業火
初投稿です!宜しくお願いします!
燃え盛る炎を前に一人の男が立ち竦んでいた。
その顔は目の前の光景に驚愕し目を見開いている。
「な、何だよ、これ……?」
問い掛けるかのような彼の呟きに答える者は周りには誰も居ない。
正確には人は居るが、血塗れで物言わぬ骸と化した者達だけで、生きている者は彼以外は存在しないからだ。
何故この様な事になっているのか彼には理解出来なかった。
今日は何時もの様に妻に見送られ狩りに森に行ったが、何故か獲物が姿を現さず、中々獲物を捕らえられなかった。
妻との間に出来た生まれて来る子供の為にも獲物を狩り、稼がなければならない。
流石に一匹の獲物も狩れていない状況で帰る訳には行かないと、何時もは行かない森の深部に行き、無事獲物を狩ることが出来た。
だが、そのせいで村の異変に気付くのが遅れてしまった。村のある方向を見ると大きな黒い煙が立ち上っていたのだ。
嫌な予感がした彼は急いで村に向かう。
そして村に着いた彼が目にしたのは、燃え盛る家々と血を流して息絶えた村人達の姿だった。
「そ、そうだっ! あいつはっ! あいつは無事なのか!?」
妻の安否を確認するため彼は、無事を願いながら自宅へと走り出す。
そして自宅の前に着いた彼は絶望を目にする。
他の家と同じ様に燃え盛る自宅の前に、血塗れで倒れている妻の姿があったからだ。
「────っっ!!!」
妻の名前を叫ぶが、その声は炎に焼かれ崩れ落ちる家の音にかき消される。
妻の側に駆け寄った彼は、彼女の無惨な姿に絶句する。
妻の腹は切り裂かれて胎児が引きずり出されており、へその緒が繋がったまま、血で濡れた小さなその身体を妻が離してなるものかと抱き締めていた。
彼は理解してしまった。愛する妻と小さな……だが二人にとっては大きな命が無惨にも奪われてしまった事を。
「うああああああああああああああああああっっっっっっっ!!!!!!!」
大きな叫び声を上げ彼は膝を付く。
何故こんな事になってしまったのか、彼は全く理解出来なかった。
ごく普通の家に生まれ、ごく普通に暮らし、ごく普通に恋をし、ごく普通に結婚をした。
一点だけ普通の人とは違う点はあったが、妻以外に話した事は無い、妻もその事を他人に話す事もあり得ない。なので何故この様な目に遭わなければならないのか、彼は全く理解出来なかった。
震える手で血塗れの妻の手を握り締める。
「うああぁっ……何で……なんで、だよ……誰が……こんな事をっ……」
「あ……なた……?」
「え……?」
うっすらと彼の妻が目を開ける。
彼の妻はまだ生きていた、だがその命はか細く今にも消えてしまいそうだった。
「……ごめ……なさ……い……こど……まも……れな……て……」
「喋ったら駄目だ! 今、医者……医者に連れていってやるから!」
彼はそう言ったが、この状況では医者も死んでいるのは考えるまでもなく明白だ。
彼もその事には気付いていたが、そう言わずにはいられなかった。
夫の声に妻はゆっくりと首を小さく横に振り、焦点の合っていない目で夫を見つめる。
「……も……わた……し……ダメ……から……あな……た……だけ……でも……生きて……」
「嫌だっ! お前が居ない世界なんて考えられない! 生きて……生きてくれよぉ!」
「……ごめ……んね……一緒……いら……なく……て……いま……で……ありが……と……う……」
「駄目だっ! 逝くなっ! 逝かないでくれっ!!」
「……あい……して……わ……もし……生まれ……かわ……たら……また……あ……な……た……と……………………………………………………………………」
妻はその言葉を最後にゆっくりと目を瞑り、二度と開くことは無かった。
「おい……目を……目を開けてくれよ……嘘だろ……おい、俺を置いて逝かないでくれよ……その目で俺を見てくれよっ! その口で俺を呼んでくれよっ!」
だが、彼の呼び掛けに妻は答えない、答える事は出来ない……もうその命は尽きているのだから……。
胸に生きて生まれる事が出来なかった子供と共に……。
「あ、あ、あ、ああああ、あああああああっ!! うあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっっっっっっっっっっっっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
真っ赤に燃え盛る村に一人の男の慟哭が響き渡る。
その、彼の叫びに呼応するかの様に大粒の雨が村に勢い良く降り注ぐ。
それはまるで、彼の境遇に天が涙したかの様だった……。