最強の《鑑定》
楽しく書けました。
燃えパートです。
ドアを開け、一歩足を踏み出すとそこはーー
壁だった。
上も前も右も左も、そして何故か後ろまで壁だった。 そのせいなのか、それとも今が夜なのか、どちらなのかは分からないが真っ暗だ。
「なんだこれ? バグか? まさかそんはゲームみたいな話があるわけ…… いや、あってたまるか」
少し遅れてザリアも到着する。
「来てしまったのねー…… ってアンタ、そこで突っ立ってんじゃないわよ! 邪魔じゃない!」
「突っ立ってんじゃなくて進めないんだ。 ほら、見渡す限り一面の壁。 異世界ってのはどこもこんななのか?」
そう言って半歩体を引き、ザリアに見るに促した。
「そんなはずないでしょ。 となると、うーん、これは壁に擬態したモンスターかしら。 そのモンスターが集まってたところに転移したのかも。 転移先がモンスターの巣っていうのは聞いた事ないけど、こういう事もあるのね」
「モンスターの巣!? それってかなり危険なんじゃ…… くそっ、武器も何もない今だと戦う事もできないのか!」
「そう焦らないでも大丈夫よー。 だってもし彼らが敵だったらここに転移した時点でアンタはイチコロよ。 まだアンタが生きてるのが、彼らには敵意が無い証拠」
確かに、ここで何もせずにしている俺を放置しているのは不自然だ。 なら、そういうことなのか……?
「そんなに心配なら鑑定を使えば? こういう時に鑑定が便利なのよ。 スキルの使い方を教えるのにも丁度いいし、今使ってみなさい。
目の前の壁をじっと見て、頭の中で『鑑定』って唱えるイメージ。 そしたら対象の情報が頭に流れてくるの。 頭の中に本ができるみたいな感じよ。 初めのうちは情報酔いするだろうけどそのうち慣れるわ」
「スキルを取るのはいいけど、使いこなさなきゃ意味は無いし、使うタイミングも早く覚えなくちゃな。 えーっと、じっと見て、頭の中で鑑定ね…」
見つめてから三秒程度で頭の中に何かが流れた感じがすると、立ちくらみを起こしたみたいによろけてしまった。
「これが『酔い』ね、慣れるまでは大変だな。 それじゃ情報を頂きますか」
【古竜種:⁇?】
この世界における食物連鎖の頂点に君臨する種。
実力は最強と呼ぶに相応しく、その息吹は山をも燃やし、その羽ばたきは街を吹き飛ばす。 最大級のものだと山一つ分ある個体もいるらしい。 非常に長命であり、また古竜を倒せる種はおらず、古竜の死因のほとんどは病死である。 生殖能力に乏しく個体数が少ないため、現在古竜の多くは人里離れた山奥でひっそりと暮らしている。
………………ん??????
なんだ、これ。 古竜? 最強? 倒せる種はいない? 俺は今壁に擬態したモンスターを調べたかっただけで、古竜の情報なんて必要じゃないというかいやこれもしかしてやばいのかやばいどころじゃないよなええとどうしようどうすればいいーー
「サカキ? サカキってば? 何私のこと無視してんのよ。 鑑定でそんなに酔う人普通いないわよ?」
ザリアの声ではっと目が覚めた。 そうだ、俺は鑑定スキルを使い、この壁を調べた。 それによるとこの壁はどうやら古竜とかいう最強のモンスターらしい。 間違いなく逃げるべきだ。 一秒でも早く。
「ザリア、落ち着いて聞いてくれ。 鑑定によると、この壁は擬態してるモンスターじゃなく、古竜だ。 俺らじゃ勝てない。 早く逃げよう」
ザリアはそれを聞くと、目をまん丸にしたかと思えば馬鹿にしたような顔をした。
「アンタジョークのセンスがないわね。 古竜? そんなわけないでしょ。 アンタは知らないでしょうけど、アレは何百年も前にヘルヴェル様達がこの世界にわざわざやってきて撃退したの。 それ以来発見報告は無し、どっかで大人しく隠居してるのよ。 てかアンタよく古竜なんて知ってるわね。 これが古竜に見えるってのはどうかと思うけど、無駄にEDUが高いだけあるわ」
壁をバンバンと叩きながら言うザリアを止めることも叶わず、俺は怒鳴った。
「お前、そんな風に叩く奴があるか! 馬鹿かお前!! 第一なんで俺が古竜なんか知ってんだよ! 鑑定以外考えらんねぇだろうが!! お前は俺が死んだ時もーー」
その台詞の続きは言えなかった。 目の前の壁だと思っていた物がゆっくりと動きだし、立っていられないほどの地響きがした。 やがて頭上の壁も動きだし、光がさして明るくなった。 周囲の様子が徐々に明らかになり、そうしてやっと、俺は壁の正体を本当の意味で理解した。
「ははっ、こんなのありかよ…… 規模がまるで違う。 これが、古竜か。 あまりにも、大きすぎる……」
ザリアも顔が面白いように白くなっていく。
「あ、ありえない。 こんなの嘘。 一日でどんだけ不幸になるのかしら私。 こんなところに来ることになって、ほんのすこーーーしだけ何かを期待してたのに、初めて見るのがコレ?」
ソレが動くだけで地面にヒビが入り、周りにあったであろう木がなぎ倒される。 あらゆる動物が声をあげて恐怖で逃げだした。 その様子を黙って見てる事しか出来ない俺は、まさしく無力だった。 やがて地響きは止み、ソレの全体像が見えてきた。
黒い皮膚は壁と見間違うほどの硬さが見るだけで分かる。 頭上を覆い隠していたのは超巨大な翼で、周囲一面が覆われていたのは俺らを中心に丸まっていたからだ。 目の前の壁は腹のあたりだったようだ。 指の先の爪ですら俺より大きく、立ち上がったその姿の大きさを形容する言葉を俺は持ち合わせていなかった。 ただ伝わって来るのは圧倒的なまでのプレッシャー。 ソレが自分より上位の存在であることを否応にも伝える。
「さ、サカキ。 今更遅いとは思うけど、ご、ごめんなさい。 アンタが変なこと言うもんだから、からかってやろうと思っただけなのよ。 本当にそれだけなの……」
「本当に今更だな。 さて、どうするか」
「どうするも何もないわ! 古竜はヒト種に対する絶対的強者よ!? 今の私じゃ倒せる訳ないし、逃げても助かるとは思えない…… ああ、ごめんなさいヘルヴェル様お願いですから助けて下さいおねがいしますおねがいします……」
ザリアが情けなく祈ってる中、俺は自分でも信じられないくらい冷静だった。 ほんの少し体が触れただけでも吹き飛ばされて死ぬだろうという最中、ただ、冷静に現状を分析し、古竜の外見から分かる情報を整理し、今の戦力を計算し、これまでの記憶を振り返り、ある一つの結果に辿り着いた。
「ザリア、落ち着いて、一つ聞かせてくれ。 俺が死んだ時に使った《確定クリティカル》って何だ。 『一回きり』と言っていたがどういう意味だ」
「はぁ!? 今そんなのどうでもいいでしょ馬鹿なのアンタ!? 」
「いいから早く!!! 死にたいのかお前!!!」
古竜が完全に目覚めるまでの猶予はわずかだ。 手間取ってる暇はない。
「そ、そんなに怒らなくてもいいじゃない…… えっと、《確定クリティカル》ってのは私の能力のこと。 ある事象や人間に対して私は『ダイスロール』ができて、ダイスロールの結果次第で、事象に良い影響や悪い影響を与えたり、能力の一時的向上ができるの!
それから、『一回きり』っていうのは、《確定クリティカル》はある対象には一回しか使えないってこと! 人間が対象ならその人に一度使うともうその人には死ぬまで使えないの!! あぁぁぁぁぁ古竜がもう目覚めちゃうぅぅぅぅぅ!!!」
「うっせぇ!!! でもよく分かった。 つまり、俺は《確定クリティカル》をまた使えるんだな?」
俺は一度死んでいる。 死ぬまで使えなくとも、これは二度目の生。 使えるはずだ。
「ま、まあ確かに理論上は使えるんわよ! でも何に使うの!? まさかあの時みたいにSTRを増幅させて古竜を倒すつもり!? 無理よ無理!! アンタの筋力を何倍しても足りないわ!!!」
だろうな。 それにもとより正攻法でやるつもりはない上に、これで第一条件はクリアだ。
「ただ、この場を生き残るには倒さなくちゃならないだけだ。 ザリア! 俺の鑑定に《確定クリティカル》だ!! これしか生き残る方法は無い!」
「もう何でもいいわ! どうせ私もアンタも死ぬんだし、最後に足掻きなさい!! はい、《確定クリティカル》よ! 《鑑定》スキルに1d100のダイス判定!」
〔《鑑定》スキル ダイス判定【01】 SUPERCRITICAL!! 《鑑定》スキルの強化を確認(1回)! 〕
よし、第二条件もクリアだ!
「あーあ、まさか私ともあろうものが《鑑定》なんてスキルに確クリを使うとは…… 分からないものね……」
泣きそうになりつつ呆けているザリアを無視し、《鑑定》スキルを使う。
「俺の予想通りなら、きっとこの古竜のどこかに…… ああくそ、考えるのは使ってからだ! いくぜ、《鑑定》!!!」
すると、頭の中に膨大な量の情報が暴力的に渦巻いた。 それには文字通り、古竜の全てが記されていた。 体重、体長、年齢、戦いの記録、昨日の食事に至るまでに。
「違う、これも違う! 情報は欲しかったが、多すぎて見つけられない! ああくそ、なんだこれ吐きそう!」
「サカキ、どうにかして!!! はやくぅぅぅうううう!!!」
古竜はとうとう目を覚ました。 気づかれるのも時間の問題だ。
「分かってるよ! くそっ、違う、違う、違う、違う。 違う、ちが、いや待てこれだ! この情報だ!! これで全てが揃った!!!」
探していたのは三つだった。 一般的な古竜のサイズについて。古竜の死因の病気について。 この古竜の現在の健康状況について。 この三つの情報から導かれる答えは一つ!
「来い、ザリア! 走るぞ!」
「あぁ、やっぱりダメなのね…… ふふ、どこまで逃げれるかしら……」
「逃げるんじゃない! これから倒しに行くんだ!!」
「似たようなもんよ! どっちも死ぬんだから!」
やかましい女神だな本当! ピースはこれで揃ってる! 後は気づかれる前に走りきるだけ、つまり時間の問題だ!
「グゥオオオオオオオオオオオォォォォォォォォ!!」
古竜の今の声は言うなれば寝起き一発目の声で、威嚇でも何でもなく、ただ自然に出たものだろう。 ただ、それでもあまりの音圧に立っていられない…! 鼓膜も破れてないのがおかしいくらいだ。 だが、何とか目的地に着いた。
「ここでいい! 古竜の頭の真下にある林まで気づかれずに行く事! これで最後の条件もクリアだ!!」
「どうするつもりなの!? 私にはアンタの考えてることがさっっっぱり分からないわ!!」
「どうって、こうするんだよ!」
俺は、《召喚術》の基礎の技である《魔法陣:ファイヤ》の魔法陣を地面に枝で書いた。 火の魔法だけは使えるようにとさっき覚えていたのが功を奏した。 書き終わると途端に魔法陣から炎が溢れ、その炎はすぐに木に点火し、あっという間に辺り一面の木が燃えだした。 煙がもくもくと立ち込め、とうとう古竜がこちらに気づいた。
「アンタがしたかったことって山火事なの!? もしかしたら逃げきれたかもしれないのに、もう、もう……」
「今に分かる。 じっと待ってろ」
古竜に見られているというのは、こんなにも恐ろしいのか。 だが、目を伏せるのは、嫌だ。 気持ちくらいは負けるものかと古竜を睨み返す。永遠にも思える数秒の視線の交差の後、古竜は咆哮のために息を思いっきり吸った。
「さようなら皆、私は先に逝きます…… 古竜を倒すなんて馬鹿な事を言ったサカキが地獄に落ちますように……」
「それはどうかな? よく見てみろザリア」
古竜は息を吸ったまま固まっており、咆哮の気配は
まるでない。
「え? 何どういうこと? 一体何があったの?」
やがて息も絶え絶えに、最後の断末魔であるかのように小さく鳴いた。そして古竜は大きくよろけ、そのまま倒れると、ピクリとも動かなかった。
「やっと、終わった……」
「ちょっと、何、どういうことよ!? なんでアイツは倒れたの!? まさか、本当に、アンタが……」
動揺するザリアに俺は大きくうなずき、こう答えた。
「そうだ。 俺が、レベル1の俺が、最強の古竜を倒したんだ」
燃えパート(物理)。
POW14は伊達じゃない。