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ずっと二人でいよう

作者: 竹仲法順

     *

 朝ベッドから起き上がると、弘次(こうじ)がサイドテーブルにスマホを置き忘れたまま部屋を出ている。幾分だるかったのだが、起き出し、コーヒーを淹れるためキッチンへと入っていく。さすがに疲れていたのだし、寝汗も相当掻いていた。だけど今からシャワーを浴びる時間はない。通常通り会社に出勤だからだ。水で塗らしたタオルで顔や首周りなどに掻いていた汗を拭き、コーヒーを一杯ホットで淹れて飲む。気付けのコーヒーはやはりホットに限る。熱いコーヒーが眠気を取ってしまうのだ。基本的に朝は食事を取らないのだし、出勤するにしても、業務に必要な携帯型のノートパソコンや充電済みのスマホ、それに昨夜作っていた会議用の資料などをカバンに詰め込み、部屋のキーを持って歩き出す。弘次はそそっかしい。スマホを置き忘れるなんて普通有り得ないことだ。だけど彼のそんなところも好きになっていた。弘次は普段あたしのいる会社と同じ街にあるゲームソフト会社でクリエーターをやっている。スマホがないと困るだろう。何せデータなども入っているのだし……。マンションを出て歩きながらも、弘次がスマホ以外に携帯などは持ってないことに気付く。だから仕方なかった。今度来るときまで管理するつもりでいる。自宅マンションの合鍵は確かに作って渡していたのだが、彼がそれを使って入ってくることはほとんどない。しばらくは来ないだろうと思っていた。あたしも携帯しているパソコンの他に会社で使うパソコンがあったのだが、フラッシュメモリを二本持っていたのでデータ自体容易に移したりすることが出来る。ずっと社ではパソコンに向かったままだ。あたしも企画会社の社員の一人だったのだし……。

     *

大笹(おおざさ)さん」

「はい」

「今度君が出した企画、なかなか面白いよ。もしかしたら採用するかもしれないから、そのときはチーフである私の言う通りにして」

「分かりました」

 課の主任である高川はほぼ全ての企画書に目を通している。あたしだけでなく、他の社員が打った書類も読んでいるようだった。シビアな上司で大抵ボツにするのだが、今回あたしの出した企画書はものの見事に当たったらしい。高川とは長年ずっと一緒に仕事をしている。あたしも慣れてしまっていた。彼が部下たちを見る目は鋭いし、時として牙を向けることがある。だけどそれが自然だと思っていた。上司として高川はしっかりしている。あたしもそう認識していた。だからずっと一緒の職場で仕事が出来るのだ。三十代のあたしよりも一回りぐらい上なのだが、ツーカーで通っているのだった。またデスクに戻り、キーを叩き始める。疲れていたのだが、企画が一本通ったとなると、やりがいがあった。何かアドレナリンが注入されたとでもいうのか……?ランチ店でのお昼を挟み、休憩を取った後、午後からの仕事に精を出した。あまり焦らずに行くつもりでいる。焦っても仕方ないので。

     *

 その日の午後八時前に自宅マンションに帰り着き、七階の自室を見上げると、電気が付いている。これだと多分弘次が来ているのだろう。あたしも何気に七階フロアへと行き、自室の玄関の扉のノブを右回しに回してみた。開いている。彼が中にいることが分かり、

「無用心よ、もう」

 と言うと、弘次がキッチンで料理を作っていた。そして出来上がった分を皿に盛り、テーブルに次々と置いていく。さすがに食事を作ってくれる男性は格好の恋愛対象となる。あたしもそう思って出来上がった料理を食べ始めた。美味しい。ゲームクリエーターよりも返って料理人の方が向いているのかもしれない。実際、彼は調理師の免許を持っている。その手の学校で講習を受けて国家試験に合格しているようだった。あたしも弘次が作ってくれた料理を食べていると、空腹だったのが満たされる。彼も付けていたエプロンを取って、

「腹減ったな」

 と言い、食事を取り始めた。冷蔵庫からアルコールフリーのビールを二缶取り出し、一缶をあたしに手渡して飲み始める。ゆっくりと夕食の時間が流れた。半分夫婦のようなものだ。ずっと一緒にいるので。そして食事を取り終わった後、二人で入浴した。混浴は絶好のスキンシップとなるのである。何にも増して。

     *

 バスルームで裸を曝し合いながら、髪や体を洗い、寛ぎ続ける。弘次があたしの体に冷たいシャワーを掛け、肌を引き締めた。あたしも彼の体に掛け返す。その繰り返しだった。ゆっくりとし続ける。疲れも残らず取れてしまった。一緒に入浴するうちに。そして風呂上りに作って冷蔵庫で冷やしておいたルイボスティーをグラス一杯飲む。さすがに喉が冷えた。ゆっくりとリビングのベッドの上に寝転がり、足を伸ばす。昼間きつかったことも夜になれば忘れられた。彼と共にいることで。ずっと昼間企画を考え続ける。パソコンのキーを叩きながら。それがあたしの仕事だった。一方で彼はゲームクリエーターだ。客が楽しめるゲームを作るのが仕事である。でも昔からいろんなゲームが出ていて、ネタ切れも程近いらしい。確かこの間会ったときも、そんなことを言っていた。新作は旧作の焼き直しのようなものになることもあるようだ。どっちの世界にいるにしても大変だなと思った。互いに作る者同士だったが……。

     *

「これからもずっと一緒にいようね」

「ああ、分かってるよ。……俺もそんなこと思ってた」

「もしかして弘次って、あたしの心の中見抜いてるの?」

「うん、まあね。俺も結構いろんな人間観察してるから」

「疲れてる?」

「ああ。……だけど君と一緒にいると忘れられるよ。仕事の憂さとか、同僚でも嫌なヤツらの顔なんかをね」

「弘次もお仕事無理しちゃダメよ。あたしも人のこと言えないけど」

「うん。明日も仕事だしな」

 彼がそう言って、忘れてはいけないと思ったのだろう、テーブルに置いていたスマホを持っていたカバンに入れ、ベッド上でウトウトし始めた。脇からそれをずっと見守り続けている。疲れているようだった。やはりクリエーターは職業上、脳を酷使するので疲れると思う。あたしも似たような仕事をしていて、単にやっていることが少しズレているだけだったが……。

 ゆっくりと一日が終わる。ちょうど午後十一時で、明日は午前七時に起きないといけない。きついのだが、これが一日の流れだった。あたしも数回深呼吸したら、幾分間を置いて眠りに落ちる。また明日待っている業務があることは胸の内に収めておいて……。それに弘次の前で口にした「これからもずっと一緒にいようね」という言葉も忘れずに……。夏の夜の寝苦しさが幾分あって心身ともに掻き乱されるのだが……。

                                 (了)


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