EP 4
焦げた白衣と、蜘蛛の恋
「フーッ……」
世一は虚空に向けて紫煙を吐き出すと、短くなった煙草の火種を無造作に見つめた。
「おい、灰入れは?」
「は、灰?」
姫はまたしても瞳を瞬かせた。地獄の調度品に、気の利いた喫煙具などあるはずもない。
「あー、だからよー。このヤニの灰は何処にしまうかって聞いてんだよ。床に捨てるわけにゃいかねーだろ」
妙なところで几帳面さを見せる世一に、姫はハッとしたように身を乗り出した。
「は、はい! それでは、私の着物に灰をお入れ下さいませ」
姫は躊躇いもなく、自身の純白の振袖を広げ、世一の目の前に差し出した。それは天女の羽衣の如く上等な布地である。
「おう」
世一は遠慮というものを知らない。
真っ赤に燃える火種を、コンコンと雁首を叩いて、その白絹の上に落とした。
ジッ、と布が焼ける音がする。
「あ、熱っ……」
姫の喉から小さな悲鳴が漏れる。火種は布を焦がし、その下の柔肌に熱を伝えているはずだ。だが、姫は袖を引っ込めるどころか、大事な宝物を受け取ったかのように震えていた。
世一はそんな姫を見下ろしながら、ふと思い出したように口を開いた。
「ねーちゃん、名前は?」
「わ、わわ、私は天の神の子、天照大神の……」
「名前がなげーよ」
世一は姫の言葉をバッサリと切り捨てた。
天照大神といえば、八百万の神の頂点。その血筋とあらば、本来ならひれ伏すべき相手だ。だが、世一にとっては名前の長さの方が問題だった。
「そうだな……『結』だ。結にしとけ」
「え……」
「文句あんのか?」
「~~~~っ」
姫の顔がカァッと沸騰したように赤くなった。
「はっ、ハイッ! 私は結です! 今日から結と名乗ります!」
神より授かりし名を捨て、盗賊に付けられた名をこれほどの喜びと共に受け入れる者が、かつていただろうか。
「でー、結。ここは何処だ?」
「は、はい。ここは裁きの間で、裁きを待つものを一時的に閉じ込めておく牢屋でございます」
「フーッ、そうか。ってことは、俺は死んだのか」
世一は煙管をクルクルと回しながら、他人事のように呟いた。
恐怖も後悔もない。ただ事実を確認しただけだ。
「んっ、あっ、熱っ……」
結が袖の上の灰の熱さに再び声を漏らす。白い布には、黒々とした焼け跡が広がっていた。
「! も、申し訳有りません!」
「あ?」
「わ、わた、私のせいで貴方様を死なせてしまい……」
「あ? 何言ってんだ?」
世一が訝しげに眉をひそめる。結は涙目で、袖を抱きしめながら震える声で続けた。
「わ、私は現世に出る時は、蜘蛛の姿に身を変えるのです。そ、それで、あの、あの……」
「あー……って事は、お前、あの時の蜘蛛か」
世一の脳裏に、業火の中で見つけた小さな白い蜘蛛の姿が蘇る。
なぜあの時、あんな虫ケラを助けようと思ったのか、自分でも分からない。だが、その正体がこの奇妙な女だったとは。
「は、はい! 私は蜘蛛の姿で、あ、貴方様を見に……」
「あ?」
世一の鋭い眼光に射抜かれ、結の言葉が詰まる。
「涙、うっ、うっ……」
「おい、泣いてんじゃねーよ。ちゃんと話せ」
世一は苛立ち紛れに、煙管でコツンと結の額を突いた。
「は、はい、実は……」
結は涙を堪え、意を決したように顔を上げた。その瞳には、熱狂的なまでの色が宿っていた。




