迷える御舘様
この隠れ里に信長がやって来てから、早2ヶ月。取り急ぎ行うべき仕事もない住人たちは、日々宴に明け暮れていた。…いや、日々宴は、信長が住人となる前から。他にする事もない浮き世に別れを告げた暇人の集まりがこの隠れ里だ。
「蘭丸、減りが悪いぞ、飲め」
「御館様、蘭はもう飲めません。二日酔い続きを押して飲み続けてまいりましたが、3日前から戻し続け、すでに吐くものもございません。堪忍を。」
「つまらん奴だな。妊婦か。それから、御館はよせ。この里に我の舘などない。それに、浮き世で御舘いわれた奴だらけで混乱するわ」
麗しの蘭丸の唇から放たれる「御舘様」の甘い発言に、近くで出来上がっていた今川義元や武田勝頼が自らの事と勘違いし生唾ごっくんしている。
「あ-、退屈じゃのぉ。いっそ渡りきっちゃうかのぉ、川」
「父上、渡りきっては、亡者となります」
「おぉ、奇妙丸も着いておったか。」
「奇妙丸やめてください。」
「よいではないか、嫡男にわし自ら付けた名じゃ」
「ネーミングセンス最悪です」
「なんだと、小僧」
信長は近くにあった太刀を抜いた。
にゅっと、抜けて来たのは太刀魚だった。
「海の魚とは珍しや。最近、川魚ばかりだったので飽き飽きしていたところです。天ぷらにしよ♪」
どこからともなく表れた瀬名が嬉しそうに太刀魚を奪っていく。
「あの方、ああいうキャラでしたか?」
奇妙丸もとい、信忠はかつての妹五徳の姑を遠い目で見つめた。
その問いかけに、信長が唇の片側だけを上げ、笑ったように見えた。
「長くこの里に住むと、キャラ崩壊するらしい。」
「恐ろしい里にございますね。」
信長は葡萄酒を新たに注ぎ、一気に飲み干す。
「キャラ崩壊したくなければ、渡り切るしかないらしい」
「三途の川…をですか」
「もう、浮き世には戻れもしない。ここでたらたら生きるか、本当に亡者になるかじゃ。わしは、正直飽きた。刺激が無さすぎ」
信忠は咳払いをし、声をひそめる。
「この里を征服してみるとか?」
「あーだめだめ。暇潰しにもなんない。刀抜けば秋刀魚や、太刀魚や、花が出てくるし」
信忠は平和全とあちらこちらに飲み過ぎて転がった戦国武将とかつて呼ばれていながら、志半ばに浮き世を退陣した者達をみわたす。
「退屈じゃのぉ」
「父上、剣がだめならば、華を征服してみては?」
信長は少し興味を持ったように、瞳を輝かす。
「実は、瀬名が可愛く見えての❗」
信忠は一瞬引いてしまった。
「あの、築山殿ですよ」
「そうよ、あの高慢ムカつく築山殿。わしの可愛い五徳ちゃんを苛めて、泣かして、信康に側室あてがったくそ女。そして、五徳ちゃんを若くして未亡人にした馬鹿女」
「最終的に未亡人にしたのは、父上です」
信長は咳払いをした。「まあ、そういう見方もない事もはないが」
「意味が分かりません」
信長はため息をつく。「わしにも分からん。この里に毒されたとしか思えん。ならばいっそ、渡ってしまえ、三途の川…みたいな?」
「どうせなら、あちらで白拍子を舞っている静様とか?」
「身分低い系はちょっと食傷気味でな」
「では、クレオパトラ様とか?」
「ああいう乳丸出しタイプ苦手。恥じらいは大事よ」
「蘭丸がいるではありませんか。」
信長は酔い潰れた蘭丸の尻を撫で、寂しげに首を振る。
「そろそろしっかり男だし。柔らかさが失われるの。朝とか青く髭も生えてくるし。ジョリッ…悲しい。そしてこの満たされない思いは、熟女のふにょふにょこてこてたるたるじゃないと、もう満足できない…」
信長の後頭部に瀬名のハイキックが炸裂する。
「だれがふにょふにょこてこてたるたるじゃ、ぼけぇ」
「瀬名ちゅわん」
抱き付こうと立上がった信長に、今度は瀬名のローキックがお見舞いされる。
「気色悪いわ、ぼけぇ」
「しくしく。いつもわしの股間に釘付けなくせに」
「お、おのれが見せるからじゃ、変態。セクハラで訴えるで」
「争いのないこの里に、裁きの場なんかないし」
瀬名は悔しそうに歯ぎしりをした。
「おのれ…言い付けてやる。神様に言い付けてやる。神様にお願いして、お前のかあちゃん呼び出してもらう。」
「はあ?土田ばばあなんか、こわくねぇし」
「土田御前様ちゃうわ。お濃様じゃ、ぼけぇ」
「の、濃?No~❗」
熟女とは思えない身軽さで走りだす瀬名。
「わあい、びびってやがんの」
「待て、話せばわかる。待ってくれ」それを追いかける信長。
まるで、高校生の春の季節である。
「平和だな…」信忠が呟いた。