EP 9
地獄の門、開くとき
土煙が晴れ、静寂が戻った壊れた牢獄の前。
世一は足元で伸びている巨体を、草履のつま先で軽く蹴った。
「おい、起きろデカブツ」
「ぐ、ぐっ……」
和勇牛が呻き声を上げ、重い瞼を開ける。その視界に、自分を見下ろす世一のニヒルな笑みが映った。
「お前は俺に負けた。コレからお前は俺の物だ。頭に叩き込め」
理不尽なまでの勝者宣言。だが、地獄とは力が全ての修羅の国である。
和勇牛はふらつきながらも巨体を起こし、その場に片膝をついて頭を垂れた。
「ぐ……承知つかまつった。我も武人の端くれ……力比べで我に勝ちし者は、主として仰ごう」
「殊勝な心がけだな」
世一は満足げに頷くと、煙管の灰をパンと払い、何気ない口調で言った。
「じゃあ行くか。今から貴様らの言う、大神とやらを破壊し、世界を壊す」
「な!」
和勇牛が弾かれたように顔を上げた。
「大、大神様を殺すと言うのですか!? 世界を!? 正気でございますか!?」
主と認めた直後の命令が、あまりにも常軌を逸していた。
天界の頂点、創造主たる大神に喧嘩を売るなど、蟻が象に挑むようなものだ。
「む、無理でございます! 幾ら主が強いといっても、大神様は殺せません! 次元が違いまする!」
「黙れ」
「ひっ」
世一の双眸が、冷たく、しかし鋭く和勇牛を射抜く。
先ほどの拳の痛みが蘇り、巨鬼は瞬時に萎縮した。
「誰が殺すと言った? 俺は『破壊』しにいくと言ったぞ」
「は……はい……?」
和勇牛は目を白黒させた。殺すのではなく、破壊する。その言葉の綾が理解できない。
だが、世一にとっては明確な違いがあった。単に命を奪う「殺害」など、彼にとっては日常茶飯事の作業に過ぎない。彼がやろうとしているのは、結を縛り、自分を地獄へ落とした、この世界の「仕組み」そのものを粉々にすることだ。
世一は呆けている門番を放置し、傍らの女神を見た。
「結」
「は、ハイ!」
結は背筋を伸ばした。その表情には、もう迷いも涙もない。あるのは、愛する男への狂信的なまでの忠誠心だけだ。
「今すぐ大神とやらの場に案内しろ」
「は、はい! では地獄門を開き、大神への道を開きましょう!」
結はくるりと和勇牛に向き直り、かつての、いや、かつて以上の威厳を持って命じた。
「和勇牛! 地獄と天界を繋ぐ禁忌の門を開けなさい!」
「は! ……覚悟を決めました」
和勇牛は立ち上がり、鉄棒を力強く握りしめた。その全身から、青黒い闘気が立ち上る。
「この和勇牛、主の為、鬼神となりて主の歩く道を開きましょう! たとえ相手が神仏であろうとも!」
「私は世一様の手となり足となり、どこまでも付いて行きます! 世一様の邪魔をするものは、私が全て排除します!」
結もまた、着物の袖をたすき掛けにし、その白く美しい手に呪術の光を灯した。
「へっ、威勢だけはいいな」
世一は口角を上げ、二人を従えて歩き出す。
目指すは地獄の最奥、天界へと逆流する滝の裏にあるという「裏門」。
悪党と、鬼と、堕ちた女神。
世界を壊すための旅が、今、始まった。




