第六話 懊脳
「そうなると、この子はこれから一人なのか……エドワード、この子はこれからどうなる?」
「このなりならまだ成人前だろ、そうなると孤児院に預けられるだろうな」
「エドワード……この子は15才だ……成人してるぞ」
「え!? この子、私より年上!?」
「何だと、このなりでか? だがまあ、鑑定で出ているのなら間違いねえか。そうだな……成人しているとなると、この子の状況を踏まえても、ある程度の生活補助と一定期間の仮住まい与えられるが、定住先や働き口は本人が探す事になっている。だが、今の街の状況に加え、嬢ちゃんのなりだとまともに食っていける働き口は見つからねえだろうな……」
「む……他に方法は無いのか?」
このままではサマーリは路頭に迷ってしまう、その様な事になるのでは、折角救った意味が無い。
何か方法が無いか考えていると、隣でサマーリを介抱していた椿姫から声が掛かる。
「お兄ちゃん、方法は一つあるよ」
「ん? どんな方法だ?」
「……お兄ちゃんの妹にする、だね」
「うん? 妹に?」
「親類に預けるのが一番手っ取り早いけど、話を聞く限りじゃ恐らく親類も国王に排除されてる可能性が高いから親類は厳しいと思う。この情勢下じゃ養子として受け入れてくれる人も居ないだろうしね。となるとお兄ちゃんの妹として私達が預かるのが一番かなって、異世界人の身内なら無下には扱われないよね、エドワードさん」
「む、確かに異世界人は賓客だからな、その身内と為れば同等とはいかんが、それなりの扱いにはなると思うが……」
「だよね。どうかな、お兄ちゃん?」
「俺は構わんが、その子の意思も有るだろうからな、それに椿姫は良いのか?」
「私の妹としての勘では、この子もお兄ちゃんの妹になりたいと言うと思うよ。それと私の方は大丈夫だよ、年齢は私より上かも知れないけど、見た目は私と変わらないしね、問題無いよ」
妹としての勘とは何だろうか、と思いながらも本人が嫌がらなければ、妹にするのはありだと思う。
助けた後は知らないというのも、後味が悪いしな……。
それにしても、椿姫の年上の女性嫌いはどうにかならないものか。
同年代や年下には普通に接するが、何故か年上には警戒心が強い。
始めは矢美ちゃんに対してもそんな感じだったしな……。
……矢美ちゃん、か……俺達が死んだのを引きずってなければいいんだが……。
彼女の事だ、俺達が死んだ事に間違いなくショックを受けているだろう。
下手をすれば塞ぎ込んでいるかもしれない。
静かに眠るサマーリを見ながら、俺はそんな事を思った。
◆◆◆◆◆
それから暫くして、エドワードが呼んだ馬車と後処理部隊が到着した。後処理部隊にその場を任せ、俺達はサマーリを連れ馬車で城へと戻り、俺達が使っている部屋のベッドにサマーリを寝かせる。
その横には回復魔法の使いすぎで眠ってしまった、ヒルティも寝かせている。
「ふぅ……」
二人を寝かせた俺と椿姫は 、同じ部屋にある椅子に腰掛ける。
その際、思わず大きく息を吐いてしまった、どうやら自分で思った以上に疲れているようだ。
「お兄ちゃん大丈夫?」
「ん? ああ、大丈夫だ……」
椿姫の前なのでそう言ったが、俺の中で一つの不安がもたげて来ていた。
それを悟られたくは無かったが──
「お兄ちゃん、嘘……だよね。私には分かるよ、一人で溜め込めないで……。お兄ちゃんの想いを、苦悩を、何でも共有したい、その方が私は嬉しい。ね、お願い、お兄ちゃん……」
「椿姫……」
少し迷ったが正直に言うことにした俺は息を整え、本心を口にする。
「……椿姫を助けた後、目が覚めた時に人を殺した事に罪悪感を抱いていた。だけどな……さっき人を殺した時はそれほど感じなかったんだ……。普通、人に言われたからといって直ぐにでも気持ちを切り替えられるものじゃない筈だ……。なのに俺は……二度目にして既にほとんど罪悪感を抱かなくなっていた。俺は……きっと人としての何かが壊れてしまっているかもしれない」
「お兄ちゃん…………そんな事は無いよ」
「いいや! 罪悪感を抱いたと同時に黒い何かが俺の心を侵食してきた。それが何かは分からないが、良くないものだったのは確かだ。あの時椿姫が止めてくれなければきっと俺は俺で無くなっていた! いや、もう既に変わっていってるのかも知れない。そうでなければ、人を殺して平気なはずは……」
俺の心の内に隠していた醜い感情に、椿姫は眉一つ動かさず俺の事を慈しむかのような微笑みを浮かべていた。
そして、椿姫はおもむろに立ち上がり、俺の背後へと回ると、そっと俺の身体を抱き締めて来た。
「椿姫……?」
「……大丈夫だよ。お兄ちゃんはあの女の子を助ける為に頑張ったじゃない。そんなお兄ちゃんが壊れてる筈が無いよ、私が保証する。お兄ちゃんは今でも変わらず私が大好きなお兄ちゃんだよ」
「……だが、今は変わって無くても、あの黒い何かに侵食されれば、きっと俺は俺でなくなる……そうなったらお前達の事も……」
その先は口に出来なかった、いや、口にすらしたくなかった。
その瞬間、椿姫の俺を抱く腕に力が強くなる。
「もし、お兄ちゃんが変わっちゃっても、ううん、変わる前に私が止めて見せる。だからお兄ちゃん……心配しないで、お兄ちゃんの心は私が絶対守るから……」
「椿姫…………ありがとう……」
何故だろうか、根拠は無い筈の椿姫の言葉に俺は絶対の安心感を覚える。
椿姫が側にいる限り、あの何かによって俺が俺じゃ無くなる事はないと思えてくる。
俺の身体に回された椿姫の腕を両手で握り締め、そして、そのままの状態で暫く時を過ごした……。
◆◆◆◆◆
城に戻ってから約一時間後にヒルティが起き、共に遅めの昼食を食べた後は、サマーリが目覚めるまで部屋に居る事にした。
そして、日も沈みかけ夕日が部屋を照らし出す中、サマーリが目を覚ました。
話をする前に、先ずは飢餓状態を落ち着ける為に食事をとってもらう事にした。
既に準備されていたらしく、複数の野菜や肉がペースト状にした流動食を暖め直した物を渡した。
だが、サマーリは身体に力が入らないらしく、スプーンすら持てない状態だった為、食事を持ってきた侍女に言ってサマーリに食べさせた。
ゆっくりと食事を与え、最後にサマーリの体調が問題が無い事を確認した侍女は部屋を退出する。
そうして、ようやく落ち着いたサマーリがベッドから上半身を起こした状態で自己紹介を始める。因みに俺達はそのベッドの横に椅子を並べてその椅子をに座っている状態だ。
「挨拶が遅れごめんなさい、わたしはサマーリと言います……そして助けてくれて、ありがとうございます」
幼い外見にしては丁寧な口調に一瞬戸惑うが、実年齢が15才でこの世界では成人だという事を思い出す。
とりあえず、俺達も軽く自己紹介を行い、話を進めていく。
「それとサマーリを助けた事だが気にしなくていい、俺が気になって助けただけだ。恩に着せるつもりも無いしな」
「いえ、そう言う訳にも……ですがお礼をしようにも、今のわたしにあるのはこの弱った身一つのみだけです……そこで一つ提案が……」
「提案?」
「はい、ですがその前にまずはわたしの事を知って欲しいです。これまでのわたしに有った事……聞いて貰えますか?」
「それは……大丈夫なのか?」
「はい、是非聞いて貰いたいです」
「……分かった、聞かせてくれ」
サマーリの心が大丈夫なのかと思い聞き返したが、返事を聞いた俺は彼女の話を聞く事にした。伯爵令嬢から奴隷にまで落ちてしまった少女の話を……
◆◇◆◇◆
──サマーリ視点──
わたしは全てを諦めた女でした。
わたしは伯爵家の長女として生まれ、優しい父上に母上、尊敬する兄上に育てられ、不自由なく暮らして来ました。
将来の為の勉強は大変だったけど、両親や兄上の支えとなれるよう一生懸命に励みました。だけど、それは唐突に終わりを迎えました。
約一年前に父上に謀反の容疑が掛けられたのです。
勿論、そんな事実はありませんので、直ぐにでも嫌疑は晴れると思っていました。
なのに、ありもしない証拠が次々と現れ、父上は窮地に追いやられました。
父上は必死に冤罪を訴えましたが、聞き入れて貰えず、有罪となってしまいました。
今まで多大な功績を挙げていたので酌量され処刑は免れましたが、爵位、領地、財産と全てを没収され、貴族から平民へと落とされました。
その時の父上は国王派に嵌められたと言っていました。
王弟派の有力者である父上を追い落とす為に、ありもしない罪を捏造されたのだと。
父上が治めていた領地は王国直轄地となり、今では重税を掛けられ民が苦しんでいるとの事です。
父上は地位を失った事よりも民を苦しめている事に悲しんでいました。
王都に住む事だけは許された、わたくし達は父上の昔の伝を使い、狭いながらも住居と職を見つけ細々と暮らしていました。
豊かな生活から一転、一家四人が何とか暮らせる位の貧しい生活になりましたが、両親と兄上が一緒でしたので、辛くはありませんでした。
父上だけはいつも済まなさそうにしていましたが、日々を過ごしている内にわたしはこんな生活も楽しいと思える様になっていました。
だけど、そんな貧しくも楽しい生活すらも、この国の状況は許して貰えませんでした。
この国の圧政により家も職も失い、自暴自棄になった男性がわたし達の家を奪おうと、押し込んで来たのです。
父上と兄上が仕事で居ない時を狙われ、自衛の手段を持たない、わたしと母上では抵抗できる筈もなく捕らえられてしまいました。
そして、隙を見てわたしを逃がそうとした母上はわたしの目の前で……。その時にわたしも顔に傷を負い、その後まともに治療もされずに傷痕が残りました。
更には仕事から戻ってきた父上と兄上も、人質にされたわたしのせいでなすすべもなく……。
一人残されたわたしに、男性は持っていた奴隷契約用の首輪を付け奴隷にしようとしました。
本来なら本人の同意が無いと奴隷には出来ませんが、両親と兄上を失った哀しみで意思混濁状態だったわたくしは、男性の言われるがまま奴隷契約を承認してしまったのです。
それからは思い出すのも嫌な位な地獄でした。
朝早く叩き起こされては、男性の代わりにきつい仕事をさせられましたが、小さな身体のわたしでは出来る仕事は限られています。
まともに稼げないわたしを、稼ぎが少ないと殴る蹴る等の暴行を加えられました。
何も食べさせてもらえない日も何度もありました。
幸い、わたしの身体は年齢の割には小さく、男性に性的な対象として見られる事は無く、そちら方面の暴行は受けずに済みましたが、それでも今の生活が地獄なのは変わりません。
いつしかわたしは、両親と兄上を失った哀しみと、辛い毎日に心が耐えられなくなり、なにもかもを諦め感情を殺して無気力に日々を送るようになりました。
そして、そんな生活を送っていれば身体が無事であるはずがなく、遂には立つことも出来なくなりました。
男性は無理やりわたくしを立たせようとしましたが、全身に力が入らないわたしはその場で倒れ込んでしまいました。
それを見た男性は、もう役に立たないなら最後にその身体を使ってやると言い、わたしにのし掛かって来ました。
全身に力が入らないわたしは、全てを諦めた目で男性を見ているしか出来ませんでした。
もう殺して欲しい──そんな思いがわたくしの心に浮かび上がったその時。
貴方がわたしの前に現れました──




