星空と魔法使いの彼
私はうきうきしながら髪をとかして、ピンをつける。
うん。今日もダメではない……はず。彼がどう思ってるかわからないけど。
制服のリボンが斜めになっていないことを最後に確認して、家を出る。
少し歩くと、少し大きな交差点に着く。
私はそこで信号が青にもかかわらず立ち止まって、辺りを見渡す。
今日は会えるかな?
ドキドキしながら探していると、向こうから一人の男子生徒が歩いてくるのが見える。
その姿を見て、私の心は踊りだす。
「おはよっ!ひろ君!」
「ああ、おはよう。」
少しそっけなく返されるけど、いつも通りだから別に悲しくはない。
嘘。もう少し優しく返してくれてもいいと思うけど、そこまで望めない。
だって私はただの知り合いで恋人じゃないから。
「ねえ、ニュースでやってたんだけど、今日、流星群がすごい日らしいよ。見てみたいよね。」
ひろ君はあまり話してくれないので、私がどうでもいい話題を振る。
「ふーん。少し興味あるかも。」
「お!ひろ君が興味を持った!珍しいね!」
「星は好きだから。」
「そうなんだ!メモメモ。」
「しなくていい。」
ひろ君はそう言うと、少し早足になってしまう。
それに合わせて、私もすこし早足にする。
「ねえ、今日星見に行かない?いいところ知らないけど。」
「知らないのに誘うのか。」
ひろ君はそう言うと黙ってしまう。
うー。駄目だったか。一緒に見に行けると思ったんだけどな。
「まあ……」
私が少しネガティブになっていると、ひろ君が少し恥ずかしそうに頬を掻きながら、口を開いた。
「今日星見に行く予定だし……九時くらいに駅前通るからな。来るなよ。」
その一言に、私の心はまた踊りだす。
「わかった!九時に駅ね!約束だよ!」
「だから来るなって。」
全く。言っていいならそう言えばいいのに。素直じゃないんだから。
まあ、そう言うところも含めて好きなんだけどね。
授業中、私は夜のことが楽しみで仕方なかった。
その為、授業の内容がほとんど頭に入ってこなかったのは仕方ないと思う。
「さようなら。」
学級委員の掛け声に合わせて、クラスメイト達が微妙にずれたタイミングであいさつをする。
ちらりと窓のほうを見ると、少し雲が出始めていて、不安になってきた。
大丈夫かな?今日、星見えるよね?
そんな意味を込めて隣に座るひろ君を見たけど、視線に気が付いていないみたいで、鞄に教科書をしまっている。
「……よし。帰ろう。」
わざとだと思うけど、ひろ君はいつも帰るときにこのように帰るということがわかるように何かを言う。
その前に、ちらりと私のほうを見るのはなんでだろう。
私は一緒に帰ろうという誘いの意味だといいなと淡い希望を持ちながら、一緒のタイミングで教室を出る。
そのまま昇降口を出たところで、ひろ君はちらりとこちらを見て、一言。
「……ついてくんな。」
「方向一緒なんだからいいじゃん。それより、今日の約束忘れないでよ。九時に駅だからね?」
「約束した覚えはない。」
「じゃあ、今しました!」
「……もういい。」
めんどくさくなったのか、ひろ君はため息をつくと少し歩くペースを上げる。
私はそれに着いていくように歩くペースを合わせる。
ひろ君、足長いせいか歩くの早い!疲れる!
「もう少しゆっくり歩いてくれない?」
「お前はデブだから動くぐらいがちょうどいい。」
「酷い!体重には気を使ってるんだからね!私むしろ痩せてる方だし!」
「嘘だろ?」
そう言いながら、私の左の頬をつまんで引っ張ってくる。
「こんなに柔らかいのに太ってないのか?」
「ひゃ、ひゃめて!」(や、やめて!)
「顔赤いけど大丈夫か?」
いや、誰のせいだよ!!好きな人からボディータッチ(頬を引っ張る)をされてるんだぞ!
そりゃあ赤くもなるわ!
「だ、大丈夫だから、手を放して!」
「あ、悪い。つまみすぎた。」
ひろ君は頬から手を放す。
しっかり謝ってくれるのが、ひろ君の優しさを証明してると思うのは私だけなんだろうか。
友達に言ってもあまり理解されないけど。
「女の子にデブとかいろいろ言うのは酷いと思うよ?」
「それは認める。だが反省する気はない。」
「反省しろ!」
思わずつっこんでしまう。
「はぁ。なんでひろ君はそうかなぁ……まあいいや!約束、絶対守ってね!」
そう言った私への返事は、ため息一つだった。
泣いていいですか?泣かないけど。
「待った?」
九時ぴったりに私が駅に着くと、ひろ君は何やらスマートフォンをいじりながら、ベンチに座っていた。
「お前を待っていたつもりはない。天気予報を見ていただけだ。」
「そうなんだ。ありがとう。」
「だから待ってないって。」
「そう言うことにしておくよ。」
「……話が通じていない。」
ひろ君はため息をつくと、立ち上がって歩き始める。
しかし、数歩歩いたところで立ち止まる。
「これから行くところは、三十分ぐらい歩くが大丈夫か?」
「うん。ちゃんと運動靴で来たから。」
「……ならいい。」
そう言う心配をしてくれるところが、優しさを隠しきれてないと思うんだよなぁ。
そんなことを思いながら空を見上げると、晴れそうもないくらい曇っていた。
「着いたぞ。ここだ。」
宣言通り三十分歩かされて着いたのは、人気も明かりもない丘の上。
確かに、星があれば絶好のポイントだろう。
だが、生憎空は曇っている。
……残念だなぁ。
「星、見えないじゃん。」
「天気ばかりはどうしようもない。」
「だよね。はぁ……」
私は近くにあったベンチに腰掛ける。
すると、ひろ君が私の隣に腰かけてくる。
何かを言いたそうに私の顔をじっと見てくるので、自分でも顔が赤くなるのがわかる。
暗くてよかった。
「お前に聞きたいことがある。」
「あ、うん。なに?」
ひろ君の顔に見とれてたら、反応が遅れてしまった。
反省。
「その……俺はクラスでもあまり馴染めていないし、優しくもない。一緒にいてメリットはないと思うんだが、何で俺についてくるんだ?」
う……また答えにくいところを。
答えは決まっている。好きだからだ。
でも、それをこのタイミングで言う勇気はない。
「うーん。理由か……ひろ君に興味があるから、かな?ひろ君は一見不愛想だけど、結構優しいし、隠しきれてないから、気になっちゃって。」
私がそう言うと、ひろ君は『ばれていたのか……』みたいな顔をする。
しかし、すぐにはぁっと息を吐くと、すっと立ち上がる。
「お前には嘘がつけなさそうだ。誰も近づくなオーラを出していたと思うんだけどな……」
「皆には聞いてると思うよ。私は分かっちゃったけど。ねえ、どうして近づくなオーラを出すの?」
私がそう訊くと、ひろ君は答えにくそうに何回か口を開いては閉じてということを繰り返すが、何かを振り払うように頭を振る。
「決めた。お前には隠し事はしない。俺がわざと人に冷たくするのは、俺にはこれがあるからだ。誰にも言うなよ?」
ひろ君は一方的にそう言うと、曇っている空に手を翳す。
すると、空を覆っていた雲が一気に晴れ、満天の星空が空を埋め尽くす。
「……魔法?」
私はそうとしか言えなかったが、ひろ君はこくりとうなずいた。
「俺はお前を信頼して見せたんだからな?誰にも言うなよ?約束だからな。」
目の前でこんな不思議なことをされて、一瞬脳の処理が追い付いていなかった。
しかし、言葉の意味を脳が理解した瞬間、私は飛び上がらんばかりに嬉しくなる。
だって、ひろ君が私を信頼していると、そう言ってくれたから。
「ちょ!なんで泣くんだ!?泣くな、やめてくれ。何か悲しいことがあったか!?」
「ううん。違うのただ、私を信頼してくれたことが嬉しくて。」
もう、ここしかないと思った。
この気持ちを伝えるなら。今しかないと。
「ひろ君。これから私の言う言葉は私の本心だからね。一回しか言わないよ。」
私は一度大きく息を吸うと、ひろ君の目をまっすぐ見る。
「私、ひろ君が大好きです。付き合ってください。」
言った。
言ってしまった。
もう取り返しがつかない。でも、後悔はしていない。
ひろ君は暫く目を見開いて驚いていたが、暗闇でも分かるほどに顔を赤くする。
「……もだ。」
「え?」
ひろ君が何か呟いたが、声が小さすぎて聞こえない。
「お、俺もお前が好きだ。」
ひろ君はそう言うと、恥ずかしかったのか後ろを向いてしまう。
その言葉の意味を理解した私は、嬉しさのあまり後ろから抱き着いてしまう。
「うん!大好き!」
「ちょ!やめろ!恥ずかしいだろ!」
ひろ君のそんな慌てる声すら愛おしく思える。
ああ、今日は何て星が美しく見えるんだろう。
流れ星に願い事をする必要がないくらいに、私は幸せだ。
誤字、脱字がありましたら教えていただければありがたいです。