育成論
無事チュートリアル終了。
「ちょっとー、まだ決めてないの? そんなに悩まずパパッと決めちゃいなさいよ」
「いやいや、俺こういうのなかなか決められないんだよ」
スキル一覧を渡されてから三時間経ったが、俺は未だにどのスキルを取るか悩んでいた。 ここのスキル選択によってライフスタイルが左右される訳で、それはつまり俺の生き死ににも大きく影響するってことだ。 慎重にならない理由がない。
「第一私がついていくのよ? 女神たる私がいるんだから大抵のことは何とかなるに決まってるじゃない。 人間には取得不可能なユニークスキルをいくつも持ってるんだし、アンタは補助系のスキルだけ取ってればいいと思わない?」
確かにそれも生きるためにはありか…… 脳筋とサポートのツーマンセルは役割分担が分かりやすい。
「一理あるな。 じゃあそういう方針に……」
言いかけると、さっきぶりの後光が差した。 ヘルヴェル様がまた来るのかと思ったが、どうやらその気配はない。 代わりに手紙がゆっくりと舞い降りている。
「あーもう!! またなの!? 今度は何がダメだってのよ!」
ザリアは宙に浮く手紙をもぎ取り、破るように開封した。
「えーっと、
『貴女の事ですから女神の力を使って楽をしようとしているでしょうが、それでは罰になりません。 貴女は苦労というものを、その尊さを知らずにこれまで生きてきました。 これを機に生きる事の大変さを実感して下さい。
女神の証たる『神々の女王の従者』の管理権を私に預けてもらうようお願いしてきました。 これで貴女のスキルの大部分を一時的に封印します。
せめてもの慈悲として貴女が固有で所持する『ダイスに関するスキル』は残しておきます。
貴女の努力次第では『従者』の封印を解く事も、こちらに帰ってくる事も認めます。 サカキ様と協力して懸命に生きていって下さいね。
追伸:サカキ様に渡し忘れていた指輪を同封しています。 貴女への監視の意味を込めているので必ず渡すように』
ってなにこれーーー!!! え? スキル使えないの? じゃあどうやって生きていけばいいの? てか『従者』がないなら私女神じゃなくない? 何なの私?」
読み終えると同時にザリアは手紙を放り捨て、プルプルと震えていた。
「平然と指輪が入った手紙を放り捨てないでくれ」
手紙を拾いひっくり返すと、小さな指輪が出てきた。 目立った装飾の無い、シンプルな物だった。
「これか。 とりあえずポケットにでもしまっとくか」
学生服の内ポケットにしまい、落ち込んでいるザリアに声をかける。
「話を戻すが、俺のスキルはどうすればいい? どうやら何か問題があるようだが」
「………… 作戦変更よ。 アンタが前線、私は援護。 私の盾になれるようスキルを振りなさい。 それから生活系のスキルも取りなさい」
「さっきと言ってる事が全然違うが、仕方ないな。 方針が決まっただけ良し、だ」
ザリアが部屋の隅で縮こまりだしたので、無視してスキル振りの続きをしよう。 要するにバランス良く、って事だ。 さて、どうするかな。 とりあえずスキルについて分かった事をまとめておくか。
・スキルは大きく分けて戦闘系スキル、生活系スキル、趣味系スキルの三つに分かれ、それぞれ取得に30ポイント、20ポイント、10ポイントが必要。
・レベルが10上がるごとにスキルポイントが50もらえる。
・スキルを一度取得すると消去は不可能である。
この中でも二つ目が特に重要だな。 レベルの上がり具合がどうなのかは分からないが、後々スキルを取得する機会があるようだ。 50ポイントもくれるってことは多分中々上がらないのだろうが。
となると、レベル10まで生き残る事を考えてスキルを取得すべきだ。 50ポイントはそれぐらいデカい。 戦闘系と生活系が一つずつ増えるんだからな。
よし、スキルを割り振るか。 俺の現在のスキルポイントは190。 戦闘系と生活系だけに振る場合、選択肢は三つだ。
①30×1+20×8 ②30×3+20×5 ③30×5+20×2 の三通りだな。
①は論外だ。 どう見ても偏りすぎてる。 ③は戦闘にやや寄ってるのを除くとそこまで悪くないが、生活系スキル二つだけは二人で旅をするとなると厳しいか。ザリアに生活系スキルを期待するのは酷だろうし、ここは無難に②だな。
まずは戦闘系を振るか。 驚いた事に、戦闘系スキルは様々な種類があったが、それ以上にめっちゃ細かい。 一口に剣のスキルと言っても《剣術:短剣》やら《剣術:太刀》みたいになっている。
この中から三つを選ぶのは大変だったが、俺は《武術:CQC》と《剣術:片手剣》、それから《魔術:召喚術》を取ることにした。
《武術:CQC》は初めに見た時ネタか?と思ったが、CQCは対人戦における万能さと臨機応変さを兼ねていると、とあるゲームで学んだ。 実際、応用力もかなりあると踏んでいる。 でもどうやって使うんだろうなこれ。
《剣術:片手剣》は剣術なんて習った事はないから、一番シンプルなのを選んだつもりだ。
《魔術:召喚術》も万能さで選んだ。 広く浅くって奴だ。
さて、次は生活系か。 戦闘系よりこっちの方が重要性は高いと俺は考える。 何故なら、少なくとも二つのスキルが異世界生活において必須だからだ。
一つは《翻訳》だ。 これをデフォでつけない性格の悪さが嫌になる。 これ取らなかったら詰みだと思うんだが。
もう一つは《料理》だ。 俺は料理が得意ではないし、ザリアも期待薄だ。 ただ『生きる』だけなら不必要かもしれないが、『生活』をするには必須だ。
それから、《製作》を取る。 生活に関する物なら何でも作れるらしい。 流石に家を作ったりはしないが、これで衣食住の二つをまかなえる。ちなみに武器は《鍛治》スキルが必要とのことだ。
《鑑定》も取る事にした。 図鑑がわりとしても使えるし、知らない事だらけの異世界に行くとなると便利だろう。
残りのスキル枠は一つ。 どうするかな……
「おーいザリアー。 なにか欲しい生活系スキルはあったりするかー?」
部屋の隅にいたザリアがゆっくりとこちらを向く。
「何? スキルが決まらんないの? もしそうなら保留もありだと思うわよ。 今ここで決めきらなくてもいいんだし、必要に応じて取ればいいじゃない?」
意外な返答だった。 てっきり適当に返事されるかそもそも返事もされないかと思っていた。
「なるほど、そういうのもアリか。 まさかまともな返事が来るとは思わなかった……」
「アンタ、死にたいの? 私、女神なのよ?」
「今やそれも怪しいみたいだけどな…… それよりスキルが決まった。 どうすればいいんだ?」
「はぁ、まあいいわ。 スキルが決まったなら、スキル一覧の紙の印つけとく欄にチェックしといて。 そしたら取得になるから」
「了解。 それじゃほいっと」
七箇所にチェックマークを入れていく。 入れ終わると紙がみるみるうちに消えていった。
「本当にスキル取得したのか? 変わった感じがしないな」
「じきに分かるわ。 ようやく準備も終わったみたいだし、それじゃ行きましょうか。 死ぬ程嫌だけど、いつかは帰れるみたいだし、少しは頑張ってみるわ」
重い腰を上げ、ザリアがドアの方へ歩きだした。
「あぁ、いよいよこれから俺、榊 唯人の第二の人生の始まりだと思うと楽しみで仕方ない」
男子高校生憧れの異世界だ。 楽しまない手はない!
ザリアがドアの前で立ち止まると、俺の方を振り返った。
「ドアを開けたらゼイラードに転移するようになってるわ。 アンタがドアを開けなさい。 これは私の旅じゃなくてアンタの旅なんだから」
少しだけ、ほんの少しだけ、優しい微笑みをして、ザリアは俺を促した。
「ザリアが初めて女神らしく思えるよ」
俺もつられて少し笑顔になった。
「それじゃ、異世界生活、始めますかーーー」
ノブを掴み、ゆっくりと回すと、ドアが開いた。
俺は、異世界への第一歩を踏み出した。
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