1-2
「…えーっとですね……」
「…………」
俺は今、一人の女性に追い詰められていた。しかも、かなりピンチ。
なぜならその女性は木刀を持っているからだ。さらに言うなら、女性は制服を着ているが女子高生にしては大人びているように感じる。背は同年代にしては少し高い感じがする。スタイルもいい。出てるところは出てる。髪は黒のストレート。すべてにおいて、俺の好みだ。―以上、俺の理想の女性像解説終了。
ふと女子高生の顔を見ると、彼女は少し顔を赤くしていた。はっきりしないから怒っているのか?
「あなた今、破廉恥なことを考えていませんでしたか?」
「えっ、破廉恥!?」
スタイルについてどうこう思うのは破廉恥なのか?―というより破廉恥って言葉、久しぶりに聞いたな。最後に聞いたのはいつだったか。うーん、思い出せない。
「それよりも、あなたは何者ですか?校門の前で何をしているのです?」
おっとそうだ。俺は木刀女子高生に追い詰められているんだった。破廉恥について考えている場合ではない。―それより、木刀を人の顔に向けるな。危ないだろ。いや、そもそも何で木刀なんか持っているんだ?見た目とは違い、実は何かの族のリーダーなのか?
「どうしました、なぜ答えないのですか?……まさか、変質者?」
「ち、違げぇよ!」
まったく失礼な人だ。しかし、変質者と思われても仕方がないのかもしれない。何せ、校門前で立って校舎をじっと見ていたのだから。
なぜ俺が変質者呼ばわりされ、木刀で追い詰められているのか。話は30分くらい前まで戻る。
俺と仕事の同僚の橘詩帆は退魔業のため、この街に引っ越してきた。
俺たちは駅からタクシーで上司に言われたアパートへと向かったのだが、詩帆が「学校を見たい」と言うので、アパートを後回しにして明後日から通うことになる学校「鎮守高校」を見に来た。
―ところまではよかったのだが、問題はここからだ。
詩帆が勝手に校舎へ入ったのだ。
時刻は午後5時。土曜日ということもあって人が少ないからバレないだろうと思ったのだろう、このバカは。
俺は止めたぞ。そもそも俺は行きたくなかったのだ。なぜかって?疲れてるし眠いからだ。
俺の制止を振り切り、校舎へ入っていった詩帆の後を追おうとしたら、俺が木刀女子高生に見つかり、そして現在に至る。
さて、俺に与えられた選択肢は二つ。
一つは正直に話す。ようするに、明後日からここに通うものです、と言うのだ。変質者の方じゃないぞ。
もう一つは逃げるというのがあるが、これはやめた方がいいだろう。
人前で普通の人間を超えた身体能力を見せてしまうと、いろいろと問題が出てくる。これから俺はあくまで学生の一人として、日常を送らなければならないのだ。少なくとも明るいうちは。目立つ行為はするなって上司に釘を刺されてるし。
「俺は、明後日からここに通うんです。だから、どんな学校なのかなと思って見に来ただけです」
そういう訳で、俺は正直に話した。
「そ、そうでしたか……。それは、失礼しました」
女子高生はさっきまでの凛凛しい顔から申し訳なさそうな顔になり、木刀を下ろした。どうやら信じてくれるらしい。話が分かる人で助かったぜ。
「ですが、なぜコソコソとしていたのですか?あれでは怪しまれても仕方がないと思いますが……」
「……別にコソコソしてたつもりはなかったんですけど」
そんなに俺って怪しかったのか?なんかちょっと傷付くな。門の外から校舎を眺めていただけなのに。―充分怪しいか。
「私は、榊原美鈴と言います。三年生で剣道部の部長を務めています」
なるほど、剣道部だから木刀持っているのか。―あれ、そこは竹刀では?
「?どうかしました?」
「い、いえ、何でもないです……」
あまり深く問わないことにしよう。初対面だしね。それに墓穴を掘ることになるかもしれないし。
「俺は篠宮煉です。二年生でクラスは、えっと……まだ分かりません」
「篠宮君、ですか。ここで会ったのも何かの縁でしょう。覚えておきますね」
「煉さ~ん、何してるんですか?中に入ってみましょう……って見つかってる!?」
榊原先輩との自己紹介が終わったところで、手を振りながら、こちらに向かってくる詩帆の姿が見えた。人前で大きな声で名前を呼ぶなよ。恥ずかしくなるだろ。
「あなたは?」
「あ、は、初めまして。私、橘詩帆と言います。明後日からこの学校に通うから見に来たんです!」
「え?あなたも?」
榊原先輩は少し驚いた顔で俺を見てきた。
あ、これはちょっとヤバいかもしれない。同じ日に二人も転校生が来るなんてことは、めったにないことだろう。兄妹とかだったら話は別だが、残念ながら俺も詩帆もフルネームで名乗ってしまった。つまり、兄妹という設定はもう通じない。―さて、どうしたものか。
「二人はお知り合いなのですか?」
「はい!」
ぐはっ。詩帆のやつ、正直に言いやがった。正直なのは良いことだが、時には嘘も必要なときがあるんだぞ。バカ正直だけでは、社会で生き延びることはできないと俺は思う。悲観しすぎかな?
それはともかく、今はこの状況をどうにかしなければ。先輩の中では俺と詩帆は知り合いという設定が出来上がった。―ここは、出たとこ勝負だ。
「えっと、ついさっき知り合ったばかりです。彼女も学校を見に来たらしく、そこでばったりって感じで……。いや、ものすごい偶然だなぁって話もしてたんですよ」
わかっている。自分でも、これは苦しい言い訳だということはわかっている。しかし残念なことに、俺は不器用な人間だ。嘘も必要だと言っておきながら、この様だ。こんなことになるのなら、直属の上司である天司さんから上手い嘘のつき方のレクチャーを受けるべきだったかな。あの人の嘘はすごいからな。詐欺師も真っ青になるほどだ。詐欺師を騙すところを見たことないけど。ちなみに俺は何度も騙された。
そして詩帆よ。何を言ってるんだ、と言いたそうな顔をするのはやめろ。俺の気持ちを察してくれよ。それから、もう黙っててくれ。いや本当にもう、これ以上は個人的にヤバい。
「そうですか。それは偶然ではなく、運命みたいなのを感じてしまいますね」
ええっ!?信じちゃったよ、この先輩。見ず知らずの人の言う事を簡単に信じるのは、どうかと思うぞ。
こんなこと言う俺って、心が汚れているのだろうか。心が綺麗だから、先輩は俺の言う事を信じるのだろうか。だとしたら、先輩に申し訳なくなってくる。
だからと言って本当のことを言うわけにはいかない。俺と詩帆は、ある意味“存在していない”のだから。
「それじゃ、俺はそろそろ帰ります」
何だかこの場に居づらくなってきたから、俺は帰ることにした。
「そうですか。ご縁があればまた会いましょう」
先輩は優しい笑みを浮かべながら、そう言った。俺にはその笑顔が眩しく見えた。
「……失礼します」
俺は一礼して学校を後にした。後ろから詩帆の「失礼します」という声が聞こえ、こちらに近づいてくるのを感じた。―他人という設定なのに一緒に帰ったら怪しまれるだろ。
腕時計を見ると、もうすぐ6時を迎えようとしていた。
まもなく逢魔が時。“闇の住人”が動き始める頃だ。俺も詩帆も“闇の住人”として活動を始める。
「さて、狩りの準備をするか」
*
(不思議な人でしたね)
美鈴は二人の姿が見えなくなると、呟いた。
(ですが、ただの転校生ではないような気がします)
煉を見かけた時、挙動不審のような態度だったので変質者かと思ったが、話をしてみると普通の男子生徒だった。
しかし一瞬だけ、煉が帰ろうとした時、本当に一瞬だけ“人ならざるもの”の気を感じた。ただの勘違いかもしれないが、煉からそんなものを感じた。
(それに悲しい目をしていた……)
美鈴は煉が背中を向ける直前、悲しそうな目をしていたことにも気付いていた。
(もう少し、篠宮君と話をしてみたいですね)
そんな事を思いながら、ふと時計を見ると6時になろうとしていた。
(そろそろ帰った方がいいですね……)
美鈴は笑みを消し、凛凛しい顔になり、学校を後にした。