第十七話 王子
「初めまして、異世界の方達」
エドワードの連れてきた男の言葉に、俺の身体に緊張が走る。
俺の身体に抱き付いている椿姫の身体にも力が入るのを感じ取れる。
俺はなるべく表情を顔に出さないように、声を絞り出す。
「……何の事でしょうか?」
「ふふ、誤魔化さなくても良いよ、君達の顔……いや、髪と目の色を見た時点で確信してるからね」
「髪と目の色?」
「うん、異世界人は皆、黒髪黒目なんだ……例外無くね。そして異世界人達がこちらの世界の人間と子供を成してもその子供は黒髪黒目にはならない……。どっちかはあるけどね」
男の言葉に俺はどう答えるか迷う、もしかしたら、カマを掛けている可能性もあるので、迂闊な返答は出来ない。
俺はヒルティに小声で問い掛ける。
「ヒルティ、そうなのか?」
「ん、勇者様は黒髪黒目と聞いた事は有るの。でもその子供迄は知らないの」
どう答えたものか……と、俺が考えていると椿姫がベッドから降り、真剣な表情で言葉を発する。
「私達がもしその異世界人だとしたら、どうするつもり何ですか?」
「……ああ、トゥレラ王に異世界人として捕まり拷問されたのだったね……私は勿論国としてもそんな事をそんな非道をするつもりは無いよ。おっと、自己紹介がまだだったね、私はレオン・オブ・アギオセリス、アギオセリス王国第二王子だよ」
「王子様……ですか。……あの、申し訳ありませんが私達の事を話す前に、私達が何者でも危害を与えないと証明出来ますか?」
「用心深い事だね……まあ、あんな目にあった後だし、しょうがないかな。わかったよ……エドワード、魔導契約書を」
「はい、こちらに」
レオン王子に指示されたエドワードは懐より、丸められた紙を取りだしレオン王子へと渡した。
「魔導契約書?」
「ああ、これに契約内容を記し、お互いの魔力を流すと、違反した行動が取れなくなんだよ」
「そんな物が……というか準備がいいですね」
「君達の事を聞いた時にこうなるかもしれないと思っていたからね。さてそれじゃ契約しようか……内容は……『アギオセリス王国王族に不当な危害を加えない限り、契約者とその関係者は、被契約者とその関係者に直接及び間接的に危害を与えない事を誓う』……これで良いかい?」
「…………はい、問題ないです」
悪戯好きそうな表情を引っ込め、真剣な顔でレオン王子は契約書に契約内容を記していく。そして俺とレオン王子がお互いに紙に触れ、契約は完了した。
契約書は俺達が持っておく様にと渡される。
「ありがとうございます……お兄ちゃん」
「ああ、分かった……俺達はあなたが言っていた通り、異世界から来た者です」
俺は椿姫の言葉に頷き、自分達の出身を明かす。
「やっぱり、そうか……それで君達の事を聞きたいんだけど、質問に答えてくれるかな」
「……答えられる範囲でなら良いですよ」
レオン王子の問い掛けに椿姫が少し考えて返答する。
「それで構わないよ、まずは君達の名前なんだけど」
「俺は一刀、そしてこっちは妹の──」
「お兄ちゃんの妹の椿姫です」
「一刀君に椿姫ちゃんね、ところでそっちの子は? 彼女も牢屋に入れられてたって話は聞いたけど、その子妖精族……だよね? 妖精族が人間の大陸に居るのはほぼあり得ないんだよ。うちの国と妖精族の国は友好的な関係ではあるけれど、彼女の扱い次第では下手をすると妖精族と人間の関係が険悪になる可能性もあるんだ。必要であれば妖精族の国に帰さなければいけない」
そう言ってレオン王子は、未だに俺に抱き付いているヒルティを見てくる。
さて、どう説明したものか……人間の国での半妖精の立場は分からないが、何となく言わない方が良い気がする……しかしそれを説明しないとなると……。
「ヒルティは、にーにの妹なの!」
「……そうだね、ヒルティちゃんは私とお兄ちゃんの妹です」
「え? でも、その子は異世界人じゃ無いよね?」
そこで俺は彼女達の真意に気付く、この国で半妖精の扱いが分からない以上、ヒルティが人間の大陸に居る理由──半妖精だとは言わない方が良いだろう。
それにレオン王子には答えられる範囲で、と言質を取っているので言う必要も無い。
ヒルティの話では、人間には妖精と半妖精の区別は出来ないらしいからばれる事は無いとの事だった。
だが、このままでは妖精族として妖精族の国に返されてしまうかもしれない。
しかし、ヒルティは半妖精なので妖精族の国を追放されている。なので、戻る事は出来ない……なら、それ以外で戻らなくて良い理由を作ってしまおうと、言う事だ……大分無理はあるが。
「そうだな、ヒルティは妖精族以前に俺達の妹だ。妹を手放す兄なんて居ない、でしょう?」
「あー、成る程、兄妹神様を国教としてる国には良い手だね……。わかったよ、彼女は君達の妹であり、家族の一員である……で良いね。……まあ、元々不当な扱いをしていなければ問題は無いんだ。家族として、特に妹として扱うならその心配もほぼ無いからね」
これは……こっちの考えもばれてるな……。まあ、向こうもその上で乗ってきているから、問題無いだろう。
それにしても妹扱いだと問題にはならないんだな……。この世界での兄妹神の威光はそこまで凄いのか? そういえばヒルティも一番って言ってたな……。
「さて、自己紹介も済んだし、そろそろ本題に入るけど良いかな?」
「はい、どうぞ」
俺がそう告げると、誓いを立てた時と同じ表情を俺達に向ける。
その表情からして、これからされる質問はかなり重要な事なのだろう。
「単刀直入に聞く……君達は……勇者なのかい?」
レオン王子の口から出たのは、ヒルティにも聞かれた勇者という者に関してだった。
勇者が現れたという事は世界が滅びる前兆とも言える、確かに確認しなければならない事だろう。
「俺は……俺達は勇者ではありません」
俺は静かに、だが力強く声を発する。
その俺の声に嘘を吐いていないと理解したのだろう、ゆっくりと息を吐き元の悪戯好きな笑顔に戻る。
「ありがとう、ちゃんと答えてくれて、因みに能力を確認した上でだよね」
「はい、俺達の称号には勇者という文字はありませんでした」
「そっか、良かったよ……その表情を見るに勇者が現れる意味は知ってるんだね」
「ええ、ヒルティに教えて貰いました」
「ああ、なる程、妖精族は勇者を崇拝してるからね。大昔に勇者が種族滅亡の危機を救ったと聞いているから、その信仰度は兄妹神と並び立つ位らしいよ」
なる程そんな歴史的背景が有るのか、だからヒルティは勇者を様付けしてるんだな。
「さて、私からは以上だけど、君達から何か聞きたい事はあるかい?」
「そうですね……」
「あの!」
俺が何を聞こうか悩んでいると椿姫がいきなり大きな声を発する。
いきなりどうしたのかと思い、椿姫の方へ視線を動かす。
椿姫の顔は誰が見ても分かるくらい強ばっていた。
「なんだい?」
「……このお城に居た、国王はどうなりましたか?」
椿姫の質問にレオン王子は苦虫を潰したかの様な表情をする。
「トゥレラ王国の国王ルドルフ・フォン・トゥレラは……私達が来た時には既に王都から落ち延びた後だった」
「…………っ!」
レオン王子の返答に今度は椿姫が苦虫を潰した表情をする。
「そう、ですか……」
「俺がアギオセリス軍を招き入れる為に地下牢から上がった時には、既に近衛騎士団共々城内には居なかった」
「現在、アギオセリス王国と同盟国のアンスロポス王国にて、トゥレラ王国の半数以上の都市の占領を完了しているけど、見つかっては居ない……恐らく第一王子の居城に落ち延びたのだと思う」
あの王はまだ捕まっていなかったのか……その事実に身体に付けられた傷が疼き、、脂汗が滲み、心穏やかでいられなくなる。
「くっ! うぅっ!」
「にーに!? 落ち着いてなの!?」
「お兄ちゃん!? 大丈夫!?」
俺の異常な様子に気が付いたヒルティが抱き付いている姿勢のままで俺の手を握り、椿姫も空いている方の手を握ってくる。
手から伝わってくる二人の暖かさに、心が徐々に落ち着いてくる。
ゆっくりと呼吸を整え、二人に笑顔を向ける。
「ありがとな二人共、もう大丈夫だ……」
「お兄ちゃん、ごめんなさい、思い出させちゃって……」
「にーに? ほんとに大丈夫なの? 無理しないでなの」
「ごめんな心配させて……もう落ち着いた」
「すまないね、体調がまだ良くないのに無理をさせてしまったみたいだ。まだ聞きたい事も有るのだろうけど、今日はこのくらいにしておこう。急ぐ内容では無いのだろう?」
「そうですね、私達はこの世界の事を何も知りません。後でこの世界の事や常識、それと現在の情勢等を教えてもらえれば……」
「わかったよ、その辺りはエドワードに聞いた方が良いね。落ち着いたら、エドワードに説明させるよ。あ、それと後お腹が空いてるだろうから後で食事を持ってこさせるよ、じゃあまたね」
そう言い残し、レオン王子は部屋を出ていく。
そこで俺は一つ聞き忘れが有る事を思い出し、エドワードが出ていく前に声を掛ける。
「エドワード、一つだけ先に確認してもらいたい事があるんだが」
「ん、なんだ?」
「実はヒルティの事なんだが、封印珠とやらで精霊魔法を封印されてるんだ。ここで封印されたらしいからこの城に無いか探して欲しい」
「封印珠か……分かった、この城に残っていた者達に声を掛け当たってみよう。もしかしたら持ち出されてる可能性もあるが……」
「もし持ち出されてるなら、その経路も分かったら教えて欲しい」
「魔法の封印は本人にとっちゃ一生の問題だからな……その見返りといっちゃあなんだが、頼み事をするかも知れん、そん時は頼むな」
「分かった、俺で可能な範囲で有ればな」
俺の返答を聞いたエドワードは、満足そうな笑みを浮かべ、部屋を出ていった。
そこでヒルティが不安そうな声で、小さく呟く。
「にーに……封印珠見つかるかな……妖精族にとって精霊は友達とか家族みたいな存在なの、だから……もう会えなくなるのは辛いの……」
「ヒルティ……」
「ヒルティちゃん……」
ここで大丈夫、きっと見つかる、と言うのは簡単だ。だがそれを実行出来る実力が無ければ、その言葉には何の力も無い。
この世は理不尽に溢れており、力が無い者には容赦なく牙を剥いてくる。俺はそれを過去の経験から知っている。
そして、この異世界に来てからは、それを殊更否応なしに感じた。
抵抗すら出来ない状況に陥り、圧倒的な力で捩じ伏せられ、どうする事も出来無かった、今こうして無事なのは只運が良かっただけだ。
「お兄ちゃんもヒルティちゃんも今は休もう? 心身共に疲れてる状態じゃ録な事を考えないよ」
「そう……だな、今はそれが最善、か」
ベッドから出ていた椿姫が再びベッドの中に入って来て、寄り添ってくる。
ずっと抱き付いてるヒルティと、寄り添って来た椿姫の暖かさに安心感を覚え、目蓋がゆっくりと落ちてくる。
「済まん、少し、寝る……」
「うん、お休み、お兄ちゃん」
「にーに、お休みなの」
二人の妹の温もりを感じながら、穏やかな眠りに身を任せた……。




