アイヨラ洞穴
▼――アイヨラ洞穴――
小さな町リアンから少し離れた山の近くにある洞穴。
ダンジョン化しており、モンスターが一定の間隔で沸き立つ。
ギルドから初級のダンジョンとして認定されているが、モンスターの弱さと入手できるアイテムの品質から最近ではあまり使われていない。
◇
アーサー一行は初級ダンジョン、アイヨラ洞穴にたどり着いた。
アイヨラ洞穴の天井には淡い光が幾つも灯り、その灯りは奥に向って続いていた。
「しかしまぁ、洞窟なのに松明いらんのはほんま助かるわ。ダンジョン様々やな」
ギルドが認定したダンジョン、その一部だけだがギルドによる整備がされているものがある。魔力を吸って光る明かりも、その一つだ。
アイヨラ洞穴も踏破のし易さ、またモンスターの弱さからギルドによる整備は進み、攻略が快適なダンジョンとなっている。
「けどなんかこう、冒険って感覚は薄れるなぁ」
綾香の言う事ももっともだ。下手に整備が進んでいると冒険している感覚が薄れるものだ。
「中級や上級のダンジョンともなるとそうも言ってられないよ。階層のあるダンジョンとかだと、一階進む毎に敵の強さや種類が大きく変わるって言うし」
「なら早よぅ中級に上がって冒険を楽しまんとな!」
そう言って気合いを入れる綾香。
ギルドに登録した冒険者は三つのランクに振り分けられる。
下級、中級、上級の三つだ。
ランクを上げるためにはクエストを規定数成功させた後に出る昇級クエストを成功させる必要がある。
「そう言えばアーサーさんは上級なんですよね?」
「まぁ、一応は」
飛鳥の言葉に苦笑気味に頷くアーサー。
「上級だとどんなダンジョンがあるんですか?あと俺も噂で聞いただけなんですが、デカい樹の中にダンジョンがあるって聞いて……」
飛鳥の言う噂のダンジョンの事を知っていたアーサーは行ったことはないが知っていると頷く。
「多分“世界樹”って言われてる奴じゃないかな」
「そう、それです! 俺、それ聞いてすげぇ見たくって」
興奮した様子の飛鳥に、アーサーは年相応な反応だと感じた。
アーサーに対して礼儀正しく大人びて見えていたが、飛鳥の本性と言うか、本来の姿を垣間見えてアーサーは嬉しく思った。
「僕もいつか行きたいって思うよ。最難関のダンジョンだから僕は多分潜れないけど、世界樹を見るためだけに行っても損はないって聞くし」
「樹のてっぺんが雲に隠れて見えないって本当なんですかね?」
「本当らしい。で、天気が良い日、それもごく希にだけど樹の上の方が見えるらしい。雲の向こうに大樹の輪郭がぼんやりと浮かびあがるんだ」
「うわぁ……初めてみた大樹がそれだったらヤバいですね」
「いや、むしろ僕は曇りの方が良いな。大樹の幹だけ見て驚いて上の方は想像だけしておく。で、晴れの日に見えた大樹の姿にまた驚くんだ」
「なんと言うか、通、ですね」
「世界樹の事を教えてくれた人に教えて貰ったんだ。まぁどっちにしても僕らの想像以上のものだって思ってたおいた方が良いだろうね」
「なんや二人とも、見たことないもんでぺちゃくちゃ喋りよって」
アーサーと飛鳥の会話に綾香が乱入して来た。
「何だよ綾香、別に良いだろ?」
「ええわけないやろ、わたしらがなんのためにダンジョンに来たか忘れたん?」
親指で洞穴の中を指差す綾香。
「そう言う雑談はせめて進みながらやってもらわんと、わたしと椎名だけ何もせずポツーンとしてればいいの?」
「う……わ、悪かったよ」
「んっ!わかったなら良しや。ほな行くで?」
アーサー達はアイヨラ洞穴内へ歩き出す。
◇
洞穴内は地面が踏み均されている事もあり歩き易い。
一行は特に疲れを見せる事無くダンジョンの中腹まで進んだ。
「今日は魔物の姿が見えないな……昨日は面倒なくらいいたのに」
飛鳥は洞窟に入ってから一度もモンスターと遭遇してないことが気になるらしい。
「それは多分、昨日わたしらが食い散らしたのが原因や」
ダンジョン内にモンスターが沸く理由は、一説によるとダンジョンが魔力を消費して生み出すとされている。
そしてモンスターは一体一体生成されており、モンスターの数が元通りになるには少しの時間が必要なのだ。
「ただ例外もあって、モンスタートラップ、いわゆる沸き部屋にはこの法則は当て嵌まらん。冒険者が罠に掛かると一斉に沸いて襲い掛かるようになってるんや」
綾香の説明にアーサーはしきりに頷いた。
「そうか、あの沸き部屋はそう言うわけだったのか」
「経験があるんですか?」
飛鳥の問いかけにアーサーは頷いた。
「まだ中級にあがったくらいの時だったな。綾香みたいに詳しく理解してたわけじゃないけど、冒険者達の中でもモンスターが沸かなくなる理由は大体わかってて、僕らはそれを利用してダンジョン内のモンスターを減らして安全に探索しようと考えた。ダンジョン内で不意を突かれないように、ダンジョンに入ってすぐの所でモンスターが集まり易くなる御香を炊いて半日以上戦い続けたんだ。他のパーティーの助けもあって凄い数のモンスターが倒せたよ。で疲れを癒して翌日ダンジョン内を探索した。僕らの狙い通りモンスターはほとんど出なかった。けどある小部屋に僕らパーティーが踏み入ると、突然凄い数のモンスターが現れたんだ。いやぁ、あれ以上の修羅場は対ワイバーン戦くらいだったよ」
「良く大丈夫でしたね」
「僕もそう思う。それにしても綾香は良く知ってたねそんな事」
アーサーが聞くと、綾香は得意げな笑みを見せて胸を張った。
「どや! 流石やろ? こっちの大陸来る前、ダンジョンの事を結構調べてたんよ。ダンジョンの学術書なんてのも結構あってな?古いのから新しいのまでそれこそ昼夜忘れて読みふけったもんや」
「本、か。文字なんてあんまり読めないからな」
「あー、こっちの人って自分の国の文字すら読めん人が多い言うしな」
「読むのはまだいいんだ、まだ。なんとなくわかるから、でも書くとなると……って言うと、君らの国の人は」
「大和の子供は二つで立ち上がって四つで文字を読んで六つで書を書く、なんて言われとるんよ。飛鳥と椎名の二人も、読み書きくらいはできるで?」
飛鳥と椎名を見ると二人とも頷いた。
「凄いんだな、大和って国は」
「でも本を山ほど読むなんてことするの、大和でも綾香くらいなんですよ。こいつ基本アホなくせして頭良いんで」
「にゃにおー!誰がアホや誰がー!」
「本を読みすぎて飯食うこと忘れて餓死しかけるなんてことすんのも、大和じゃお前くらいだろ」
「むむむ……」
「何がむむむだ」
綾香と飛鳥、二人が言い合う姿を見てアーサーはふと思った。
三人は……綾香と飛鳥、そして椎名は一体どういう関係なんだろう、と。
椎名は綾香の従者のような扱いだ。では飛鳥は?
「姫、何かが来ます」
椎名が言った一言で、アーサーや綾香達の雰囲気がガラリと変わる。
「数は?」
「一つ。足音が複数……おそらく四足歩行です」
「流石やな椎名。アーサー君、このダンジョンに四足歩行のモンスターはどれだけおるん?」
尋ねられ、このダンジョンに精通しているアーサーは対象のモンスターが一体だけなのを思い出した。
「灰色狼だけだ」
「よっしゃ、幸先良いで」
綾香が鉄扇を懐から取り出し広げるのとアーサー達の前にくすんだ灰色の毛の狼が現れたのはほぼ同時だった。
「椎名、今回は見とれ」
綾香が言うと既に斬撃の構えを取っていた椎名が頷き大きく一歩下がる。
「綾香?」
「今回はアーサー君の番や。剣術、やれるんやろ?」
「……うん。わかった」
アーサーは鞘からブロードソ-ドを抜き、両手で柄を掴む。
相手は下級の雑魚、しかし油断すれば怪我をすることもあるかもしれない。
一切の油断を捨てアーサーは戦いに挑んだ。
「はっ!」
灰色狼が攻撃するより早く、アーサーの攻撃は放たれた。
切っ先が灰色狼の身体を捉えその身を切り裂く。
が、浅かったのか一撃では仕留めきれず、灰色狼は怯むものの反撃に移る。鋭い牙がビッシリと生えた口が大きく開かれ、アーサーに食らい付こうと飛び掛って来た。
「っ!」
飛び掛って来た灰色狼を剣の腹で受け止め、灰色狼の横腹を蹴り上げる。
ギャン、と鳴く灰色狼の首に滑り込ませるようにブロードソードを叩き込む。
「……こんな、感じかな」
戦闘はアーサーの勝利で終わった。
灰色狼はドラクエ3で言うフロッガー