第一話 常識
お待たせしました、第二章開始です!
──????──
「はぁっ……はぁっ……」
暗く深い森の中、黒い外套を着た一人の人間が息を切らせて走っていた。
150㎝位と小柄な身長と骨格からみて、恐らく少女だと思われる。
「叔父様……メイナ……ごめんなさいっ……」
その悔いる様な声は、ここに誰かが居れば思わず聞き惚れそうな声音をしていた。
その声の持ち主の目からは涙が溢れ、後方へと流れていく。
笑えば誰もが魅了されるであろう整った顔をした少女は、溢れる涙を拭いもせず、必死に走り続ける。
時折、後ろを振り返っては後方を確認しているその姿は、何かに追われ逃げている様に見えた。
「あっ!!」
何かに足を取られ勢い良く転んでしまい、その拍子に被っていた外套が捲れて金色の髪が露になる。
手入れをしていれば美しいであろうその金色の髪は、見る影も無くボサボサになっており所々土で汚れていた。
何とか立とうとするが、足に力が入らず上手く立つ事が出来ない。
「くぅっ……こんな、所でっ……! はぁ、はぁ……倒れる訳にはっ……!」
少女は側にあった木を支えにし強引に立ち上がると、外套を被り直し、激しく脈打つ心臓がある左胸を押さえながらまた走り始める。
「っ……! この位の痛みでっ……!」
転んだ痛みと酷使され疲労が蓄積された足を、強引に動かし前へと進む。
体力的にも、足の疲労的にも既に限界を越えている。普通ならもう動けないだろう。
だがそれでも、もう少しで森を抜けられる、と自分を叱咤しながら少女は森の中を駆けて行く。
「メイナ……必ず……助けてみせます……! だから、それまでどうか……無事でいて……!」
◆◇◆◇◆
次の日の朝、目が覚めた俺は部屋に設置されている椅子に座り、テーブルを間に挟んで椅子に座っている椿姫から、この世界における常識や状況等の説明を受けていた。
因みに、ヒルティはまだベッドで眠っている。
まず、この世界の暦は1年が12ヵ月で、1月が30日の計360日、1日の時間は地球と同じ24時間という事。
四季はあるが地域によって違いがあり、今俺達が居る地域は1年を通して寒暖差が少ないとの事だった。
そしてこの世界には三つの大陸──まずヒルティが住んでいた精霊魔法を得意とする妖精族と、高度な鍛治技術を持つ小人族が住むエルドラン大陸。
人間よりも全般的に能力が、特に魔力が高い魔人族が住むアークヒルズ大陸。
世界全体の総人口の多数を占める人間族と、魔力は低いが人間よりも身体能力の優れた獣人族が住むケスィラ大陸が存在する。俺達が居るのがこの大陸だ。
基本的に各種族は他の大陸に行く事は余り無く、各種族の交流も盛んでは無い。
唯一例外は、この国──アギオセリス王国のみが、昔のとある出来事から妖精族の国との交流がある位との事だ。
人間と同じ大陸に住む獣人は、大陸の一部地域に国を形成し、人間とは余り関わっていない。大昔に人間族と獣人族とで争いがあり、その結果獣人族は敗北しその数を大きく減らした上に、人間族に支配され虐げられたらしい。その状況を憂いた一部の獣人が決起し、ある場所に国を造り上げ独立を果たした。時折人間の国で見かける獣人は殆どが冒険者、若しくは捕らえられて奴隷にされた者のどちらからしい。
他にも少数の種族もいるらしいが、今は必要の無い情報なので説明は省かれた。
人間の間で使用されているお金の単位は『圓』になっており、その事に驚き詳しく聞くと、どうやら昔は単位が無く、金、銀、銅等の硬貨の枚数のみだったが、昔現れた異世界人──恐らく日本人──が不便だと言って制定したとの事だ。
更にはカード一枚で売買出来るシステムまで構築されているそうだ。
カードについては、実際に買い物をする時に説明した方が早いとの事になった。
成人の区分けは少し特殊で12才で第一成人、15才で第二成人となっており、第一成人は王族や貴族の女性、第二成人はそれ以外の者と分かれている。
理由としては、この世界は初めに男の子が生まれた後、二人目以降は女の子の出産率が非常に高く、しかも兄妹神の教義により兄妹婚が推奨されている為、兄妹間での結婚率が高い。だが、兄が成人しても妹はまだ成人していないので直ぐには結婚出来ない。
特に王族、貴族は血を残すのも一つの仕事なので兄が成人したと同時に、妹と結婚出来るようにする為、このような区切りになっているそうだ。
それに加え、未成年の女性が妊娠するのは忌避され、侮蔑の対象となるのも理由の一つらしい。
更には兄一人に妹が複数の兄妹も存在するので、複数婚も普通に認められている。
妹以外と結婚する場合でも、わざわざ一度義妹にして、結婚する事が一般的らしい。
そんな結婚に関しての話をしている間、何故か椿姫はずっと興奮している状態だった……。狙われているのをひしひしと感じる……。
「それと、日本人と関係が深そうな国なんだけど──」
その一つがジパング皇国。
大陸中央西部に位置し、この国は約500年前に現れた初めて(記録上)の異世界人──日本人が建国し、今はその末裔が国を治めているとの事だ。
転移してきた多くの日本人が名前に惹かれて訪れた為に、異世界の技術や文化が一番多く伝わっているのがこの国らしい。
二つ目が兄妹神教国。
アギオセリス王国南部の東、アンスロポス王国の南に位置し、唯一人為的に異世界人や勇者を召喚する技術を保有している。
代々、兄妹神の巫女が統治し、その兄が大司教として補佐を務めている。
約500年前に兄妹神より神託を受けた巫女がそれに従い、勇者や異世界人の召喚が初めて行われたとの事だ。
ジパング皇国の初代国王も、当時の巫女が召喚したと言われている。
その歴史は古く約1,000年前から存在する最古の国らしい。
最後にアデルフィア神国。
大陸南西部に位置していた、今は存在しない国だ。
ジパング皇国と同じぐらい古い国だったが、約18年前に邪神が復活した際に滅ぼされてしまっている。
勇者の末裔の国、そして邪神封印の一族とも言われていた為だと言われている。
その邪神も、当時のアデルフィア神国の王とその家族がその命と引き換えに封印したとされている。
国が滅ぼされた地にて邪神が封印された為、現在は封印の地と呼ばれる様になった。
現在のアデルフィア神国があった地は、都市毎に統治された統一国家の無い、都市国家群となっている。
「地球──日本人と関係がありそうな国は以上かな、次は今回の戦争に関連した国だけど──」
まずはこの都市を占領下に置いた、アギオセリス王国。
アギオセリス王国は大陸最北西に位置するトゥレラ王国の南に位置している。
建国50年程の若い国ではあるが、国土の大半は平野部で温暖な地域の為、大陸有数の農業大国と言われている。
王族も優秀で人格者が多く、多くの国民に支持されている。
外交に関しても、アンスロポス王国とディモクラティア連合共和国との三国同盟を、そして妖精族の国とも友好条約を結んでいる。
アギオセリス王国は今回の戦争で、トゥレラ王国の三分の一を統治下に収めた。
現在は、余りに治安の悪い状態の各街や村を立て直す為に兵を割いており、トゥレラ王国をこれ以上追撃する余裕は無い状態らしい。
そのアギオセリス王国と同盟を結んでいるアンスロポス王国。
建国100年程の国で、エマナスタ帝国西部の南、アギオセリス王国北部の東に位置している。
その国土の大半が山岳地帯だが馬の産地であり、何より日本人との共同開発で産み出されたらしい魔銃と呼ばれる武器の原料となる鉄と、火薬の原料となる硝酸や硫黄等も豊富に産出される。
魔銃の保有数は大国を押し退け、大陸一と言っても過言ではない。
豊富な魔銃の数と優秀な騎馬を使い、エマナスタ帝国の強大な軍事力での侵攻を押し留めている。
アギオセリス王国の初代国王と、アンスロポス王国の当時の国王が親友であった為、アギオセリス王国建国と同時に恒久同盟を結んでる。
アギオセリス王国と同じく今回の戦争でトゥレラ王国の三分の一を収め、同じく治安回復に四苦八苦しているらしい。
前述の二国と同盟を結んでいる、ディモクラティア連合共和国。
エマナスタ帝国東部の南、アンスロポス王国の東に位置している。
急激に強大になったエマナスタ帝国に対抗する為、とある国を中心に周辺国と合併し、連合共和国を造り上げた。
一定周期で合併前の各王族から一人ずつ選出し、国民投票にて代表者を決め、その代表者を中心に合議制にて国を治めている。
各王族同士も仲が良く、それぞれが婚姻関係も結んでいる為、その絆はかなり固い。
国土としては特別優れている点は無いが、魔法技術が突出しており、魔法開発に置いては大陸一と言われている。
今回の戦争では戦略級の魔法開発と、エマナスタ帝国の介入を防ぐ役目を負い、見事に成功させている。
同盟と言うよりは、従属に近い状態でトゥレラ王国を従えているエマナスタ帝国。
大陸北東部に位置し、前述の三国を合わせた程の領土を誇る。
10年程前に帝国へと変遷し、近隣諸国を瞬く間に武力によって吸収、現在の様な軍事国家へと成長していった。
アンスロポス王国程では無いが魔銃も所有し、資源もそれなりに豊富な為、大陸北部最大の国家となっている。
今回の戦争では魔銃をトゥレラ王国に貸出し、帝国自体はアンスロポス王国に牽制を掛ける算段だったが、アンスロポス王国の一部とディモクラティア連合共和国の連合軍に逆に牽制を掛けられてしまった。
戦争終結後は静観に徹した。今回の戦争で領土が隣接しなくなった事もあるが、現在はトゥレラに対して支援を行っている様子も見受けられないとの事だ。
そして今回の戦争の発端となったトゥレラ王国。
建国150年程で大陸北西部に位置している。
特別突出した所は無いが、アギオセリス王国と同じく農業が盛んで、豊かな地域ではある。
先王は凡庸ではあったが、優しい王だった。しかし代替わりした今の王は暴君その者で、王座に就いた途端に税金を二倍に引き上げ、吸い上げた税金で軍備増強を行った。
税金を払えない者は奴隷に落とし、男性は無給の強制労働や軍隊に就かせ、女性は性奴隷として国王派の貴族や豪商等に売り払った。
更には貴族達も国王に習い、国民から搾取を行うようになる。
政策に従わない貴族は粛清し、自分の弟である公爵さえも亡き者にしようとするが、公爵に可愛がられていた第一王女がそれを察知し、公爵にその事を伝えに出奔したと言われている。現在はその公爵と共に行方不明らしい。
その事が切っ掛けで王弟派は更に勢力を弱め、国王派はやりたい放題やっていると言う。そんな国の治安がいい筈もなく、街には冒険者と言う名の盗賊が蔓延っているとの事だ。
そこまで聞いた俺は、馬車で連れていかれる際に見た、惨状を思い出す。
確かに酷い有り様だった。暴力や略奪が横行している街……そして、人を人と思わぬ扱いをされていた、鎖に繋がれた死んだ目をした少女を思い出す。
あれから彼女はどうなったのだろうか?
あの時の彼女を助けたいと言う、思いが再燃する。
情報収集に長けている椿姫なら知っているだろうか?
「なあ、椿姫。この街で理不尽な扱いをされていた人達は、その後どうなっているか、知ってるか?」
「うん、知ってるよ。アギオセリス王国の人達が、無理矢理奴隷にされたり拐われた人達を保護して専用の施設に集めてるらしいけど、想定した人数よりもかなり少ないらしいよ。家の中まではなかなか調べられないから難航してるみたい」
「そうか……」
あの少女が保護された人達の中に居るか確認する必要はあるが、今聞いた状況では保護されていない可能性の方が高いだろう……。
何も手掛かりが無い状態で一人の人間を、しかも監禁されている可能性もあるのに一人で探し出すなど不可能に近い。
俺はどうすれば少女を救えるかを考える事にしたのだった。




