第五話 救出
「な、なんだお前は!?」
壊れた扉の先には虚ろな目をして床に倒れ込んだ少女と、その少女に覆い被さった状態でこちらに驚愕の表情を見せている、30才半ば程の男が居た。
あの時に見た少女なのを一瞬で確認した俺は、少女に襲いかかっている男を排除する為、直ぐ様動き出す。
加護のお陰か、装備のお陰かは分からないが身体が非常に軽い。
男が少女を人質に取らない様に一気に少女と男の側に駆け寄り、右腕を振り抜き男を殴り飛ばす。
「ぐぁっ!?」
俺の速度に反応出来ず、まともに俺の拳を受けた男は壁迄吹き飛び、背中を壁に打ち付ける。
追撃を掛けるべく納刀したままの状態で、鞘の先端──鐺を男が倒れる前にその鳩尾に向けて突きを繰り出す。
自分が思っている以上に身体が動く、その事に驚きながらも男の様子を伺う。
「がはぁっ!!」
鳩尾を強かに打ち付けられた男は白目を剥き、床にうつ伏せに倒れ込む。
男が気を失ったのを確認した俺は、倒れている少女に駆け寄り抱き起こす。
「おい、大丈夫か!?」
少女に呼び掛けるが虚ろな目をしたまま、俺の声に反応しない。
全身の力が抜けており、俺が支えないと直ぐにでも倒れてしまいそうだ。
俺は少女の容態が分からず、どうすれば良いか分からず、戸惑ってしまう。
「お兄ちゃん! 鑑定を!」
いつの間にか隣に居た椿姫の声に、鑑定で状態を見れる事を思い出した俺は、少女に鑑定を使用する。
名前 サマーリ 種族 人間族 女 15才
称号:元伯爵令嬢 努力家 兄を失いし者 契約奴隷
技能:領地経営 人材指揮
加護:無し
状態:身体衰弱(強) 精神衰弱(強) 飢餓(強) 脱水症状(強) 身体外傷(重傷)
準位 1
生命力 1/21
精神力 1/34
生きているのが不思議な位の少女の状態に、俺は絶句する。
動揺している場合じゃ無いと気を取り直し、まず一番危険だと思われる症状は身体外傷(重傷)だと当たりを付ける。
「ヒルティ! 傷の治療を頼む!」
「分かったの、にーに! ヒルティに任せるの! 【生命治癒】」
俺の呼び掛けに反応したヒルティは直ぐ様、治癒の魔法を少女に使用する。
これで外傷は何とかなると判断した俺は、次の処置に当たる。
「椿姫! 水持ってるか?」
「うん、持ってるよ。はい、お兄ちゃん」
椿姫から水筒を受け取り、少女の口に水筒を当てゆっくりと傾ける。
ヒルティの回復魔法で、徐々に回復しつつある少女の喉がゆっくりと動き、水を飲んでいく。
時折息継ぎをさせながらゆっくりと水を飲ませる。
暫くして一度状態を確認すると、脱水症状が弱に落ち着き、回復魔法のお陰か身体外傷も軽傷にまでなっている。
【妹心治療】のお陰か、精神衰弱も中に下がっていた。
青白かった顔も血色が戻り、少しずつ赤みが指してきている。
ホッとしたその瞬間、少女の首に填まっている首輪の一部が赤く光り──
「あぐぅぅっっ!!」
「なにっ!?」
目の前の少女が首輪を掴み、いきなり苦しみだす。
いきなりの事に俺が戸惑っていると──
「……ぐっ、 そいつは俺のだ渡さねえぞ……渡すくらいなら……殺してやる!!」
「なっ!?」
気絶させた男は意識がいつの間にか戻っており、痛む腹を押さえながらこちらを睨み付けてくる。目がおかしい、どう見ても正常な精神状態とは思えない。
「お兄ちゃん! この首輪は奴隷の主人が任意で首を締める事が出来るの! 解除法は命令を止めさせるか……主人が死んだ場合だけ! 窒息するまで余り時間は無いよっ!」
「ちっ! そういう事かっ、おいっ! 締めるのを止めろっ!!」
「はっ! 誰が止めるかっ! くくっ! もっと強く締めるぞっ!」
「か、はぁっ!? たす、けて……」
少女の苦痛と呼吸困難により涙し歪む顔と、男の狂気によって歪む顔を見て、俺は──覚悟を決める。
「椿姫、ヒルティ目を瞑ってろ」
「ううん、お兄ちゃん一人だけに背負わせないよ、ちゃんと見てる」
「ヒルティもなの! にーにだけ苦しませないの!」
「そうか……」
今は二人を説得する時間も惜しい……二人の覚悟を信じ、俺は少女を椿姫に預け、直ぐ様行動に移る。
牢屋の時の様に首を切り落とすのは無しだ。冷静で無かったとはいえ、椿姫への配慮が足らず、トラウマになりそうな行為を行ってしまった。
今回はその轍は踏まない。となると──
一瞬で思考し、方法を決めた俺は少女を椿姫に預け男に高速で迫り、今度は刀を鞘から抜刀し、男の心臓目掛けて突きを繰り出す。
心臓を狙ったのは、少女をいち早く首輪の拘束から解放する為に男の息の根を直ぐ様絶つ必要があったのと、見た目的に外傷を少なくし、妹達の心に負担を掛けない様にする為だ。
「ぐはぁっっ!?」
俺の突きに男は反応出来ず、刀は何の抵抗も無くすんなりと背中を突き抜ける。
返り血浴びない様、直ぐ様刀を抜き後方へ跳び、噴き出す血をかわす。
「く、くそ、がぁ……」
男が息絶えるのを確認した俺は、刀に付いた血を軽く払い納刀する。
そして、直ぐ様少女の元へと戻り少女の無事を確認する。
少女は目を瞑り、意識が無いように感じられる。
「無事か?」
「うん、大丈夫だよ。今は眠ってるだけだよ」
「そうか、良かった……」
「にーには大丈夫なの?」
「ああ、俺は大丈夫だ……ありがとな」
初めてでは無いが、人を殺した事に何も感じなかった俺は内心動揺するが、二人に知られない様に動揺を抑え込む。
と、少女の首輪の先程赤く光っていた部分が緑の点滅に変わり、次の瞬間──二つに別れた首輪は少女の首から外れ、軽い音を立てて木製の床に落ちる。
「ん? 首輪が取れたぞ?」
「契約奴隷は主人の意思で解放するか、主人が死亡すると隷属の証である首輪はとれる様になってるの」
「そうなのか……と言うか、そんな事よく知ってるな……」
「うん、いっぱい調べたからね、この世界の一般常識は大体分かるよ♪」
少し得意気な可愛い表情をした椿姫の頭を優しく撫でる。
それにより、動揺していた心が落ち着いてくる。
そして、口元を弛めた椿姫を撫で回しながら、助けた少女を眺める。
白い髪は薄汚れて光沢もない、着ている服もぼろぼろで服とは言えない状態だ。
傷や痣だらけだった肌はヒルティの回復魔法によって痣は引いてきているが、少し古い傷は残ったままだ。
ヒルティの話によると、ある程度時間が経つと回復魔法では傷痕は消せないとの事だ。この少女の傷痕も、俺の身体に付いている傷痕のようにもう消えないらしい。
椿姫が少女の右頬に残る一際大きな傷痕──切り傷痕をそっとなぞる。
切られた後、まともな治療をされなかったのだろう、瘡蓋を何度も剥がした様な歪な傷痕になっている。
「女の子の顔にこんな大きな傷痕……可哀想……」
この少女は若くして一生この傷痕が残ったまま生きていかねばならない……その事に少女のこれからの人生を憂いてしまう。
と、そこでヒルティの魔力が尽き、回復魔法が途絶える。
「ごめんなの、限界なの……」
「いや、もうかなり回復してるから大丈夫だ、ありがとな」
そう言って俺は、今にも寝てしまいそうな表情をしたヒルティの頭を撫でる。
撫でられたヒルティは嬉しそうに微笑み、ゆっくりと目を瞑り小さく寝息をたてる。
「良かったの、それじゃお休み、なの…………すぅすぅ……」
倒れそうになったヒルティを支え、その小さな身体を抱える。
と、そこで見張り兼犯人の逃亡防止の為、外に居たエドワードから声が掛かる。
「お? 終わったみてえだな……ふむ、これは馬車と後処理部隊を呼んだ方が良いな。来るまで暫くここで待ってろ」
そう言ってエドワードは懐から黒い長方形の箱を取り出し、その箱に指を当て操作し始める。何らかの操作を終え、また懐にその黒い箱をしまいこむ。
「今のは?」
「ん? ああ、これはな【魔導発信器】って言ってな、簡易式の連絡用の魔導具だ。この魔導具に入力した情報を事前に登録した親機に送る事が出来る」
「それ作ったのはもしかして……」
「ああ、これも異世界人が製作に絡んでるな、こいつの上位互換で離れた相手と話す事が出来る魔導具もあるな」
中世っぽい世界なのに、所々で現代的な部分があるこの世界に歪さを感じる。
転移してきた日本人が頑張った結果なんだろうが……と、そこで俺の思考はエドワードによって遮られる。
「この嬢ちゃんがそうなのか?」
「ん? ああ、間違い無い」
「傷痕が酷いな……大丈夫なのか?」
「かなり危なかったがヒルティのお陰で回復した。只、飢餓状態は残ってるから何か食べさせる必要はあるが」
「そうか、城に戻ったら用意させる」
「あ、エドワードさん、飢餓状態の場合は普通の食事を大量に与えると死に至る可能性があるので、流動食を多すぎない程度に用意してね。食事毎に徐々に量を増やしていく形で」
「ん? ああ、そう言えば餓死寸前の奴が満腹まで飯を食った時、死んじまったと聞いた事があるな……分かった注意させよう」
「満腹で死ぬ事があるんだな……」
「うん、簡単に言うと代謝機能がおかしくなって死んじゃうの。本人が求めても食べさせない様にね、本当に危険だから」
日本で普通に暮らしている分には飢餓状態にはならないからな……それにしても相変わらず椿姫の知識量は小学生とは思えない程に凄まじいな……。
話の区切りが良いところで念のため、もう一度少女の状態を確認するか。
名前 サマーリ 種族 人間族 女 15才
称号:元伯爵令嬢 努力家 兄を失いし者
技能:領地経営 人材指揮
加護:無し
状態:身体衰弱(弱) 精神衰弱(中) 飢餓(強) 脱水症状(弱) 身体外傷(軽傷) 睡眠
準位 1
生命力 19/21
精神力 18/34
男を殺す前に見た状態からほぼ変わっていない。空腹以外はとりあえずは大丈夫そうだ。先程はゆっくりと見れなかったが、他の項目も確認してみる。
そしていくつか気になるところを見つける。
「この子……元伯爵令嬢らしいぞ」
「何で分かる……って、もしかして鑑定技能持ちか?」
「……ああ、俺は生物だけだけどな」
少し迷ったが、エドワードの反応からして、鑑定に関しては言っても問題無さそうだったので、正直に告げる。
「そうか、まあ鑑定はそれほど珍しい訳じゃ無いからな。それよりも元伯爵令嬢か……そう言えば一年前にとり潰された伯爵家があったな」
「エドワード、知ってるのか?」
「面識は無いがな。確か冤罪で捕まったが過去の功績で命だけは赦され、爵位と財産の全てを没収された伯爵家があった筈だ」
「冤罪だと……あの王ならやりかねない、か……」
「酷い……もしかしてそれで奴隷に?」
「いや、平民に落とされはしたが、奴隷では無かった筈だ……この状況を見る限りではある程度の推測は出来るが……」
その推測を口にしたく無いのか、エドワードは口ごもる。
その先は俺でも推測は出来る……他の家族の姿は無い。そして少女──サマーリの状態からして……サマーリの家族は奴隷にされ売られたか、若しくは──殺されたか……。【兄を失いし者】の称号からすると、恐らく後者だろう。
どちらにしても、この少女にとっては悪夢でしかないな……。
それにしてもこの【鑑定】という技能は、敵対者以外には無闇には使わない方が良いかもしれない。称号によっては本人が知られたくない事も知る事が出来てしまう。
今回は使わざるを得なかったが、これからは注意して使った方が良いだろう。




