーリ」
「お姉ちゃん、これからよろしくね」
「ねーねがもう一人出来たの~、よろしくなの♪」
涙を流しながらも満面の笑みで妹になる事を承諾したサマーリを、俺達も笑顔で歓迎するのだった。
◆◆◆◆◆
それからはお互いの得意な事や趣味等を教えあい、兄妹四人の絆を深めあう。
勿論、俺達が異世界の人間だという事も明かした。この事を話したのは、サマーリが俺達以外の第三者からその事実を知った時、気まずくなるのが嫌だったからだ。
勿論、事前に【鑑定】でサマーリに、重度兄愛の称号や兄妹神の加護が付与されいるかの確認はしたうえでだが。もし上部だけで兄妹になっていたら、この称号や加護は付与されないだろうからな。
そうやって俺達が兄妹の絆を深めあっていると、この部屋の扉がノックされる音が聞こえてきた。
「どうぞ」
「盛り上がってるとこ、わりぃが話があるんだが良いか?」
ノックをしてきたのはエドワードだった。俺は了承しエドワードを部屋へと招き入れる。エドワードを交えても話しやすい様に椅子を並び変える。
位置としては、ベッドのサマーリの頭側の横に俺、逆の足側には椿姫とヒルティが並んで座り、俺の右斜め前にエドワードが座っている形だ。
同じ国出身だが初対面であるエドワードとサマーリの紹介を行った後、エドワードが俺達に会いに来た用件を尋ねる。
「それでエドワード、何の話だ?」
「ああ、それはな、ヒルティの嬢ちゃんの封印珠の事だ」
「──っ!」
エドワードの口から出た、封印珠という単語にヒルティが分かりやすく反応する。
俺の妹になってから笑顔が増えていたが、今その顔にははっきりと緊張した表情を浮かべていた。それは椿姫やサマーリも同様だ。
因みにサマーリには先程までの会話で、封印珠の件も話している。
俺は決して焦らずにエドワードの次の言葉を待つ。
しかし、エドワードの表情が優れないので、恐らくはいい話では無いのだろう。
「結果から言うぞ……封印珠はこの城どころか、この街にもねぇ。城の者の証言からトゥレラ国王ルドルフが持っている可能性が高い……」
「そ、そんな……」
ヒルティの顔を見ると、その顔は真っ青になり絶望の表情をしていた。
「もう、ヒルティは精霊達と会えないの……? せっかく、頑張って仲良く……ぐすっ、なったの……まだ……ひっく、仲良くしたい、精霊が、いっぱい居たの……ずっ、ふぇ……ふええええぇぇっっん!!」
ヒルティは大粒の涙を流しながら嗚咽を洩らす。俺は堪らずヒルティに近寄り、哀しみに震えるその身を抱き締め、ヒルティに告げる。
「まだ、諦めるには早いぞ、ヒルティ」
「ふええええぇぇ……え? …………にーに……?」
「誰が持っているかは分かってるんだ。なら取りにいけば良い、だろ?」
「で、でも、にーに、あの王様のせいで辛い目にあったの。そんな所に行ってなんてヒルティ言えないの……」
「さっきも言っただろ? 兄は妹を守る為にいる。それは勿論、心もだ。苦しんでいる妹を放っておけるか。ヒルティが止めても俺は行くぞ」
「勿論、私も能力を駆使して探すよ!」
「わたしも何が出来るか分からないけど出来る限りお手伝いしますよ」
「にーに……ねーね……お願いして、良いの……?」
「「「勿論!!!」」」
ヒルティのか細い声でのお願いに、俺達三人は声を合わせて力強くヒルティに頷き返す。そんな俺達の返事にヒルティはまた泣いた。だがその泣き声には嬉しさが混じっている様に俺は感じた。
しばらくして落ち着いたヒルティから、俺は離れて席に座り直す。
そこで落ち着くのを待っていたエドワードが、再び話を始める。
「となるとトゥレラ国に行くんだな」
「あ……勝手に決めちゃ不味かったか?」
「いや、問題ねぇよ。一応、人間族全体で異世界人に対する取り決めの中に、本人が望まない限りは国に束縛してはならない、ってぇのがある。まあ、トゥレラ国の様に遵守しねぇ国も一部あるがな」
「そうなのか……それじゃ俺達がトゥレラ国に行くのは問題無いんだな」
「ああ、問題ねぇ。だが、取り決めにはこういったのもあってな。異世界人を発見・保護した国はその行動を縛らない範囲でその身の安全を確保する事、ってぇのがある。今回の場合は誰かを護衛に付ける形になるだろうな」
「……それって、遠回しにトゥレラ国の様な存在に異世界人を渡さない様にって事だよね?」
「椿姫の嬢ちゃんの言うとおり、トゥレラ国の様な奴等に異世界人が捕まっちまうと、間違いなくろくな事にならねぇからな。異世界人にとっても、他の国にとってもな」
俺達がされた様に無理矢理聞き出されたり、人によっては進んで技術供与する者も居るかもしれない。そうなると他国にとっては驚異となる。それを防ぐ為の取り決めなのだろう。
「それで本題なんだが、トゥレラ国に行くなら頼みてぇ事がある。勿論、強制ではないし、引き受けたとしても完遂する必要もねぇ」
「完遂する必要がない?」
「ああ、あくまでついでだ。トゥレラ国に未だ居るとも限らねえし、旧トゥレラ国領に居るかもしれねぇ、下手すると亡くなられている可能性もある」
「その言い方ですと、探し人なのですね」
サマーリの言葉にエドワードが頷き返し、そしてその探し人の名を告げた。
「探して貰いてぇのは、トゥレラ王国王弟殿下とトゥレラ王国第一王女殿下だ」




