地獄の業火に未来永劫、焼かれ続けるが良い!
第三章 地獄の業火に未来永劫、焼かれ続けるが良い!
出来ませんでした。
見事、シーツに世界地図を描き出すことに成功しました。
この忌まわしい生理現象とは、六才のときに縁を切ったはずなのに。
嘘です。
鯖、読みました。
ホントは九才の時が最後です。
だからって、今になって記録更新する必要ないじゃないですか。
この年での失敗は、中々に心の傷になりますよ。
わたしはこの怒りを、どこに向ければいいんでしょうか。
ここに連れてきたサタンさんですか。
結界貼ったメイドのお姉さんですか。
いや、勇者さんでしょう。
大抵、勇者さんが諸悪の根源なんです。
勇者さんがいなければ、サタンさんに召喚されもしなかったし、結界も貼られなかったし、こんな失敗だってしなかった。
つまり、勇者さんの存在が悪なんです。
勇者さん許すまじ。
わたしはこの時、勇者さんへの復讐を堅く誓ったのです。
メイドのお姉さん(お前も許さない)が朝食の用意が出来たと知らせに来たので、陰鬱とした気分で食堂に向かうと、サタンさんが既に席に着いて待っていました。
「おはようございます」
「お早う御座います、魔王様。昨晩は良くお眠りになられましたか」
お願いですから、傷口を抉らないでください。
知ってて言ってるんでしょうか、黒い。
流石は魔界の住人、黒い。
「心地の良いベッドでしたから、ゆっくり休むことが出来ました」
大嘘です。
いや、眠る分には、そこそこ眠れましたけど。
あ、周りのメイドのお姉さんとか、執事のお兄さんとかが、クスクス笑ってる。
小声でおもらし魔王って聞こえてくる。
心が折れた。
死にたい。
死んだ。
殺された。
社会的な意味で。
魔王、享年十二才。
貴様らを殺してわたしも死ぬ。
もう誰も信じない。
信じられない。
魔王って孤独ですね。
「成程、魔王様は、昨今の勇者情勢をお知りになりたいと」
相変わらずの難聴っぷりです。
自分のペースに巻き込む、というスキルは見習うべきものがありますが。
「勇者の軍勢はどこからともなく、現れるのです。人数は多い時で百。少ないと二、三です」
あれ、意外と人数少ない。
てっきり赤壁の曹操軍や、北条討伐の豊臣軍並の数を予想していましたが。
気づいた方もいらっしゃるでしょうが、わたしは歴史好きです。
歴女ではありません。
歴史好きです。
傍から見れば、同じかも知れませんが。
なので、古典的な戦なんてものには、少々興味をそそられるところがあるのです。
「こちらの軍勢はどのくらいでしょうか、それに武器は、補給物資も重要ですね」
あまり乗り気なのを悟られても面倒です。
いや、乗り気じゃないですよ?うん。
ゼンゼンノリキジャナイデスヨ。
それにしても、この中華粥美味しいですね(話題逸らし)
「はっ、こちらの軍勢は総勢六十六億六千六百六十六万六千六百六十六。武器は人間界と同じ物を設えてあります。補給物資が不足する心配は御座いません」
空前絶後のスケール。
仮に第三次世界大戦が発生しても、この超スケールでは展開されないでしょう。
武器の中に、核が含まれてませんように。
核ダメ、絶対。
魔界の住人は放射能くらい、耐える気もしますが。
「良かったら後で、武器を見せて頂きたいのですが」
さらっと魔王権限発動。
危険なものがあったら、排除しなければ。
「魔王様の御心のままに」
魔王なのか神なのか、よく分からない崇め方をしますね、サタンさんは。
それ以前に、やっぱりちゃんと聞こえてますよね。
油断なりません。
中華粥を頂いたら、食後にお紅茶も頂いて、その後、武器を見に行きますか。
食後のお紅茶は何にしましょう。
朝ですし、セイロンにしますか。
あ、食後のデザートは出ないんでしょうか。
抹茶ティラミスを食べたい気分です。
しかし、いざ勇者さんと戦うとなると良心が流石に・・・
わたしにも良心があるのです、米粒ほどですが。
「勇者はどこからともなく現れ、突然に去り、中には同じ容姿の者も居ります。勇者がどこから現るか、私共には全く、見当も着かないのです。特に勇者を打ち倒した時、その骸が突然に消え去ってしまうのが、一番に不可解なのです」
サタンさんは他者の心を読むスキルでも、お持ちなのでしょうか。
ですが、これで総て理解しました。
そう、ここは異次元なんかではないのです。
「ゲームの中みたいな、なんか、なんか!そんな感じです!」
すみません、やっぱり、総ては理解出来てなかったです。
でも、勇者さんは勇者さんであって勇者さんではない。
何を言ってるんですか、わたしは。
いや、けど、生身の人ではないのは、確かです。
それが分かったのは大収穫です!
これで心置きなく、勇者さんを屠れるというもの。
あ、勇者さんを塵に返せるというもの。
あまり変わりませんでした。
「魔王様、魔王様」
レンゲを落としてしまいました。
現代の利休と呼ばれる、わたしがはしたない。
でも、いきなり、空を飛んでるコウモリさんに話しかけられたら、誰でも驚くと思います。
話せたんですね、コウモリさんも。
そもそも、当然の如く人間の言葉(しかも日本語)を使いこなす、魔界の住人。
専属の家庭教師でも、いるんでしょうか。
「魔王様、勇者が攻めてきました」
「は?え?」
唐突な宣戦布告。
しかもこっちが、呑気に朝食を摂ってる間を狙うとは。
不意打ちとは卑怯です!
でも、勇者って大概卑怯ですよね。
いやいや、そんなこと言ってる場合じゃない。
「数はどのくらいです?来た方角は?」
冷静な現状分析こそ、勝利の鍵です。
「数は二十くらいです、魔王様。方角は南です、魔王様」
どこまで信用出来るか分かりませんが、他に情報もなさそうなので、この情報を元に対処法を考えましょう。
こっちの軍勢も相当だから、適当に誰か派遣して・・・いや、でも勇者さん一行、一度この目で確認するべきでしょうか。
敵を知り己を知れば、百戦して百戦危うからず。
ここはやはり、自ら出向くべきでしょう。
となると、武器が必要ですね。
人間界と同じ物って、一体、何があるんでしょうか―
大発見です。
飛べた。
わたし、飛べた。
そんな発想、普通、人にはありません。
サタンさんに指摘されて、ようやく気付きました。
肩の辺りに羽が生えています。
小さな、ホントに小さな黒い羽が。
昨日、お風呂に入る時には確かになかったです。
ということは、一晩経って生えてきた、ということでしょうか。
サタンさんのみたいに、グロテスクなのではないので、良いですけどね。
小さな羽くらいなら良いですが、新しい腕が生えてくる、みたいな展開は全力で拒否させて頂きます。
そんな訳で現在、空の上です。
サタンさんやメイドのお姉さん(絶対許さない)やコウモリさん達と一緒にお空を散歩中。
魔界の住人は皆さん、空を飛べるようです。
発見といえば、魔法も使えました、わたし。
でも呪文が長すぎます。
あんな長ったらしい呪文、唱えてる間にザクっとやられますって。
使うとして、回復魔法くらいでしょうか。
魔王に使えるか不明ですが。
倒されたところで「ふははは、わたしを倒したところで、第二、第三の魔王が・・・」で総て解決するポジションですから、回復魔法は使えそうにないですね。
それにしても、まさか武器庫にこんな代物があったとは。
―と、勇者さん一行発見です。
剣に盾、弓と杖。
見事な勇者さん一行です。
女性陣が全員、ミニスカートなのが気に食いませんが、多少は目を瞑りましょう。
「わたしが先行します」
今のわたしに、怖いものはありません。
フラグ?いいえ、見ていてください。
勇者さん一行の前にふわっと、軽快な着地。
わたしは見た目、人ですからね。
サタンさんみたいなのが一緒では、即、攻撃されます。
勇者さん一行も予想通り、戸惑ってるご様子。
魔王なら、ここでらしく名乗りやら、前口上やらを、かますのでしょうが、みすみす隙を作る必要はありません。
「勇者さん御一行ですよね?」
とびきりの笑顔。
全力の作り笑顔。
「あ、あぁ、そうだけど・・・君は?」
確認は取れました、先手必勝。
右手で背中の後ろに隠し持っていた、火炎放射器を両手持ちに変え、勇者さん達が戦闘態勢に入る前にファイアー。
コウモリさんの情報通り、二十人程度居た勇者さんは、一瞬で消し炭になりました。
実際にはサタンさんが言った通り、炎に包まれた瞬間、光の紙吹雪の様になって、消えてしまったのですが。
あっけない初戦でした。
あまりの圧勝に自然と笑いがこみ上げてきます。
「ふっふっふっふっふ・・・見たか、勇者!地獄の業火に未来永劫、焼かれ続けるが良い!」
メイドのお姉さんが、わたしと目を合わせただけで「御免なさい!御免なさい!御免なさい!」と、今にも泣き出しそうになっていたのは、きっとあの時の心の声が、口から漏れていたに違いないのです。
第四章 残酷な描写の為、以下略 へ続く