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「月が綺麗ですね」その一言の為に世界を壊した。蜘蛛を助けた極悪人と、彼を数千年も探し続けた女神の、地獄から始まる転生純愛物語  作者: 月神世一


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EP 2

冥府の門と白き姫

意識の淵から浮上したとき、最初に感じたのは、あの焼けつくような熱さではなく、骨の髄まで染みる冷気だった。

「……お願い、お願いします」

「駄目です、私が怒られてしまいます」

鈴を転がすような切実な声と、それを厳格に拒絶する野太い声。

世一は重たい瞼をこじ開けた。視界が歪む。灰色の空、立ち込める霧。

「、ん……あ? ここは何処だ」

体を起こそうとするが、鉛のように重い。

目の前には、見上げるような巨躯の男が仁王立ちしていた。青黒い肌に、頭から突き出た一本の角。鉄棒を携えたその姿は、まさしく地獄の門番である。

「気づいたか、極悪の者よ」

門番は地の底から響くような声で世一を見下ろした。

「あ? 誰だお前」

世一は不機嫌そうに眉をひそめた。状況は飲み込めていないが、持ち前のふてぶてしさは死んでも変わらない。

「これから地獄の業火に焼かれる者に、名乗る名など無い」

門番が鼻を鳴らす。だが、世一の視線は既に門番を通り越していた。

その巨体の後ろ、岩陰から白い着物の裾がわずかにはみ出しているのを見つけたからだ。

「あ? お前じゃねーよ。そこに隠れてる可愛いねーちゃんに聞いてんだよ」

世一が顎でしゃくると、岩陰の気配が「……っ」と息を呑んだのが分かった。

門番の顔色が、青から朱へと変わる。

「き、貴様、誰に向かって話をしている!」

罪人ごときが、あろうことかこの場の誰よりも高貴な御方を「ねーちゃん」呼ばわりしたのだ。門番の怒髪が天を衝く。

「ええぃ、裁きを言い渡すまでも無い、我がこの場で首をはねてくれよう!」

門番が巨大な鉄棒を振り上げ、殺気をたぎらせて一歩踏み出す。

普通の魂ならば恐怖で縮み上がるところだが、世一は鼻で笑った。

「あ? 誰に口きいてんだテメー」

世一はゆらりと立ち上がった。手ぶらだが、その構えには数多の修羅場をくぐり抜けてきた殺気が宿っている。

「首をハネるだと? やってみろよ」

「き、貴様ァ……!」

門番が鉄棒を振り下ろそうとした、その瞬間。

「やめて下さい!」

凛とした声が霧を切り裂いた。

岩陰から飛び出してきたのは、透き通るような白い肌を持つ、美しい少女だった。

その姿を見た門番の動きが、ぴたりと止まる。

「ひ、姫様」

姫と呼ばれた少女は、世一と門番の間に割って入り、両手を広げて世一を庇っていた。その瞳は、何かを訴えるように潤んでいる。

和勇牛でゅぐよ、貴方は下がっていなさい」

「は……?」

門番――和勇牛は、振り上げた鉄棒を下ろすのも忘れ、困惑の表情を浮かべた。

「姫様、しかしこやつは極悪非道の……」

「私はこの御方と話がしたいのです」

姫は譲らなかった。その華奢な体のどこにそんな威厳があるのか、不思議なほどの迫力で和勇牛を見据える。

「い、いやそういうわけには……閻魔大王様に示しが……」

「下がりなさい!」

鋭い一喝。

空気がビリビリと震えた。絶対的な命令。

「! は、ははっ」

和勇牛は慌てて鉄棒を収め、その場に平伏した。恐ろしい形相の鬼が、少女の一言で縮こまる様は滑稽ですらあった。

静寂が戻る。

世一は、自分の目の前で背を向けている少女の後ろ姿をまじまじと見た。

真っ白な着物。そして、結い上げられた髪に刺さっているのは、銀細工の蜘蛛のかんざし

どこか、あの炎の中で見た「白」を連想させた。

少女がゆっくりと振り返る。

その瞳が、世一を真っ直ぐに捉えた。

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