第九話 拷問
サブタイの通りの内容です。
読む際はご注意下さい。
牢屋から連れ出された俺は、壁に設置された灯りが薄暗く照らし出す廊下を、二人の兵士に腕を掴まれ歩かされていた。
これからの事を考えると陰鬱な気持ちに陥りそうになるが、椿姫が連れられずに済んで良かったと思っている。
「着きましたよ、さあ、入りなさい」
廊下の突き当たりには鉄製の扉があり、その扉をウルリヒが開け中に入るよう促してくる。
二人の兵士に掴まれている俺は抵抗する事も出来ず、部屋の中へと入室させられる。
その部屋には普通に生活していれば、見る事も無いであろう物が様々置かれていた。
その道具類を見た俺の頭に一つの名称が浮かび上がる。
──拷問道具──
ある程度覚悟はしていたが、実際にその道具類を見ると押さえ込んでいた恐怖心がもたげてくる。
そんな俺の様子にウルリヒが気味が悪い笑い顔で、覗きこんでくる。
「怖いですか? きひひっ、まずは何から行きましょうかねぇ。とりあえず吊り下げておきなさい」
「「ハッ」」
俺の腕を掴んでいた兵士達が、天井からぶら下がっている鉄製の枷がついた鎖を取る。その枷は俺の手首へと嵌められる。
そして兵士の一人が、天井に取り付けられた滑車を経由した鎖の先にある巻取器を使い、鎖を巻き取っていく。
それにより枷の嵌まった俺の腕は強引に上げさせられ、足が浮きく位まで吊り上げられてしまった。
俺の手首に枷が食い込み、その痛みに思わず呻き声を上げてしまう。
「ぐっ……」
「さてと、まずはこれから行きましょうかねぇ」
そう言ってウルリヒは、30センチ位の棒の先に同じぐらいの長さの革が複数付いた物──鞭らしき物を数個持ってきた。
そしてその道具を一つずつ兵士達に渡したウルリヒは、自身も一つ手に持ち、こちらへと目を向けてくる。
「さて、一応聞いておきますが、武器の製造方法を言うつもりはありますか?」
「……知らない物は教えられない」
何度聞かれようとも、知らない物を教えることなど出来ない、仮に知っていてもこのような連中に教える気は無いが。
「……やれやれ、そうですか……まあ、私としてはその方が都合が良いのですけどね」
「何?」
そう言ったウルリヒは、入ってきた扉横の壁に近づき何かを操作している。
それは、俺達が入っていた牢屋の外に備え付けられていた物と同じ物に見えた。
「私の目的は寧ろこちらの方……ですから、ね!」
操作を終え、俺の側に戻って来たウルリヒは手に持った道具を振りかぶり、俺の胸に打ち付けてきた。
「ぐあぁぁぁっっ!!」
革製の鞭が俺の胸を打ち付け、その余りの痛さに苦痛の声を上げてしまう。
視線を下げると、衝撃にシャツが耐えきれずに破れ、俺の胸辺りの肌が外気に晒されていた。そこは赤く腫れ上がり、鈍い痛みを継続的に与えてくる。
普通に暮らしていれば、味わう事の無い痛みに知らずに呼吸が乱れる。
覚悟はしていたが、ここまでの激痛だとは思わなかった。手榴弾による痛みを味わった今なら耐えられるかと思ったが、あの時の痛みとは別種の痛みだ。正直、甘く見すぎていた。
「まだまだこれからですよ! さあ、あなた達もおやりなさい」
「「ハッ」」
命令を下された兵士達が楽しそうな顔で、俺の背中と足に鞭を打ち付けて来る。
またしても、同じ痛みが俺の体を駆け抜ける。
「があぁぁぁぁっっ!!」
「ふむ……そろそろですかね」
『お、お兄ちゃん!? お兄ちゃん!!』
「……えっ……?」
そうウルリヒが呟くと同時に、ここに居ない筈の声が部屋に響き渡る。
その声を聞いた瞬間、痛みを忘れ呆然としてしまった。
◆◇◆◇◆
──椿姫視点──
『ぐあぁぁぁっっ!!』
「え……? おにい、ちゃん?」
ここに居ない筈のお兄ちゃんの痛々しい叫び声が、牢屋の中に響き渡る。
一体どこから……!?
少し声がこもって聞こえてきた事を考えると、直接ではなくスピーカー等を通して聞こえているのだと思われる。私は牢屋の中をくまなく見渡す。
そして、一見したところ壁しか無いように見える所にそれを見つけた。
壁の左隅……天井に近い場所に、拡声器に似た形の物が取り付けられてあった。
きっとあれから聞こえて来たのだろう。
『があぁぁぁぁっっ!!』
私がそれを見つけた瞬間、またお兄ちゃんの叫び声がそこから聞こえてくる。
その悲痛な叫び声に予想していたとはいえ、今お兄ちゃんに対してそれが実際に行われてると知り、顔から血が引いていく。
お兄ちゃんの悲痛な声に、堪らず私はそれに向かい叫ぶ。
「お、お兄ちゃん!? お兄ちゃん!!」
『つ、椿姫!?』
──私の呼び掛けに答えるお兄ちゃんの声で、私はこの道具がどのような目的で使用されているのか理解してしまった……。
◆◇◆◇◆
「つ、椿姫!?」
何故椿姫の声が聞こえる? 椿姫は牢屋にいるはずだ。ここまで声が聞こえる筈が無い。俺は訳が分からずに混乱してるとウルリヒが説明してくる。
「きひひっ、知りたいですか? 何故あなたの妹さんの声が聞こえてくるか……右後ろの隅の天井辺りをご覧なさい」
俺は首を捻り後ろ見ると、天井に近い壁の隅に何かが設置されているのが見える。
それは学校等で見る拡声器に似た形をしていた。
『止めてぇ! お兄ちゃんに何をしてるの!?』
椿姫の必死な声が拡声器のような物から聞こえてくる。
それにより、それが何なのか理解してしまった。
余りの趣味の悪さに酷い嫌悪感が湧き出してくる。
「くっ、悪趣味な……」
「きひひっ、理解したようですね。あれは魔導伝声管と言いまして本来は連絡用に設置する魔導具なのですが、今回の様にお互いの悲鳴を聞かせたりも出来るんですよ」
そう言って非常に気味の悪い笑みを浮かべる。
その気味の悪い表情に、俺の中で更にウルリヒに対する嫌悪感が増していく。
ウルリヒの目的は地球の武器の製造方法を知ることではなく、俺達が苦しんでいる姿を見る事や悲鳴を聞く事だと理解する。
国王の求める武器の製造方法等、元から分からない。もし知っていたとしてもウルリヒが拷問を止めるとは思えない。だが、このままでは椿姫の心が持たないだろう。
そうなると俺が今出来る事は限られてくる。
それは声を出さずに耐え抜く事。現状、それしかとれる道は無かった。
数回の鞭打ちで、この拷問の痛さの度合いは把握できた。さっきは馴れない痛みに悲鳴を上げてしまったが、今なら耐えられる自信がある。
何より兄としてこれ以上、兄として妹に悲鳴を聞かせる訳にはいかない。
椿姫の心を守るため、悲鳴を上げる訳にはいかないのだ。
「さあて、どんどん行きますよ! 良い声で鳴きなさい!!」
「ぐっ……」
三方向から次々と鞭が振るわれ、俺の顔、腕、胸、背中、足……至るところに鋭い痛みが走り、その度に傷が付けられていく。
俺は呻き声をあげながらも、歯を食い縛り身体中を蹂躙する痛みを必死に耐える。
「ぐぅぅ──」
「ほう、これを耐えますか……ふむ……では次はこれでいきましょうか。これも耐えれますかねぇ?」
そう言ってウルリヒが手にしたのは、先程の鞭の先端に数ミリ程の小さい鉤爪がついた物だった。その鞭を振るわれた際は間違いない無く肉が抉れる。その痛みは今までの比ではないと嫌でも想像してしまう。
「なっ──!」
「これは痛いですよぉ、普通の人間では耐えきれる物では有りませんからねぇ」
「や、止めろ……!」
「さあ、行きますよ!」
俺の静止の声を無視し、ウルリヒが凶悪な鉤爪の付いた鞭を俺の背中に叩き付ける。
その瞬間、想像以上の凄まじい痛みが俺の身体を襲う。その痛みにより背中の肉が削ぎ落とされたのだと理解させられた。
「あがぁぁぁぁっっっっ───!!??」
一介の高校生である俺には、その尋常でない痛みに耐えられず、獣の様な声で叫んでしまった。
『止めてぇぇっ!! お兄ちゃんに酷い事しないでぇぇっ!!』
それが数度繰り返され、その度に俺の叫び声と椿姫の泣き声が部屋の中に響き渡る。
繰り返される肉体的苦痛と椿姫の必死な泣き声が、俺の心を容赦なく折りに来る。
「ウルリヒ様、それ以上は……」
「ああ、そうですね、このままでは出血死してしまいますね。では例の魔法を掛けますか」
そう言ってウルリヒが俺に手を向け、ブツブツと呟く。
「かの者の血の流れを止め、痛覚を増幅したまえ【止血増痛】」
「あああああぁぁぁっっっ!!!???」
俺の身体中に付いた傷から流れ出していた血がどういう原理か止まる。だが次の瞬間、身体中に付けられた傷の痛みが大きくなる。
『いやぁぁぁっ! お兄ちゃん! お兄ちゃあんっ!!』
「兄妹揃って良い声で鳴きますねぇ、ゾクゾクしますよ」
「かふっ! かはぁっ! くぅ……はふぅっ!」
余りの痛みに呼吸が乱れ、まともに息が出来ない。
ウルリヒが言うように、人が耐えられる痛みでは無い。こんな事を続けられれば、いつか気が狂ってしまう。
「どうですか? 止血魔法を拷問用に開発した魔法は……出血による死を防ぎつつ、痛みのみを増幅させ、しかも気絶を許さない魔法です。ただ、痛覚増幅は時間制限が有るのが残念ですが……」
ウルリヒが何か言っているが、今の俺にはその意味を理解する余裕は無い。
ただ、与えられる痛みに繰り返し悲鳴を上げる事しか出来ない。何かを考える事など出来はしない。
そんな俺の心情等知らないとばかりに、俺の身体へ普通の鞭や鉤付きの鞭で何度も打ち付けてくる。
その度に打ち付けられる痛みと痛覚増幅による痛みの、二重の痛みが俺の身体を苛んでいく。
激痛と呼ぶのも生易しい痛みに耐える事も出来ずに俺は悲鳴を上げ、その度に椿姫が泣き叫ぶ声が聞こえ、精神を苛んでいく。
そんな肉体と精神を苛む、地獄の様な責苦が暫く続けられた……。