第十二話 決着
突如としてそれは現れた。
トゥレラ軍を左右から挟み込む様にして、新たな部隊が現れたのである。
突如として現れた部隊は全員が騎乗し、かつその手には魔銃が有り、トゥレラ軍へとその銃口を向けていた。
「魔銃騎兵隊構え! 五段前進射撃にて、間断無く撃ち込め!」
「し、将軍! 左右に突如として騎乗した魔銃隊が現れました!」
「何だとっ! 数はどれくらいいる!? 少なければ騎兵隊の突撃で蹴散らせ!」
「そ、それが、左右それぞれに各3,000、全てが魔銃騎兵隊です! しかもあれはアンスロポス王国軍です!」
「なっ! そんな馬鹿な……!?」
騎乗した兵士達が指揮官の指示の下、トゥレラ軍に向け魔銃の斉射を行う。
側面からの攻撃に備えていなかったトゥレラ軍は、伏兵の出現により一気に大混乱に陥った。
更には前方のアギオセリス軍からも弓矢の斉射、歩兵隊による攻撃が開始される。
因みに五段前進射撃とは、第一陣が斉射後、第二陣が第一陣の前に出て斉射を行う。
それが第五陣まで続き、銃弾を装填し終えた第一陣が更に前にと、前進しながら斉射を行う戦術である。
「【戦略級隠蔽魔法】……凄まじい隠蔽数だね、6,000もの兵士を隠蔽出来るとは」
「実用化、間に合いましたね、一時は頓挫仕掛けましたから……」
【戦略級隠蔽魔法】──アギオセリス王国とアンスロポス王国が合同にて研究開発を行っていた魔法である。
一時は術式の一部がどうしても起動しない状態で実用化の目処が立っていなかったが、とある国の参入により解決し今回の戦争前に実用化の目処が着いたのである。
しかし極大広範囲魔法であるので、移動しながらの維持が不可能であったので、敵軍に知られぬように後方に布陣した後に魔法を発動しなければならなかった。その為ここまで敵軍を誘導する必要があったのだ。
「何故だ! 何故、アンスロポス王国軍がここに居る!?」
ウラッハが叫ぶのも無理はない、何故ならアンスロポス王国にはエマナスタ帝国が牽制を掛け、援軍に来れないようにしていたからだ。
それが何故アンスロポス軍がここに居るのかと言うと、実はアギオセリス王国、アンスロポス王国に加え、アンスロポス王国の東に位置するディモクラティア連合共和国の三国にて対帝国連合を秘密裏に結んでいた。
そして帝国の牽制に対して、アンスロポス王国とディモクラティア連合共和国が合同にて当り、その分余裕ができたアンスロポス王国は援軍をアギオセリス王国に出せたのだ。
因みに、【戦略級隠蔽魔法】のもうひとつの開発参加国とは、このディモクラティア連合共和国である。
ディモクラティア連合共和国は科学技術は低いが魔法技術に優れており、その技術力でもって、【戦略級隠蔽魔法】を完成させたのである。
そんな情報などは知る筈も無いウラッハは答えの出ない疑問を振り払い、指揮に集中する。だが、右左翼は大混乱状態である為、まともに機能していない。中央前面の部隊も左右の部隊の混乱と、前方からの攻撃により混乱しており、瓦解も時間の問題だろう。
唯一、無事なのは本陣のみだが、三方向を混乱した部隊に囲まれている為、身動きが取れない状態である。
通常であれば、最早撤退するほか無い状況であったが、ウラッハはそれを選ばなかった。
「騎兵隊集合させろ……」
「!? まさか突撃するおつもりですか!?」
ウラッハの言葉に彼の副官であるアルクは驚愕の表情を浮かべる。
だが、次のウラッハの言葉にアルクの驚きは頂点に達する。
「ああ、貴様に敵本陣への突撃を命じる」
「なっ!?」
「見事、総司令官の首を取ってこい、取ってこれれば陛下に口利きをしてやろう」
「不可能です! ここは撤退すべきです!」
「いいから行け! ここで我は負ける訳にはいかんのだ!」
ウラッハは焦っていた。ここで負ければ、自身の更迭──下手をすれば国が滅びる可能性もある。
だが自身が突撃するつもりもない、突撃してもし自分が死んでしまっては意味が無いからだ。
「もう一度言う、騎兵隊を率い突撃、敵総司令官の首を挙げよ」
「……わかり、ました……」
アルクは苦々しい顔でウラッハに返事をする。
この国では上官の絶対であるし、彼自身もここで負ければ終わりなのも理解しているからだ。
もしここで敗北し、逆侵攻を掛けられれば、王都を含めた王都までの要所には最低限の守備兵しか置かれていない為、間違いなく王都は陥落するだろう。
「騎兵隊突撃準備完了致しました……」
「よし直ぐにでも突撃せよ、私はここから突撃を援護する」
「ハッ……」
トゥレラ軍による戦況を変えるべく、騎兵隊2,000騎の無謀な突撃が敢行される──
◆◆◆◆◆
「敵軍の動きが変わった?」
「どうやら、騎兵隊による攻撃を行う様です」
「規模は分かる?」
「約2,000騎だと思われます」
「成る程……よし決めたよ、対突撃第六陣形で行くよ」
レオンの作戦を聞いた彼の副官であるレアードは驚愕する。
その作戦内容はレオンの身が危険に晒される作戦だったからだ。
「なっ! 本気ですか!? いえ、正気ですか!?」
「言い直した方が酷いんだけど……」
「言い直したくもありますよ!! 死ぬ気ですか!? それにあの陣形は模擬戦すら行っていないんですよ!」
「死ぬつもりは無いよ。だけどこのままの陣形で2,000騎を正面から受けて耐えきれる? 陣形は組み方の演習は行ってるから出来なくは無いでしょ」
「それは……」
レオンの言葉にレアードは黙り込む。
これまでの誘導戦で兵士達はかなり疲弊しており、2,000騎による突撃にとても耐えられる状態では無い。そして陣形に関しても模擬戦こそ行っていないが、組み方自体は兵達に叩き込んでいるので決して不可能では無い。
レアードは断腸の思いでレオンの作戦を承認する。
「はぁ……分かりました、駄目と言っても聞かないでしょうし……」
「ふふっ、良く分かってるじゃないか。それじゃ私は行くよ、準備は任せた」
「お任せください。レオン様、絶対に生きて帰って下さいよ」
「うん、さっきも言ったけど、こんな所で死ぬつもりはないよ」
レオンはにこやかに笑い、前方へと馬を走らせて行った。
◆◆◆◆◆
「これよりアギオセリス軍本陣に向け突撃を開始する! 狙うは敵総司令官である、王子レオンの首のみ! ここで討ち洩らせば我が軍は終わりだと思え! 全騎突撃ぃぃ!!!」
アルクの号令の下、2,000の騎馬が一本の杭の様に、戦場を疾走する。
前方の混乱している味方すら押し退け、敵本陣に向け駆けていく。
そしてその反撃の杭は見事に敵軍中央へと食い込む。
「騎兵隊の突破を許すな! 盾持ちは中央にて密集隊形に移行せよ」
アギオセリス軍の部隊長がそう指示するも騎兵隊の突破力は凄まじく、密集隊形に移行する前に打ち破られていく。
先頭部隊の中頃を駆るアルクは、これなら行けると確信する。
だが、その確信は予想外の形で覆される。
進行方向正面に、槍の穂先をこちらに向け、今にも投擲しそうな体勢で一騎で駆けて来るレオンの姿があった。
「なっ! 総司令官自ら、しかも一騎で突撃だと!? 何を考えている!?」
その異常な光景に騎兵隊前衛陣に動揺が走る。
だが、直ぐに気を取り直し、手の中にある槍を持ち直す。
が、次の瞬間、目の前に槍の穂先が現れる。
「───」
驚く間も無く、アルクの眉間に槍が突き刺さり、その身体は後方へと倒れ込み、味方の騎馬の群れの中へと消えていった……。
◆◆◆◆◆
「良し、命中したね。おっと急いで後方へと移動しないと……」
素早く馬の鼻先を後方へと向け、敵騎兵隊を引き連れ後方へと駆けていく。
アルクをやられ、動揺していたトゥレラ軍騎兵隊だったが、敵司令官が目の前に居るのだ。副官がやられても敵司令官さえ討ち取れば此方の勝ちとばかりにレオンの後を追っていく。
標的であるレオンの走るアギオセリス軍の後方への道は兵士達が左右に別れ、何故か道を開けていた。
だが、アルクという指揮官を失ったトゥレラ軍騎兵隊は、何も疑問を持たずにレオンという餌を追いかける。
そして、アギオセリス軍の最後尾を抜けたレオンは、急に左へと進路を変更する。
その急な進路変更に付いていけず、トゥレラ軍騎兵隊は急制動を掛ける。
その瞬間──
「今だ! 撃てぇ!!」
部隊長の号令と銃身から放たれる銃声が響き渡る。
アギオセリス軍の最後尾には、斜に陣を構えた魔銃隊が待ち構えており、軍勢の間を抜け来た、トゥレラ軍騎兵隊に銃弾による十字砲火を浴びせる。
突然の銃撃にトゥレラ軍騎兵隊はなすすべもなく討ち取られていく。
後続の騎兵達も銃身の前に身をさらした瞬間、銃弾に穿たれ倒れ伏していく。
前衛の異常に気が付いた後続部隊が速度を落とすが、その部隊には左右に別れていたアギオセリス軍の歩兵隊からの長槍が襲い掛かる。
これにより、トゥレラ軍騎兵隊は瞬く間に壊滅させられてしまった。
「こっちは片付いたね。後は頼んだよ、レアード」
◆◆◆◆◆
その少し前にレアードは、レオンの指示により前線近くにて、敵騎兵隊が通り抜けるのを待っていた。
レオン様は無事だろうかと、少しソワソワしながら待っていたが、遂に敵騎兵隊の全てがレアードの前を通り過ぎる。
「全騎兵隊集合! 敵本陣に向け逆突撃を開始する!」
敵騎兵隊が通過した中央に開いた場所に、レアード率いる騎兵隊1,000騎が左右の兵士達の中から姿を現す。
そして今、敵騎兵隊が通った道を逆に向かい、駆けていく。
対突撃第六陣形とは、自ら囮となり敵騎兵隊を後方へと呼び込み一網打尽にし、逆にレアード率いる騎兵隊にて敵本陣に向け突撃を行う事だ。
因みに敵副官を初撃で倒したのは、たまたま前衛部隊に居たからである。
勿論、頭を潰せば作戦がやり易くなるのもあったが、絶対では無かった。
後、現在の戦況では突撃を行う必要性は無いのだが、レオン曰く「やられたからやり返す」と、それだけの理由でこの陣形に組み込まれていたのだ。
こんな作戦普通では成功しない、レオン自身の身体能力の高さと、レアードの作戦を実行出来るほどの部隊統率力、更には練度の高い部隊と、どれが欠けても不可能だっただろう。
そしてその作戦は敵本陣に向けた突撃を残し、見事に成功していた。
更には、騎兵隊左右に別れていた歩兵隊も、敵騎兵隊迎撃用に展開していた陣をあっという間に本来の陣形に戻し、騎兵隊の突撃を援護する為の攻撃を開始する。
魔銃騎兵隊は、敵陣の右左翼を既に壊滅・潰走させ、現在は敵本陣が撤退した時に備え、敵本陣の後方へと移動している。
勿論退路を塞いだりはしない。下手に退路を塞げば死兵と化し、死に物狂いで向かって来る、それを防ぐためだ。
もう既に戦況は覆しようがない状態に推移していた。
◆◆◆◆◆
ウラッハはその光景に茫然としていた。
既に右左翼は壊滅し、中央も大混乱状態から潰走に移行し、本陣もそれに吊られ中枢部隊以外は潰走していた。
何故ここまで悪くなった、始めは勝っていた筈なのに……。
決死の騎兵隊突撃も項を奏せず、壊滅してしまった。
逆に攻勢を掛けられてしまっている有り様だ。
と、そこで部下の声にハッとし前方へと目を向ける。
「敵騎兵隊来ます!」
もう既に敵騎兵隊は目前に迄迫っており、逃げる事は叶わない。
現在のウラッハ周りに居る兵達だけでは、とても防ぐ事は出来ないだろう。
ここまでか……。
そして、ウラッハが覚悟を決めた数分後、アギオセリス軍の歓声が響き渡る戦場にその首は落ち、物言わぬ骸と化した。
◆◆◆◆◆
アギオセリス王国軍は、負傷者・捕虜等を後方の砦に送る処置と軍の再編成の後、トゥレラ王国へ逆侵攻を掛けるべく進軍を行う。
捕虜から、トゥレラ王都迄の砦には王都を含め最低限の守備兵しか配置されていないとの情報を聞き出したからだ。
元々、状況次第では逆侵攻を掛ける予定であった為、兵站にも問題は無く、直ぐに進軍は開始された。
情報通り、各砦には最小限の守備兵しか居らず、此方が近づいただけで降伏してきた。
そして、何の問題も無くアギオセリス王国軍は開戦七日後にはトゥレラ王都へ到着し、その日の内にトゥレラ王都は陥落した。
この戦争によりトゥレラ王国は国土の三分の二を失う事になった……。
次話からは主人公サイドに話が戻ります。
自分の文章が良いのか、拙いのかの指標になりますので、評価して頂くと大変助かります。
自分でも文章がおかしくないか確認しながら書いてはいますが、自分では気付かない部分もありますので……。