第十三話 治癒
主人公サイドに戻りました。
───に───のやわらかさをかんじる。
目のまえのベッドによこたわる、おさない少女がはかなくわらい、そっとぼくにむけていった。
「生まれかわったら、また────のそばに────」
そういった少女の目が、ゆっくりととじられる。
「──────っ!」
いやだ! いやだ! いかないで!
ぼくがこえにならない、さけびごえをあげたしゅんかん、俺は身体を起こし手の中にある温かいものを握り締める。
俺は勢いよく身を起こし、何かを掴むかの様に左手を宙に延ばしていた。
そこで今のが夢だったのだと気付く。
「あの時の夢、か……久々に見たな……」
今見ていた夢の光景に胸が締め付けられる。
ふと我に返り辺りを見回すと、見覚えがない豪華な内装をした部屋が視界に入る。
どうやら、俺はその一角に置かれている数人は余裕で寝れそうなサイズのベッドの上に寝ていたようだ。
「ここは──ぐっ!?」
俺は身体中に走る痛みに、顔をしかめ俯き、その痛みに目を覚ます前の事を思い出す。
俺は確か拷問を受け──っ!!
不味いと思った時にはもう遅かった。
何時もなら堪えられた。だが、今回は堪えれそうにない。
気が狂いそうになる程の拷問と、椿姫を助ける為とはいえ、人を殺した事により擦り減らされた心が、過去の夢を見た事により思い出してしまった大きな喪失感により蝕まれて、黒く塗り潰されていく。
「あ、ああっ!? うあぁっ!!」
「おにい、ちゃん……?」
頭を抱えながら、大きく左右に首を振り続ける、誰かの声が聞こえた気がしたが答える余裕は無い。
心が徐々に黒い負の感情に流されて行くのを感じるが全く抵抗できない。
「ああああぁっっ!!!!」
「お兄ちゃん!!」
誰かが俺の身体に抱き付いて来た感触がし、その暖かさに侵食される速度は落ちたが、未だ負の感情が俺の心を塗り潰そうとしてくる。
と、そこで柔らかくて暖かい何かが、身体の何処かに触れてきたのが分かった。
それを感じた瞬間、黒い何かが萎んで行き、心が急速に落ち着いていく。
「はぁ……はぁ…………つ、ばき?」
「落ち着いた? お兄ちゃん?」
気を取り直した俺の目の前には、触れあいそうな位顔を近づけた椿姫が居た。
その目は真っ赤になっており、涙がぼろぼろと溢れていた。
それを見た俺は椿姫に救って貰った事に気付き、椿姫の頭そっと胸に抱き寄せた。
「済まない、心配かけた……もう少しで俺は……」
「お兄ちゃん、お兄ちゃん! 良かった、良かったよぉ……」
俺の胸に頭を抱かれた椿姫が握っていた手を離し、両手を背中に回しぎゅっと抱き付いてくる。
俺も空いた右手を椿姫の背中に回し、抱き返す。
暫く、その状態が続いたが、椿姫が俺の胸から頭を離し心配そうに見上げてくる。
「お兄ちゃん、もう大丈夫?」
「ああ、椿姫のお陰で助かった……もう問題無い」
「そっか、良かった……あ、身体の方はどう?」
「……正直まだ痛みはあるが、動かせない程では無いな……」
どうしてなのかは分からないが、俺の身体はあの時死にかけだった状態なのが、信じられない位に痛みが引いていた。
確かにまだ痛みはあるが耐えられない程ではない、自由に動かせるかはまだ分からないが、少なくとも死ぬ事は無いだろう。
見えている腕には拷問をされた形跡である傷痕が残ってはいるが、傷自体は塞がっているので包帯も巻かれていない。
確か、あの時の受けた傷は魔法により血こそ止まっていたが、傷自体は塞がっていなかった筈だ。それなのに痕は残ってはいるが傷は塞がっている。
それに俺は違和感を感じた。それに何故こんな豪華な部屋に寝かされているのかも気になる。
「なぁ椿姫、あれからどうなったんだ?」
「うん、今から話すね。でもお兄ちゃんはまだ怪我人だから、横になって聞いてね」
そう言って椿姫は俺の身体をそっとベッドに寝かせる。
俺はそれに逆らわず、柔らかい布団の上に身を横たえる。
その時に見えた椿姫の服装は、この世界に来た時に着ていたワンピースではなく、テレビでたまたま見たメイドと言われる、女性が着ていた服と似た服を着ていた。
フリルが所々で使われていて、スカートが膝丈程のメイド服は、椿姫にはとても良く似合っている。
「椿姫、その服は?」
「この世界に来た時に着ていた服は駄目になっちゃったからね。女性用の代わりの服がこれしか無かったの。……似合う、かな?」
スカートを膨らませながら一回転した後、スカートの端をちょこんと摘まんで僅かに持ち上げ、はにかみながらこちらの反応を伺う椿姫の姿は、かなり可愛かった。
「ああ、凄く可愛いぞ」
「えへへ、良かった~♪」
褒められて喜ぶ椿姫も凄く可愛らしい。
そんな可愛らしい姿をした椿姫に、俺の右手はしっかりと握り締められ、それに俺は安堵を感じながら椿姫の話に耳を傾けた。
◆◇◆◇◆
──椿姫視点──
「あ……もう、げんか、いの……よう、だ……すまな、い……」
「おにぃ、ちゃん……?」
お兄ちゃんがそう言った直後、私を抱き締めたまま後方へと倒れてしまった。
「お兄ちゃんっ!? やだ! しっかりして! 死んじゃ、ダメぇ!!」
お兄ちゃんのその様子に声を張り上げて呼び掛けるが、お兄ちゃんは全く反応しない。私の心が今日何度目かになる絶望に支配される。
「お、にいちゃん……あ、あああっ……!」
私はお兄ちゃんの胸にすがり付き、泣き叫ぶ。と、そこで荒々しい足音がきこえ、私達の居る牢屋の前で止まった。
「こ、こいつは一体……」
「これは……」
聞こえてきた声に私が顔を上げ、声の主の顔を確認する。
牢屋の中の様子に愕然とした顔のエドワードさんとその後ろに、エドワードさんと入れ代わりで牢屋番をしていた兵士が立っていた。
「エ、エドワードさん! お兄ちゃんを……お兄ちゃんをたすけてぇっ!」
「──っ!? 見せてみろ!」
私の助けを求める声にハッとしたエドワードさんが、牢屋の中に入りお兄ちゃんの容態を確認し始める。
「……こいつは……おい! 回復薬を持ってこい!」
「え、いや、しかし……」
「いいから、早くしろ!」
「は、はい!」
エドワードさんの命令に戸惑っていった兵士だが、エドワードさんの怒声により慌てて走り出していった。
私は恐る恐るエドワードさんに声を掛ける。
「お、お兄ちゃんは……どう、なんですか?」
「……正直かなりまずいな……恐らくこの状態じゃ生命力がほとんど残っていないだろう……回復薬を使っても一時しのぎしかならない可能性がある……。回復魔法を掛け、生命力自体を回復できれば良いんだが、今は戦争で魔導師が出払ってやがる……」
「そ、そんな……それじゃお兄ちゃんは……」
それ以上先は言えなかった、言いたくなかった、言ってしまえばそれが確定してしまうと思ったから──
と、そこで私達以外の声が聞こえてくる。
「にーに、どうして倒れてる、の? 怪我してる、の?」
その声の主は少し前に錯乱し、お兄ちゃんが抱き締めて心を静めた後、穏やかに眠っていた緑色の髪の少女だった。
潤んでいる緑色の瞳でこちらを──お兄ちゃんをじっと見つめている。
エドワードさんが少女に簡単に説明を行うと、少女がこちらに身を乗り出す。
「簡単な回復魔法なら、使えるの! ここを開けてなのっ!」
「ほ、本当!? お兄ちゃんを助けられるの!?」
少女の言葉に私の心に希望が芽生える。
「ヒルティがにーにを助けるの! 早くしないと間に合わなくなるの!」
「エドワードさん!」
「わかった! すぐ開ける!」
牢屋が開けられるが、自分の事をヒルティと言っていた少女は足に力が入らないのか、おぼつかない足取りで歩き出す。
「お、おい、大丈夫か?」
「ごめんなの……運んで欲しいの」
少女の言葉にエドワードさんがヒルティちゃんを抱え、お兄ちゃんの側に連れてくる。
エドワードさんの手によりお兄ちゃんの側に降ろされた少女は、静かにお兄ちゃんへ手をかざす。
「それじゃ、行くの──【生命治癒】」
少女が魔法を発動させる為の言葉を紡ぎ終えると同時に、お兄ちゃんの身体を暖かな優しい橙色の光が包み込む。
「これが……魔法……!」
その神秘的な光景に目を見開く。
徐々に腫れ上がっていたお兄ちゃんの顔が少しずつ元に戻り、塞がっていない筈なのに、何故か血が出て来ない傷も塞がっていく。
傷痕も綺麗に消せるのかと思ったその時、傷痕がまだ残った状態で橙色の光が消失する。
「ごめん、なの、ヒルティの今の精神力じゃこれが限界、なの」
「いや、ここまで回復すれば少なくとも死ぬことはねぇ。嬢ちゃん良くやった」
「ほ、本当!? お兄ちゃん、助かったのっ!?」
「ん、大丈夫なの。でも傷痕迄は消せなかったの……」
傷痕が残ってしまう事に私は悲しくなるが、それでもお兄ちゃんが生きていてくれる事に喜びの涙が溢れてくる。
「良かった、良かったよぉ……ありがとう、ヒルティちゃんだっけ? お兄ちゃんを助けてくれて……」
「ヒルティもにーにを、助けたかったの。だから、気にしないでなの……でもそろそろ……起きてるの限界、なの………………」
ヒルティちゃんはそう言って、お兄ちゃんの胸に顔を埋めて気を失う。
「彼女は大丈夫ですか?」
「精神力の使い過ぎで眠っただけだ。一晩立てば目を覚ますだろう」
「そっか、良かった…………うぅっ!」
エドワードさんの言葉にホッと一息付くが、落ち着いた私はようやく周りの惨状を思い出し、吐き気が催してくる。
「と、いつまでもこんな場所に居るわけもいかんな、場所を移すぞ」
「うっ……お願い、します……」
お兄ちゃんをエドワードさんが抱え、ヒルティちゃんは戻ってきた兵士の人が抱え牢屋から連れ出される。
そして私も催す吐き気を何とか堪えながら、血塗れの牢屋を後にした。
◆◆◆◆◆
牢屋の詰め所にあるベッドにお兄ちゃんとヒルティちゃんを寝かせ、エドワードさんに貰った布で、血塗れになっていた私やお兄ちゃんの身体から血痕を拭きとる。
ある程度拭き終わると、エドワードさんが立ち上がる。
「そろそろですか?」
「ああ、アギオセリス軍を迎え入れに行ってくる」
エドワードさんはアギオセリス軍に呼応している兵士達と共に、内部から城門を開け放つとの事だった。
先程、回復薬を取りに行った兵士から、アギオセリス軍が王都に迫っていると報告を受けたからだ。因みにこの兵士も呼応している兵士の一人らしい。
「あの……アギオセリス王国は本当に大丈夫何ですか? この国みたいな事しない保証あるんですか?」
「信じられねぇ気持ちは分かるが……アギオセリス王国の王は善政を敷き、国民にも慕われている。この国の王みたいな奴は王族には居ないから、少なくともこれ以上悪くはならねぇよ」
「そう、ですか……どちらにしろ、今のお兄ちゃんをあまり動かすのは良くないですから、選択の余地も無いですけど……」
「それまでは済まんがここで我慢してくれ、流石にまだ上に連れ出す訳にはいかんからな。アギオセリス王国軍が来たら、俺から治療して貰えるよう言っておく」
「はい、お願いします……」
そして、エドワードさんが出ていくのを見届けた後、片手で握っていたお兄ちゃんの手をぎゅっと両手握り締める。
「お兄ちゃん……早く、元気になって……」
そう呟いて目を瞑り、お兄ちゃんの回復を願い祈り続けた……。