1-1
「…ん……きて……」
遠くの方から声が聞こえる。
「……さ……さい」
また声が聞こえた。気のせいか妙な揺れを感じるが、それがまた心地よかった。
「れん…おき…くだ…」
声がだんだんはっきりと聞こえてくるようになってきた。あれ、今俺の名前が聞こえたような気がしたが……。
「れん…おき…ださ…」
やはりそうだ。誰かが俺の名前を呼んでいる。俺の名前は煉だからな。いやしかし、俺が呼ばれているとは限らない。他にも「れん」という名前の人を呼んでいるのかもしれない。例えば、最近ニュースでよく見る、何とか分けとかいうやつで注目されたあの女性は確か―
パシンッ!
「いてっ!?」
頬を叩かれた。テレビでお笑い芸人たちが罰ゲームでビンタされて大袈裟に痛がっているのを見るが、はじめてビンタを受けてその気持ちがわかったような気がした。どうでもいいが、ビンタははじめてだが、グーで殴られたことはある。姉ちゃんとかじいちゃんとか親父とか。……家庭内暴力で訴えることできるんじゃね?
「煉さん、起きてくださいっ!もうすぐ着きますよ?」
そう言って俺を起こす、もとい、俺にビンタした少女―橘詩帆が俺の前に立っていた。
「ん……。やっと着いたか……」
俺は大きなあくびをして体を伸ばす。
俺と詩帆は現在、新幹線に乗っている。目的は観光、と言いたいところだが全くの正反対。「仕事」である。しかもただの仕事ではない。分かりやすく言ってしまうと「悪霊退治」である。
日本は表向きは至って平和であるが、その裏では「霊魔」という化物が人々を襲っているのである。霊魔は夜にしか現れず、やつらは「門」を通り人間の世界へやってくる。霊魔は物に取り憑き襲いかかってくることもある。生きている人間にも取り憑くし、死体にも取り憑く。しかも、普通の人間の武器では倒せないから厄介である。
そこで俺たち「退魔士」の出番である。
「退魔士」は普通の人間にはない特殊な能力を持っている者たちである。歴史も長く、始まりは平安時代で現在も続いている。退魔士たちは術や特殊な武器を使って霊魔を殲滅する。例えば、陰陽師も退魔士の一つである。しかし、退魔士の存在は公にされることはない。闇の存在である霊魔を相手にするのだから、退魔士も闇の存在だ。化物が街中で暴れているなんてことが報道されたらパニックになるだろうから、そこは権力という頼もしいものを使っていろいろと規制をかけるのである。ちなみに退魔士の存在を知っているのは天皇と政府のほんの一部の人たちだけである。政府の中にも退魔士の機関は存在し、本部が京都にあるのだが当然極秘扱いである。
そして俺、篠宮煉はその“機関”所属の退魔士の一人なのである。とは言うものの、俺の所属は諜報部で仕事のほとんどが資料の整理というなんともつまらない、そして暇な部署である。こんな事を“機関”の人に聞かれたら、こっぴどく怒られるだろうな。上司は賛同してくれるだろうけど。
ちなみに橘詩帆も諜報部の退魔士で俺と同期である。しかし、詩帆は俺より一つ年下なのだ。年下の同期って個人的に複雑だ。まあ学校じゃないんだからそういうこともあると言われるとそこまでなのだが。
そんな俺たちがなぜ、遠路はるばるやってきたのか。決まっている。上司に行けと言われたからだ。
「内職ばかりしてたら健康に悪いだろ?若いんだから、たまには外出て働いてこい」
そして言い渡されたのは「都内の退魔士と一緒に霊魔退治をしろ。期限はなし」いや、“機関”にはそういうの専門の部隊があるんだから、別に俺が行く必要ないですよね?しかも無期限って一生終わらないですよ?
一応反論してはみたが、我が上司様は権力というものが好きらしく「命令だ」の一言で解決してしまった。俺も出世できたら、そんなことしてみたいなぁ。きっと部下はすごい嫌な目で見るだろうなぁ。今の俺がそうだもん。
そんなわけで、俺と詩帆は都内にやってきたのである。詩帆は初めてなので窓から見える景色に目を輝かせていたが、一方の俺は複雑な気分だった。
俺は都内の生まれだが、家庭の事情で故郷を離れていた。はっきり言えば勘当されたのである。
俺の家は名門退魔一族の一つ「桐生」で、つまり俺の本名は桐生煉なのである。篠宮というのは俺を保護してくれたじいちゃんの名字だ。
桐生の次期当主として育てられたが、俺には致命的な欠陥があった。術が使えないのである。
桐生家の人間は、先祖代々伝わる術を持っている。個人差はあれ、だいたい5歳くらいで発動できるようになるのだが、俺は勘当される10歳になっても術を発動できなかった。ちなみに今でも発動できない。
これでは桐生の術を後世に残すことができないと判断した一族は、俺を次期当主の座から下ろした。それからはとにかくひどい目にあった。特に同年代の少年退魔士たちに受けたいじめが当時の俺には堪えた。今でもちょっとしたトラウマになっている。
そして先程言ったとおり、俺は勘当されてしまったのである。俺は田舎にいるじいちゃんの元へ行き、そこで5年間退魔士になるための修行をした。そして俺はとんでもないものを手に入れてしまったのである。
「鬼」の力である。
退魔士になることがほぼ不可能と言われた俺が、退魔士になれた原因である。
どのようにして手に入れたのか、はっきりと覚えていないのだ。
どうしても退魔士になりたいとじいちゃんにすがったら「地獄の試練を受けてもらう」と言われたところから覚えているのだが、何をしたのかは記憶が曖昧になっている。しかし、俺は確かに「鬼」に会った。そして「鬼」に何かされたのも覚えている。その何かは覚えてないけど。そしてそこからまた曖昧になり、気が付くと布団の中で眠っていた。
そんなこんなで俺は退魔士になれたのである。そしてじいちゃんに薦められて3年前に“機関”に就職した。
俺の17年間の人生を簡単にまとめると、こんな感じだ。こんな人生を送る17歳はそうそういないぞ。特に「鬼」に会ったところが。
ほどなくして新幹線は駅に着いた。いよいよ因縁の地での仕事が始まる。
「もしもし、俺です。……ええ、今着きましたよ」
俺は駅前で携帯をかけていた。相手は諜報部部長の門倉天司。俺たちの上司だ。
かつては最強の退魔士の一人で「神炎の獅子」と言われ法術では右に出るものは現在もいない。特に炎系の術を得意としていた。しかし、“ある事件”で負傷してからは法術が全く使えなくなってしまい表舞台から姿を消した。そして現在、諜報部部長として活動している。術だけじゃなく武術でも強かった。今でも体は鍛えているらしく、本人が言うには「いまだに喧嘩で負けたことはない」らしい。喧嘩は武術じゃないって。
「おう、そうか。じゃ、仕事の追加だ」
…………は?仕事の追加?
「ちょっと待ってくださいよ!退魔だけでもキツイのに、その上何しろって言うんですか!?」
退魔は夜遅くに行われる。明るいうちは昼寝をしたいのに。
「まぁ聞けって。特にたいした内容じゃねぇよ」
「じゃあやらなくてもいいですよね?」
「いや、やれ。これは命令だ」
あんた、いつか部下に刺されるぞ。俺は刺さずに斬るけど。
「お前たち二人は明後日『鎮守高校』に入学してもらう。煉は二年、詩帆は一年だ」
「学校に通うんですか?“機関”で全部習って済ませたのに?」
“機関”では普通の学校と同じ内容の授業を受ける義務がある。退魔士でも通常の教育は必要だ。しかし、一度習ったことをまた勉強するというのは、言っては何だが面倒だ。
「あたりめぇだ。勉強だけじゃなく青春を謳歌する二度とないチャンスだぞ?むしろこんな機会を与えた俺に感謝しろよ」
何年も霊魔を狩っている人間に青春も何もあったもんじゃないと思うんだが、悲観し過ぎか?ていうか、俺に感謝しろって……。斬りたくなってきた。
「で、お前たちの住居なんだが―」
しかも話が進んじゃってる。いろいろとどうでもよくなってきたな。
「おい、聞いてるのか?」
「ええ、聞いてますよ」
「お前たちの住居は鎮守高校近くのアパートだ。地図を今から送る。要件は以上だ」
「了解です」
通話が切れると、すぐに地図のデータが送られてきた。
アパートは確かに鎮守高校に近かったが、今俺たちがいる駅からは少し遠かった。疲れてるんだからその辺も考慮してほしかったなぁ。
「部長からの要件は何だったんですか?はい、どうぞ」
連絡が終わったのを見計らったかのように、詩帆が声をかけてきた。しかもお茶まで買ってきてくれた。さりげない心遣いができる人間って素晴らしいよな。どっかの誰かさんとは大違いだよ。もちろん、部長のことだ。
「ありがとう。ああ、明後日から高校に通え、だってさ」
「ほ、本当ですか!?」
詩帆の目が輝いていた。朝が早かったせいか、目にくまが少しできてしまっているところが少し残念だ。俺もできてるんだろうけど。
「私、高校に通ってみたかったんです!中学卒業と同時に“機関”に入ったから諦めていたんですけど……。私、女子高生になれるんだぁ」
そんなに喜ぶことか?別に俺も中学卒業してすぐに“機関”に入ったんだけど、あそこの教育所は普通の高校と変わらないような気がするぞ?違うところと言えば、授業内容に退魔関係のことを学ぶところか。それより気になるのは。
「詩帆。仕事しに来たこと、忘れてないよな?」
「もちろん忘れてませんよ。仕事も学校もがんばりましょう!」
さわやかな笑顔が俺にはまぶしく見えるぜ。目の下にくまが以下略。
「とりあえずタクシーでも拾ってアパートに行くか……」
「そうですね。ついでに学校も見に行きましょう!」
こうして俺たちは駅前で停まっているタクシーに乗って今日から住むことになるアパートへと向かった。
一人称視点と言うのですかね?こういう書き方を。
この形の書き方をするのは初めてなので、あまりうまいことを言っていないと思います。アドバイスがあればぜひ教えてください。
感想等もお待ちしております。